Trouble mystery tour Epi.5 (3) byY
和やかな朝食の後、ビーチを歩きがてら、これまでとは少し違うタイミングで、恒例とも言える話題が、ブルマの方から持ち出された。
「ねえ、何して遊ぶ?もうだいたい何があるかわかったでしょ。何かやりたいものある?」
「ブルマの好きにしていいよ」
端的に俺は答えた。どうせ結局はそうなるんだ。だったら、もう最初からそれでいいだろう。二人の間を割ってまで訊くようなことじゃない。そう思って口にするのをやめた話題だった。
「またそれ?あんた昨夜もそう言ってたわよ」
ブルマは笑いながらも小首を傾げて、俺の顔を覗き込んだ。どうやら覚えていたようだ。俺はさりげなく惚けておいた。
「そうだったか?ま、レディファーストだろ」
実のところは、軽い嫌みだ。あんなに酔っていたブルマが覚えてるんだ、俺が忘れていようはずもない。どうして俺が嫌みを言わねばならないのか、それは自分でもよくわからないが。
「じゃ、ジェットスキーやりましょ。定番のウェイクボード。やっぱりマリンスポーツったらあれやんなきゃダメよね〜!」
ブルマはさして気にした様子もなく、無邪気に視線を流してきた。それで俺は自分の小さな違和感を捨てることとなった。
「ウェイクボードか。あれ結構難しそうだぞ。カイトボーディングと違ってサポートしてやることもできないしな。トーイングチューブにしておいた方がいいんじゃないか?」
「嫌!やったことないからやるの!平気よ、あたし運動神経いいもん。すぐ乗れるようになるわよ」
「んー、そりゃあ鈍くはないけどなあ…」
そして、かわりに新たな違和感を見つけることとなった。確かに俺も、ブルマを『鈍い』と思ったことはない。でも、はっきり言って運動不足だと思うんだ。昨日何時間も遊ばないうちに早々と音を上げたのは誰だ。体力だってあるとはとても言い切れない。この旅行中、俺より後に寝たことないだろ。昨夜なんか、即爆睡だったぞ。ひとの気も知らないでな。
だが、もちろんそんなことは言わない。それはブルマが怖いからでは決してない。俺が言葉を呑んでいると、ブルマはここぞとばかりに責め立ててきた。
「鈍くないどころかだいぶいいってば。あんたが常識を外れ過ぎてんのよ。昨日のカイトボーディングなんか、はっきり言って異常よ、異常!」
「…ま、そういうことにしとくか」
「絶対そうだってば!」
ブルマはうんと怒っていた。ブルマがこういう方面でプライドを発揮するのは非常に珍しいことだ。俺は少し楽しくなって、嫌みではなく単なる遊び心から、ちょっと意地悪してやった。
「じゃあ賭けるか。そうだな、何回目でボードの上に立てるか――」
「三回で立てるかどうか!コツを掴めばそのくらいで立てるってガイドブックに書いてたもん」
「三回か。なかなか目標高いな。えらいえらい。まあがんばれよ」
「ちょっと!何よ、その態度は!」
ちょっと?…いや、俺にしてはかなりしつこかったかもしれない。少なくとも引かなかったことは確かだ。ついでに頭を撫でてもやったが、それが『むやみなべたつき』ではないということは、ブルマにもわかったようだった。
「とにかくあたしは普通…いえ、それ以上なんだってことを見せてあげるわ!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
最後にめいっぱい優しく言ってやると、ブルマの怒りは顔に浮かぶのみとなった。これまた非常に珍しい…いや、もう奇跡と言ってもいいくらいのことだが、口で俺がブルマに勝った。とはいえ実際にやり込めてみると、これが案外楽しくない。
後が怖いとか、そういうことではない。今の口喧嘩が遊びの範疇だということは、わかりきっている。でも、だからこそ余計に思うのだ。そう、新たな違和感は、ほとんど自戒の念だった。
…なんか俺、性格悪いな。少し鍛えられ過ぎたみたいだ。


女って一体どこから声出してるんだろう。
そう思うことがよくある。まあ、正確には女じゃなくてブルマがだが。声でかいんだよなあ、こいつ。高くてでかい。かわいい声なのにでかい。でかいというか、けたたましい。おまけに前触れがなくて突発的で、時々本気で手を焼いて……いや、それは性格か…
その『よく』のうちの一つをまた経験してから、ジェットスキーのエンジンを止めた。惰性で引き寄せられてきたウェイクボードには、苦虫を噛み潰したような顔をした女が一人しがみついていた。
「おい、大丈夫か?」
「うぅ〜〜〜」
その声もまた苦虫を噛み潰したかのようなものだった。不貞腐れたようにボードから離れたブルマの手を掴みながら、俺はできるだけさりげなく水を向けてみた。
「なあ、やっぱりやめといた方がいいんじゃないか?経験者向けなんだよ、これは。せめてレクチャーを受けてからじゃないと…」
ブルマがちょっぴり怖かったからだ。賭けの結果が出るまでもなく、不機嫌になってきている。それに本気で危なそうでもあるし。どう考えても割に合わない遊びだよ、このウェイクボードってやつは。
「平気だってば。レクチャー本だってちゃんと読んだわ。スピードが足りないのよ、スピードが。もっとジェットスキーのスピード上げてよ。その方が立ちやすいんだから」
「でもブルマ、おまえすごい声出してたぞ」
「そ、そんなのは気にしなくていいの!あれは儀式よ。お約束よ。ジェットコースターだって、叫ばなきゃ楽しくないでしょ!?」
ああ、そうですか。
まくし立てるように言い切ったブルマに、俺はとりあえずの納得をした。この強気はまだまだ余裕…なのかな?
