Trouble mystery tour Epi.3 (8) byY
小休止。
食事をしながら交わしたブリーフ夫妻との会話は、そういう感覚を俺に与えた。
「どうだね、世界一周旅行は。なかなか忙しいんじゃないかね。ちょっと特殊な日程だからねえ」
「そうでもないですよ。特にクルーズ船、あれは結構暇でしたね」
「おや、そうかね。確かかなり豪華な船だったと記憶しているけどね」
「ほとんどカジノに行ってました」
「あらぁカジノ?ママ、ポーカーでなら褒められたことがあるのよ〜。あのね、考えが読めないんですって。ヤムチャちゃんはいっぱい勝った?」
「はい、わりと…」
少しだけ考えて、俺は言葉を濁した。さすがに『イカサマやってました』とは――この人たちになら言ってもいいような気はするが、一応な。
「ねえヤムチャちゃん、お土産何がいいかしら?」
「は?」
「ママ、ブルマちゃんにいっぱいお土産頼んだの。だからママもヤムチャちゃんにいっぱい買ってきてあげるわ。お洋服がいいかしら?アロハシャツはどうかしら。ヤムチャちゃんはアロハシャツ似合うと思うのよ。それとも…」
和やかに会話は続いた。より正確に言うと、ママさんの台詞が続いた。やがてブリーフ博士とブルマが何やら小難しい話を始め、すっかり日常的な雰囲気になったところで、場が切り替わった。
そう、切り替わった。レストランからホテルのエントランスへと。
「なんでついてくるのよ?あたしたちもうどこにも行かないわよ。部屋に戻るだけよ」
ブルマがそう言った時、俺はブルマの隣にいた。プーアルは俺の後ろにいた。だから、プーアルは知らなかったのだと思う。
「ママたちのお部屋ね、カニが出るのよ〜」
「は?カニ?」
「コテージなんだがね、アカガニがやってくるんだよ。どこからともなくね」
「そんなの、ホテルマンに言ってどうにかしてもらえばいいじゃないの」
「うん、それがね、どうしようもないらしいんだよ。ここいらにはどこにでもいるらしいんだね」
「まだ夜も早いし、みんなでゲームでもしようぜ」
それとも暗黙の了解だったのだろうか。ともかくも半ば計画的と思われる流れで、小休止は延長されたのだった。


いつもの顔ぶれが入り込むと、今日初めて訪れた部屋に、途端に日常的な雰囲気が漂い始めた。
ま、さすがにいつもとは違っていたが。ブリーフ博士は酒が入ってどう見ても浮かれているし、プーアルもすっかり気を抜いている。ウーロンは一見さして変わらないようにも見えるが、いつもよりゲームに身を入れているので、やっぱりいつもと違うのだということがわかる。そして俺はというと、少し複雑な心境となって、ミニバーを遠目に見ていた。
あそこだけ何か異常に雰囲気出てるな…
カウンターの中で、金髪を揺らしながらいそいそと酒を作り続けているママさん。片頬杖をつきながら、指先で髪を弄っているブルマ。部屋に戻ってかなり時間が経っていたにも関わらずブルマはまだドレスを脱いでいなかったので、余計に雰囲気が出ている。足元へと流れ落ちる長いストール。ビビットなオレンジのドレスから覗く白い背中。これみよがしとも思える非日常的な雰囲気。まるっきり、客待ち顔のホステスみたいになってる。こんな時にそんな色気出すなよ…
俺はそう言ってやりたかったが、いろいろな面で言えなかった。まあ、他人がいるわけじゃないからいいか。それに気づいてるの俺だけみたいだし。
その後ブルマはバスルームへと消え、そのままゲームの輪から遠ざかった。俺は『ちょっとカードすり替えてやろうかな』と思う程度には負けながら、なんとなくゲームを続けた。やがて酒に呑まれた博士と途中からゲームに加わったママさんとがいい勝負をし始めた頃、ロングバスローブを着たままでブルマが言った。
「ねえ、あたしもう寝たいんだけど」
ああ、もうそんな時間か。じゃあ、そろそろ俺も風呂入るかな。
俺は単純にそう思った。正面ではママさんがカードを一枚捨てながら、単純にこう言った。
「はーい、おやすみなさ〜い」
「そうじゃなくって!そろそろ部屋出てってよ!」
あ、やっぱりちょっと怒ってたか。
ふいに荒いだブルマの声を聞いて、そう思った。そうじゃないかと思ったんだ。黙って風呂に入ってしまった時に。勝ったのにゲームを切り上げるなんておかしいからな。まあ、ブルマの気持ちもわからないでもないが…
