Trouble mystery tour Epi.2 (8) byY
「わー、このトライフルおいしーい」
「ヤムチャさんも頼んだらどうですか?パフェみたいでおいしいですよ。パフェ好きなんでしょ?」
「エアポートで見かけた時、食べてたもんね」
「いや、俺はいいよ…」
なんとはなしにグラスを回しシャンパンの香りを飛ばし続けながら、俺は答えた。少し遠くから注がれるウェイターの冷やかな視線は無視した。
「そうですかー。あっじゃあ、『あーん』ってしたげましょうか?」
「やだぁ、ミルったらもう〜」
「…………」
続いて発せられたミルちゃんの言葉も無視した。そんなことしたら殺される――と本当は言いたいところなのだが。
…たぶん殺されないだろうな。王女は見てもいないようだし。あれがブルマだったなら、きっと今この時点ですっ飛んできてるだろうに。なんだか虚しいなあ…
とはいえ、虚しがってばかりもいられない。今事態をどうこうできるのは俺だけなんだ。一体何をどうすればいいのか、いまいちいい考えが浮かばないが。
「俺、ちょっと電話してくるよ。その間、ブルマのこと見ててもらえるかな?」
俺はグラスを手放し、重い腰を上げた。そういう時はどうするべきか、一応知っていたからだ。他人にアドバイスを求めるのだ。戦いのことなら武天老師様に。それ以外のことなら――
本来、俺の隣にいるはずの女に。
「いいですけど、車内電話遠いですよ。何ならあたしのケータイ使ってもいいですよー。それでここでかけちゃえばいいんじゃないですかー」
「ここでかけても怒られませんよ。あたしたち昨日かけたもん」
「そうそう。なんか部屋だと電波悪いんだよねー」
「…じゃあ、そうさせてもらおうかな」
俺は素直に好意に甘えた。ティールームには俺たちの他に客はいなかったし、なによりブルマから目を放したくなかったのだ。向こうが俺のことを気にしていないからなおさら。
そんなわけで、俺はその場でC.Cに電話をかけた。そう、ブルマがいないならブリーフ博士だ。
長い通信音の後に耳に入ってきたのは、にぎやかな女性の声だった。
「ハ〜イ、こちらC.Cで〜す。どちら様かしらぁ?」
「あ、もしもしママさん。えーと俺です、ヤムチャですけど…」
「あらぁヤムチャちゃん。お元気?おひさしぶりね〜。お旅行楽しんでいらっしゃる?」
「はい。ですが今日はそのことでちょっとお話が…」
「プーアルちゃん、プーアルちゃーん。ヤムチャちゃんからお電話よ〜」
「あ、いえ、ママさん、話と言ってもそういう話ではなく…」
俺は咄嗟に遮ったが、時すでに遅かった。再び長い、今度は待受音が耳に流れた。やがて聞こえてくる、にぎやかな住人の声。
「ヤムチャ様!ヤムチャ様、お元気でしたかー!」
「ああ、うん…」
「大げさなやつだな。まだ別れてから半月くらいしか経ってないのによ」
もうこの辺からはダラけるだけだろうから、割愛しておく。とにかく長い電話の末に俺が手に入れたのは、ブリーフ博士は今不在、という事実だけだった。


「はぁ…」
ブリーフ博士に折り返し電話してもらう約束だけを取りつけて、俺は携帯電話を手放した。
「はい、ありがとう。今度、電話代代わりに何か奢るよ」
「あー、いいですよ、これおじいちゃんに払ってもらってるやつだから」
「そうなの、旅行先からかけろって。おじいちゃん、淋しがりやなんだよねー」
…なんとものどかな雰囲気だ。
空いた手にグラスを宛がい、再びくるくると回しながら俺は考えた。
まったくもって世は平和。C.Cも、この子たちも、まるで何事も起こっていないかのように、いつも通りだ。
確かに、一見すると何も起こっていないんだよな。ブルマの内側以外には、何一つ変わったことなどない。そして双子は、ブルマの異変には気づいていない。C.Cにいる連中も、今俺が何も説明しなかったから、まだ知らない。知っているのは俺だけ。気づいているのは俺だけだ。
だから、俺が目を瞑れば、案外問題なくブルマは過ごせるのかもしれない。お姫様もお嬢様もたいして変わらん。むしろおとなしくなってよかったじゃねえか、などとウーロン辺りは言うかもしれない。ブリーフ夫妻は…さすがに動揺するものと、思いたいところだが。