「まあ、あまり無理するなよ」
それでも一応は釘を刺すと、ブルマは俺から離した手を目元に当ててこう言った。
「べーだ」
「…………」
…単なる意地だな。
思わず目を瞠りつつも、俺はそう結論づけた。こりゃあブルマが乗れるようになるまで付き合うしかないな。この状況で俺が乗ったら、どうしたって機嫌悪くなるだろうからな…
ま、それもありかな。そういう、一見いかにもな遊び方も悪くない。きっと傍目には、俺が引っ張ってやってるように見えるだろう。実際は、引っ張らされているわけだけどな。
ブルマはそれきり無言となって、再びボードを足に着け始めた。そして勢いよく海へと飛び込んだので、俺はジェットスキーのハンドルに手をかけながら、少々高度なあり方を自分に課した。ブルマを振り落とさないよう抑えつつ、でも文句のつけようがない程度にはかっ飛ばす。ブルマも納得、俺も楽しい。さて、何回目で立てるかな。
ジェットスキーをゆっくりと進めると、やがてブルマとの間に距離が開いた。
すぐにぴんと張る、艇とボードを繋いだロープ。同時に少々気の張った声が耳に届いた。
「レディゴー!」


頬を切りつける風。激しい水飛沫。
「きゃあぁーーっほーーー!」
それらの音を掻き消すご機嫌な声を聞きながら、さらにスピードを上げた。加減する必要は、もう全然感じなかった。今度のその声は歓声だと、はっきりわかった。
「どーう?完璧でしょ!三回必要なかったわよーーー!」
「うんうん、すごいすごい」
もとよりある胸をさらに反らせて笑うブルマに、俺は二つ返事で感心してみせた。正直言って、こんなにすぐに乗れるとは思ってなかった。いや、すぐにじゃないか。えらい時間かかったもんな。…根性だな。気合いと根性。ブルマって、そういうの結構あるから。時々、自分の気が向いた時にだけ発揮するやつがさ。
「もう!張り合いないわねー!」
つい余計な事を思ってしまった報いだろうか。アクセルをオフにした時にはブルマはすでに笑顔を捨てていて、眉間に皺を寄せていた。その身をジェットスキーへとすくい上げながら、俺は自分の身をも救っておいた。
「いや、本当にすごいって。それで?何がいいんだ?」
「何の話?」
「賭けの報酬だよ。おまえの勝ちだろ?」
「そんなの考えてなかったわ」
けろりとした顔でブルマは言い、今度は外れなかったウェイクボードを足から外した。俺は笑って、その手からボードを受け取った。
そんなことだろうと思ったよ。
どうせ賭けなんてどうでもいいんだよな。じゃあなんであんなに熱中してたかっていうと、ノリだノリ。売り言葉に買い言葉。それさえもこの南国の太陽の下にあっては遊びの原動力だ。
「まっ、それはゆっくり考えさせてもらうわ。じゃあ次、あんたの番よ。あんな偉そうなこと言ってたからには、ばっちり決めてくれるんでしょうね?」
そんなわけで、今度はブルマが喧嘩を売る番となった。その言葉にではなく態度に、俺は応えておいた。
「お手柔らかに頼むよ」
すっかりいつもの気持ちとなりながら。なんていうかな、これが本来の形だ。情けないことに、頭下げる方が違和感ないんだよな、俺は。
そしてブルマはというと、誰にでも頭を上げていたいやつだ。だから、すぐさま飛んできたその言葉にも全然違和感はなかった。
「おっそーい。あんた頭下げるの100万年遅いわよ!」
おお、怒ってる怒ってる。…ま、そうだろうな。こういう時にブルマが甘い顔を見せることなど、ほとんどない。ましてや今は俺から喧嘩を売ったんだから…
「しっかり掴まってなさいよ。うんとかっ飛ばしてやるからね!」
さらにブルマはそう言って、それは気合いの入った表情でジェットスキーのハンドルを握った。それで俺はすっかり腹を括った。
