Trouble mystery tour Epi.7 (2) byY
荒野。砂漠。密林。山。海。湖。
俺はこれまで様々な場所で修行してきた。
街のスポットなんかには全然詳しくないが、未開の地ならばかなり行った。
…と思っていたのだが、ここにきて未だ一度も行ったことのない場所があることに気がついた。
それが『洞窟』だ。


「ん〜、雰囲気あるわね〜!」
洞内に反響するブルマの声を聞きながら、俺はカンテラを掲げた。吹き抜けのような高い天井につらら状の鍾乳石がびっしりとぶら下がっているのを見つけたからだ。2kmにも渡る鍾乳洞内に入る際に渡された青いカンテラの光が、鍾乳石を幻想的に照らし出す。染み入るような青の泉水。だがその雰囲気に俺は呑まれず、むしろ少々現実的なことを考えた。
「水滴が光って星空みたい。ロマンティックねー!」
この旅行で一つわかったことがある。それは、ロマンティックイコールクラシック、ということだ。少なくともブルマにとってはそうであるらしい。科学を信奉する反動かもな。
「思い出すわ〜。昔、孫くんたちと行った海賊の洞窟。まあ、あそこはだいぶ人の手が入ってはいたけど、海の洞窟っていう点では似てるわよね」
饒舌且つうっとりとしたようなその声に、俺は答えなかった。なぜなら、俺にはその記憶がないからだ。『海賊の洞窟探検』だなんて、そんなおもしろそうなこと、俺だって知ってたら絶対に行ってた。特にあの時は、都の生活にだいたい慣れてでもいまいちピリッとしたことがなくて、非常に退屈していたところだったしな。…表向きは。実際のところは…
「う〜ん…」
ブルマが海底で悟空たちと探索行をしていたその時、自分が都で何をしていたのかということを、俺は忘れていなかった。…何もしていなかった。ただ考えていたのだ。何をって?それは…
「何唸ってんのよ?」
ふいにブルマがそう言って、横から顔を覗かせた。通路の狭いところを抜けたのだ。
「あ、いや…なんだか節操のない旅行だなと思ってさ。ついこの前盛大に街で買い物したと思ったら今度は鍾乳洞で、この後イルカ…」
俺は咄嗟に誤魔化した。さすがに、過去の喧嘩話までを掘り起こす気にはなれなかった。
「それが世界を見るってことでしょ。これは世界一周旅行なんだから」
そうかな…
『世界を見る』と言い切るには、だいぶん偏っているような気がするが。まあ、こういう派手なところと、俺が普段修行がてら踏み入れている辺境とを合わせれば、『世界を見た』と言えるのかもしれんがな。
そんななんてことないことまでを心の中で呟いたのには、理由があった。隣にやってきたブルマが口を開きかけた時、後ろから反響してきたその声がブルマの言葉をも遮った。
「イルカいいじゃないですか〜。かっわいいよねイルカ!」
「あの島もかわいいよ〜。ベーグ島だっけ?漫画に出てくる無人島そっくりなやつ」
「あーあれ。あれは絶対写真撮らなきゃだよね。あたしあそこでイルカの背中に乗るんだ!」
「あたしもあたしもー!」
ミルちゃんとリルちゃんだ。二人の気持ちはすでに2km先へと行ってしまっているらしく、盛んに現在地の清閑な雰囲気を壊していた。だが、俺はそれを諫めはしなかった。『周りの人に迷惑だから』、もはや常套句となりつつあるその言葉を使う気にはなれなかった。
「背中に乗るのは無理だと思うよ。イルカは人間の表情を察知する、とても繊細な生き物だからね。まあ、ベーグ島にいるバンドウイルカは人懐こいから、一緒に泳ぐことならできるけど」
「へー、詳しいですね、キールさん」
「僕はもう二度ほどあそこに行ってるからね。反対回りからだけど。それにイルカのことならね」
「さっすがイルカマニア!」
「イルカ博士ですね!」
