Trouble mystery tour Epi.7 (3) byY
洞窟って案外おもしろい。
何がどうおもしろいのかと訊かれても困るが、なんとなく先へ進みたくなる。本能的なものかもな。なんにせよ、ショッピングより楽しめることは確かだ。
足元に気を配りながら、俺はプーリの後を歩いた。道はだんだん狭く、下り坂になっていった。さらに順路から外れているだけあって、岩がそこらへんにごろごろ転がっている。いくつめかの岩を脇へ蹴り転がしたところで、半歩後ろを歩いていたブルマがまた文句を言い出した。
「ねえまだなの?あたし疲れたんだけど。そろそろ休みたーい」
一体どこで休むというんだ。
俺は軽く周りを見渡した――言わずもがなの、一面の岩場。しかも今では通路は、両手を伸ばせば塞げそうな程に狭くなっていた。俺たちから少し遅れてやってくる、ミルちゃんリルちゃん、そしてキール…
「もう少し、この小道を抜ければすぐですから。地底湖もあってそれはきれいなところですよ。ぼくは写真でしか見たことがないんですが、時々個人の旅行者が専門のガイドを雇って行くらしいんです。そのガイドの人がこの鍾乳洞の一番の見どころはそこだって教えてくれて…」
そして、その結論に達した。明るく励ますプーリに続いて、俺はブルマの尻を――実際には背中を――叩いた。
「ほらがんばれ、そういうの好きだろ」
いざとなったらおぶるくらいはしてやるが、その前にちょっとは根性見せろ。俺は二日もショッピングに付き合ったんだ、ブルマもこのくらいがんばったっていいだろう。
「う〜」
ブルマは不満そうな声を漏らして、いかにも渋々といった様子で歩き始めた。…たぶんみんながいなかったら、こいつも『おぶって』とか言ったんだろうな。
苦笑いを噛み殺して、今度は俺が手を振った。プーリに向かって。まだ少し気にしたようにこちらを見る視線を前へ向けさせるために。…なんだな。他人と一緒に行動して一番変わることは、こういう手間が出てくることだな。ブルマの言動は慣れない人間にとってはキツいだろうからなぁ…
そういう意味では、キールはうまくやってるわけだ。そう俺が考えたのは、嫉妬によるものではなかった。単に今一緒にいるから、観察してみただけに過ぎない。なんとなくわかってきたのだが、たぶん俺はこの男自身が好きではないのだ。だって、やつがブルマと話をしていなくても思うのだ。
「ねえ見てこの鍾乳石、剣みたーい」
「ホントだ。ぴかぴかしててリアル勇者の剣だね」
「必殺なんとかスラッシュ!えぇいっ!!」
「ぎゃ〜、やられた〜」
「あれあれ、鍾乳石を折っちゃダメだよ」
「やだなぁ、そんなことしませんよ」
「ここに落ちてたんだよね」
「そうなの?でも危ないから置いておこうね。女の子がそんなもの振り回すもんじゃないよ」
「はーい」
その八方美人なところどうにかならんのか、と。それも女に対してだけ。俺に対しては、冷たくなくとも結構素っ気ないのに。要するにフェミニストなんだよな。それはわかるが、ちょっと露骨すぎるよなぁ…
…ま、俺には関係ないけど。
嫉妬ではない証拠に最後に俺はそう思って、足を止めた。下り坂の終点に着いたのだ。一見これまで目にしてきたものと何ら変わらない雰囲気の、地底湖を臨んだ広場。だがプーリがカンテラを消しこれまで使っていなかったランプを点けると、様相が一変した。次の瞬間、洞内に女性陣の歓声が響いた。
「わぁ…」
「すっごぉー!きっれぇー!」
「うわぁ何これ!星空みたーい!」
まるで生命を得たように、青く輝く岩々。天井など真っ青と言ってもいいくらで、まるで青いドームのようだ。宝石?それにしてはすご過ぎるな。
俺が呆気に取られていると、プーリがランプを動かしながら種明かしをしてくれた。
