Trouble mystery tour Epi.4 byY
ちょっとした苛めは遊びの範疇だ。
…と、思う。

「ちょっとヤムチャ!スピード出し過ぎ!!」
「大丈夫だって、これくらい。バイクとたいして変わんないぞ」
「ぎゃーーーーー!!」
俺がスピードを上げると、ブルマはさらにしがみついてきた。だから俺はさらにスピードを上げた。俺自身はそれほどスピードが欲しかったわけじゃない。さっきトーイングチューブで思いっきりこかしてくれた礼だ。俺にハンドルを預けたブルマが甘いのだ。
頬を切りつける風。激しい水飛沫。暑い夏に涼しさを運ぶジェットスキーの効果は、だが前半身にしか感じられなかった。後半身にはブルマがへばりついているので、より暑い。前面の涼しさが増せば増すほど暑くなる。それでも俺はスピードを緩めなかった。爽快感を取るなら一人で乗る。でも今は二人で乗ってるのだから、愉快感だ。
「きゃーーー!!きゃーー!きゃー…」
やがてエンジンを止めた時には、ブルマの声はすっかり嗄れていた。それでも一瞬の間をおいた後には、はっきりとした口調で言った。
「もう、ヤムチャってば調子に乗り過ぎ!」
そして一度は解いた手を緩やかに俺の体にまわした。俺は笑って、今度はゆっくりとジェットスキーを滑らせた。
そんなことだろうと思ったよ。
こういう時のブルマの悲鳴は儀式みたいなもんなんだから。むしろ上げさせてやらないと『物足りない』ということになるに違いないのだ。
「また今みたいなことしたら、背中引っ掻いてやるからね!」
とはいえ、ブルマはそういうことも言った。それで、とっくにそんな気は失くしていたものの、俺は改めてもうしないことを誓った。ブルマの言葉の意味がわからないわけはなかった。
なんていうか、女ならではの方法だよな。そりゃ引っ掻かれるくらい痛くも痒くもないけどさ、地味にすごく困るぞ。特にこの、海に入り浸りの展開では。 対抗策としてはキスマークをつけてやることだろうが…きっと、そうしたら俺が負けるだろうな。
ブルマは本気で怒りそうだから。そうじゃなくとも、同じことをしたらだいたい俺が負けるんだ。非常に不本意なことながら、それが現実なのだ。


トーイングチューブとジェットスキーを楽しんだ後は、椰子の木陰で昼食。プライベートビーチから約5分のところにある異国風味のレストラン。昨日も経験した『グリッシナダンスを見ながらの昼食』だ。
昨日とはメニューは違うが趣きは決して変わらない料理の数々。フルーツなのか野菜なのかよくわからないサラダ。一見ただの子羊なのに独特の香りがするソテー。
「あー、メシが美味い!」
昨日は軽く閉口したそれらの料理は、今日は存分に俺の舌を楽しませた。からかうようにかけられたブルマの言葉も、気分を壊しはしなかった。
「なんか孫くんみたいなこと言ってるわねえ」
「悟空じゃなくたってそう思うさ」
こんなに長い時間体を動かしたのは本当にひさしぶりだ。『腹減った』この旅行中そう思ったことの、なんと少ないことか。思えば不健康な旅をしていたんだなあ。異国情緒を感じるのもたまにはいいと最初は思っていたのだが。やはり90日ともなると新鮮さだけではやっていけん。
って、まだ一週間しか経ってないんだよな。軽く苦笑しながらも、続いて俺はこんなことを思ってしまった。
「旅行から帰ったらバイク買おうかな。ひさしぶりに乗りたくなっちまった」
「もう少し待てば新型が発表されるわよ」
「いや、いくらか古い型の方がいいよ。少しエンジンがうるさいくらいの方がな」
「そーお?あたしは新しい方が断然いいけどな。ポテンシャル高くていろいろ弄れるじゃない」
俺はバイクにはスピードを求めない。スピードがほしいなら自分で飛べばいいんだからな。性能の良さよりもおもしろさ。主にはルックスとエンジンのフィーリングだ。
終いにはそんなことまで考えた。それは単に、ブルマからのお咎めがなかったからだ。『まだ始まったばかりなのにもう終わった後の話!?』とかなんとか。そんなゆったりとした時間の中で、俺はもはや定番となりつつある食事中の台詞を口にした。
「この後はどうする?」
「そうねえ、スキンダイビングやらない?ちょっとした腹ごなしになるわよ」
「スキンダイビングって何だ?スキューバダイビングとは違うのか?」