手持ち無沙汰な時間を潰すべく、俺は考え始めた。再び現在の状況を。ひょっとして、霊に取り憑かれたのではなく、記憶喪失とかなのかもしれない。それでそれまで埋もれていた前世の記憶が出てきた……それだと、このブルマもまたブルマ、ってことになる。非常〜〜〜に淋しい考えだが。
そして同時に、ブルマは王女様だった、ってことにもなる……ちょっと信じ難いなあ、それは。ウーロンなんかは絶対に否定するだろうな。
俺は大変時間を持て余していた。待つことがこれほど辛かったことはない。ある意味では、C.Cに電話をかけたことによって、待つ姿勢に入れたのだとも言えるが。そう、今は直感ではなく理性的に事に当たれる人間が必要なんだと思う。だから、敢えて待っていた。
「ねえ、ミル見て。あんなところに教会があるよ」
「来たぁ。ロマンティック・ロードだぁ!」
「あっ、道も見えてきた」
「なんか揺れの感じも違うね、この辺」
山あいのカーブのせいだろうか、列車は少々左右に揺れながら先へ進んだ。と、それまで双子の後ろに隠れがちになっていた王女が、すっくと立ち上がった。
「王女、どうしたんですか?どこへ行くんですか」
俺は周りに不思議に思われないよう、王女の傍に駆け寄ってからそう呼びかけた。王女は一瞬立ち止まり、軽く息をついた後で俺に答えた。
「部屋で休みます。少し気分が悪いのです」
「では俺も一緒に行きます。それからウェイターに言づけて、冷たいものでも持ってきてもらいましょう」
この時俺は初めて、王女を純粋な意味でエスコートしようとしていた。監視目的ではなく、単純にその身を気遣って。小さくか細い声で囁く王女がなんともか弱く見えたからだ。本当に純粋な騎士道精神だった。なのに、王女はこんなことを言ったのだ。
「結構です。それよりも、いい加減一人にしておいてくれませんか。あなたは、私が呼んだ時にだけ顔を出していればいいのです」
むっ。
俺はものすごーくかちんときた。俺は心配して言ってるのに。それは何か、下々の者には心配されたくないということか。そんなものは鬱陶しいだけだと。ただ黙って言われたことだけしていろ、と。本っ当にかわいくないなあ、このお姫様…
妙につんけんしてて…プライドが高いのかもしれないけど。それはブルマだって同じだったのに…
確かに喧嘩した時なんか、同じようなことをブルマも言うけど。なんか全然聞こえ方が違う…
「…いや、しかし、そういうわけにもいかなくてですね…」
俺はこの上なく虚しい気持ちを押し隠して、食い下がった。まったく、やってられないよな。守られたくないと言う者を守らなければならないとは。そりゃ俺はあんたの恋人じゃないがな、こういう状況なんだ、傍にいることぐらい許せよ。っていうか、俺たち同行者なんだって。いくら何でも、それくらいわからないのか?聡明な王女が聞いて呆れるな。
ほとんど俺は怒りかけていた。ただ口には出さなかっただけで。そんな俺の頭を冷やしてくれたのは、ふいにやってきたウェイターだった。
「ヤムチャ様、お電話が入っております。別車両の車内電話へどうぞ」
「えっ。あ、はい」
誰からの電話か、わからないわけはなかった。絶妙な偶然、はたまた天啓か。ここで喧嘩をしていても始まらないというな。
「…王女、ひとまず俺は席を外しますが、電話が終わり次第部屋に行きますからね。閉め出したりしないでくださいよ」
すでに歩き出している王女の後ろ姿に向けて、俺は言った。当然それは周囲の人間の耳にも届くところとなり、ウェイターが怪訝そうな顔をして俺を見た。だが、俺は何も説明しなかった。
何がどうなっているのかなんて、俺にもわかってなかったからだ。


「…朝からそういう状態なんです。それで、どうしたものかと思いまして…」
一連の事実をブリーフ博士にぶちまけると、いくらか気分が軽くなった。少なくとも、博士は何らかの助言をしてくれるに違いない。そう思っていたからだ。
博士の反応は、俺の思っていた以上のものだった。俺の話に熱心に頷き、たいして質問も差し挟まずに、その結論へと持っていった。
「それは大変だったねえ。そういうことなら、ドラゴンレーダーはわしが作るよ。ブルマの部屋に設計図があるだろうから、それを探して夜までにはってところかね」
「ドラゴンレーダー…」
「集めに行くんじゃろ?ドラゴンボール」
やはりそういうことになるのか。