この時点では、俺は思っていた。久しぶりのことだし、いいんじゃないかと。朝が遅かったせいか、まだちっとも眠くならない。ここは時差があるから多少朝寝坊な生活をしても、標準時に戻った時に自ずと修正されるだろう。何よりこの旅行は博士たちがくれたものだ。小休止が大休止になっただけのことだ。
だが、次の瞬間知ったのだった。
「だから言ったじゃない。ママたちのお部屋、カニが出るんだってば〜」
「おれなんか昨夜寝てる時に挟まれてよ、すっかり目が覚めちまったぜ」
「ずっと部屋を替えたいと思ってたんだよ。でもどこも予約でいっぱいらしくってなあ」
「あ…えーと、ボクはソファで寝ますから…」
休止ではなく中止だったのだということを。半ばどころか完全に計画的なものだったということを。おまけに、どうやらプーアルまでもがカニに噛まれたらしい。じゃなければ、プーアルはこんなことは言わない。怒っているブルマに対しては絶対に。
これはブルマ怒るだろうな。娘の顔で対処できるかな…
そんな懸念が頭を過ぎった。ほとんど同時にウーロンが言った。
「いいじゃねえか。こっちに寝室1つ余ってるだろ。おまえたちは普通通りにそっちで寝てていいからよ」
「アホー!!」
途端にブルマが叫んだ。だが俺は、もうその心中について考えたりはしなかった。
「いい!?ロックはかけないでおくけど、入ってきていいのは母さんだけだからね!男はみんなあっちの部屋!ドアを開けるのもダメ!わからないことがあったら、全部ホテルマンに訊くこと!わかった!?ヤムチャ、ちゃんと見張っててよ!!」
そして荒々しくドアを閉めてベッドルームに篭ってしまっても、やっぱり何も思わなかった。むしろ感心した。呆れたように呟いたウーロンの台詞が、さらにその気持ちに輪をかけた。
「あんな四の五のうるさく言うより、ただおまえと寝ればいいのになあ。おまえら、本当に仲直りしてんのか?」
女としても娘としても、ブルマの感覚が正常だ。…と思う。


久しぶりにプーアルと同じベッドで寝た。一体何年ぶりだろう。
ゲスト用ベッドルームはツインベッドなので、必然的に残るベッドはブリーフ博士とウーロンのものとなった。だが実際に二人が一緒に寝たのかどうかはわからない。俺たちは二人よりもだいぶん早く、リビングを後にしたからだ。そして朝になって目が覚めた時には、ベッドルームにはプーアルとウーロンしかいなかった。博士とママさんはすでにリビングのソファに座っていた。
「おはようございます。…ブルマは?」
「おはよう、ヤムチャちゃん。ブルマちゃんならまだ寝てるわ〜。昨日はお疲れだったみたいね」
ふて寝してるんじゃないだろうな。俺はちょっと困った気持ちになって、閉じたままのマスターベッドルームのドアを見た。ちなみにママさんがブルマと一緒に寝たのかどうかもわからない。だから何だと言われても困るが、一応な…
二人がここにいなければ、ブルマの様子を見に行くんだけどな。そんなことを思っていると、開かずの間ではない方のベッドルームのドアが開いた。
「あー、寝た寝た。おはようさん」
「みなさん、おはようございます」
ウーロンとプーアルが同時に起きてきた理由はなんとなくわかった。たぶん俺が起こしてしまったのだと思う。
「おはよう、ウーロンちゃん、プーアルちゃん。じゃあそろそろお朝食のルームサービス頼みましょうね。今日は最後だから『コンチネンタル』じゃなくて『スペシャル』にしましょうか」
「賛成ー!!」
…もうすっかり占領されてるな。マスターがいないにも関わらず進んでいく場に取り残されかけた時、ウーロンが俺とブルマの存在意義を教えてくれた。
「やっぱりカニがいないとよく眠れるなー。おまえら、もっと早くに来てくれたらよかったのによ」
これ、ブルマが聞いたら怒るだろうなあ。俺はそう思ったが、結局のところ聞いても聞かなくても、ブルマは怒ったのだった。
「おまえ、おっせえなあ。一番早くに寝たくせによ」
誰が気づくよりも先に、ウーロンが起き抜けのブルマにケンカを売りつけたからだ。というかまあ、いつもの台詞だ。ブルマが起きてくると、ウーロンはまずこれを言うんだよな。おはようよりも何よりも先に…
「あんたたちがうるさいからでしょ!」
途端にブルマががなり立てた。それはもう不機嫌そうに。それで、ブルマが今起きてきた理由がわかった。起きたのではなく、起こされたのだ。俺たちの声に…