「スキューバはボンベを使うけど、スキンダイビングは何も使わないの。言ってみればただ潜るだけ。ここそんなに深くないからそれで大丈夫よ。それでね、一つやってみたいことがあるの」
「何だ?イルカの背中にでも乗るのか?」
できるかどうかはおいといて、とりあえず俺は言ってみた。ブルマからの返事は、それはもう意表を衝くものだった。
「ブッブー。はーずれ〜。水中キスよ、水中キス!ほら、ドラマや映画なんかでたまにあるでしょ。ねえ、空気って本当に口移しできると思う?」
「おまえ、いきなりそういうこと言うなよ…」
ビール飲んでる最中でなくてよかった。端の方の席でよかった。様々な思いを乗せて俺が言うと、ブルマはさらに言い放った。
「何言ってんの。純粋に素朴な疑問よ。あと、抱き合って冷えた体を温め合うっていうやつもね。本当にそんなことであったまるものなのかしらねえ。いくらくっついても冷たいものは冷たいまんまだと思うんだけど」
「おまえなあ…何が純粋だ。食事時にそんなことを言い出すやつがあるか」
「そんな風に思うのは邪なことを考えてるからよ!」
「…………」
俺はすっかり呆れて、残りの料理を口に入れた。言ってることはわりとかわいいんだけどな(それとも俺が毒されてしまってるのか?)。もう少しTPOを考えてくれるとありがたい…
っていうか、そういう科学的(?)興味からそんなことをさせられるのか。勘弁してほしいなぁ…


そんな経緯で、昼食の後俺とブルマはスキンダイビングをし、さらにその途中で唇を合わせた。
たぶん納得し難いだろうから説明しておくと、まず『勘弁してくれ』と思ったことはほとんどの場合させられる。俺が逃げない限りだ。そして今の俺には逃げる気は(一応)ないのだから、当然の展開なのだ。
「思ったより苦しくないわね」
それがブルマが初めに言ったことだった。そして二回目に言ったことはこれだった。
「なんかあんまり感触が感じられなくてつまんない」
そんなわけで三回目はなかった。ああそうだ、つまり、二回させられたということだ。文句言いながら二回もさせないでほしい。まあ俺もなんとなく抱き締めてしまったりしたから、あまり強くは言えんがな…
「ねえヤムチャ、あそこ行こ、あの沖の小島。今から競争ね!」
実験を終えるとブルマはそう言って、早々とそちらへ向かって泳ぎ始めた。今日はずいぶん元気だなあ。昨夜ぐっすり寝たからかな。寝つくのが遅かったわりに朝はすっきり起きてたようだし。どうやらここにきてブルマも健康的な生活になったようだ。
その小島までは結構な距離があった。途中、俺たちと同じように島を目指しているらしい人々を見かけたが、みなカタマランヨットかディンギーヨットに乗っていた。…本当に元気だな。軽やかな足取りで白砂の砂洲を歩くブルマに俺のその思いは感心の域に達したが、赤や黄色の花に囲まれた島の中央に足を踏み入れた後には呆れに変わった。
「おい、こんなところで寝るな。ヨットから人が降りてきてるぞ」
「起こしてくれたら起きる〜」
おもむろに寝転がったブルマは俺の言葉にもおもむろに答え、さらにおもむろに手を伸ばしてきた。何が『起こしてくれたら』だ。それは起こせと命令してるも同然だろ。
そんなわけで俺はブルマの手を引いたのだが、それはちょっと甘かった。と言っていいものなのかどうかわからんが、とにかくブルマの行動は俺の意表を衝いた。弾かれたように立ち上がって、それはもう唐突にキスしてきた。脈絡も雰囲気も何もない。そのくせ妙に甘い…
はっきり言って、俺はものすごく困った。応えたいが応えられないがゆえに困った。そして応えないとどうなるかを考えて、また困った。どうしていきなりこんなこと、とは考えなかった。それどころじゃなかったからだ。考えなかったが、ブルマは教えてくれた。それはにこやかに笑って、きっぱりと言った。
「じゃ、岸に戻りましょ。それでね、足がつくとこまでおんぶして。もう泳ぐの疲れちゃった」
俺はまったく呆気に取られた。そんなこと頼むためにわざわざキスするな!うっかり抱き締めるところだったじゃないか!(それくらいはしてもいいかなと思った)
「おまえも後先考えないやつだな。俺がいなかったらどうしてたんだ」
「あんたがいなかったらこんなとこまでこないも〜ん」
…………やれやれ…
俺は溜息を水面に流しながら、帰りの海を身二つで渡った。言ってることはかわいいんだけどなあ。ちゃんと自分をわかってるし、変な意地張ってもいないし、頼む姿勢を取ってはいるし…
