Trouble mystery tour Epi.8 (4) byY
誰も彼もがブルマを王女と重ねて見ているわけではないらしい。ということに、絵に辿り着くまでの過程で気がついた。
バーテンダーが内線電話を入れると、スタンダードコントロールだという女性がやってきた。スタンダードコントロールとは従業員のサービスをチェックする役らしい。女性は俺とブルマを同じように一瞥した後で、至極冷静な声音で言った。
「絵が飾られているのはリビングルームです。それ以外の部屋に立ち入るのはご遠慮ください。明日ご予約が入っておりますので」
その態度と何より違和感を感じさせない視線に、俺は感心した。さすがサービスの要。そうだよな。やっぱりああいう視線は失礼だよな。理由がわかっても、気にならないわけはないし。ブルマは気にならなかったみたいだが、俺は気になる。そりゃあ見られたからって減るものではないが、心は擦り減る。ブルマだって、きっと逆の立場だったら黙ってないぞ。
でも興味が先に立つ今はとりあえず黙っておくことにして、俺はバトラーの後を歩くブルマについていった。バトラーは俺たちツアー客のすべての部屋を通り過ぎて、最前の客車へと俺たちを案内した。とりあえず、その絵がある部屋に誰も当たらなかったのは幸いだよな。みんながみんなに王女様扱いされるなんて、堪ったもんじゃないからな。こうちょっと考えてみただけでも、図に乗るブルマの姿が目に浮かぶ…
「どうぞお入りください。絵は入って左手の壁に飾られています」
スーパーデラックススイートは二部屋からなるとのことだが、俺たちは手前のリビングにしか通されず、そのリビングもベッドがないことを除けば俺たちの部屋とさほど変わらなかったので、目を引くことはなかった。そんなわけで、俺たちは当初の目的通り、その絵だけを鑑賞した。
「こちらがブルーナ王女です」
「名前も似てるな…」
姿だけではなくそれに付随する情報も与えられて、俺は思わず息を呑んだ。ひょっとして、これが輪廻ってやつなのだろうか。輪廻転生――生まれ変わり。そういうの信じてなかったけど、これはちょっと考え直さざるを得ないな…
豪華な額に縁取られた絵の中で、ブルマが薄く微笑んでいた。菫色の髪を靡かせ、きれいな青い瞳を細めさせて、まるで天使のように。いや…ブルマじゃないか。一瞬の後に、俺は自分の感覚を訂正した。ブルマはこんな風には笑わないからな。口元もだが、瞳の表情がまるで違う。まあこれは写真じゃなくて絵だから、瞳の見え方なんかには多大に描き手の意図が含まれているに違いないが。でも、なんていうか、こう、あれだろ。ここまで雰囲気が違うってことは、内面が違うってことだ。そもそもそこまで深読みしなくても、ブルマは王女様の柄じゃない。
驚く一方で、俺の心はすっきりした。そういう目で見られているのであれば問題ない。
ブルマは王女様なんかじゃ、全然ないんだから。お嬢様にすら見えないくらいなんだからな。なまじ見た目が似ているだけに、すぐにそのことに気がつくだろうさ。
っていうか、気づかないもんかな。俺は心底不思議に思いながら、吸い寄せられるように絵を見ているブルマを眺めた。こうして見てると確かに似てるけどな、それはブルマが今は口を開いていないからで…もしくは大人しく絵を見ているからで、ちょっと動き出せば全然違って見えてしまうと思うんだが。そしてさっきから、さんざん動き回っていると思うんだが。あれだけ元気に食べたり飲んだり遊んだりしている様を見て、この艶然とした王女と重ねられる方がすごいよな。先入観って恐ろしい…
「似て非なるお姫様か…俺、その時代に生まれていればよかったなあ…いてっ!」
俺が思わず軽口を漏らすと、ブルマが存在感を発揮し始めた。俺の足を思いっきりヒールの踵で踏みしめた挙句に、部屋中に響き渡る大声で怒鳴った。
「何よその言い草は!ええ、ええ、どうせあたしはお姫様っぽくないですよーだ!」
「なんだ、わかってたのか。…てぇっ!」
さらに、うっかり零した呟きには、ハイヒールキックで応戦された。それは痛みというよりは驚きを、驚きというよりは呆れを、俺に与えた。
