Trouble mystery tour Epi.6 (4) byY
…かわいい。
ブルマには、そう見えることが時々ある。時々というのは、単純な見た目の話じゃないからだ。顔の造作だけで言うならブルマは間違いなくかわいい部類だと思うけど、そうじゃなくて表情とか仕種の話。それも「かわいく感じられる」んじゃなくて、「かわいく見える」素振りについてだ。例えば、好物のイチゴを食べている時。何やら難易度の高いらしいメカを完成させてひたすら喜んでいる時。そういう時、ブルマはおそらくは心からの、無邪気そうな笑顔を浮かべる。
つまり何が言いたいのかというと、今がその時だということだ。…ちょっと回りくどかったかな。でも何ていうかこう、率直に褒める気にはなれない心境に俺は陥っていたので、口に出してはただこう言った。
「よく食うなあ…体のサイズが変わっても知らないぞ」
テーブルにあった2本目のワインボトルを取り上げ残り少なくなったブルマのグラスにワインを注ぎ、さらにデザートの皿をブルマの方へと滑らせてから。素直じゃない?いや、これはささやかな反抗ってやつだ。
なにせ俺は5時間も付き合わされたんだからな。それも昼食抜きで。どんなにブルマが幸せそうに見えようとも、ちょっとは怒ってやらなきゃいかん。
「余計なお世話!」
だが、怒られたのは俺の方だった。ブルマはまったく何の痛痒も感じていないようで、すでに手をつけていた俺の皿から新たな一口を奪っていった。そして頬に片手を当ててまたにっこりした。それはもう幸せそうな、とろけるような笑顔。
「こんなフレンチトースト初めて。舌がとろけちゃいそう」
ブルマは言ったが、俺の見るところもうとっくにとろけているようだった。ついでにほっぺたも落ちている。だからこそ俺はブルマに連れられてやってきたこのレストランで、結局は全部の皿をブルマに一方的にシェアさせてやったというわけだった。悟空が食べるのに集中している様は呆気に取られるばかりだけど、ブルマの場合はだいぶん印象が違うんだよな。それはブルマが女だからか、それとも彼女だからか。とにかく俺はブルマの笑顔に引き込まれ、うっかり『うまいか?』と言いかけた、その時だった。
「うん。すっごくおいしいからもう一皿ください」
あらぬ方向から、まだ口にしていない言葉に対する返事が聞こえた。続いて聞こえてきた声によって、それがリルちゃんの声だったということがわかった。
「あっ、リルずるい。あたしも!あたしもおかわりするー!」
これまで触れていなかったが、ミルちゃんとリルちゃんの声はそっくりなのだ。さすが双子といったところか。そして、俺が抱いた感想はそれくらいのものだった。
さほど奇遇だとは思わなかった。一緒に行動していなくとも、鉢合わせすることくらいあるだろう。自由行動の選択肢なんて限られているし、今いる免税地区は人と人が出会うにはそう広くもない。
そして、ブルマの受けた感覚も似たようなものであるらしかった。
「…出たわね」
声に険はあったが、声をかける気のまったくない素振りでもあったが、さらに声と共に片眉が上がったが、口ではそう呟いただけだった。だいぶん耐性ができてきたというか、少なくとも敵視するほどのことはない。…当然だよな。あの子たちはわりとカジュアルであるとはいえフレンチレストランでおかわりを要求するような子どもなんだから。まあブルマも俺の皿に手をつけてるから、同レベルなのかもしれないが。ともかくも、ちょっとかわいくなくなったのが残念だけど、まあそれだけのこと――
「じゃあ二人分お願いしまーす」
「ソースいっぱいかけてねー。…………あれっ、ヤムチャさん!」
では、済まなかった。ふと、追加オーダーを終えた双子と、ブルマを見ていた俺の目がかち合った。それというのも、双子がブルマの後ろ、つまるところ俺の正面に座っていたからだった。