…いや、欺瞞はやめよう。もう自分でもわかってる。
たぶん絶対、俺は毒されてる。


岸へ上がると、ブルマは椰子の木陰のデッキチェアで昼寝の続き(?)を始めた。ディンギーおもしろそうだなあ。そんなことを思いながらブルマを負ぶってきていた俺は、だがちょっと考えて、今は一人でできるスポーツに興じることにした。
確かここには一週間いると言っていた。今日が3日目だから、あと4日もある。二人で遊べるものは後にとっておかないとな。
スキムボードというその聞き慣れないものは、スケートボードとサーフィンを合わせたようなもの、ということだった。そのどちらも俺はやったことがなかったが、なんとなくイメージは掴めた。そして、やってみるとこれがなかなか肌に合った。砂の上を何度もダッシュし波と格闘する、これは意外と本気を要するスポーツだ。少なくとも舞空術を使わずにうんと格好をつけようとするなら、それなりに波の動きやタイミングを読まねばならない。そして波の上でやるマリンスポーツというのは、たいがい格好をつけるのが目的なのだ。
そんなわけで俺はひとしきり格好をつけまくった。観客は誰もいなかったが別に構わなかった。『格好をつける』といっても、必ずしも他人に見せる必要はない。簡単に言うと技が決まれば楽しい。それに、人ならぬものの気配を読むというのも、少なからず新鮮だった。
やがて我ながら格好よ過ぎる連続技を完全にものにした頃、大きく伸びをするブルマの姿が目に入った。ブルマも違う意味で人目を気にしていないようだ。まあ、いつものことだけど。
「おはよう。ずいぶん寝たなあ。また夜眠れなくなるんじゃないか?」
何も含むところがなかったとは言わない。そうだな、軽い突っ込みを期待していたというところか。だがブルマの、言葉はともかく態度は完全に俺の予想を裏切った。
「平気よ。昨日とは違うもん」
少しだけ顔をつんと上に向けて、でも怒りや不快は微塵も感じさせない声音で言い切った。まったくその通りだと俺は思った。これが昨日の延長だったら、どうしたって怒っていたはずだ。でも、もうそうじゃない。さっきからなんとなくかわいいんだから…
「はー、喉渇いた」
だから俺はもう何も言わずに、半分ほど残っていたブルーハワイを喉に流し込んだ。そして、少しだけ眉を顰めた。…氷が入ってないからてっきり飲み残しだと思ってたんだが、この冷たさ。アイス抜きか。またそんな強い飲み方しやがって…
「何か飲みに行きましょ。それとごはんね」
とはいえ、文句を言う気にはなれなかった。飲ませたいというほどではないが、飲ませたくないわけでもない。南国の太陽をたっぷりと浴びた一日の夕暮れ、渇いた喉と体に大人の水。そう、ただおいしく酒の飲めそうな心境だったのだ。
「俺、今日はラフに食べたいな。ビアホールみたいなところで」
「あ、あるわよそういうの。無国籍料理だけど」
「メシの種類は何でもいいよ」
おそらく今口に合わないものはないだろう。そういう心境でも、俺はあった。ブルマはその点どうか知らないが、相変わらず心は広くあるようだった。
「んー、どうだったかしら。確か屋外席なら水着OKだったような気もするけど…」
これまでだったら絶対に、『着替えに戻ろう』と言うところ。とはいえ今の俺にとっては少しばかりタイミングが悪くもあった。
「着替えくらい面倒くさがらずにしようぜ。それに、俺シャワー浴びないと。体もだけど、髪がだいぶんしょっぱいんだ」
「あら、そういえばあたしも。それに日差し強かったから、キューティクルはがれじゃってる」
「ふーん?…あ、本当だ。なんかごわごわしてる」
「ちょっと、触んないでよ!」
ここにきてブルマがいきなり叫び立てたので、俺は慌てて手を離した。…どうして触っちゃいけないんだ?体には平気で触らせるくせに。
ともあれ、それを口にする勇気は俺にはなかった。いくら何でもこれはきっと怒るだろう。『じゃあ体も触んないで』とか言われるのがオチだ。別に触りたくなんかない…わけはないけど、とにかくわざわざ言われたい台詞ではない。
そんなわけでちょっぴり緩やかな空気に水が差された。だからそれを解消するため、ブルマの髪に花を差した。昨日と同じ、傍にあった赤い花を。できるだけ優しい手つきで。するとブルマが無造作に言った。