「いくらなんでも蹴るなよ。ドレス着てるんだからさ。跳ねっ返りなんだからな、もう」
軽く咎めてやった俺と派手に咎めてくれたブルマを、部屋の隅にいたバトラーは唖然とした顔で見ていた。…よし、これで信奉者が一人減った。
「さ、もう行こうぜ。ここは予約入ってんだろ。何か壊しでもしたら大変だ。あ、お手間取らせて申し訳ありませんでした」
「もうっ!」
なおも怒るブルマを宥めながら、俺は部屋の外へ出た。興味が満たされてしまった今となっては、もはや何も思うことはなかった。昔に生まれていればよかった、というのも冗談だ。別に今に不満はない。いやむしろ、来世じゃなくてよかったと思うよ。
昔王女で今これなら、来世はどれほど怖い女になっているか、想像もつかないからな。


まあ、それももちろん冗談で。
実のところ、俺はやっぱり生まれ変わりというものを信じてはいなかった。あの絵を見た瞬間には考えかけたが、見続けているうちに考えが引っ込んだ。それは俺だけのことじゃなく、バトラーも(もしそういうことを考えていたとすれば、だが)きっとそうであるに違いない。
さて、ところで俺たちはあの後少し部屋でのんびりしてから、この列車のドレスコードに則った正装に着替えて、夕食をとるためレストラン・カーへと出向いた。そして、そこに至る過程の中で、また気づいたことがある。なんだか俺の中での時間の感覚が変わってきているようなのだ。初めの頃は長く感じていた何もしていない時間が、ここのところ早く過ぎ去るようになっている。つまり、今のところ俺はそれほど退屈してはいなかった。おまけに、まったく何もない正真正銘真っ暗闇の窓の外を見ていても、本当に田舎だなあ、としか思わなかった。
「まあ確かに、似過ぎよね」
本日何杯目かのカクテルを傾けながら、ブルマが言った。一時は頬を染めるほど(そして目の形も変えるほど)酒に酔っていたブルマだが、今ではすっかり落ち着いて、再び0から始めようとしていた。
「うん?ああ、さっきの絵のことか?」
「世の中には自分と同じ顔の人が3人いるって言うけどねえ。はっきり言って驚いたわ」
ブルマと同じ食前酒を口に運んでから、俺は言った。
「世の中ったって、時代が違うだろ。あっちはもういないだろ」
「そっか。じゃあ、同じ人ってことになるのかしら」
「同じ人?」
「生まれ変わりは同じ人でしょ。同一人物」
「ああ、そういう話か…」
俺もちらっと思ったことを、どうやらブルマも考えていたらしい。あれだけ似てればそうかなとは思いつつも、俺はやっぱり不思議だった。
「ブルマが生まれ変わりを信じてるなんて意外だな。科学的にはありなのか?」
「ありも何も、こうして起こってるじゃない」
「確かに顔は似てたけどな。中身が違っても生まれ変わりって言うのかな?」
俺は訊ねたわけではなかった。ただ口調がなんとなくそうなっただけだ。
ブルマは非常に訝しげな顔をして、グラスを置いた。
「なんで中身が違うって言い切れるのよ?」
「なんでって…だって見た感じ違ったし」
自分の言葉の矛盾に、俺はすぐに気づいた。でも他にうまい言い方が思いつかなかったので、この際本音を吐いてしまうことに決めた。
「だいいち、おまえみたいなのが二人もいるわけないだろ」
「…あっそう」
意外なことにブルマは怒りもせず(厳密にはちょっと怒ってるけど、俺から見れば怒ってない)、少し煽り気味にカクテルを飲んだだけだった。俺が少しだけ首を傾げた時、テーブルの横に見慣れた人影が現れた。
「こんばんは、ブルマさん、ヤムチャさーん」
「そんなに広い列車じゃないのに、意外と会いませんねー。何してたんですか?」
「あのね、あたしたちはね〜…」
ミルちゃんとリルちゃんだ。相変わらず派手なドレスを着た(民族衣装風の赤と緑のエプロンドレスに大きなリボン。赤ずきんちゃんみたいなやつ)二人に軽く面食らってから言葉を返そうとしたところ、ブルマが珍しくクールに二人を制した。
「今大事な話してるから、あっち行ってて」
どこが大事な話なんだ…?