「ルームサービスのお朝食、ブルマちゃんのぶんも頼んだわよ〜。ブルマちゃんは何を飲むの?」
「朝っぱらからお酒なんか飲まないわよ!」
またもやブルマはかなり立てた。俺はちょっと…いやかなり怖かったが、ブルマの傍へ行ってやった。今この場でそうする人間はきっと俺しかいないだろうからだ。
「まあまあ、今日限りのことだから。ここは一つ心を広ーく持ってだな…」
「うぅ〜」
俺も結構ひどいことを言ってるな。でも『怒るな』なんて言ったら、きっと余計に怒るだろうからな。
とはいえ言わずとも、ブルマはまた怒ったのだった。一部を除き和やかな朝食のひとときが終わりかけた頃、第二段が始まった。
「さて、母さん。今日はどうするかね」
「そうね、泳ぎに行きたいわ。お買い物はもう済ませちゃったし、ブルマちゃんの買ってくれた水着もあるし…」
「着ないでって言ったでしょ!!」
「あらぁ、どうしてぇ〜?」
「それはもうさんざん話したじゃない!」
今ではブルマは、すべてを否定していた。激しい母娘喧嘩を前にプーアルは食事の手を止め、ウーロンは一瞬はそうしたものの、すぐさまデザートを食べ始めた。俺はというと身を引きながらも心はわりあい冷静に、デザートの一部をブルマの皿に放り込んでやった。
ブルマの剣幕は、今ではそれほど怖くはなかった。きっと、俺自身が喧嘩を売られているわけではないからだと思う。それに、怒ってはいるが、勝手にオーダーされた朝食はしっかり食べている。というか、食べている最中はそんなに怒ってなかった。食べたり飲んだりしていると、口を開けないからな。ブルマの怒りは、俺を無視する時以外には、ほとんどが口から出てくるんだから…
「もう、ブルマちゃんてば怖いんだからぁ〜。じゃあいつもの水着で泳ぎに行くわね。今日は最後だからグリッシナダンスを見ながらお昼食食べましょうか」
「賛成ー!!」
一体、母娘喧嘩の勝者はどちらなのか。言い負かされたにも関わらず笑っているママさんなのか、言い負かしたにも関わらず仏頂面でイチゴを食っているブルマなのか。俺にはさっぱりわからなかった。わからないうちにイチゴが尽きた。
「あたし着替えるから!誰も入ってこないでよ!!」
イチゴが尽きてしまうと、当然のようにブルマは席を立った。そして当然のようにベッドルームへ駆け込んだ。その荒々しいドアの音と、何より昨夜とは少し違った捨て台詞に、俺は思わずにはいられなかった。
…こりゃぁ後々宥めるのが大変だ…


青い空。椰子の木陰。海から吹いてくるぬるい風。
三拍子揃った南国のビーチへ出ると、俺はいくらか開放的な気分になった。が、ブルマはまだまだその境地には達しないようだった。
「何か飲むか?ビールとか」
「奢りならね。でもビールじゃなくてカクテルにして!」
答える声のかわいくないこと。まあ諦めの悪いこと。…ま、諦めが良過ぎてもそれはそれでかわいくないがな。
そんなわけで、もともとそうしようと思っていたところをわざわざ催促されて、俺はブルマにトロピカルカクテルを奢ってやった。フルーツと蘭の花が飾られた、いかにもそれっぽいやつだ。ウェイターに料金とチップを払うと、それまで目の前の砂浜でカニと遊んでいたウーロンがおもむろに口を開いた。とはいえそこから出てきた言葉は、これまでのような便乗の言葉ではなかった。
「なあヤムチャ、おまえなんでそんなに金持ってんだ?」
「なんだよ、俺が金持ってちゃ悪いのか?」
「悪かないけど、おかしいだろ」
おまえはそれでフォローしてるつもりか。
俺は軽く気分を害した。まったく、失礼なやつだ。一体、金を持ってるのがおかしいとはどういうことだ。確かに俺は金持ちではないが、かといって貧乏人でもない。盗賊をやっていた昔から、悪いと言われたことこそあれ、おかしいなどと言われたことはなかった。
そしてさらに次の瞬間、思いっきり裏切られた感を味わった。
「カジノで巻き上げたのよ、こいつ。派手なイカサマ使ってね」
「へー。おまえ意外と卑怯な手も使えたんだな。頭使ってるわりにバカ正直な戦法ばっか取るやつだと思ってたのによ」
「どういう意味だそれは。だいたい、俺は実力ですり替えたんだ!」
「それがイカサマなんだっつーの」
ブルマの声は終始淡々としていた。表情も淡々、態度も淡々、ただ目の前のカクテルだけを見ているようだった。どうやらかなり落ち着いたらしい。よかったよかった……
