Trouble mystery tour Epi.3 (9) byY
「あー、楽しかった!」
「ごちそうさまでしたー!」
食事を終えるとまずは双子がそう言って、海へ駆けていった。
「じゃあそろそろ部屋へ戻って荷物を纏めるとしようかね」
「そうね〜。フィルッツ諸島楽しみだわあ〜」
次に博士とママさんがそう言って、コテージへと歩いていった。
「それじゃヤムチャ様、お元気で。ブルマさん、あまりヤムチャ様にキツく当たらないでくださいね」
「まったくな。ケンカするために旅行してるわけじゃないんだからよ。まともな土産話持って帰ってこいよな」
最後にプーアルとウーロンがそう言って、ブルマの足をホテルへと向けさせた。とはいえブルマは背を向ける前にしっかりと怒声を浴びせていった。
「うるさいわね。あたしたちはそれなりにやってるの!」
「まあ、そういうわけだからあまり心配するな」
俺は笑いを噛み殺しながら、その後姿を横目にした。ブルマの言葉はまったく的確だと思った。昨日俺が引っ込めた啖呵とは違って本当のことだ。それなりにやれていないのは、喧嘩を止める人間がいた今日だけだ。
「おまえもあんまりバカ正直に相手するんじゃねえぞ。ま、嫌になったらさっさと帰っちまうんだな」
「10日後にはボクたちもC.Cに帰りますから」
「大丈夫だって…」
終いには呆れ笑顔となりながら、俺は二人に手を振った。早足で先を行くブルマはホテルのエントランスは無視して、直接部屋のパティオへと向かっているようだった。緑に囲まれたパティオのガーデンソファが見えたあたりで、その隣に追いついた。
「さて、これからどうする?」
「昼寝する。…疲れたわ」
素っ気なく呟くと、ブルマはそのままガーデンソファに寝転がってしまった。着替えどころか上に何一つ羽織らない、ビキニ姿のままで。さらには俺が呆気に取られているうちに寝入ってしまった。…こいつあんまり寝相よくないんだよなあ。俺は人目と気温を秤にかけて、パレオを一枚ブルマの体にひっ被せた。それから自分はもう一つのソファに寝転がった。
何も言われてはいない。傍にいろともいるなとも。どっか行ってとも行くなとも。でも、俺にはわかっていた。
目が覚めた時俺がいなかったら、ブルマは怒る。いたって喜びはしないけど、いないと怒る。ブルマはそういうやつだ。基本的に天邪鬼で、我儘なやつだ。
…ま、そういう我儘がなかったら、それはそれでかわいくないがな。


少しうたた寝をした。
後はずっと起きていた。着替えてから、ひさしぶりに地面の上で体を動かした。乾燥した灰色の土。陽が落ちるにつれ強くなる南国の花の香り。また見たことのない白い花が目についた。今だにブルマの髪についている赤い花が少し潰れていたので、取り変えておいた。でもそんなこと、たいして時間潰しになるわけじゃない。
それでも、暇ではなかった。伏せられた長い睫とその横で揺れる花を見ているうちに、太陽は沈んでいった。一体何が違うのかはわからない。とにかく、ブルマが目を覚ました時には、俺はひどくゆっくりと流れているその空気にまだ飽きてはいなかった。
「夕陽を見ながらご飯食べたかったのに…」
起きるなり唐突に発せられたその台詞にも、さほど意外を感じなかった。どうやら気分よく目覚めたらしい。そう思った。
「ルームサービスなら間に合うんじゃないか」
「そうかしら」
「朝は15分かからなかったぞ」
「じゃ、そうして。あたし着替えてくるから、適当に頼んでおいて」
素っ気なく答えると、ブルマはあっという間にベッドルームへと消えていった。気分よくというより、まだ起きてないのかも。一言、というより注文が足りない。まあ、いちいち言われなくてもブルマの注文なんかわかるけど。
「あ、ルームサービスお願いします。スペシャルディナーコース2つ、ワインは軽めの白と重めの赤をハーフボトルで」
わかるからこそ、セーブしておいた。『ケンカするために旅行してるわけじゃない』ウーロンはそう言っていたが、俺はこう思うからだ。『酒びたりになるために旅行をしているわけじゃない』。これは使われる人間の特権だと思う。面と向かってやり合うことなしに、相手をコントロールすることができる。殊にブルマに対しては非常に効果的な方法だ。
特に何かを追加する必要はないよな。考えながらふと宙を見ると、閉じていないベッドルームのドアの向こうに、白いシンプルなワンピースを着たブルマの姿がちらついた。さらに、一度外したらしい花を念入りに髪に挿し込んでいる手が見えた。そのドレスと花はなかなか絶妙なバランスだった。それで俺は、件の注文に自分の心も加えておいた。
「あと、シャンパンもハーフボトルで」
やっぱり、それなりにやってるよな。そう思いながら。


ブルマは非常にわかりやすいやつだ。…基本的には。