夢の話の次にどうでもいい話題のような気がするが。科学の話に発展するわけでもなさそうだし。
そう俺は思ったが、口は挟まなかった。わざわざたてつく理由は俺にはないし、何よりちょっとこの子たち…派手過ぎだ。派手を通り越してもうまるで…
「仮装パーティみたいだな…」
素直に自分たちのテーブルへ戻って行った双子を見ながら、俺は呟いた。ブルマはほとんど吐いて捨てるように言いながら、俺の言葉に頷いた。
「大人になった時、絶対後悔すると思うわ。あの衣装は黒歴史確定よ」
「かもしれん…」
「あたしなんか、ただ正装してるだけで仮装できちゃってるみたいだけどね」
ブルマが何を言わんとしているのかはわかっていた。相変わらず視線は向けられ続けていたからだ。それも今ではブルマにもわかるくらい、露骨に。おそらくブルマの言う通り、正装しているからだろう。まあ、それはもうここまできたら黙って無視するしかないとして、ブルマの口調が珍しく自嘲気味だったので、俺は言っておいた。
「もう言うなよ。おまえはおまえ、それでいいじゃないか。誰にも代われやしないよ」
「…………あんたって、時々いきなり恥ずかしいこと言うわよね」
「え、何が?」
その途端、自嘲気味だったブルマの瞳が、俺を揶揄する瞳になった。いや、揶揄というよりは、どこかじっとりとした目つきになった。
「俺、何か恥ずかしいこと言ったか?」
「わかってないところが、また恥ずかしいのよね」
「は?」
「お待たせいたしました。こちら前菜の、鴨胸肉のタルタル・グリーンペッパーのアイスクリームとベルガモット風味のキャロットピューレでございます」
ここで、ウェイターが前菜を持って現れた。説明を聞いてもなおよくわからない、薄ピンクのパテのようなものと、黄色いクリームと、蜘蛛の巣みたいな形をしたパイかなんかと、細長い枝のようなものが盛られた一皿。…前衛的だ。一体どうやって食べればいいのか、俺にはさっぱりわからない。
「わ〜、おいしそ〜」
だが、ブルマは即行でそれに飛びついた。自嘲も揶揄も放り出して、まるきり何もなかったかのように。
「これ、どうやって食うんだ?特にこの、スティック状のやつ」
「適当に崩せばいいんじゃない。ほら、フォークで叩けば簡単に崩れるわよ」
「叩いていいのか?」
少々怪しい方法ではあったが、俺たちは二人してフォークで料理を叩きにかかった。あまり洗練されていないお嬢様と、生粋の都人ではない者の悲しさで。まあいい。例え間違っていようとも、二人して間違えていれば怖くない。それに、往年の王女様が料理を叩く図というのもシュールでいいのではないか…
もちろん、これは冗談だ。実のところは、俺はこう思っていた。
…これでまた、信奉者が減ったな。


…風呂の窓からも何も見えん。
ブラインド下ろす必要ないな、これは。覗く人間がそもそもいないんだからなあ。平和そうだな、この辺り。
のんびりと真っ暗闇を見る風呂の時間を終えてから、リビングルームの窓のブラインドを下げた。さすがにここはな…例え人がいなくても、気になるっていうか…
入れ替わりにバスルームへと消えたブルマを横目に、ベッドの上に体を落とした。その瞬間思った。この部屋でよかったと。もしツアーじゃなかったら、きっとあの部屋を取ることになっていたに違いない。寝にくそうだよな。正面にあんな絵があったりしたら。いや、あそこにはベッドはなかったんだったか…
ふいに、ベッドが大きく揺れた。それですかさず天井を見た。雫のようなオーナメントがいっぱいついた小さなシャンデリアが、ゆらゆらと揺れていた。しかしその後ぱったりと、揺れどころか僅かな振動すらも止まってしまったので、さらにしばらくの後ようやくバスルームから出てきたブルマに、俺は訊ねた。
「なあ、今停まってないか?この列車」
「どこかの駅に停車したんでしょ。確かエピとか言ったような…。夜のうちに点検とかするのよ、きっと」
「ブラインド上げたら何か見えるかな」
「どうせ何もないわよ。田舎の駅だもん。ねえ、それよりワイン開けて」
「ああ、はいはい」