などと思うわけはなかった。
「そんな言い方することないだろ。俺はおまえのためにやってやったのに」
「恩着せがましい言い方しないでよ。あたしは頼んでないわよ、なーんにも」
「それはそうかもしれないけど…いや、でも気づくまでは思いっきり怒ってたじゃないか」
「だって、ああいう時は普通どうにかしてくれると思うでしょ」
「ああ、そうだ。だからどうにかしたんだ。目には目を、歯には歯をでな。だからイカサマだなんだと文句を言われる筋合いはないはずだ」
「わかってるわよ。だからちゃんとその場で褒めてあげたじゃない。これ以上どうしろって言うのよ。あんまりごちゃごちゃ言ってるとありがたみが減るわよ」
だったらほじくり返すな。
口にすれば本当の喧嘩になるに違いない一言を、俺は呑み込んだ。ブルマの勢いのよ過ぎる台詞の正体が、俺にはわかっていた。でも、だからといって納得できるはずもなかった。
どうして俺に八つ当たりしてるんだ。俺は仇を討ってやったのに。その金で奢ってやってるのに。怒るんなら、そこのカニに怒れ。『コテージにはカニが出ます』そう断っておかなかったホテルマンに怒れ。それから――
「やれやれ。またケンカか…」
「うるさいわね。あんたたちのせいでしょ!」
「どうしておれたちのせいなんだよ。八つ当たりするなよな」
…八つ当たりされてるのは俺だ。
ブルマは最終的には目論見通りウーロンに怒ったが、俺の気は全然すっきりしなかった。こういう中途半端に話の通じる八つ当たりが一番たまらん。『その顔つきが気に入らない』とか言われた方が、いっそ怒らずに済むくらいだ(返す言葉もないからな)。この際もう放っておいて一泳ぎしてこようか…
俺は匙を投げかけた。同時に視線を遠くの海へと投げたところ、どこからともなくミルちゃんとリルちゃんの声が聞こえてきた。
「えーっ、何これ!このブルーハワイ、変!なんか苦ーい」
「うっそ、マジー?あっ、本当だ、苦〜い。こんなの飲めなーい」
「なんでー?なんでこんなに高いのにこんなに変な味なの?夜店のと全然違うじゃん!」
「ぼったくりだよ、ぼったくりー」
二人の言葉は、俺に『金持ち気分』というやつを自覚させた。…値段なんかちっとも気にしてなかった。それと二人が子どもであるということも再認識させた。だって、同じものをブルマは平気で飲んでるんだからな。さらに、ブルマの八つ当たりは相手を選んではいないらしいということも教えてくれた。
「あんたたち、もう少し声落としなさい。恥ずかしいわね!ブルーハワイっていうのは、もともとこういうものなの。カクテルが変なんじゃなくて、あんたたちがお酒飲めないだけなの!」
別のテーブルなんだから、放っておけばいいのに。ブルマって、こういうことはいちいち口に出すんだからな。
「えーっ!そうなんですかぁ。初めて知ったー」
「ブルマさんってほんっと物識りですねー」
「ああそう…」
そのくせ振られた話には乗らないし。一撃離脱とも言えるブルマの素っ気ない態度に俺はすっかり呆れたが、口を出す気もフォローをするつもりもなかった。怒られるに決まってる。ここで俺が二人の相手をしたりしたら、まず間違いなくブルマは席を立つ。こいつは今はそれはもうかわいくない態度に走ってるんだからな。
そんなわけで、俺はやり過ごした。なんとなく尻切れトンボな雰囲気になったが、それも流した。
「なあなあ、あの女の子たち誰だよ」
「一緒に来てる子たちだよ。同じツアーの…」
さらに、おもむろにかけられたウーロンの言葉も流した。惰性的に行われる惰性的な会話。俺にとってはそうだった。
「ちょっとヤムチャ、余計なこと言わないの!…ウーロン、変なことするんじゃないわよ。相手はどっかのお金持ちの孫娘なんだからね!」
だからブルマがそう叫んだ時、俺はちょっとびっくりした。ブルマがいきなりそういうことを言い出したということと、それにはまったく構わず双子のテーブルへとすり寄っていったウーロンの態度の両方に。
「えへへ…あのぼくウーロンと言います。いつもあいつらの面倒見てやってまして…」
「どっちが面倒見てるのよ!」
すかさずブルマが怒鳴りつけた。その心境がわかっただけに、俺はもう驚きはしなかった。それよりもわからないのはウーロンだ。こいつ結構いい年のくせして、見境ないな。この子たち、どう見ても幼児体型なんだが。女なら誰でもいいのか?ひょっとしてロリコンか?
