Trouble mystery tour Epi.8 (2) byY
小一時間ほどリムジンバスに揺られると、次なるスタート地点が見えてきた。
「こういう古い町にエアレールって、なんだかおかしな感じがするな。列車なんて、ここのところとんと乗ってないしなあ」
「そうねえ。あたしもこういう長距離列車は初めてだわ。見てこのプラットホームの天井、レトロチックね〜。ここ時々西部劇映画のロケに使われてるんだって。いかにもって感じよね」
そこで久々に耳にした旅先情報に、俺は深く納得した。
造り自体は立派だが、埃を被ったプラットホーム。密集してはいるが高さはない周囲の建物。黄砂に煙る遠くの山々。
どこかセピアがかって見える風景は、強く異国情緒を感じさせた。ガンマンとか占い師とかが今にもそこらから現れそうな、エキゾチックな街の気配。とはいえ目の前に停まっているのは、浮遊システムが導入されたれっきとした現代の乗り物で、また視界を掠める人々も、エキゾチックとは程遠い雰囲気だった。
「おいフレイク、なんだい、その腰のホルスターは。その銃、本物か?」
「ほっほっ。モデルガンじゃよ、モデルガン。そこの露店で売っておった。どうだ、気分出るじゃろ。この子たちにも買ってやった。なんだかおかしな帽子をな」
「フレイクさん、これはテンガロンハットって言うんだよー」
「お揃いでかわいいでしょ。ほーら、ブーツにもぴったり!」
「さ、行こ。あたしたちの部屋は奥から二番目の車両よ」
耳に入ってくる聞き知った声を掻き消すように、ブルマが言った。その不自然なさりげなさの裏にあるものを見てとって、俺は促されるままエアレールへと乗り込んだ。
搭乗口から敷き詰められている、金色と褐色の見事な絨毯。壁もみな布張りだ。少々埃が立ちそうではあるが(ここの空気は埃っぽいからな)、なかなか豪奢な雰囲気だ。天井には金唐革の装飾――東洋の王侯風だな。雰囲気に酔いたがるブルマが外部の声を遮断したい気持ちになったのも、謂わば当然だろう。
さて乗り込んだはいいが右車両へ行くべきか左車両へ行くべきか迷っていると、随所に変わった刺繍の入ったユニフォームを着た肌の浅黒いスチュワードがやってきて、俺から荷物と先導の任を奪っていった。ふーん、従業員まで異国風か。などと思っているうちにスチュワードは部屋のドアを開け、チップを取り出させる隙も与えずに一歩下がった。
「へえ、思ってたよりずっと広いわ。窓も大きいし気も利いてるし、寛げそうじゃない」
やがて放たれたブルマの言葉に、俺は全面的に賛成した。正直、一週間も列車に詰め込まれると聞いて、どうしようかと考えていたのだ。いくら手間が道楽ったって、この時勢に一週間も移動に費やすなんて理解できない。ここは一つ、俺とは一週間後に落ち合うってことにしてもらえないだろうか――そこまで考え進めていたのだが、この部屋に来るまでの数分間だけで、考えが変わった。
このエアレールはクルーズ船と同じだ。乗ることは手段ではなく目的なのだ。一週間の、文字通りの鉄道旅行。時々観光しながら、うまいものを食ったりのんびりしたり、わずらわしいことは心おきなく他人に任せてゆったり過ごす。今までに比べてさらに体が鈍りそうではあるが、それを除けば悪くない話じゃないか。
「ベッドも素敵ね。まあ、ちょっと揺れるけど、列車なんだから仕方ないわね」
「蹴り落とすなよ」
そんなわけで今夜もブルマと一緒にベッドを使うことにした俺は、一つ小さな注意を与えておいた。ブルマが言うように揺れるからではなく、ベッドがこれまで宛がわれていたものよりは一回り小さかったからだ。
「何よいきなり。あたしがいつそんなことをしたって言うのよ?」
「いっつもだ……いてててて」
すると、それまでゆったりとベッドに腰かけていたブルマは猛然と立ち上がって、おそらくは全力で俺の両頬を引っ張った。そうされる直前にスチュワードが部屋を出て行ってくれたことだけが、唯一の救いと言えるだろう。
「痛いな、もう。何も抓ることないだろ。おまえちょっと激しいぞ」
俺はただ本当のことを言っただけなのに。一瞬の判断でその言葉を呑み込むと、その判断の正しさを証明するように、ブルマが食ってかかってきた。
「あんたがかわいくないボケかますからでしょ。あんた、ここんとこかわいくないわよ!」
「そんなのお互い様だろ」
「どういう意味よ、それは!?」
「言えるわけないだろ、そんなこと」