「やあ。今お昼ごはんかい?」
遅いね。その言葉を呑み込みながら、俺は笑って片手を上げた。俺はこの子たちが嫌いではないのだ。好きでもないけど。…と、いうことにしておこう。ブルマの手前。
「はい。つい買い物に熱中しちゃって」
「わー、ヤムチャさんたちもいっぱい買い物しましたね〜」
たちっていうか、一人だけどな。なんてこと、もちろん言うはずがない。この子たちの前で、わざわざ喧嘩して見せることもあるまい。せっかくカップル扱いしてくれているんだからな。
そう、ここまでいろいろあったが、俺自身の双子たちに対する印象はさほど変わっていなかった。恋を夢見る少女。食べるのとか遊ぶのとかと同じレベルで。だからこそ俺とブルマにちょこちょこ絡んでくるんじゃないだろうか。だって、俺が一人でいる時はほとんど声かけてこないもんな。必ずと言っていいくらいブルマが一緒にいる時か、或いはブルマに声をかけるかだ。いい意味で俺はおまけというか…だから俺も安心して接していられるんだ。
「違うテーブル同士で話をするのやめなさい。他のテーブルの人に迷惑よ」
「はーい」
それに結構素直だし。ウーロンであれば『何だよ、堅いこと言うなよ』などと言うようなブルマの言葉に声を揃えて明るく応えた双子から、俺は黙って目を離した。ブルマがちょっと不機嫌そうに見えたからだ。見えたっていうか、声が尖っている。まったく、ブルマも大人げないよなあ。そうも正論で隙なくやっつけなくたっていいのに。相手は子どもなんだからさ。
というようなことを、ブルマには決して言えない俺であった。だって、ブルマの気持ちがわかるから…一言で言えば、怖いからだ。本当にやきもち焼きなんだから…
「ヤムチャさんたちはこの後どうするんですか?まだ買い物するんですか?」
一方双子はと言えばたいして堪えたような様子はなく(まあ俺とは立場が違うからな)、にこやかに笑って話を続けた。向かい合って座っていた俺とブルマの両隣の席へと体を滑り込ませながら。おかわりがくるまでの暇潰しといったところか。
「うん、いや、買い物はもう終わった…」
「あ、じゃあ帰るんですね。ぐうぜーん!あたしたちもなんですよ〜」
「船まで一緒に行っていいですか?荷物が結構重たくって」
いや違った、おかわりがきた後の算段だった。見ると双子のテーブルには、ブルマに勝るとも劣らない数のショッピングバッグが置かれていた。…いや、ブルマは一人、双子は二人であることを考えると、圧倒的にブルマの勝ちかな…
「ああ、いいよ。一緒に持ってあげるよ」
とはいえ俺にとっては、ついでにしかならない量だった。だからまさしくついでの気持ちでそう答えた。そして、それが発端だった。
「ダメよ!まだ行くとこあるんだから。あんたはあたし以外の荷物持たなくていいの!」
そう、発端だ。失敗とまでは言わない。だってそうした俺にブルマがチェアを蹴ってそんな風に怒鳴ったことは、唐突ではあったが決して意外なことではなかったのだ。考えてみれば当然のことだった。でも、例によって俺がそう考えたのはもう少し後のことで、さらにこの時の俺は思わず言ってしまった。
「えっ、まだ買い物するのか?」
てっきりもう解放されたものだと思ってたのに。そう思った俺を一体誰が責められよう。
「わーブルマさん気合い入ってるぅ〜。でも、この辺りはお店が閉まるの早いですよ。ほとんど夕方には閉まっちゃうみたいですよ」
「もうたいして時間ないし、続きは明日にしたらどうですか?」
するとすぐに双子がそう言ってくれた。すでに仁王立ちになっていたブルマの迫力に押されもせずに。その瞬間、俺はふとクルーズ船のチャイニーズレストランで食事した時のことを思い出した。あの時といい今といい、この子たちの冷静なこと。やっぱり立場の違いだな…
「するったらするの!ほら行くわよ、ヤムチャ!」