こいつはやっていることだけを見ていれば、だいたいその時考えていることがわかる。なんというか、自分の感情に忠実だ。行動が直截的だし、顔にもすぐ出る。それなのになぜ手に余るのかというと、すぐ怒るからだ。言葉が態度を裏切っているからだ。やっていることと言っていることが違うからだ。俺に対して特に。
「そういえばここんとこまともにレストラン行ってないわね。昨日と一昨日は大テーブル、その前はカフェ。そして今日はルームサービスか…」
夕食を食べ始めてしばらく、メインまで食べ尽くしておきながら、ブルマがそう言ってきた。俺は当然、突っ込んでやった。
「おまえが頼めって言ったんじゃないか」
「まあね」
素っ気なく呟くと、ブルマは中身の少なくなったワイングラスを手で回し始めた。レストランだろうとルームサービスだろうと変わらない、レディファーストの要求。それに応えてグラスにワインを注ぎ足すと、ボトルが空になった。
「飲み切ったな。少し多いかと思ってたのに」
「ハーフボトル3本なんて、たいした量じゃないでしょ」
二人で折半するならな。
俺はまた突っ込んでやった。心の中で。口に出すわけはない。
ワインを頼んだのは俺だ。ブルマのグラスに注ぎ続けたのも。これで文句を言ったりしたら、ブルマじゃなくたって怒ると思う。
「明日はどうする?」
俺は軽く自分を戒めて、話を変えた。そう、ブルマのせいじゃない。ということに、たぶんなってしまうんだと思う。
「『トーイングチューブ』やりましょ。ゴムボートにしがみついて、ジェットスキーに引っ張ってもらうの。遠心力がすっごいのよ。あ、もちろんジェットスキーもやるわよ」
だって、ブルマはすごくさっぱりしてるから。態度にも口調にも、そういうところがまったくないから。…白いシンプルなドレスがそんなにしっとりしていなければ、何も思わなかっただろう。落ちゆく夕陽を浴びてその髪の白い花が浮き上がらなければ、何とも思わなかっただろう。
「おまえ、そういうの好きだよなあ…」
「いいじゃない。遺跡巡りやショッピングなんかをするよりは、あんただって好きでしょ」
「…まあな」
俺はまた自戒しながら、食後のコーヒーを注いだ。…見透かされてる。おまけになんとなく、後ろめたさを感じさせられもする。把握したってしなくたって、たいして変わらん。そう思っていたはずなんだが…
どことなく拍子抜けしてしまっている自分。それを俺は認めざるをえなかった。
「あたしお風呂入るから、サービスワゴン下げておいて。それから『Don't disturb』カード出しておいて」
「もう寝るのか?」
「今夜はたっぷり寝て明日に備えるわよ」
さっきあんなに寝たのに、そんなに眠れるものだろうか。
俺はただそう思っておくことにした。ただそう思って、ゆっくりと席を立ったブルマを、バスルームへと見送った。


バスルームから出てきた時、ブルマはバスローブを着ていた。
そして数十分後に俺がバスルームから出た時には、パジャマを着ていた。三日前にも一度見た純白のあのパジャマ。すっかりきれいになったな。その台詞は、フリーザーから取り出したバドワと共に呑み込んだ。いくら何でも同じことで二度からかうのは芸がない。それに今夜はそういう雰囲気ではないとも思う。
するとその感覚を裏付けるように、ブルマが突然こんなことを言い出した。
「ねえ、さっき何してたの?あたしがパティオで寝てる間。ずっと部屋にいたの?退屈じゃなかった?」
ドレッサーからベッドへと居場所を移しながら。俺は軽く意表を衝かれた。ブルマがそんなことを気にするなんて非常に珍しいことだ。
「特に何も。少し体を動かしたくらいだな。そんなに退屈じゃなかったよ。何でだ?」
「起こしてくれればよかったのに」
俺はまた意表を衝かれた。軽く口を噤んだ俺の前で、ブルマが無造作にベッドに倒れ込んだ。俺がベッドに腰掛けると、横向きに体を丸めて頬にかかる髪を弄り始めた。
「ああー、どうしよ。全然眠くならないわ。もう12時なのに…」
そりゃあそうだろうな。俺はただそう思った。ただそう思って、自分もベッドに倒れ込んだ。ブルマの方を向いて。ブルマがこっちを向いていたから。ブルマは睫毛を伏せたまま、ゆっくりと溜息をついた。そういう雰囲気ではなかったはずだった。だが、その大きな瞳と視線が合った時、俺は思わず言ってしまった。
「…寝かせてやろうか」
とはいえ、口が滑ったわけではなかった。俺はちゃんと意識して言った。ということに、言った後で気がついた。ブルマに両手で顔を思いっきり突き放された時に、気がついた。
「どうしてあんたはそういうことをぽろっと言うのよ!」
「いててて……いや、ちゃんと意味わかって言ってるって!!」
「当ったり前でしょ!意味わかんないでそんなこと言われちゃたまんないわよ。やらしいんだから!このエロ狼!!」
わかってるならわざわざ突っ込み入れるな。断るなら黙って断れ。ていうかな、したくないならそういう態度取るな!