「そんな風に機嫌取らなくていいから。そんなに怒ってないから。ほら、さっさと部屋に戻るわよ」
「そんな身も蓋もない言い方するなよ。俺は純粋に飾ってやろうと思っただけ…」
「はいはい、わかったわよ。じゃあつけてあげるから」
うーん。バレてるな。すっかり…
…でも、つけること自体は怒らないんだよな。


少しだけ俺を考え込ませたその花は、シャワーを浴び着替えを済ませた後でも、ブルマの髪についていた。
「なあ、どうして一度シャワーしただけでさらさらに戻ってるんだ?」
「そういうヘアパックを使ってるからよ。あんまり触んないで。せっかくセットしたんだから」
「はいはい」
軽く結い上げられた部分に引っ掛けられて、なかなかかわいらしく揺れていた。敢えてそこには突っ込まずに歩き続けること数十分、夕暮れの街並みの中に件の店が見えてきた。いかにも南国ビーチリゾートといった雰囲気のビアホール。大小様々な観葉植物に囲まれたテーブルにカウンター。自然のぬくもりに溢れた店内はほんのり暗く、人の姿はそれほど目にはつかない。それでいて賑わいと和やかさはたっぷりと零れている。
「これは…カウンターかな」
こういう雰囲気の店では、差し向かいよりも並んで座る方が気が楽だ。正面ではなく隣にいれば、顔を突き合わせるもそっぽを向くも自由にできる。酒の上でのお喋りほど、どう転ぶかわからないものもないのだ。
「賛成〜。…あら?」
ふいにブルマが首を傾げた。同時に赤い花を揺らして、カウンターへと歩いていった。前述の通り店内は薄暗かったので、ブルマが言うまで俺はまったく気づかなかった。
「やっぱり、ランチさん」
それでも、一体どちらのランチさんだろう、と考えることはなかった。思った通り金髪のランチさんは、思った以上に酒に呑まれているようだった。
「…なんだ、おまえらか。珍しいところで会うな。ひょっとして他のやつらもいるのか?」
睨むとまではいかないが、かなり白けた目つきで俺たちを見た。呑まれているというか、あきらかに不機嫌だ。そういえば、ランチさんが酒を飲んでいるところを見るのはこれが初めてだ。意外なことにな。カメハウスにいた頃はまだ未成年だったからなあ。
「ううん、あたしたちだけよ。あたしたち今、世界一周旅行してるの。ランチさんは一人?」
「…ああ。今のところはな」
忌々しそうに呟くと、ランチさんは氷の入っていないウィスキーを一息に煽った。酒癖が悪い…というよりは、不機嫌になるタイプか。らし過ぎるな…
「あ、誰かと約束してるの?」
俺は少し困った心境になりながら、話し込む赤い花と赤いスカーフとを見ていた。うーむ、この二人に挟まれて酒を飲むのか。…俺、発言権貰えるかな。
だが、すぐにその心境は変わった。ランチさんの現況を伝える声がそうさせた。
「天津飯のやつを探してるんだ。このあたりにいるって昔の仲間が情報をくれてよ。なのによう…船からちらっと見かけたんだが、あいつ、俺が降りる前に逃げやがった」
「天津飯さんならルートビアで会ったわよ。餃子くんと一緒に買い物に来てたの。ルート平原にいるみたいなことを言ってたけど」
「何だって!?それは本当か!?」
「うん。えーとあれは…4日前よね」
ブルマの言葉に、俺は深く深く頷いた。この時、俺はすでにランチさんに同情していた。彼女の天津飯への愛ゆえにではなく、同じ境遇に落とし込まれた身として。まったく、あいつはすーぐ人に置いてけぼりを食らわすんだから。そのくせ完全には姿を消さないでな。どうにもいやらしいやつだ。
「サンキュー、そっちに行ってみるぜ!!よっしゃあ!天津飯、首を洗って待ってろよ!!」
「行くって今から?船のチケット持ってるの?手続き、間に合わないんじゃない?」
「そんなもんどうにでもならあ!」
まったく俺が口を挟む隙もなく、ブルマとランチさんの会話は終わった。席を立ちがてらランチさんが蹴り倒していったスツールを元に戻しながら、俺は簡単に祈っておいた。彼女が天津飯と会えることを。言ってしまえば、本気で祈るつもりはなかった。なぜなら――
「天津飯さん、どうして逃げたりしたのかしら。そこまでランチさんを嫌がってるようには見えなかったけど…」
「あいつはそういうやつだ」
――だからだ。どうしてなのかは知らんが、やつは逃げるのだ。別に嫌っているわけでもないのに。…嫌われてないよな、俺?…