「へー、ブルマさんとヤムチャさんのお友達なんだぁ」
「ウーロンさんは彼女いるの?」
「それが今募集中なんだな〜。それでキミたちなんかどうかなと…」
「あっは!やだぁ冗談うまーい!」
「ウーロンさんておもしろいこと言うねぇー」
まあ、向こうは男なら誰でもいいというわけではないようだが。おまけにウーロンが年上だということにも気づいていないようだ。
「そ、そう?じゃあ今日はおれと付き合って…」
「ねぇミル、飲み物どうするぅ?」
「んー、これはもういいや。何か別の物が飲みたいなぁ」
長くなりそうだな、これは…
ウーロンは当然粘るんだろうし、双子もマイペースにそれに付き合いそうな雰囲気だ。そして俺はと言うと、おそらくは仏頂面でそのうち二杯目のカクテルを要求してくるだろうブルマに付き合うというわけだ。
…青い空。椰子の木陰。海から吹いてくるぬるい風。
三拍子揃った南国のビーチで、俺は昨日と同じような心境になった。海上の空を見ながら過ごした、船室内での平和な時間。ブルマがちょっぴり怖いことまで同じだ。違うのは今は何の役も当てられてはいないということと、暇潰しがないということだ。
「おまえも何か飲むか、プーアル?」
ガールハントに勤しむ遊び相手を見ているプーアルの目は、俺と同じような心境であることを窺わせた。呆れと退屈の綯い混ざった非日常的な気分。
「いえ、ボクはいいです。それよりもヤムチャ様、ここに見たことのない花が咲いてますよ」
「ん?どれどれ」
俺はもちろんプーアルも、日頃特に花を愛でているわけではない。だからテーブルの脇に咲く赤か黄色かわからないその花へ目を向けたのは、単なる気分、それだけだった。それも、『きれいだな』などと感動したりはしない程度のものだった。
「ヤムチャ様、ボク、この花でレイを作ってあげますね」
「それはいいが、蜂が寄ってきたら外すぞ」
南国と言えばレイ。一般的なそのイメージに則って、プーアルが花を編み始めた。俺はそれをただ見ていた。ジョッキが空になるまでは。ビールを飲み干した頃になっても、蜂は寄ってこなかった。それで俺は少しだけブルマの機嫌を気にしながら、自らも暇を潰しにかかった。
南国では女は髪に花。もう一つの一般的なイメージに則って、花をブルマの髪に挿し込んだ。今日は結っていないその髪は、すぐに花を滑り落とさせた。だから次に耳の上に挿し込んだ。…葉っぱはない方がいいかな。単純にそう思って単純に葉をむしっていると、ブルマが顔は動かさないままに口を開いた。
「…何してんの?」
「いや、暇だからさ」
そう。
結局、こういう状況の下では、俺はブルマにかまけてないと暇なんだよ。野郎が一人いれば競泳でもするんだけどな。
「何よその言い草は。そんなことで気安く髪触んないで!」
ブルマはそれはそれは激しく叫び立てた。 とはいえ、俺はもうこの手の反応には慣れっこだった。三度目ともなればな。だが、俺以外の人間にとってはそうではなかった。
「どうしたんですかぁ、ブルマさん」
「あんまり大きな声出すと、また周りの人に見られちゃいますよぉ」
「おまえら、マジでケンカ多いな…」
「ブルマさん、落ち着いて」
すぐ傍で一部始終を見ていたはずのプーアルでさえ、身を竦めてそう言った。俺は不本意と言うよりも不思議な気持ちになった。『当人たちにしかわからないことがある』そう思いたいところだが、わかってもらえなさ過ぎなんじゃないだろうか、これは。そりゃあブルマは一見怒ってはいるけどさ…
「うるさいわね。あんたたちは引っ込んでて!」
…いや、一見じゃなくしっかり怒っているか。そうだな。ブルマの天邪鬼ぶりが問題だ。嫌じゃないのなら、その口閉じとけ。
