Trouble mystery tour Epi.7 (5) byY
「えっと、エリアポイントがSWT5254647Rだから…もうちょっと西ね。そろそろスピード落として。あんまり飛ばしてるとイルカが逃げちゃうわ」
360度の青い海をブルマのナビに従って行くと、やがてその島が見えてきた。パッと見、武天老師様の住んでいる島にも似ている。違うのはあそこよりは幾分大きなことと、周囲の生態系だった。
「いたいた。見てよ、こんなに集まってきたわ。本当に人懐っこいのね」
俺たちの乗るボートにわらわらと寄り集まってくるイルカの大群。すでにボートをつついたりしている数頭に続けとばかりに、島の方からどんどん新手がやってくる。水が透き通っているので、よく見えるのだ。
「よ〜し、行くわよ〜」
「あ、おい、シュノーケル…」
「いいわ、いらない」
ボートを止めるとブルマは意気揚々と立ち上がって、意気込みも露わに海へと潜っていった。俺はそれに続かなかった。なんとなく、先の展開が予想できたからだ。
ものの数秒も経つと、イルカたちは一斉にその地点へ潜り始めた。きっとその辺りにブルマがいるに違いない。人懐こいというより、人が珍しいんじゃないかな。遊んでいるのか遊ばれているのかわからない。さらに2分も経った頃、ポコポコと水面に大きな泡が浮かんできた。
「…ぶはぁっ!」
続いてブルマも浮かんできた。ブルマは2、3大きく息を吸い込んでから、俺と目を合わせるや否や、半ば息も絶え絶えに言った。
「や…やっぱりシュノーケルちょうだい…」
「はいよ」
結構アホだな、こいつ。
「あ、またきた。はーいはい、今行くわよ〜。かわいいわよね〜。ペットにしたいくらいだわ。こうしてると、キールの気持ちもわかるかな。ほらヤムチャ、行くわよ」
「…はいよ」
ブルマを一度ボートに引き上げてやってから、俺もシュノーケルを着けた。早くも今日という日を総評しながら。
昨日までとは一転して、今日は体を動かすことになりそうだな。それはそれで、いいことだ。


…懐かし過ぎるな。
俺が追いかけ(られ)たのはイルカじゃなくてサメだったが。…全然違うか?いや、やっぱり似たようなもんだな。
数十分後、俺は懐かしさをも噛みしめながら、イルカの相手をした。かつて翻弄させられたお返しをしてやったのだ。とはいえ、武天老師様のところで相手にしたサメとここにいるイルカとには、突き詰めていけば何の共通点もないことはわかっていたので、追いかけ返したりはしなかった。ただちょっと、あの頃はできなかったおちょくり方をしてやっただけだ。あの頃は本当に逃げることしかできなかったからなぁ。
それでもイルカに嫌われることはなく、俺は最後までその遊びを続行した。楽しかったから――ではなく、そういう気分だったからだ。まあ害のない動物だということは認めるがな、我を忘れるほどのめり込むやつの気が知れん。あ、ブルマのことじゃないぞ。女子どもの場合はかなり絵になる。特に女の子が動物と戯れてる姿っていうのは、かわいいもんだ。
「あー、遊んだ遊んだ!つっかれた〜。なんか普通に泳ぐよりずっと疲れたわ」
「イルカって、こんなに遊び好きだったんだな」
ボートに戻り、すっかり満足したらしいブルマの笑顔に答えてから、俺は再び水中のイルカへと手を差し出した。すると、途端にブルマが文句を言い出した。
「あっぶない遊びするわね、あんた。イルカの口の中に手を突っ込むなんて、本当に噛まれちゃったらどうすんのよ」
「俺が噛まれるわけないだろ」
俺はさっくりとそれを往なした。それが俺のことを心配しての発言ではないということは、わかっていた。さっきまでは何にも言ってなかったんだからな。
「おおっと、きたきた」
そして、イルカも相変わらず元気だ。性懲りもなく俺の手に食いついてくる。むろん、食いつかれはしないがな。浮上してくる影に合わせて手を空中へと舞わせると、イルカもまた空中に舞い上がった。一頭、また一頭と、半弧を描いて宙を泳いでいく。