ブルマからの反応は、俺をまるっきり憮然とさせた。俺はかなり情けなく思いながらも、一方では同じくらい不貞腐れた。
そう、ブルマが悪いんだ。そこまで言うほどしたくないなら、ちゃんとそういう風にしてろ。二人きりになった途端にそれっぽい格好するんじゃない。特にそのパジャマは色気あり過ぎなんだって言っただろ。これ見よがしにベッドの上で体を崩すな。伏し目がちに吐息を漏らすな。おまけにこのむせるような甘い香り。これはどうしたって、誘ってる態度だろ。だから俺はそれに応えてやったのに。
もうフォローの余地もないな。そう思いながら、俺はベッドに仰向けた。ブルマが俺の頭を解放してくれたから。少し痛くなった首を解しかけると、痛くしたやつが自分の言ったこともしたこともすべて棚に上げて、俺の髪を引っ張りながら呟いた。
「ちょっとヤムチャ、何拗ねてんのよ…」
「別に。拗ねてなんかないさ」
俺は本当のことを言った。それこそ拗ねた心境で。
断るのは自由だが、断り文句が納得いかん。俺がやらしいなら、ブルマはもっとやらしいはずだ。無意識だからやらしくないなんて思ってるのは本人だけだ。でも、それは言えないのだ。ブルマは女だから。そして、俺は男だから。女ってずるいよな。男で損したなんて思わないけど、やっぱり女はずるい…
袋小路に行き当たったところで、夜を終えることにした。といっても、一人先にベッドに潜り込むわけにはいかない。なんかまた『拗ねてる』って言われそうだ。それは非常に不本意だ。そうじゃなくたってブルマが黙って寝かせてくれるはずがない。ナイトキャップでも飲ませてみようか。でもこいつ、飲んでも元気になるばかりで眠くなったりしないんだよな…
「ねぇ…」
またブルマが髪を引っ張った。その声を聞いた瞬間、俺はよっぽど言ってやろうかと思った。『その気がないならそんな風に囁くな』。次にその姿に視線を向けて、さらに思った。ここは怒りを怖れず言ってやるべきかもしれん。『気を抜くのは勝手だが、着ているものは崩すな』。ウェストのリボンはきっちり縛っとけ。上目遣いで俺を見る前に、自分の有様を確認しろ。俺じゃなかったら絶対に誤解するぞ…
だが次の瞬間ブルマがこう言ったので、言葉を呑んだ。
「あたし本っ当に全然まったく眠くないんだけど。それでも寝かしつけられる?」
俺はかなり驚いた。ブルマの変わり身の早さに。あれだけ全力で拒否しておきながら、あっけらかんと言い放つ節操のなさに。
そう、ブルマは実にあっけらかんとしていた。言葉も姿勢もいかにもそれっぽくありながら、ぱっちりと開いた瞳には色気の欠片もなかった。俺じゃなかったら、きっと騙されていたことだろう。でも、俺は騙されなかった。その瞳の色から新たな事実さえも読み取った。
俺はこれまでブルマのことを確信犯だと思っていた。でも違う。こいつは故意犯だ。
「ブルマが俺より後に寝たことなんてあったか?」
「言ってくれるわね」
「本当のことだ」
だから俺は自分からは手を出さないことにした。ブルマのやり方を見習って、言葉と態度だけを示しておいた。やっぱりしたくなったというのなら、それはそれで構わない。もともとブルマに節操があるなんて思っちゃいない。でも、さっきの暴言だけは取り消させないとな。ちゃんと認識させておかないと。俺がやらしいなら、ブルマはもっとやらしいということを。
ある意味ではそうすることに、俺は成功した。わりあい珍しいことにブルマの方からキスをしてきたからだ。そしてある意味では失敗した。ブルマがキスをやめた時、その唇を引き戻してしまった。もう少し長くてもいいと思う。もう少し深くてもいいと思う…
その背中に手を回すと、ブルマはそれまで横で屈み込んでいただけの体を、俺の上に乗せた。キスはしたままで。俺はふと三日前のあの時を思い出した。あの時俺が強引に持ち込んだ状態へ、今ブルマは表向き俺にリードさせながら自ら踏み込んだというわけだ。これで思わないわけはなかった。
女ってずるいと思う。だけど、そのずるいところがかわいいとも思う。かわいいから苛めてみたいと思う。でも、同じことを二度やるのは芸がないと思う。
…そうだな。苛めるふりして遊んでみようか。
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