外の事情よりワインか。まったくもってブルマらしい。でもまあ俺もそれほど外の様子が気になるというわけでもなかったので、示されたボトルに手を伸ばした。『ハイマースハイマー・ゾンネンベルク・ショイレーベ・アイスヴァイン』…そろそろ限界に近づいてきたな。このブルジョワ旅行に食らいついていくための知識が。もはや何のワインなんだかさっぱりわからん。白ではないようだが、赤では絶対にないし。といってロゼでもシャンパンでも……ま、ワインなんかわからなくても飲めるがな。
「うん、うまい」
「ほーんと。ここって何から何までレベル高いわね〜」
「まったくだ」
レベルのことなどさっぱりわからないままに、俺は頷いた。うまけりゃいいんだ、うまけりゃ。さっきの料理だってそうだった。
あの後も、丸いケーキの上になんかのクリーム、その上に薄っぺらいクッキーのようなもの、さらにクリーム、ケーキ、緑色のアイス、イチゴのソース、またクッキー、なんかのフルーツの欠片、という喧嘩売ってんのかと思うようなデザート(食べにくい上に、イチゴしか正体がわからなかった)を分解して食べたけど、まずまずおいしかった。率先して分解したのはブルマだったから、文句も言われなかった。そう、ブルマもだいぶんテーブルマナーが乱れてきている。テーブルマナーだけに限ったことじゃないけどな。でも、おかげで楽でいい。時々は恥ずかしいけどな…
グラスの中に揺らめく黄金色の液体は、非常に濃厚でコクがあった。蜂蜜のように甘く、酸味も豊かで、余韻もすばらしい。何だかわからないことを除けば完璧だ。ゆっくりゆっくりそれを味わっていると、ブルマがまだ寝てもいないのに、俺をベッドから落としにかかってきた。
「…なあ。俺、狭いんだけど…」
最後の一滴を飲み干しグラスをベッドサイドテーブルに置いてから、俺はさりげなく注意を促した。ブルマは少し丸めた体はそのままに、目線だけを上に向けて言い切った。
「あら、あたしだって狭いわよ」
嘘つけ。
俺は瞬時に心の中で突っ込みを入れた。どう見たって俺はベッドの端にいて、ブルマはベッドの中央を越えた俺の領域に入り込んできていた。寝ている間ならまだしも、バッチリ起きている今それに気づかないはずはない。しかし、そういう立派な根拠があるにも関わらず、おれはそれ以上ブルマに注意しようとはしなかった。なぜとはなしにわかったからだ。
下手くそな誘い方だなぁ。…誘ってることになるのかな?誘わせようとしてるってところが妥当かな…
でも、いつもはもっといかにもって感じで寄ってくるのに。…素かな?
そう、俺はこの態勢からの脱出方法を知っていた。…ブルマの上になることだ。軽ーく跨いであちら側に行くことも可能だが、それではあまりに大人気ないというものだ。
そんなわけで、俺は大人の気分になりながら、しばらくブルマの様子を観察した。ブルマは今では、上半身を軽く起こした俺の脇の下に頭を埋めるようにして、寄り添ってきていた。上半身がやや斜めになっていて、そのため俺から見れば少し俯き加減になっていて、おまけに目も閉じている。んー。…何考えてるのか、さっぱりわからん。いや、さっぱりってことはないか。
たいした感慨もなくそう思いながら、俺はこの非常に不自然な自然過ぎる空気の中で、ブルマの額にキスをした。俺はブルマが好きだし、ブルマにこういうことをするのも好きだから…
良くも悪くもブルマは全然身動ぎしなかったので、俺はそのままキスを続けた。ブルマの唇には今さっき飲んだワインの余韻があった。それをゆっくりと味わっても、ブルマの姿勢はほとんど変わらなかった。背中に手が回ってはきたが、それだって抱きつくというよりはちょっと添えてみただけ、といった感じだ。うーん。こんなに受け身なブルマは珍しいな。いつもは俺に手を出させても、なんていうかこうもっと、受け入れる姿勢が強いのに。ありえないくらい自然体だ。いつもの、どことなく強気な空気がまるでない。
いつもの強気さを取り戻させてやろうか。それとも、この謙虚さを楽しむべきか。どちらにしようか迷いながら、俺はどちらにでも使える方法を取った。焦れったく思うもよし、ゆっくりと楽しむもよし。俺としては、もうしばらくこの一方的なキスを楽しんでいたい。一方的でありながら、すごく気持ちがいいからだ。俺、ちょっと酔ってるのかな。でも、女って触れてるだけで気持ちのいいものだよな?
