Trouble mystery tour Epi.6 (3) byY
少しはのんびりできるかなと思ったんだ。
この退屈な船の中で。矛盾してるようだけど、ここは退屈だけど忙しないから。少しはのんびり――そうだな、ひさしぶりにトレーニングでも――まあ、そういう意味じゃ俺の予感は当たったわけだが…………


…終わりのない戦いほど疲れるものはない。
「あっ、半額!しかも今期ものじゃない。いいわね、買っちゃお」
スーツにバッグに靴にスカーフ。
「見たことない色ね。新色かしら。…ああ、免税店限定商品なの。そうね、じゃあ貰うわ。ええ、セットで」
香水に口紅、よくわからないクリームの数々。
「このベルト格好いい〜。ついでにあんたにも買ってあげるわ」
時々おまけのように俺の物。
やがて寄港したディーブルの街には、人と物が溢れていた。より正確に言うならば、物に群がる人々が溢れていた。ブルマもその一人だ。いつもの時々付き合わされるショッピングでは『これどうお?』なんて言いながらも俺の意見は無視して服を買ったりするのに、今は意見を聞こうとする素振りすらなくまったくの独断であらゆる物を買い漁っている。文字通り、目の色が変わっている。旅行前にも都でさんざん、そして旅行中にもクルーズ船でいくらか買い物をしていたが、それらの時とも全然違う。
「あー、いつ来てもショッピングに燃えるわ〜!」
その、かつてないほど意欲的に衝動買いに走る自分の姿勢を、ブルマは軽く笑ってそう評した。俺はというと、引きつった笑いを浮かべるのがやっとだった。
「つ、疲れた…」
「朝っぱらからトレーニングなんかしてるからでしょ。今日はディーブルだって言ったのに」
だから、俺の言葉にブルマが横睨みでそう返してきた時、俺も同じように横睨みを返してしまった。
「ここに来てから疲れたんだよ…」
そう、トレーニングは関係ない。ひさしぶりにトレーニングでもしようか、朝にはそう思っていたほどに清々しかった俺の心を疲弊させたのは、ブルマ、おまえだ。そりゃあ女の買い物の荷物なんてたいして重くはないけどな、だからといって何でもかんでもポンポン買うな。いやポンポン買うのはいい、だがいつまで続くんだ。もうかれこれ4時間は買い物してるぞ。…いっそもう街ごと買い取ってくれないだろうか。そのくらいの金はあるんだろうから…
「あっ、このティアラかわいい。この際だから買っちゃおうかな〜」
一体何がこの際なんだ。そんなもの買ってどうするんだ。
思わずそう言いたくなってしまう物にまで、そのうちブルマは手を出し始めた。ジュエリーショップのショーウィンドウに品よくデコレーションされて置かれていたヘアアクセサリー――花冠を模したティアラ。ちらりと目にしたそれはなかなか可憐ではあったが、でもだからこそこの上ない違和感を俺に与えた。普段はあまり行かないジュエリーショップの、上品ではあるが決して派手とは言い切れないこんなアイテムにまで目をつけるとは。これは大変な一日になりそうだ…
「よし、ここ入るわよ、ヤムチャ!」
まさに首根っこを掴まれて、俺はその店へと入った。そして、入った途端にわかった。ここは俺には最も無縁の世界だと。
「いらっしゃいませ、なんなりとお申しつけください」
「二番目のウィンドウに飾られている花のティアラをもっとよく見たいんだけど」
「かしこまりました」
なんていうかな。普段目にするジュエリーショップとは違うんだよな。格調とか、品とかがさ。 男が女にちょっと何か買ってやろうとして行くような店では絶対にない。 レッチェルで付き合わされたジュエリーショップの、さらに上といった感じだ。今時手動のドアに張り付いている男は異様なくらい深々と頭を下げているし、店を仕切っているらしい男なんてまるでかしずくようだ。
「こちら『レイア』でございます。野原で摘んだ花々で作った花冠をイメージしておりまして、グレスィア神話の山の女神が名前の由来でございます。花弁はメレダイヤ、中央はアイスブルーダイヤモンドで作られておりまして、どんな色のドレスにも合う、女性らしい優しげな雰囲気を醸し出すティアラです」
「なかなか素敵ね。おいくらかしら?」
「700万ゼニーでございます」
700万ゼニー!