「わぁお!曲芸みたーい」
「ほらな、こいつらだって楽しんでるんだよ」
この時には俺の目には、イルカはイルカとしか見えなくなっていた。それでも惰性と何より一緒にいる女の笑顔のためにイルカを跳ばせていると、どこからともなく歓声が聞こえてきた。
「ちょっと、見てあれ。あのボートの周り…」
「わぁ、イルカが飛んでるー!」
「水族館のショーみたいだなぁ」
「すごーい。かっわい〜」
ぐるりと辺りを見回して、俺は気づいた。歓声は『どこからともなく』ではなく『あらゆるところから』のものであったということに。今ではかなり詳細に見えてきた島の上だけにとどまらず、周りの海にも何人もの人の姿が見えたのだ。
「なんだ、ずいぶん人がいるな。無人島が有人島になっちまってるじゃないか」
なんだかイメージと違うな。無人島っていうと、こう、何もないところに椰子の木が何本か立ってて(これについてはイメージ通りなのだが)、もちろん人もいなくって、船がたった一艘流れ着いたりするところなんだと思っていたが。それがどうだ、この島は船着き場こそないものの、浅瀬はボートだらけじゃないか。
「有名な無人島だからね。あたしたちの船だけじゃなくて、いろんなところから人が来てんのよ」
「人間いたるところに青山あり、か」
「それ、まるっきり意味が違うわよ」
すべてを一刀両断されてしまった俺は、この上は素直にブルマに従うことにした。間違えられてしまわないよう、ボートを砂浜まで引っ張り込む。ブルマは揚々としてこの小さな島を探検し始め、かと思えばこんなことを言い出した。
「あっ、バーがあるじゃない。気が利いてるわね。ちょうど喉が渇いてたのよね。なんか飲もーっと」
「ちょっと待てよ。どうして無人島にバーがあるんだ」
「観光客目当てでしょ。実際、人結構来てるし。ねえ、なんか適当に頼んでおいて。あたしトイレ行ってくる」
「そんなものまであるのか…」
いずこへかと去っていく(深くは詮索しない)ブルマを見送り、ゆっくり周りを見回すと、椰子の葉でふいた小さなバーの向かいに、コテージらしきものまであった。ベランダに女の子が数人たむろしている。
一体どこが無人島なんだ。人が住み着いてなきゃ無人島か?そう思いながらも俺はバーカウンターに行き、そこにいた男に声をかけた。
「フルーツの入ったカクテルを適当に頼むよ。それとビール」
「ビールはエールなんですが、よろしいですか?」
「ああ、いいよ」
そして、まったく惰性で、少し離れたところにあったテーブルに席を占めた。きっとこんな風に違和感を抱きつつも利用するから、こういう商売が成り立つんだろう。かく言う俺だって、ビールは欲しくなっちまったもんなぁ。人間はもう野生には戻れんな。
などと思いながらチェアに深く背を凭れると、広く青い空が視界を占領した。その下に聳え立つ背の高い椰子の木。心地よく響く潮騒。笑いさざめきながら手を振っている女の子たちの、トロピカルなワンピース。
…まあ、無人島っていう感じはしなくても、南の島っていう感じはするな。
思っていたのとは違う雰囲気に流されて、俺は手を振り返した。すると何らのリアクションが返ってくる間もなく、頭の上にげんこつが落ちた。
「ちょっと、何無駄に愛想振り撒いてんのよっ」
俺の同行人兼お目付け役だ。ちなみに俺は従者兼お目付け役。つまりどっちもどっち、特にここ数日はブルマだって『無駄な愛想』とやらを振り撒いているわけで、でも意図があってやってるわけじゃないんだから俺は見逃してるし、だからおまえも見逃してくれ、などという、それこそ無駄な言い訳は、俺はしなかった。なんだかややこしい上に、自ら茨の道に踏み込んでいくような気すらするじゃないか。
「ああ、おかえり。ほら、あそこに虹が出てるぞ」
だから俺はさっくりと誤魔化した。ちょうど気を逸らせそうな現象が、遠くの空に起こっていた。
「そんなんじゃ誤魔化され…あら、本当」
