Trouble mystery tour Epi.6 (2) byY
わかると共に慣れてきた一方で、わかっちゃいるけど慣れられないこともある。
ダンスパーティのことではない。それはもう慣れ…てはいないが、なんとなく理解した。浮足立つこともない。荒療治を受けたからな。始めに大きな失敗をさせて――っていうやつ。『大きな失敗』が何なのかは、言わなくてもわかるだろ。
だから、ダンスパーティそのものに違和感はなかった。タキシードなんかを着込んでそこにいる自分自身についても。正装の場はともかく、正装にはもうすっかり慣れた。これで戦えと言われない限りはOKだ。
「踊るか?」
「もちろん!」
だから俺が慣れられなかったのは、俺の隣に佇むブルマの姿だった。前回同じ場面に遭遇した時には思わなかったことを、俺はダンスフロアに踏み込む段になっても思っていた。
――薄暗いダンスフロアの片隅で静かに言葉を交わす人々。生演奏に乗って優雅に踊る紳士淑女。
それらに混じっても、なぜかブルマが違和感なく見えるのだ。今に限って妙に淑女然としている。ドレスが上品なせいかな。ともかくも、あまりにも違和感なく周囲に溶け込んでいることに、違和感を感じる。と、少々失礼な感覚を抱いたところで、ふと思い至った。
俺はこれまで、こういうところにいるブルマを見たことがなかったのだ、と。
ブルマが時々パーティに行っていることは知っている。よく話を聞かされるし、見送りをしたこともある。でも、その場に居合わせたことはなかった。初めて居合わせた前回はあの有様だったから、知りようがなかった。
こういうところにいるブルマが、意外とそれらしく見えること。声高らかでも、雰囲気はいつもより上品になってること。柔らかな照明のせいだろうか、なんだかいつもよりもきれいに見えること。
今日は文句を言わないブルマを、俺はなかなかいい気分でエスコートした。…ステップを踏み出し、ブルマが胸を反らすまでは。
「そのドレス、あんまり実用的じゃないな」
「そう?」
「ダンスをするにはちょっとな…」
「とか言うわりにはしっかりしてるじゃない」
「…………」
さらりと切り返してきたブルマに、俺は反論しなかった。ブルマに文句をつける筋合いではないとわかっていたからだ。だって、肌出し過ぎ…ではないし、カットが際どいというのともちょっと違う。言うなれば体の線が出過ぎといったところだが、だからといって注意するようなデザインなわけではないのだ。今ブルマが着ているのは、目につく肌と言えば二の腕くらいの、しとやかなロングドレス――
…なにもこんなにきれいに体のラインを見せることないのになあ。
ドレスにかドレスを着ている人間にか、向けるべき方向のわからない不満を呑み込んで、俺はダンスフロアを回った。とりあえずは着ているドレスごとブルマを自分の陰に隠しながら。ここにはそういう目を向けてくる人間はいないようだが、それでも大っぴらに人目に晒すのは心情的にいかんともしがたい…
「あっ!」
俺がある意味エスコート役の気分を噛み締めていると、ブルマが小さく叫んで不自然に胸元にすり寄ってきた。
「どうした?」
「ううん、何でもないわ。何でもないからそのまま踊って。絶対に後ろ向いちゃダメよ!」
「そんなこと言ったって――」
なんだかわからないままに、俺はステップを踏み続けた。その結果、体が自然とそちらへ向いた。今しがたブルマがダメと言ったばかりの真後ろに。だって、ちょうど半周したところだったから、しかたがないんだ。
「――ああ、あの子たちか…」
フロアの反対側にあるカウンターバーの横の壁に、大輪の花が咲いていた。比喩でもあり、見たままの意味でもある。白と黄の太いストライプをバックにピンクの花と緑の葉が描かれた、膝上丈のドレス。どうやらまだまだ南国気分を捨て切れていないらしいミルちゃんとリルちゃんが、そんな派手なドレスを着て、大仰に手を振り、笑顔をこちらへ向けていた。
「手なんか振らなくていいから!」
ブルマは彼女たちを無視しようとしたばかりか、一瞬その腰から外した俺の手の動きをも咎めた。ずいぶんとあからさまに嫌ったもんだ。それでもダンスの輪の流れに逆らってまでも避けることはしなかったので、やがて近づいた二人に俺たちは捕まった。とりあえず一周はしたし、義務は果たしたよな。そう思いブルマの手を緩めたところで、二人がやってきて言ったのだ。