「ん…」
時々漏れる吐息が愛しい。そしてちょっと艶めかしい。いや、ちょっとどころか、ものすごーく色っぽいぞ。自らアピールしてくる時よりも、何もしてない時の方がブルマは色っぽい。ということに、きっと本人は気づいていないだろう。このネグリジェもいつの間にか特別感なくなったけど、それだからこそ色っぽいんだということに。
そろそろ俺はブルマを脱がせたくなってきた。でも一方で、この着ているからならではの色っぽさも捨てがたかった。キスをしながら、俺は悩んだ。今なら、俺が優柔不断だというブルマの言葉に、心から同意しよう。最もそうさせてるのはブルマなのだが。
俺の頭の中はすっかりブルマでいっぱいになっていた。だから、突然ブルマならぬ女の声が聞こえた時、俺は心底驚いた。
「手を上げろ!さもないとこのS&Wが火を噴くぞ!」
情けないことに、足音も気配もまったく感じ取れていなかった。おまけに、その声に反応することすら一瞬遅れた。
「…何だ、おまえらか。こないだからよく会うな」
「ラ、ランチさん!?」
それでもさすがに唇は離すと、一方すべての構えを解いた金髪の美女は薄く笑い、やがて発されたブルマの言葉にも淡々と答えた。
「ちょ、ちょっと、こんなところで何やってるの、ランチさん!?」
「何って、旅費を賄ってるに決まってるじゃねえか」
この時になって、ようやく俺は気づいた。列車がいつの間にか動き出していたことに。なるほど、さっきの駅で乗り込んだんだな。周りに何もないことを見計らっての夜襲か。渋いことするなぁ…
さらにランチさんは態度も渋く、まったく何事もなかったかのように踵を返した。
「邪魔したな。おっと悪い、ここの鍵壊しちまった。ま、外から閉じといてやるよ。グッドラック!」
「…………」
俺たちが呆然としている間に、何やら派手な物音を立てて、ランチさんはいなくなった。と思ったら、数瞬の後に隣の車両から何やら派手な物音が聞こえてきた。
「おらおら!てめえら、さっさと金出しやがれ!!」
続いて声も聞こえてきた。…いなくなったんじゃなかった。ターゲットを変えただけだ…
「何やってんだ、あの人…」
「天津飯さんを追っかけてるんでしょ…」
俺たちはなかなか呆然から抜け出せずに、ベッドの上に体を起して、わかりきった会話を繰り広げた。
「…どうする?」
「どうするって…」
ブルマはすっかり素(普段の、という意味での素だ)に戻っているようだった。俺もすっかりその気を抜かれて、我ながら冷静にそれに答えた。
「…警察に捕まりそうになったら助ければいいんじゃないか?」
「まるで共犯ね」
他にどうしろって言うんだよ?
ランチさんを改心させるのか?そんなの絶対に無理だろ。くしゃみをさせればこの場は治まるだろうが…見たところ、あれは常套手段だ。この一回をやめさせたからってどうなるものでもない。だいたい、そういうのは天津飯の役目だろ?
俺はブルマだけで手一杯なんだよ。なぜか胸さえ張りながらどこにいるともしれない天津飯の姿を宙に思い浮かべると、ブルマが胸元を指で突いた。
「つ・づ・き!」
「え…あ、うん…」
その強気な声に釣られて思わず目線を落とすと、すかさずブルマに両の頬を掴まれた。間髪入れずに合わせられる唇と唇。そこから注ぎ込まれる意思と色気。再び、そして今度は直截的な働きかけによって、ブルマの体の上に乗りながら、俺は思った。
もうすっかりいつものブルマだ。しっかし、それにしてもよくもまあ平然と続きなんかしようと思えるもんだよな。
…ま、俺もしてしまうわけだが。
ゆっくりとブルマの手を外して、キスを返した。握った手から、ブルマの火照りが伝わってきた。俺はそっと手を離し、ブルマの胸元に手を滑らせた。
「ぁんっ…ぁっ、あ…」
途端に漏れる囁き。段々と大きくなる、熱を帯びた声。
今日は一日最後まで…濃い時間になりそうだ。
inserted by FC2 system