「好きなのはイルカだけじゃないけどね。僕は今回は、ベーグ島じゃなくて環礁の南側にいるハシナガイルカを見に行くつもりなんだ」
「あ〜、そんなのもいるんだ〜」
「本当に詳しいですね〜。それ、あたしたちも連れてってくださーい!」
今、他には例の饒舌な男――キールしかいないからだ。
そう、なぜか俺らは行動を共にしているのだった。もう完全に成り行きとしか言えない流れで。…別に邪魔ってほどじゃないけど(あっちはあっちで気があってるみたいだし)、ただなんとなく、プライベートなことを話すのが躊躇われるんだよな…
「いいよ。ボートかカヌーを借りて行くつもりだから、乗せてあげるよ。ブルマさんたちはどうですか?ご一緒に」
…なんとなくってことはないか。
キールが一見ついでのように、だがその実しっかりと話と顔とをブルマに向けたので、俺も観念して自分の気持ちと向き合った。
理由なんかはっきりしてる。あまり認めたくはないけど、こいつのせいだ。この男がいるとなんとなく(あ、結局使っちまった)気が散るんだよ。…こいつが、散らしてくるんだよ。
「そうね〜…」
「行きましょうよ。みんな一緒の方が楽しいですよ」
もちろん、俺も頭数には入っている。それがわかっていたからこそ、俺は口を噤んだ。割って入る程の状況ではないし、この洞窟には一グループとして入っちまったから無理矢理引き離すこともできないし、だいいち…………う〜〜〜ん、何て言えばいいんだ、こういうの。そこまでするほど嫉妬してるわけじゃないんだよなぁ。ただなんとなく、気に食わない、と。こいつは俺たちをカップル扱いしてるのに、なんでだろうな…
俺とブルマは二人して無言になって(ブルマがそんなには乗り気じゃないっていうのも、俺の怒りに火がつかない理由の一つだ)、並んで先を歩いた。キールはそれ以上押してくるでもなく、でも引くでもなく、そのままミルちゃんリルちゃんと話を続けた。…ひょっとして、そういうところが気に食わないのかな。などと思っていると、やがて大きな石柱に差し掛かり、次の瞬間光を浴びた。
俺は一瞬目が眩んで、ゆっくりと瞬きした。するとその石柱の陰から出てきた少年が懐中電灯を足元に向けながらこう言ったので、また瞬きした。
「あっ、ヤムチャ様。こんにちは!」
「ん…?あ、えーと…」
満面の笑顔を閃かせたその少年に、俺は見覚えがなかった。だが実はそうではないということを、俺より断然脳みその皺が多いブルマが教えてくれた。
「あんた、あの時の子よね。部屋に象牙細工売りに来た…」
「…ああ、あの時海に落ちた子か」
やっとのことで過去の記憶を引っ張り出した俺に対し、少年はとてもすまなさそうに頭を下げた。
「プーリです。ぼく名前言ってなかったんですね。それじゃ、何かあっても声かけられませんよね。ごめんなさい、自分で声かけてくださいなんて言っておいて…」
「ああ、いいよ、いい、いい。店に行ったりしてないから」
俺は完全に思い出した。確か、どこかで働いてるって言ってた。いや、まだ完全にじゃないな、これは。うーん、我ながらなんて脳みその皺が少ないんだ。
「あれ、プーリだ」
「どうしたの、こんなところで。仕事お休み?っていうか、なんでこんなとこから出てきたのー?」
とはいえ、ミルちゃんもリルちゃんもこの少年のことを知っているようだったので、俺はまったく説明せずに済んだ。……あ?キール?いいんだよ、一人くらいはわかんなくても。
「はい。今日はお客様はほとんどいらっしゃらないですから、少しだけ時間貰ったんです。うちでは鍾乳石も扱っているので、見る目を養うためにここへは時々来るんです。でもあんまりお金ないから、半値の料金で途中の穴から入れてもらうんです」
「そうか。じゃあ、一緒に行くか?」