それは…究極の衝動買いだな。
俺は軽く呆気に取られて、テーブルに広げられた黒いベルベットの布の上に鎮座ましますティアラを値踏みした。昔の癖で。…ブルーダイヤモンドか。わりと小粒だけど、いっぱいついてるからまあそのくらいはするかな。
「どうぞ手に取ってご覧ください。ダイヤはすべて同一の鉱山から二十年かけて掘り出されたものです。それをネックレスに仕立て上げ、古代の王が結婚相手である王女に贈りました。残念ながら王女は不慮の事故で亡くなられましたが、ダイヤは幾人かの持主の手を経て現代へと受け継がれ、この度ティアラとして生まれ変わったのです」
…なんかいわくありげな代物だな。つまりみんな手放してるってことだろ?縁起悪いから全然違う物にリフォームしちまったってわけか…
俺がそんなことを考えたのは、ブルマの買い物に興味があったからではなかった。ただ手持無沙汰だっただけだ。ここの店員は巷のジュエリーショップの店員とは違って、やたらと男の同行者に話を振ってきたりはしないらしい。品がいいのか見透かされているのかはわからないが、面倒くさくなくていい。だが暇だ…
「よくお似合いです。お嬢様にはダイヤのジュエリーが大変美しく映えますね。本当にこれはありきたりの宝石とは違いまして、私が思うに、この比類のない美しさは唯一無二と申しても過言ではないと…カットの見事さは言うまでもなく、その出所だけを申し上げても…」
そんな心境で俺は対外的には黙って鏡に向かうブルマを見守り、店員の口が回るに任せた。そして、やはり黙って新たなショッピングバッグを受け取った。


入る時とは違って、ブルマは一人さっさと店を出た。
かしずく男に笑顔を振りまいて、ドアマンにも笑顔を振りまいて、それは緩やかな足取りで店と俺を後にした。次なるショーウィンドウに飛びつくことも、すぐにはなかった。まさにほくほくといった感じの表情で、ゆっくり先を歩いて行く。どうやらかなりご満悦のようだ。ブルマのやつ、そんなに宝石好きだったかな?一瞬俺はそう思ったが、とりあえずは自分の欲求の方を口にした。
「そろそろメシ食おうぜ。…腹減った」
腹減ったというよりは、いい加減本気で疲れた。暇なのに疲れるというのもおかしな話だが、事実だ。
「あら…」
ブルマははたと足を止めて、なんだか怪訝そうな目つきで俺を見た。…あー、タイミング読み間違えたかな?一通り買い物したらメシを食ってなんとなくお開きにするっていうのが、いつものショッピングのパターンなのだが。それともいつもとは違って第二章が始まるのだろうか。それも飲まず食わずで。確かに今日はそのくらい熱が入っているようにも見えるなあ…
じわりと湧いた呆れは、早々に諦めへと変わった。連れが悟空じゃなく俺であることを、ブルマには感謝してもらいたい。悟空だったらもうとっくに、空腹で動けなくなっていることだろう。俺が皮肉な溜息をつくと、ブルマも軽い溜息と共に言った。
「一区画向こうにおいしいって評判のカフェレストランがあるから、そこ行きましょ。本当はランチの時間に行きたかったんだけど…しょうがないわね」
珍しく自嘲気味に。『教えてくれたらよかったのに』と言わないところを見ると、やっぱりだいぶん熱は冷めたらしい。冷めたというか、燃え尽きたな。過去最高の衝動買いだったもんなあ…
「食欲を凌ぐ買物欲ってすごいよな。絶対に進化の方向間違ってるぞ」
「どうせ男にはわからないのよ」
それでも、どれほど金を使おうとも本当には困らないのがブルマの強みなので、軽口を叩きながら一区画を歩いた。
もうどこのショップにも立ち寄らずに。ショーウィンドウをちらと見ることさえなかった。…本当に終わったんだな。
よかった…………
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