「あっそ!」
あっという間にブルマはそっぽを向いた。それで俺は、ちょっとだけ反省した。うーん、確かに俺も少し言い過ぎた。っていうか、俺にとっては逃げ言葉だったんだけど、ブルマはそう捉えなかったみたいだ。気を入れるのはいいんだけど、反面厳しくなるのが困りものだな。
「まあいいわ。それより喉渇いたから、早く着替えて。ラウンジに…ううん、ティールームでアフタヌーンティにするわ。ブランチだけじゃお腹空いたわ」
それでも、厳しくなっていただけである証拠にブルマはすぐさまこちらを向いて、命令一喝、手にしたミネラルウォーターでトランクを指し示した。俺は反射的に身を縮こまらせはしたが、本心では完全に惰性でそれに応えた。
「はいはい。…あ、ところで、服装は…」
「夕食以外はラフでいいわよ。でも、そのシャツはダメ。もうちょっとシックなのに着替えて。一人じゃないんだから、少しは釣り合いってものを考えてよね」
「ああ、はい」
それまで括っていた髪を無造作に下ろしたブルマを横目に、俺はスーツケースを引き寄せた。心の中でだけ文句を零しながら。
まったく、素直じゃないんだから。
一緒に茶飲みたいならそう言えばいいのに。まあ、言わないからこそブルマなんだけどな。でも、旅行初めの頃は結構素直だったよなあ。口では言わないまでも、態度にははっきりと表れていた。人前でくっついてきたり、物を食べさせたり、結構困ったことを大っぴらにやらかしてくれた。あれ、まだたった10日くらい前のことだぞ。っていうか、一週間くらいしか続かなかったわけだが。
…蜜の時間って短いよな。


「アフタヌーンティには、グラスシャンパンのついたシャンパン・アフタヌーンティと、軽いお食事のついたメンズ・アフタヌーンティとがありますが、いかがいたしましょう」
クラシカルな内装のレストランで、ローズウッドのパネルで装飾された窓に映る光景を見ながら、俺はブルマとウェイターの会話を聞いていた。
「むむ。そうね〜……メンズ・アフタヌーンティにするわ。食後酒はいただけるのかしら?」
「よろしいですよ。バーで作らせてこちらにお持ちします」
「あ、そうなの。じゃあいいわ。後でバーに行くから」
「かしこまりました」
再び恭しく頭を下げると、跪いていた体を起こしてウェイターは去って行った。パントリーへと消える直前確かめるようにこちらを向いたその姿を見納めに、俺は視線をブルマへ戻した。
「メニューは現代風なんだな。てっきり古代料理でも出てくるのかと思ったが」
「まさか、そんなわけないでしょ。確かにそういう雰囲気だけど、この列車は今年できたばっかりよ」
「ふーん…」
それで、サービスマンの目つきが少し不躾なのかな?…
軽く頬杖をつきながら、俺は今度は斜め向かいのテーブルの横の窓へと視線を飛ばした。ツアー仲間の老婦人二人が別のウェイターにオーダーを通している様が映っている。跪いたウェイターが伏し目がちな笑顔でそれに応えていた。
…いや、そういうわけでもなさそうだ。
「お待たせいたしました。こちらメンズ・アフタヌーンティでございます」
「わー、おいしそ〜」
ここで、先のウェイターがワゴンを押して現れた。先ほど何も気づかずにメニューを物色していたブルマは、今も何も気づかずにお茶と料理の乗ったスタンドを見ていた。でも俺は、静かにティーポットを傾けるウェイターの目が自分の手元でも俺でもなく、ブルマをひたすら見ていることに気づいていた。
今だけじゃない。さっきからだ。さっきから、こいつだけじゃなく他のサービスマンも、なんだか盛んにチラチラ見てくるんだよ。気のせいじゃない。俺も男だからわかるんだ。つまりはそういう目――女を値踏みする目だ。
その対象になっている女とはもちろんブルマのことで、俺はそれが非常に気になっていた。とはいえ、ブルマ言うところの『やきもち』というやつでは断じてない。…まあ、そういう気持ちがまったくないと言えば嘘にはなるが、妙だなあと思う気持ちの方が俄然強かった。
だって、ブルマは特にめかしこんでるわけではないし、煽情的な格好をしているわけでもない(いつもながらに胸元をはだけてはいるが)。それどころか、ご覧のように色気より食い気の有様で、取り立てて男の目につくような要素は見当たらないのだ。まあブルマは美人だから、通りすがりのやつが軽く目をつけるくらいのことはあってもおかしくないが、サービスマンがこぞって目を瞠るというのは、おかしな話じゃないか。少なくとも、ここまではそんなこと一度もなかった。