俺は少々複雑な気分になりながら、受話器を置いた。
博士なら他の方法を思いつくんじゃないかと思ったのだが…やはり、それが一番か。そうだよなあ。何が起きたのかわからないんじゃな…
願わくば、神龍の手に負えない事態ではないことを祈るばかりだ。本当に、それが一番恐れていることなんだよなあ…
ドラゴンボールを探すことは問題ない。まったく何の苦労もないとは言わないが、まあなんとかやれるだろう。少なくとも、王女の相手をするよりは100倍楽だと言い切れる。
そう、問題は王女だ。
一人でここに置いていくわけにもいかないから、C.Cに強制送還だな。ああ、またいろいろと言われそうだなあ。それとも何も言わずに藪睨みかな。なんかあの人見当外れだし。もういっそ、夜寝てる隙に連れ出すか。しかし、それまでは俺が相手をするのか。はー、疲れそうだなあ…………
本当にブルマはどこに行ってしまったんだろう。俺にこんな女一人押しつけて。らしくないよな。ああ、まったくブルマらしくない。
俺は今日、おまえ以外の女と一晩過ごすぞ。どう考えても絶対に一緒には寝ないと思うがな。いいのか?ダメなら、さっさと戻ってきたらどうなんだ。
俺はそう呼びかけながら、グラスを宙に掲げた。事の発端とも言える、昼間のバーのカウンターで。グラスの中にはあの酒。黒いボトルに入った、血の色の――『ブラッド・スピリッツ』…
この酒飲ませたら戻ったりしないかな。あの時のブルマの取り乱しぶりを思い出しながら、グラスを煽った。直後喉を襲った灼熱感に、俺は思わずちょっと情けないオーダーをした。
「マティーニ。…甘めで」
「今日は何の罰ゲームです?でも、相手がいないところで飲んでもOKなんですか?」
「…さぁてね」
笑って言ったバーテンダーに対し、俺はちょっとニヒルぶって答えた。実際、ニヒルな気分だった。だからこんな酒を引っかけようとも思ったわけだ。自分一人で。
王女?ああ、彼女は放っておいても大丈夫。列車が動いている限りはな。問題は停車した後だ。さて、あの王女は一体どこへ行こうとするか、はたまた列車に籠り切るか。どちらにしても、俺は離れた所から見守ってなきゃいけないわけだ。王女に邪魔者扱いされながらな。まったく虚しいお役目だよ。だから、酒くらい飲ませてくれよな。
最後に辛めのドライ・マティーニを一杯飲んで、俺はバーを後にした。気持ちを辛く持って、気を引き締めて。もうこうなったら完全に割り切って相手してやる。あれはブルマじゃない。ブルマの姿をした別の誰かでもない。この上なくプライドの高い亡国の王女だ。自分がどのくらい潰しのきかない立場なのかそれすら理解しようとせずに、勝手気ままに振舞う……、そう考えると一応能力や立場の伴っていたブルマは、まだまだかわいいもんだった…………の、だろうか。
実のところ、こんなことになってしまったからといって、ブルマのことをそう美化できるものでもなかった。俺はブルマのことをよく知っているから。ちょっとやそっとのことで、記憶や感覚が塗り替えられるものでもない。
だけど、懐かしかった。ブルマのあの、いつもの傍若無人ぶりが――腹が立ったり、手を焼かれることがあったとしても、どこか憎みきれないブルマのわがままぶりが、今は恋しかった。…ブルマがいなくなってから、まだ半日と経っていないのに。俺は本当に、ブルマと、ブルマとしているこの旅行に、馴染んでしまっているな…
そう。こんな風にこの旅行を終えるのか……そんな思いを抱えていることも事実だった。旅が惜しいというのとは違う。ただ始めた時には、90日という長丁場にあんなに愕然としたものなのに、今では、結局消化したのは四分の一ほどか、などと思っている。そんなこと思ってる場合じゃないのにな。なんか妙にメランコリックになってるな、俺。
それなりに自分の気持ちにオチをつけたところで、部屋についた。軽く気を引き締めて入った室内に、王女はいなかった。肩すかしを食らわされたことも相まって、俺の心に不機嫌が戻ってきた。
ったく…早速、これかよ。
何考えてるんだろうなあ、あの王女は。念の為、バスルームやラバトリーの中をも探しながら、俺は思った。もはや俺と離れることしか考えてないんじゃないのか?一体どうしてそんなに俺を嫌うんだ。俺、何かしたか?