半ば条件反射的に、俺はそう言っていた。この旅行でもう一つ、わかったことがある。俺はどうも子どもに弱いらしい。特に素直で純朴そうな子どもに。例えば今みたいな時なんか、もし相手が大人だったら『よし、がんばれ』と言って終われるんだが、こういう健気に働く子どもだと、どうも肩入れしたくなる。自分自身が働く子どもだった(盗賊だけど)からなのかもしれない。
「はい!ありがとうございます!カンテラはぼくが持ちますね!それからよかったら、順路からは外れちゃいますけど、とっておきの場所へご案内しますよ」
とはいえ、実際に肩入れされているのは俺の方だった。そして俺はその事実に逆らわなかった。プーリの緑色の瞳が本当に嬉しそうに輝いていたからだ。ちょっぴりプーアルのことを思い出した。短い腕でカンテラを精一杯高く掲げるプーリの後ろについて再び歩き出すと、ブルマがにこにことにやにやの中間のような笑顔で、本音とも嫌みともつかない言葉を零した。
「いいわね〜。あたしもこんなかわいい従卒がほしいわ」
「おまえにはあの男がいるだろ」
だから俺も、我ながら本音とも嫌みともつかない言葉を返してやった。真意はともかくとして、キールがブルマに気を寄せているのは本当だからだ。さすがに今日のこの状態で空っ惚けたりはしないだろう。
思った通り、ブルマは惚けたりはしなかった。思いもしなかったことに非常に不本意そうな顔をして、この上なくひどい台詞を吐いた。
「え〜…だって、キールってばダンスの時しか使えないんだもん」
…こいつ、本気で言ってるな…
ほっとするより先に、俺は眉を顰めた。…なんてやつだ。少し不憫になってきたな…………あ、俺がじゃなくて、あの男がだぞ。
「一昨日ダンスしてた時は、あんなに乗ってたじゃないか」
「だって、ダンスは上手なんだもん。乗ってるように見えたんなら、それはキールのリードのせいよ。キールって、相手を乗せるの上手いのよね〜」
「はいはい、どうせ俺はダンスが下手ですよ」
だがすぐに、俺自身が不憫な立場に追い込まれた。もはや怒りではなく溜め息を禁じ得ない。どうしてそれを俺に向かって言うのか。本人に言うよりマシか?とてもそうは思えないな。本当のことなんだろうからなおさら。
そう、きっと本当のことだ。なぜなら、あの時と今とでは、キールに対するブルマの態度に落差があり過ぎる。
「あんたの場合はそれ以前の問題でしょ。まだ一度もまともにダンスしてくれてないじゃない。最後まで綺麗に踊りきったこと、一度でもあった?」
「なんだよ、俺のせいか?」
そこへいくと俺なんか、いつだって常に変わらず当たりが強いときている。まったくこれっぽっちの遠慮もない。隠し事がないを通り越して、完全に傍若無人だ。はっはっは…
「別にあんただけのせいだとは言わないけど。でもあんた、いっつも肝心なところで間が悪いからね〜」
「それのどこが俺のせいにしてないと言うんだ…」
「深読みするといいことないわよ。それにそう思うんなら、次はちゃんと踊ってね」
その〆の言葉に、俺は返事をしなかった。怒っていたからではない。呆れていたからでも、一応ない。そんな返事、わざわざ返してやるもんか。…くどいようだが、怒ってるわけじゃないぞ。
気づくと、前を歩いていたプーリが、どこか見覚えのある表情をして俺たちを見ていた。不安そうな、心配そうな、はらはらしているような憂い顔。俺はまたプーアルを思い出した。俺がブルマと喧嘩しそうになるたびに見せていた、あの顔を。
ブルマが黙って手を振った。ちょっとわざとらしいくらいの笑顔を閃かせて。『こんなのいつものことだから』――非常に不本意な意思をその顔に読み取って、俺は沈黙を守った。
その、まあ、なんだ。つまりは、そういうことなのだ。
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