「お二人とも素ッ敵でしたぁー!やっぱあれですね、他に若い人いないから目立ちますね〜!」
「だよね〜。あーいいなぁ、あたしたちも踊りたーい!だけど相手がいないからなぁ。女同士じゃダメだよねー」
「そうだよねー」
「でもダンス踊りたーい」
「だよねー」
「そうだヤムチャさん、ちょっとあたしたちと一曲…」
「ダメに決まってんでしょ!」
当然のように言葉を繋ぐ双子と当然のようにそれを遮るブルマとを、俺は平和にも近い気持ちで見ていた。…漫才みたいだ。たいしておもしろくはないけど、オチが読める。そう、さすがの俺にもわかってきた。ミルちゃんが観察役兼相槌役で、リルちゃんが切り込み役、そしてブルマが突っ込み役だ。ミルちゃんとリルちゃんの役割は時々変わるが、ブルマの役はいつも変わらない。おかげで俺は出番がない。今なんかはっきりと俺に話が振られたのに、まるで入り込む隙がない。
「相手は借りるものじゃないの。自分で見つけるものなの。自分の相手くらい自分で都合しなさい!」
説得力あるなあ…
まさしくそれを実行した本人の言葉は、なかなか真に迫っていた。と、見つけられた側である俺は感じた。でも、俺とブルマの大変な馴れ初めを知らない二人はあっけらかんとしたものだった。
「えー、でも他にはおじいちゃんしかいませんよぉ」
「それにあたしたちどうしても彼氏がほしいってわけじゃないしー」
「だったら二人で遊んでなさい!」
「はーい」
くくっ…
俺は笑いを噛み殺すのに苦労した。この双子と出会っておよそ2週間、初めは俺との仲を疑っていたブルマが、今ではその尻を叩いたりしている。時間の偉大さを痛感しないわけにはいかない。
「じゃ、やっぱりなんか飲もーっと。ブルマさんとヤムチャさんも一緒に飲みましょうよー」
「あたしたち、ブルマさんがこっち来るの待ってたんですよぉ」
「は?あたし?」
にこにこしてブルマに纏わりつく双子と、体を引きつつもその隣を歩くブルマの後について、俺はバーへと向かった。すでに自分の役割が変わったことに俺は気づいていた――エスコート役から引率役へ。目に見える現実としては俺は後ろを歩いているが、心境はやはりそれなのだ。本当の本当にこの子たちをブルマに任せてしまうわけにはいかないのだ。俺は男だから。今一瞬だけどこの子たちも、俺をそう扱ったから。
「ジュースじゃないもの頼もうと思ったんですけど、よくわかんなくて。そしたらブルマさんがいたからー」
「前に教えてくれたやつはもう飽きちゃったから、違う感じのがいいなぁ」
ミルちゃんとリルちゃんはカウンターバーとブルマとを交互に見ながら、所謂猫撫で声というのを出した。うーん、残念ながらそれはブルマには効かないと思うなぁ。そう思う一方で非常に気になったことを、俺は訊いてみた。
「きみたち、お酒飲んでもいい年なの?」
この子たちが、初めて出会った頃のブルマより年上だとはとても思えないんだが。ひょっとして中学生なんじゃないかとすら思い始めていたところだったのに。
二人は明るく笑いながら言葉を濁した。
「やぁだヤムチャさん、そういうことは言いっこなしですよぉ」
「そうそう、せっかくの旅行なんですからー」
「ああ、そうだね。ごめんね」
咎めているわけではなかった俺は、素直に言葉を引っ込めた。女性が年齢を訊かれたくない理由にもいろいろあるってことだな。まあ、ノンアルコールドリンク飲ましときゃ問題ないだろ。ちょっとは文句言われるかもしれないが。『つまんなーい』とか。
結局のところ、俺はそれなりに彼女たちを子ども扱いすることにした。もともと子どもだと思っているからこそ、くだけて接しているということもある。でもブルマは、それなりどころか完全に子ども扱いしていた。つかつかとカウンターバーに近寄って、声も高らかにこう叫んだ。
「カルアミルク二つ。カルア抜きで!」
「おまえ…」
「この子たちにはこれでいいのよ」
まあそうかな…
なんとなく納得しながら、俺はまた時間の偉大さを痛感した。初めの頃にはまるっきり目の敵にしていたブルマも、今ではすっかりこの子たちを子どもだと認めている。じゃあなんでいつまでも嫌っているのかというと…………意地?