「ここの鍾乳石には特殊な鉱物が含まれていて、このランプの光を当てると青く光るんです。特にこの辺りに多く集まっていて…」
「へぇー。不ッ思議〜」
「なるほど。短波長紫外線ランプとタングステン鉱ね」
さらに詳しい仕組みをブルマが教えてくれた。実のところはさっぱりわからなかったが。さらに、 さすがのその知識は、小さな呟きだったので、俺以外の者の耳には入らなかったようだった。でも、だから聞き流したというわけではなかった。
「お疲れお疲れ。ご苦労さん」
どうやら今は科学談義をするような気分ではないらしい。ということが、その気だるそうな雰囲気でわかった。地底湖の傍の岩に並んで座りながらその理由の一つをまずは労うと、ブルマは一見いつもの調子で返してきた。
「何よ今さら。それとも嫌み?」
「まさか。おまえの体力じゃちょっとキツかっただろうなと思ってさ」
「わかってんなら手くらい貸しなさいよね〜」
さらにぶつくさ言いながら、こちらに寄りかかってきた。それで俺は手を貸さなかった代償として、肩を貸した。ブルマは疲れているんだろうから――ではない。
そういう気分なんだろ。ブルマは科学者でありながら、ロマンを求める女でもあるから。いつもはその性質が自ら求めるものを壊したりしているものだが、今は短波長紫外線ランプで照らされたタングステン鉱とやらが、それ以上の物に見えているに違いない。何しろ――
「ねっ、写真撮ろうよ写真!」
「キールさん、写真撮ってくださーい」
「こっち、こっち。ここでお願いしまぁーす」
「3、2、1、イェーイ!」
――こういう外野の声をも無視して、くっついてきたりするくらいなんだからな。いやもう本当にあまりにも見事な無視具合で、申し訳なくなってしまうくらいだ。
言うなれば、俺はブルマほど周りを忘れることはできなかったので、この場は肩を貸すに止めた。気分的には、肩を抱きたいくらいのものにはなっていたが。俺はいつだってシチュエーションにというよりは、ブルマ自身に感化されるのだ。まあ、ブルマと付き合う人間は誰でもそうなるかもしれないな。ブルマは気分が乗っている時はかわいいから(それ以外の時については敢えて言わないことにする)。
やがてブルマはくるりと体の向きを変えると、おもむろに靴を脱ぎ、湖で足をぱちゃぱちゃやり始めた。
「冷たくないのか?」
「冷たいけど、気持ちいいわ。ねえ、それよりも、なんだかさっきよりも水かさが増したと思わない?」
「そうか?水が流れてるような感じはしないけどな」
「満潮かしら。この湖、海と繋がっているのかもね」
言うとブルマはまたもや体を寄りかからせてきた。俺が隣にいたからというのもあったかもしれないが、俺が隣にいるからといっていつもそうしてくるわけではないということは、説明するまでもないだろう。
「…ねえ、キスして」
「えっ…な、なぜ?」
それだけわかっていたにも関わらず、俺はそう問い返してしまった。おもむろに向けられた上目遣いの視線を受けながら。
ブルマはちょっと怒ったように瞳の色を強めて、きっぱりと言い切った。
「なぜって、そういう気分だからよ」
「ああ……」
…あ、びっくりした。
俺は心の中で胸を撫で下ろした。なんとなく、何かやらかしたかなって気がしたのだ。何もしてないのに、どうしてだろう。…性だな、これは。
そして、すっかり呑み込んだ今となっては、窺うべきはブルマの機嫌ではなかった。
「…うーん、ちょっと今は…」
「やっぱりダメかぁ。そうよねー。ちぇっ」
背後のギャラリーをこっそり窺った俺に対し、ブルマは思いっきり邪魔くさそうな視線をそちらへ飛ばした。それから頬に手を当て、いかにも不貞腐れたように足を投げたので、俺は思わず笑ってしまった。
「あっ、何笑ってんのよ」
「いや、まあ、その、なんだ」