声を荒げながらも花を外そうとはしないブルマを横目に、俺は心の中で突っ込んだ。口に出すつもりはなかった。話を続けるつもりも。話を進めても勝ち目はない。それがわかっていたからだ。
自分でもよくわからない。花単体では別に何も感じないのだが。機嫌取りをしようと思ったわけじゃない。先日手にした花束のように流れ的なものでもない。なぜか飾りたくなった。プーアルがレイを編んでいるのを見ていたら唐突に。隣で笑っているプーアルではなく、伏し目がちに頬杖をついていたブルマを。…ま、男同志レイを編み与えるよりはずっと健康的だからいいか…
ブルマの髪にひと際大きな赤い花。俺の首には赤と黄色の入り混じったやや小さめの花のレイ。さらにそこへ、華やかな七色の花柄ワンピース水着を着たママさんが現れた。
「は〜い、みんな〜。そろそろお時間よ〜。グリッシナダンスを見ながらのお昼食、行くわよ〜」
「あ、そんなのあるんですかぁ」
「どこのレストランですか?あたしたちも行きたいなぁ」
それにはピンクの小花柄ワンピース水着を着た双子が答えた。ちなみにブルマは白地にレッドとブルーの花柄ビキニ。だから何だというわけでは……結構ある。みんなたいして変わらない、などとはちょっと思えない。俺はウーロンとは違ってロリコンじゃないからな。もちろんママさんをそういう目で見ようとも思わない。
「えっ、ほんと?じゃあ一緒に行こうぜ。すぐそこのプライヴェートビーチの中だから歩いて行けるし、そのまんまの格好でオーケーだからさ!」
「あらん?ひょっとしてお二人はウーロンちゃんとお友達になったのかしら?よかったわねえ、ウーロンちゃん。じゃあご一緒しましょうか」
「えっ!わーい、ありがとうございまーす」
「うれしー!でも、ブルマさんとヤムチャさんのお友達なんですよぉ」
俺の見送った人たちは早くも意気投合し始めた。そこへこれまで姿を見せなかったホストがやってきた。
「やぁ、母さんお待ったせ。ボート返してきたよ」
「は〜い、パパご苦労さま。じゃあみんな揃ったから行きましょうね」
「おや、また面子が増えているね。…はて、どこかで見た子たちじゃなあ」
「ブルマちゃんとヤムチャちゃんのお友達なんですって。えぇと、お名前なんていうのかしら?」
「あっ、リルとミルでーす」
「双子なんですー」
「双子のリルとミル…おおそうか、君たちコーフィーのお孫さんだね?会うたび写真を見せられておるよ」
途中から乗っ取られていた場は、今では完全に手を離れていた。俺はそれほど意外には思わなかったが気にならないわけは当然なく、苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでいるブルマに声をかけた。
「どうする?一緒に行くか?腹減ってるか?」
「…行くわよ。たんと奢ってもらおうじゃないの!」
まるで喧嘩を売るようにブルマは答えた。その心理が、俺にはさっぱりわからなかった。今この時までの沈黙が黙認を意味するものではないということはわかっていた。無言が怒声よりもマシだなんて思ってはいなかった。はっきり言って俺は少し怖くなりかけていたが、ブルマの傍を離れることはせず、軽く背中を叩いてやった。
この状況でブルマが行くと言ったら、俺も行くのだ。そしてブリーフ夫妻は双子の相手をしているのだから、ブルマの相手は俺がするのだ。そうじゃなくとも今日はもう、ブルマの相手をまともにしているのは俺しかいないのだ。
それなのにウーロンのやつ、ことごとく喧嘩扱いしやがって。失礼極まりないな。
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