まったく何にもしてないぞ。あの王女には。昨夜はブルマだっただろ?その証拠に何の抵抗もしなかっただろ?なのに今は、気分が悪いにも関わらずかくれんぼか。そんなに目下の人間と同じ場所にいるのが嫌なのか。
だけどな、目下の人間にだって感情というものはある。あんまり理不尽な態度を取るようなら、あのウェイターにでも預けてやるぞ。
俺はさすがに僻み混じりになってきた。おまけに、なかったはずの妬みさえ湧いてきた。そう、他の男になど任せられるわけがない。やっぱり、あの王女とブルマを切り離して考えることはできない。だって、あの王女はブルマなんだから。中身はどっかいっちまってるけど、体は確かにブルマなんだから。俺が一緒に過ごした女なんだから。あっちは知らないにしても、俺にとっては肌を合わせてきた女なんだから。
はーーーーーぁ…………
深い深い溜め息をつきながら、部屋を出た。さて、右車両を探すべきか左車両を探すべきか考えていると、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきて、俺の体を突き動かした。
「ぎゃーーーーー!嫌ーーーーー!!ヤムチャーーーーー!!!!!」
「なんだ、どうした、ブルマ!?」
もうほとんど条件反射だ。名前を呼ばれ、それがブルマの声で、なおかつ叫び声とあらば、駆けつけないわけにはいかないのだ。そしてそういう場合、どこにいるのかなんて、簡単にわかるのだ。
ブルマは声が大きいし…そうじゃなくともわかるものと、相場が決まっているのだ。
そして、やっぱりブルマはいた。二両横の、車両と車両の狭間に。傍には見知らぬ中年男が一人いて、片手で頬を擦っていた。
「あっ、ヤムチャ!このオヤジが無理矢理あたしを部屋に連れ込もうと」
「ご、誤解だ誤解!私は何も」
「嘘!おじさんとお話しようなんて、ベッタベタな台詞使ったくせに!」
「そ、それは言葉の綾で……」
「何が言葉の綾よ。この女の敵!」
…一体、何が何だか。わからないわけはなかったが、そういう気分だった。そりゃそうだろう。来てみりゃ修羅場の真っ最中なんだから。見知らぬ男と口論してて、しかも殴ってるんだから。いや、それよりも――
俺は、はっきり言って呆然としていた。自分でも一度はそう呼んだにも関わらず、問い質した。
「…ブルマ?」
「何よ!何ボーッとしてんのよ!!さっさと蹴りの一発でも入れなさいよ!!!!!」
ブルマはまるきり目の前の痴漢のことしか考えていないようで、眉を吊り上げ怒鳴り散らした。その姿はどう見ても、俺より強いくせに守ることを強要するフェミニストの闘士だった。当然、すでにブルマが倒してしまった加害者になど、俺は興味がなかった。
「…ちょっと!あんたは一体何して…」
普通、ここはこうだろうが!なおも怒鳴るブルマの言葉を心の中で掻き消して、俺はブルマを抱きしめた。ブルマは当然のように文句を言ったが、抵抗はしなかった。と、言いたいところだが、ちょっとほっぺたを抓られた。
「痛いよ」
言葉とは裏腹に笑みが零れた。ブルマの行為が何を意味しているものなのか、俺にはわかった。ブルマのやつ、今頃気がついたな。自分が元に戻ったということに。アホだなぁ、こいつ。間抜けもいいところだ。
そんなんで一体どうやって元に戻ったんだ。偶然か?ただの偶然なのか?偶然王女に取り憑かれて、偶然開放されたのか。まったく、人騒がせなやつだ。俺はな、もう少しでドラゴンボールを探しに行くところだったんだぞ。そういう大事になるところだったんだぞ。
本っ当にこいつは事の重大性をわかってないよな。だから痴漢なんかでこんなに騒ぐんだ。