どうやらこの島にはいい風が吹いているようだ。現実にも、比喩としても。ふいに空を彩り始めた虹の橋は、それは大きくはっきりとしていた。そして何より、これまで見たこともない形だった。
「すごい…180度のトリプルレインボーなんて…………初めて見たわ」
ブルマはすっかり見入っていた。文句もいたぶりの言葉も忘れたようだ。だから俺もゆっくりと空に架かる3重の虹を眺めながら、その空気を味わった。
何日かぶりのゆったりとした空気の流れを。まあ、実のところはずっとゆっくりしてるはずなんだが、ここんとこなんとなく気忙しくてな。俺、ブルマと二人で旅行してるはずなのに、全然そんな気しないんだよ。誰のせいとは言わんがな。
「お待たせしました。こちらフルーツカクテルとエールです。ごゆっくりどうぞ」
でも、今はそうじゃない。確かに周りに人はいるが、明らかに第3者とわかる顔ぶれだ。
ウェイターがカクテルを運んでくると、ブルマは視線を空からテーブルに移して、静かにチェアに腰を下ろした。誤魔化されてくれたというよりは、気分を切り替えたようだった。
「…なんか揃い過ぎてるわね、ここ」
「まったくだ。無人島だというのにな」
カクテルのストローを指で弄びながら呟いたブルマの言葉に、俺は全面的に賛成した。今となっては、否定的な意味ではなく。
細かいことはもう言うまい。今さら、この旅行にケチをつけるつもりはない。もともと俺は旅行の内容なんか知らなかったんだから。それよりも、それから受ける気分の方が大事だ。この揃い過ぎた無人島はなかなかに快適で、ビールならぬエールがうまい。その事実が何より大切なことだ。
どうやら俺もだいぶん、この長い休暇に慣れてきたようだ。…心なしか眠気すら感じてきた。
俺はほとんど欠伸を漏らす直前だった。そうしなかったのは、何やら神妙な顔をしてこちらを見ているブルマに気づいたからだ。
「どうした?それ、口に合わなかったか?」
「…いいえ。申し分ないわよ」
ものすごく説得力のない棒読みでブルマは答え、さらにストローを弄った後、カクテルを口にした。…なんか機嫌悪いな。怒ってるんじゃなさそうだけど、妙に素っ気ないっていうか…
とはいえ、のどかさにどっぷりと浸かっていた俺の頭はそれ以上働くことはなく、ただただ水分を欲する体にエールを注ぎ込んだ。
そして十数分後バーを出た後で、ブルマの不機嫌の理由を、俺は自然と知ることになる。


「言っとくけど、声かけられてもついてっちゃダメだからね。起きた時もしいなかったりしたら承知しないわよ!」
主にいつもはショップの中で言う台詞を声高に投げつけて、ブルマは腰を下ろした。島の西側、眼前に海を臨んだ、椰子の木の根元に。俺はいつもと変わらぬ心境で呟いた。
「わかってるって…」
わかってるから、もう少しボリューム下げてくれないかな。ちょっと…いやかなり、恥ずかしいんだけど。
確かにこちら側の海からやってくる人はいなさそうだけど。でも島の内側には人いるんだからさ…こんな小さな島だ、俺たちがここにいるってことくらいは、きっと知られているだろう。
「わかってんなら、ちゃんと実行してよね!」
「信用ねえなあ…」
「何言ってんの。こないだ双子にひょこひょこついていったのは誰!?さっき手を振っていたのは誰よ!?」
「あー、はいはい」
手なんか、振られたから振り返しただけなのに。ただそれだけで、話すらしてないのに。
とはいえ、ミルちゃんとリルちゃんのことに関しては弁解しようもなかったし、何より睡魔による不機嫌をこれ以上助長するつもりはなかったので、俺は黙ってブルマの隣に座り込んだ。間髪入れずブルマは俺の肩に頭を凭れ、俺が胡坐を掻いた頃には、その膝を枕にすっかり目を閉じていた。
…本当に人目を憚らないやつだ。子どもならまだしも、おまえ大人だろ。などと思っていたにも関わらず、俺はいつの間にかその髪を撫でていた。なんていうか、あれだ。『無人島』という言葉の持つ色気だな。人がいるのはわかっているのだが、なんとなく意識から外れてしまう。無人島って、そういうイメージだよな。誰もいない静かな島に女と二人きり…………というより、野郎二人では来ないんだ。なぜか漂流するのはいつだって男と女なんだよな…