そんなことを考えている間に、席はランチさんのものからブルマのものになった。俺がその隣へ座り込むと、メニューを取り上げながらブルマが言った。
「ねえ、あんたずいぶん天津飯さんと親しげよね。一体いつ会ったりしてるわけ?」
とりあえずビール。料理のチョイスはブルマに任せる。ブルマがオーダーを決めるまでの暇潰しは煙草。
「たいてい修行してる時だな」
すっきりと俺は決めた。ブルマはと言うと、手にしたメニューを開きもせず、それでわざとらしく口元を覆い隠した。隠されていない瞳は妙にきらめいていた。
「えっ、修行中に会ってるの?やらし〜」
「何がやらしいんだよ?」
少しだけ身を乗り出して俺が言うと、ブルマは今度は大げさに身を引いた。
「だってぇ、あたしにはいかにもストイックにがんばってますみたいな顔してるくせに。天津飯さんとは会ってるんだ。へえ〜、ふう〜ん」
「おまえ、なんか誤解してないか?そういう『会ってる』じゃないぞ。たまたま近い場所でお互い修行してたりだな…」
「うわぉ、この広ーい地球上で『たまたま近い場所でお互い修行して』るんだ。運命的〜ぃ」
「あのな…」
俺はすっかり返す言葉を失った。わけのわからん妄想をしてないでさっさとオーダーを決めろ、オーダーを。その言葉と共に、まるで盾のように掲げられたメニューをその手から奪おうとした時、ブルマがしれっとした顔をしてウェイターに声をかけた。
「ビール二つね。料理はおまかせでお願いするわ。適当なところでストップかけるから」
それで俺は言う言葉をすべて失った。ええい、俺の思考を読むな。などと言うのも癪なので、この上はカウンターである利点を生かして、軽く視線を外して煙草を吸うのみとなった。ブルマはメニューを元の位置に戻すと、小首を傾げて赤い花を揺らした。
「あ、怒った?」
「…呆れた」
「そお?楽しい想像じゃない。餃子くんはともかく、あんたと天津飯さんならそこそこ絵になるわよ。今度会ったらあたしも呼んでね。みんなで飲み明かしましょ」
それは天津飯のやつ、絶対に逃げるだろうな。
ブルマのいま一つ脈絡のない話に、唯一当てこめる想像がそれだった。自分がブルマを宥めているところまでは想像しないでおくことにした。そこへブルマがさらに想像もできないことを言い出した。
「もちろんその時はランチさんも一緒にね。…ランチさんと天津飯さんって、二人きりだとどんな話するのかしらねえ」
「それは俺にもわからんな…」
話どころか、天津飯がどういう態度を取るのかもわからない。黙ってランチさんの話を聞く?相槌を打つ?そもそも、一体どちらのランチさんを相手にするのだろう。…順番に両方か?それはお得な…いや、ご苦労なことだな。
確かめる術のない想像を打ち切ると、なぜかいきなりブルマが矛先を俺に向けてきた。
「ま、二人きりだからってそういう話をするとは限らないわよね。現にここに一人そういう空気の全然読めないやつがいることだし!」
「何言ってんだ。それは俺だけじゃないだろ?」
俺は当然反論した。ブルマの場合、読めないというより読まないと言った方が正しいが、だからといって非がないわけもない。現に今のこの展開だって、わけがわからん。
するとブルマはまたもやしれっとした顔で言い放った。
「あら、自覚あったのね」
「…………」
俺の言葉は再び尽きた。…絶好調だな。機嫌がよくて心も広くて、苛めに磨きがかかってる。俺は再び逃げのため煙草を吸いかけたが、それももうほとんど尽きていた。ブルマはというとそれ以上は何も言わず、黙って俺を見ていた。一時は引いていた体をいつしか近づけて、どことなく覗き込むように、瞳の奥で笑っていた。それに気づいた瞬間、俺はこれまでとはまったく違う意味で、言葉に詰まった。
悪戯っぽくきらめく青い瞳。期待に満ちたその眼差し。ブルマの無言の命令がわからないはずはなかった。そう、俺は例え空気は読めなくとも、ブルマの瞳は読めるのだ。
だから、俺は隣に座っている利点を生かして、キスを一つしておいた。終えた途端、ビールを持ってきたウェイターと目が合ったが、それは気にしないことにした。
『旅の恥は掻き捨て』だから。加えて酒の席の上でのことだ。かわいいもんじゃないか。
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