「ちょ、ちょっとヤムチャ…」
俺はブルマに事の重大性を教えてやるために、その唇にキスをした。朝にはできなかったキスを。優しく髪を撫でながら。今のブルマは俺の仕種に怯えることはなく、瞳を閉じて受け入れてくれた。やがてその手が、俺の背中に回ってきた。
あー、よかった。
俺は本当の本当に安堵して、もう一度ブルマを抱きしめた。こうすることができるのが、今は何よりブルマがブルマである証拠なのだ。


口うるさいお姫様から解放された俺は、次に口うるさいお嬢様に付き合って、ティールームへと舞い戻った。
本当にブルマは事態を舐めている。そう思うことに、ひとしきり落ち着いた後に言った言葉が、何か食べたい、だったのだ。何かっていうか、甘いものだそうだ。朝、王女がイチゴのチーズケーキを残したことを根に持っているらしい。あと、イチゴのチョコレートが食べたいとも言った。なんで全部イチゴなんだ。ひょっとして、おまえを元に戻したのはイチゴなのか。
「午前のお茶のコースをお願い」
「じゃあ、俺も同じものを」
そう言ってやりたいところを堪えて、俺はそうオーダーした。さすがにブルマはウェイターに向かって『多めで』とは言わないからだ。ブルマは王女よりは子どもだが、双子よりは大人なのだ。
「やるよ」
そんなわけで、またもや目にした、そのパフェみたいな代物を、俺はブルマに進呈した。俺が言うと、ブルマは目をぱちくりさせて、自分のスプーンを持つ手を止めた。だから、俺が代わりに自分のスプーンを動かしてやった。
「うまいか?」
まずは一口食べさせて訊いてみると、ブルマは長い長い沈黙の末に頷いた。
「…………うん」
「それはよかった」
俺は大変満足して、次の一匙を掬いにかかった。心の中でとある事実を噛み締めながら。…この一見不貞腐れたようにも見える顔。間違いなくブルマだ。
「じゃあ、次はこれ。おまえのだーい好きなイチゴな」
「…………」
相変わらずブルマはにこりともしなかったが、俺は構わずスプーンを動かし続けた。
ブルマがイチゴを拒否するわけがない。そもそも最初から拒否していない。確かになんだかじっとりとした目をしてはいるが、それほど悪くない気分のはずだ。だって、自分も同じものを頼んでいるのに、それには手をつけないんだからな。すました顔で冷たい態度を取るあの王女に比べたら、まるでブルマが天使のように――
なんて、見えやしない。俺は天使なんて大嫌いだ。
「…ねえあんた、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいって何が。ああ、ほら、イチゴ」
「あのね…」
「何だよ、いらないのか?」
「…………」
やがておずおずと放たれたブルマからの皮肉の矢を、俺はかわした。あくまで笑顔で、匙を勧めた。
恥ずかしくないわけがない。でもな、こういうことは開き直った者勝ちなんだよ。…ん、それって結局、恥ずかしくないってことか?
「貰うわよ」
そして、そこでブルマがそう言ってスプーンを口に入れたので、俺の笑顔は本物になった。
素直……じゃないけど(顔つきが)、これはこれでなかなかいい。ことさらに無表情で淡々と食べ続けるところが、また笑わせる。王女の態度に似てるよな。でも、決定的に違うものがあるんだよ。
それは頬の色だ。頬の色が、もうあからさまに王女ともいつもとも違うんだよな。
だから俺は、ブルマのことが好きなんだ。
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