ま、俺たちは漂流してないけど。例え漂流したって、飛んで帰れば済むことなんだから、隔離されたりはしないけど。…便利さって、ロマンを奪うな。俺自身についてもそうだし、この島だって…
だから、敢えて船旅なのかもしれない。そう言えば、『不便なのがいい』みたいなことをブルマが言っていたな。この旅行に来る前に。今なら少しわかるな。そして、あんまり不便だとそれはそれで文句言うんだろうから、この程度の不便さがちょうどいいのかもしれない…
俺はひたすらにだらだらと考え続けた。俺には睡魔がやってこなかったから。さっき出そうになった欠伸はどうやら眠気の兆候ではなく、単に気が緩んだだけだったみたいだ。そうだよなぁ。眠くなるほど疲れたわけじゃないもんな。気持ちよく体を動かしたけど、まだまだ元気だ。もしも俺が眠くなるほど疲れていたら、ブルマなんか死んでるに決まってるもんな。こんな幸せそうに眠っていられるわけがない…
海水でパサついたブルマの髪を撫でつけ、ほつれ毛を耳にかけ、後ろ髪を纏めて流してみたりなんかした後で、俺は目を閉じた。もうすることがなくなったから。これ以上悪戯して起こしてしまいたくはない。眠くはないが、ここで昼寝するのも悪くないなという気はする。ああ、俺本当に休暇気分になっているな…………
「ばあっ!」
と、ふいに後ろから躍り出てきた二つの影が、俺ののんびり気分を吹き飛ばした。俺は結構本気で面食らったが、すでに聞き知った声であったので、構えを作ることはせずに済んだ。
「えへへ。二人とも見ーっけ!」
「驚きましたかぁ?」
「お昼寝ですか?イルカとはもう遊びました?あのね、聞いてくださいよ。すごいんですよ、あたしたちの行ったところにいたイルカ!」
「そうそう、すっごいの!みんなでおしくらまんじゅうしてたんですよ!初めいっぱい集まっててね、なんだろと思ってみてたらそのうち勝手に泳ぎ出して、それからまた集まって、それからそれから…ねえ、あれ絶対おしくらまんじゅうしてたよね!」
「もー…ちょっと、あんたたち…」
不機嫌そうにブルマが顔を上げた。俺は今さっきまでの自分を顧みてちょっと照れくさくなったが、バレてないそのことよりも今は気になることがあった。
つまり、何だ。ミルちゃんとリルちゃんがここにいるってことはだ…
「お二人ともこんなところにいたんですね。…あ、ひょっとしてお邪魔でしたか?ミルちゃんがどうしてもこっちにも来たいって言うから来たんですけど…」
…やっぱりこいつもいたか。
『ああ、邪魔だな』って言ったら、こいつはどこかへ行ってくれるのだろうか。遠慮深そうなことを言うわりに無遠慮に顔を出したキールを見ながら、俺は手を引いた。ブルマが体を起こしたからだ。さらにブルマは少しだけ気だるそうに、でも思いのほか機嫌のよさそうな口ぶりで、キールに応えた。
「あっちにバーがあるわ。一杯飲まない?」
「いいですね。もう喉がカラカラなんですよ。途中スコールに打たれたんですが、その後がこの強い日差しなものですから、余計に喉が渇いちゃって」
「スコール?ああ、それで虹が出たのね」
「わーい!何飲もっかな〜!」
「あんたたちはお酒はダメよ」
…やっぱりここは無人島じゃねえな。一杯誘うことのできる無人島がどこにある。
それは文句ではなく皮肉だった。少しばかり屈折した…旅行中、ブルマが誰かを誘うのなんて初めてじゃなかろうか。少なくとも俺の目の前では(つまり、あの時のことは除く)。何だかんだ言ってミルちゃんたちとは結構行動を共にしているけど、ほとんど渋々だった。それがこの男に対しては何とも軽く…
これはやきもちではない。ブルマの行動の源にあるものが、俺にはわかっていた。
…まったく、男女差別激しいんだからな。
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