しょうがない。ここは甘んじて打擲を受けよう。とりあえずは急なブレーキに注意。賭けの報酬については…その時になってから考えようっと。


「やるーぅ!かぁっこいーーーい!」
「今のもっかいやって!もっかい!」
――まったく、切り替えの早いやつだ。まあそれも俺の技あってこそのことだがな。
思いながら手を離した。ウェイクのハンドルから。前面から飛んでくる歓声に応えてうんと格好をつけてやった後で。やがてライディングを終えジェットスキーへ戻りかけると、ブルマが白い歯を覗かせたまま、ちょっとひどいことを言った。
「あんた武道家向いてないんじゃない?そうやって波に乗ってる方が、ずっと様になってるわよ」
「おまえはまたそういう言い方する…もっと素直に褒めてほしいな」
大いなる呆れを感じながら、俺は不貞腐れのポーズを取った。カジノの時もそうだったけど、ブルマってすぐそこのところに結びつけるんだよな。武道家であることなんて、俺自身忘れかけてたのに(それもどうかとは思うが)。そう、俺はこのいくつめかの初めてのマリンスポーツをとても楽しんでいた。ブルマが先日一緒にトーイングチューブをやった際に仕掛けてきたような悪戯を一切してこなかったので余計に。まったく純粋にスポーツとして楽しんでいた。そこへ今の台詞だ。
「んーじゃあ、武道家やめてマリンスポーツのプロになれば?」
そしてさらにこの台詞だ。今さっきまでの黄色い声はなんだったんだ。そう俺が思ったとしてもしかたあるまい。
「冗談に決まってるでしょ。はい次、あたしの番ね」
おまえの冗談はキツ過ぎるんだよ。それに、ちょっと本音入ってただろ。
軽やかに言い添えたブルマを横目に今や本当に不貞腐れた気持ちで俺はそう思ったが、口に出す気は毛頭なかった。虚しい突っ込みだ。その代わり、俺もちょっとだけ本音を覗かせておいた。
「まったく、海草に絡まれても助けてやらないぞ」
「そんなことありえないも〜ん」
…森に絡まれるのだって、ありえないはずだがな。
嫌みにも似た突っ込みは、また心の中に留まった。懲りないというか、学習しないというか。ブルマのやつ、完全に喉元過ぎてるな。まだ一日しか経っていないというのに。…まあ、ある意味その方が幸せか…
「ねえヤムチャ、あそこ行こ、あの沖の小島。今日はジェットスキーだから楽ちんでしょ?」
やがて元気に海へ飛び込ぶと、ブルマはそう言ってウェイクのハンドルから片手を離し、例の小島を指差した。もうすっかり慣れきったご様子。おまけに今や完全にご機嫌で、らしくもなく心優しくなっている。
「ジェットスキーじゃなくても楽勝だ。でもそうだな。この際だから、うんとかっ飛ばしてやるよ。しっかり掴まってろよ!」
だが、俺はその言葉を突っぱねた。だって、どうしてそこを心配するんだ。俺をなんだと思ってる。そのへんにいる非力な男と一緒にするな。慇懃無礼とはこのことだ。本当にこいつはひとにいろいろやらせるくせに、意識が低いんだから。
ブルマの嫌みったらしい冗談にではなく思いやりの言葉に触発されて、俺はジェットスキーのエンジンをふかした。すぐにブルマ言うところの『お約束』の反応が返ってきた。
「わっ…きゃー!きゃー!きゃあああーーー!!」
はは、叫んでる叫んでる。鼓膜が破れんばかりのでっかい声で。…まあ実際に鼓膜が破れることはないだろうが、ちょっと恥ずかしいな。
あきらかにこちらを見ている様子のカタマランヨットやディンギーの間を縫いながら、島へとジェットスキーを飛ばした。頬を切りつける風。激しい水飛沫。暑い夏に涼しさを運ぶジェットスキーの効果と、後ろから飛んでくる熱い声。
爽快感と愉快感の両方を味わいながら。
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