ブルマのオーダーに、バーテンダーは目を瞬かせていた。双子も同じようにしていたが、こちらは困惑ではなく期待と好奇心の現れだった。
「それ何ですかー?」
やがて無邪気に訊ねてきたリルちゃんに、ブルマはきっぱりと真顔で答えた。
「老若男女を問わず世界中で愛飲されているグローバルなノンアルコールドリンクよ!」
「…………」
俺はほぼ呆れ笑顔でそれを聞いていた。乗ってるな…頭だけ。気は全然乗っていないようだが。
そう、少しだけ構え始めていた。ビビるというほどではないが、考え始めていた。この場の締め方を。ブルマが双子を袖にしたがっている(というか、している)ことがわかったからだ。なんだかんだ言いながらも相手をするのはブルマのいいところだと思うが、そこまで邪険にするなら相手しなきゃいいのにと思うのも本当だ。
「ほら行くわよ、ヤムチャ!」
「えっ、どこに?」
「カジノとかいろいろあるでしょ!」
だから、やがてブルマが踵を返したこと自体は意外じゃなかった。ただ呆れた――だって、あからさま過ぎるから。体裁を取り繕ってもいない。おまけに声がでか過ぎる。
さっき感じた淑女の雰囲気は一体どこへ行った。
俺はブルマの代わりに体裁を取り繕って、双子に軽く手を振った。それから視線のアーチを抜けて、ダンスフロアを後にした。
結局また途中退場か。ロビーを歩きながらそう思ったが、口に出す気はなかった。文句を呑み込むつもりはない。でも、自分の沽券に関わったりでもしない限りは、ブルマに従うつもりでいた。
そういう意味では、俺もブルマに似てるかな。


そんなわけで鼻息荒くやってきたカジノで、だがブルマの意気が下がるのに時間はかからなかった。
理由は簡単。…一目賭けなんて当たるわけないだろうが。まったく、どこのギャンブラーだ。
それでも、例えどんなにスろうとも本当には困らないのがブルマの強みなので、ルーレットから手を引かせるに留めて、のんびりとビリヤードをやった。ゲームはナインゲーム。9番を残しつつさりげなくドローショットを決めてやると、ブルマが大きく伸びをした。
「ん〜〜〜。よーし、行くわよ〜」
そしてぶんぶん腕を振り回して勢いよくキューを握った。…前言撤回。まだまだ意気は下がってなかった。
「そう肩に力を入れるなよ」
残した9番と手球の位置を確認しながら俺は言った。9番は普通に撞けば落とせるところに置いておいた。手球だってそう悪くない位置にある。ここでブルマとビリヤードをするのが初めてではない俺は、手加減の必要性というものを覚えていた。だから程よく技を駆使しながら、じっくりとゲームの進み具合を楽しんでいた。
「そういうことあんたに言われたくないわね」
そこへいくとブルマは対照的だった。俺の言葉にますます意気を揚げ、同時に眉も上げて、キュー先にチョークをつけた。ゆっくりと台の上に屈み込む。球を見据える眼光が強い。ルーレットを外した鬱憤のためだろうか、かなり本気になっている。…あらかじめ手加減しておいてよかった。こういう時に勝ってしまうと、後が大変なんだ…
「あっ!」
ところが、またもやブルマは外した。ルーレットを外した時にも似た理由で。やがて繰り出されたのは無意味に強気なフォローショット。その勢いのあまりに球がポケットに弾かれたばかりか、その勢いのあまりに手球がポケットに落ちる始末――
「あ〜あ」
「だから言ったろ。力入れ過ぎなんだって」
というより、空回りしている。文字通りツキに見放されている…なんちゃって。
俺は心の中ではともかく口では適度に笑い飛ばしてやったが、ブルマは乗ってこなかった。欠伸なんだか溜息なんだかよくわからない息を漏らしてから、傾げた頭に片手を当てた。
「なーんか調子悪いのよね。やたらだるいしさ」
「少し疲れたんじゃないか?時差のせいで今日は一日が長いからな」
「あー…そっか。時差ね。なるほど…」
ブルマは素直に認めた。零された言葉よりもその態度が雄弁に物語っていた。派手に失敗したわりにはこの落ち着き。いつになく再燃しないやる気。どうりでルーレットもあっさり止めたと思った。納得顔で呟きながらブルマがキューを手放したので、俺は少し不覚を感じながら二本のキューを片づけた。時差なんてとうに慣れてしまっていたから(外で修行していると時々感じる)、全然思い至らなかった。でもそうだな、ブルマはもともとあまり体力がないし、その上グリーンシーニでは遊び詰めだったんだから、疲れが出て当たり前だ。
「じゃ、メシ食いに行こうぜ。それからゆっくり寝とけ」
「えー?だってまだ7時前なのに」
ブルマは軽く抵抗した。だから、俺も軽く本当のことを言ってやった。
「そんなドレス着て欠伸を連発するのはみっともないぞ」
「…しょうがないわね。じゃ、食事はまたあのカフェで済ませるわよ」
するとブルマが眉を寄せつつもそう言ったので、俺はすかさずブルマをカジノから連れ出した。この、不満気ではあるが一応は文句を言わずに連れ出されるところが、疲れている証拠だ。
「ん〜〜〜あぁぁ…」
カジノから例のカフェへと、欠伸を噛み殺すブルマの手を引きながら俺は考えた。今夜は早いとこベッドに入れて、明朝になっても起こさないようにして、たっぷりと休ませよう。そして、そのまま明後日までゆっくりさせよう。もうあんなことを言われないように。
そう、前回下船する際にブルマが何と言っていたか、俺はよーく覚えていたのだ。
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