『笑ってないよ』などと言うつもりは俺にはなかった。いつもは即座にそうしてしまうところだが、この時は違った。
「はっきり言いなさいよ、はっきり!」
とはいえ、からかうつもりもなかった。だからブルマの言葉に乗って、素直に答えた。
「うーん、じゃあ…かわいいなと思って」
「そんなの当たり前でしょ!」
おっと、そうきたか。
いつもはあまりしないタイプの開き直りを見せつけられて、さっきまでは露ほどもなかった悪戯心がむくむくと湧いてきた。それで俺は思いっきりおどけて言ってやった。
「ああ、はいはい、そうでした、いつものことでした」
「終いにゃ怒るわよ!」
もう怒ってるくせに。
両手を振り上げてのわざとらしい打擲を、俺は笑顔と片手で受け流した。その時だ、後ろからミルちゃんがこう言ったのは。
「もう、ブルマさんとヤムチャさんてば、まーたケンカして〜」
いやいやいやいや、ケンカじゃないだろ、これは。誰がどう見てもケンカじゃないだろ。
さすがにこの時ばかりは、俺も声を上げようと思った。ミルちゃんとリルちゃんにだけそう思われるのならば構わない。いや、プーリに対してもいい。みんな子どもだからな。だけど――
「あっ!ブ、ブルマさんあれ…」
ふいに、その例外的人物が声を上げた。ブルマに向かって。
「え、何?」
だが、やつの目と指は湖へと向いていた。ブルマのみならず、皆がそちらへ目をやった。今の今まで波風一つ立っていなかった水面に、霧のようなものが上がっていた。霧と違うのは、青いところだ。
キールとブルマがほとんど同時に口を開いた。
「ブラックスモーカー――いや、青いからブルースモーカーか。だけど、鍾乳洞にそんなもの…」
「それって海底火山から噴出するあれ?でもこんな浅いところで…」
「おい、おまえら一体何の話をしてるんだ」
大人げないと思うだろうか。その状況に、俺は眉を顰めた。そう、俺は教えてほしかったわけではないのだ。二人の話す専門知識は確かによくわからなかったが、事実がすでに目の前に見えていた。
「わぁお!」
「すっごぉーーーい!!」
大きな噴出音と共にほとばしった水が、天井を直撃した。温泉?それにしては蒸気の量が――
「感心してる場合じゃないわよ。早くここから出なきゃ!」
「えー、もうちょっと見ていたーい」
「あれはすっごくあっついの!おまけに猛毒性よ!きっともうすぐ水が溢れ出すわ。そしたら火傷どころじゃ済まないわよ!」
やはりな。
知識はなくとも、危険は肌で感じ取れる。俺はそういう人間だ。そして、その対極にいるのがキールだった。
「あっ!!」
キールがそう叫んだ時、俺はやつよりもブルマから遠い距離にいた。それにも関わらず、動いたのは俺の方だった。
「きゃっ」
その叫びを耳元に聞きながら、俺はブルマの体をかっさらった。熱水が溢れ出したのだ。さらに移動先にいたプーリの体をも抱え上げてから、俺は未だ観光客気分でいるらしい二人に向かって叫んだ。
「ミル、リル、背中に掴まれ!」
キール?キールは――男なら自分の身くらい自分で守りやがれ!
双子が背中に巻きつくのを待って、地面を蹴った。直後、キールが膝下にしがみついてきた。どうやら咄嗟に逃げる本能くらいはあるらしい。やつの体が水に触れない高さまで飛び上がった直後、今まで俺たちが立っていたところが湖に呑み込まれた。靄がかった空気が通路へと流れ出していくのが見えた。
「うっひゃあぁぁあ〜」
「ねえねえ、あたしたち浮いてるよ!」
「うっそーーー!」
驚いてはいるが、いまいち危機感の感じられない双子の声を、俺は無視した。
「みんな、しっかり掴まってろよ!」
はっきり言ってさっぱりわからん展開だが、自分のやるべきことだけはわかっていた。
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