呆れというか諦めというか、まあそんな気持ちが湧いたところで、ブルマが偉そうに言い切った。そして乱暴に自分の荷物を引っ掴んで、テーブルと俺に背を向けた。
「しょうがないな、もう…」
すでに意固地になりかけているのが、俺にはわかった。だから、苦笑しつつも腰を上げた。その途端だった。
「いいわよ、来なくて。その子たちと一緒にいれば?」
「え?」
ブルマの態度が一変したのだ。まさに180度違う台詞をいきなり放たれて、俺は一瞬呆然とした。ブルマは最後に買った一番小さなショッピングバッグを片手で弄びながら、背を向けたままさらにゆっくりとこう言った。
「嫌々ついてこられても嬉しくないから。あたしはもう行くから、あんたはあんたのやりたいようにやりなさいよ」
「ちょっとブルマ何言って…」
そしてあまつさえ、そのままテーブルを離れた。すたすたと。それは静かに。俺はすっかり呆気に取られた。肩透かしを食らったような気分だった。でも、目の前の現実にはちゃんと気づいていた。
「待てよブルマ、俺も行くって」
さっさとキャッシャーにカードを渡しているブルマが、俺を無視することに決めたという現実。かなり一足飛びなような気はするが、事実だ。そういう感触に関しては、俺は百戦練磨なのだ。
「悪かったよ。荷物も俺が持つから…」
そんなわけで、俺はブルマの手を掴んだ。ブルマにレストランのドアを潜られてしまう前に。ドアを閉じてしまえば、意固地に頑固が加わるということがわかっていたから。何より俺自身に、事を荒立てられるような謂れがなかったからだ。
するとブルマは俺の手を振り払って、口の端だけを上げて薄く笑いながら言った。
「結構よ。これくらい自分で持てるわ。あんたはあっちのかわいい彼女たちの荷物を持っておあげなさい」
まさかそれが本心だなどと思ったわけはない。だが、俺は言葉を呑んだ。その数瞬のうちに、ブルマはレストランを出て行った。すたすたと。最後に静かに締められたドアを見て、俺は呆然から覚め首を捻った。
…なんだ、あいつ。
なんだかおかしな怒り方だな。笑ってるくせに殺気立ってて…いや、殺気立ってるくせに笑ってて、かな。とにかくすごく笑顔が怖かったぞ。俺、そんなにひどいことしたか?
ついうっかり『荷物持ってやる』って言っただけだぞ。まあ、それがおもしろくないんだということはわかるが。それにしたって、あの台詞はなんなんだ。
『嫌々ついてこられても嬉しくないから』なんて、よく言うよ。ほとんど一方的に計画した旅行のくせに。ショッピングだって、半ば強制的に連れ出したくせに。
俺は文句を言っているのではない。らしくないと言っているのだ。今さらもいいところじゃないか。おまけにあの怒り方…
まくし立てられたり、睨みつけられたりするのには慣れていた。襟首を掴まれるのも、それとは反対に無視をされるのにも慣れていた。でも今のはそのどれとも違う…
俺が記憶を探っていると、ミルちゃんとリルちゃんが隣にやってきた。
「もうヤムチャさんってば、何してるんですか。早くブルマさんを追いかけましょうよ」
「そうですよ。ここは絶対追いかけるところでしょ」
「そして港でキスするんだよね!」
「あのボーッていう音をBGMにね!」
船は停泊してるから、汽笛は鳴らないと思うよ。
さすがに口にはしなかったが、俺はそう思った。やっぱり、この子たちに責任を負わそうとは思えない。本人たちも無関係だと思っているようだし…
「さ、ヤムチャさん早く!ブルマさんいなくなっちゃう」
「え、君たちも来るの?デザートのおかわりは?」
「もう全部食べました」
いつの間に…
そんなわけで、俺は双子に促されるままにブルマの後を追った。
とはいえ、例え一人であってもそうしただろうということは言うまでもない。
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