何かこの辺りでは特によしとされる特徴でもあるんだろうか。髪の色が珍しいとか?それとも現代風の女が珍しいのか……いや、この列車は内装がクラシカルなだけで、従業員は古代人なわけじゃないんだよな…
「…ちょっと、何してんのよ?」
別に特別な匂いはしないよな。仄かにいい匂いはするけど、いつもと同じだ。だいたいそういう効果があるんなら、俺にだって効くはずだし。ウェイターが背を向けたのを見計らって抓み上げたひとふさの髪からその事実を確認した時、ブルマが眉間に皺を寄せてこちらを見ていることに気がついた。
「え?あー、いや…ひょっとして男を惹きつける香水でも作ったのかなと思って…」
「何それ。いきなり何言ってんの?だいたい、なんであたしがそんなものを作らなくちゃいけないのよ。必要ないでしょ。どっちにしても、そういうやらしいことしないでよ。恥ずかしいわね」
「やらしい?何で?」
「そういう話はこういうところではしないの!」
言うなり、ブルマはフォークを刺した。それは繊細で綺麗なイチゴのケーキを一刀両断。いくら小さなケーキとはいえ、二口で食ってしまうとは。なんか知らんが、怒っているな。
さっぱりわからないままに、俺は茶を啜った。自らこの話題を続ける気はもうなかった。そしてブルマももう触れなかったので、最後までわからないままになった。俺がわかったことといえば、ただ一つ。
相変わらず自信家だなあということだけだ。


「本当に田舎だなあ。何にもないぞ」
「ロズは科学の導入遅いからね。土地も広いから、街と街の間が結構あるのよ。次の街に着くのは明日の朝よ」
お茶の後半は、窓の外を流れゆく景色を見ながら、わりと平和に食べることができた。最後にイチゴを献上して、怒りの余韻も掻き消した。
「あー、お腹いっぱい。ごちそうさま〜」
完全な笑顔でブルマは言い、直後に胸の前で合わせていた両手を解いて、皿の片隅に転がっていたイチゴの切れ端を指で摘み上げた。その無作法さにではなく、なおもあり余っているらしい食欲に、俺は呆れを感じた。
「よく食うなあ。おまえ、この旅行中食いまくりだよな。マジで太るぞ」
「そ・こ・でスタイルがまったく変わらないのが、ブルマさんのすごいところよ!」
シロップのついた指でポーズとられてもなあ。
偉そうに人差し指を突き立てるその様に最初はそう思ったが、いつもいつも出している胸を張る様には、ある種の説得力があった。
「…まあ、確かにな」
変わらないどころか、なんか昔よりメリハリついてきてるし。まあそれは、俺のせいでもあるんだろうなー、などと思ったりもするが。
「やらしい目!」
ここでブルマがいきなり目元を抓ってきたので、俺の微かな感慨は吹っ飛んだ。痛くはないが、左の目の上にシロップがついた。
「自分で話振ったくせに」
ナプキンで目元を拭き拭き俺が言うと、ブルマがまたもや眉間に皺を寄せて、語気を強めた。
「そういう話じゃないでしょ。まったく、誰もいないと思ってぇ。まだ昼間なんだからね」
「何の話だ?」
「そこでわかんないなんて、ズル過ぎだわよ」
ブルマはわざとらしく両手を広げてお手上げのポーズを取ってから、ナプキンを丸め込んだ。退席の合図。話の終わり――
「まあいいわ。バー行きましょ。そこで夜までゆーっくり話そうじゃないの」
――では、なかった。なんかわかんないけど、いじめられそうだ。
わかっていながら、俺はバー車両へと連行された。抵抗というにはささやか過ぎる本音を吐きながら。
「こんな時間からバーなんて、自堕落な生活だなあ」
「自堕落じゃなくて、『時間に左右されない自由な生活』!時間なんか気にしない優雅な人間のための場所なのよ、ここは」
「おまえのどこが優雅なんだ」
「言ったわね〜」
「いてて、いちいちほっぺた引っ張るな」
「じゃあ、引っ張らせるようなこと言わないでよ。あんたが優雅に振舞わせないんでしょうが。このかわいくない口が!」
「痛いって…」
くだらない会話だよな。ああ、くだらない。なんか今日はこういう展開…っていうか、くだらない言い合いばかりしている。そしてギャラリーがいないせいか、ブルマも簡単に手を出してくる。
でもそれがブルマなんだよなーと、俺はこの時ではなく後々思うことになるのであった。
inserted by FC2 system