Trouble mystery tour Epi.9 (4) byY
狼の習性って知ってるか?
狼は自分より弱いものを襲う。さらに一匹だけで大きな獲物を狩ることはない。基本的には臆病な動物だ。
似てるかな、と思った。俺ではない。エイハンが。
態度はでかいが、意外に押し切ろうとはしてこない。俺の見ている限りでは。話しかけてくる時はいつもリザと一緒だ。今さっきも後ろにいた。
まあ兄妹なんだから、共に行動することになんら不思議はないのだが。でも、それにしても……いや、これは俺の意識過剰だな。この列車は狭いんだ。
乾杯を済ませシャンパングラスに口をつけると、それらのことが脳裏を満たした。だからやがてかけられたブルマの言葉に応えた時、俺はちょっと心ここにあらずだった。
「あんたもこういうところで修行したら?どうせ遠くに行くんならさ」
「うーん、そうだな〜」
だがたいして支障はなかった。エイハンのことなどすでに相手にしていないどころか気にもしていないらしいブルマが口にしたのは、たわいのない雑談だった。
「あの山のてっぺんとかどう?険しい山の頂で自らを高める男。絵になるわよ〜」
かつての自分と似たようなことを考えているブルマに、俺は経験によって知った事実を教えてやった。
「あまり高過ぎるところはなあ。不必要に寒くていいことないぞ」
確かに気は引き締まるが、それ以上に身が硬くなるんだよな。ウォーミングアップの必要性が増し過ぎるっていうか。
「そっか。じゃあ、さっきのジャングルみたいなところはどう?そういう映画あったわよね。ジャングルで生きる超人的な男。あたしヒロインやってあげるわ」
なおもブルマは食い下がった。俺はまたもや経験によって知りえた事実を掴みながら、表向きの事実を口にした。
「ジャングルは迷い込むことはあるが、自分からは行かないな。視界が利かなくては技が使えん」
それはさっきとは逆の意味でダメだな。おまえが何考えてるか、俺にはわかるぞ。どうせターザンごっこでもやろうっていうんだろ。やろうっていうか、やらされるのか。まったく、気が引き締まらないことこの上ないな。
「あらそう。そんなもんかしらね。まあ、確かにどこに当たるかわからないっていうのは、あたしも嫌ね。じゃあ、この河べりは?広いし見晴らしいいし、最高のロケーションよ」
この時にはもうブルマの本当の真意が読めていたので、俺は一も二もなくその言葉を否定した。
「いくら見晴らしがいいと言っても、こんな人目につきやすいところで修行できるか」
おまえは連れて行かないぞ。押しかけられるのだってごめんだ。ブルマときたら来るたびに何やかやと危ない目に遭いやがって、いつも俺が助ける羽目になるんだからな。
それで諦めたというのか何なのか、ブルマは不服そうな顔をして、話題を切った。
「…あんた、結構我儘ね」
「我儘なのはおまえだろ。俺は遊んでるわけじゃないんだからな」
「あーそっ。20日間も修行サボって遊んでるくせによく言うわ」
「おまえなあ。…俺にいなくなって欲しいのか?」
だから俺は啖呵を切った。これしきのことではマジ喧嘩にはならないとわかっていた。この期に及んで『そうだ』と言われることもないだろうと思っていた。…そう言われちゃ立つ瀬がない。
俺の立つ瀬は守られた。ブルマはゆっくりとグラスの中のシャンパンを飲み切ってから、実にわざとらしい口調でこう言った。
「まさか。いてほしいに決まってるでしょ。あたしをフォローするやつがいなくなったら困るもの」
よくわかってんじゃないか。言い方が気に入らないけど。
「こういう非科学文化圏では、あんたみたいな体力バカが重宝するのよね。特にこの辺からは地形の高低差が激しいから、疲れたらおんぶしてね」
わかり過ぎて開き直っているな…
俺はかなり呆れたが、今さら言うまでもないことだった。ブルマの口の悪さ、遠慮のなさ、おんぶに抱っこな様は専売特許だ。
「疲れそうなところへ行くのか?」
「明日はね。今日はそうでもないかな。次の街へは時間調整で寄るだけだし。ロックスって言ってね、かろうじて名物がある程度の小さな街よ。その名物っていうのも発祥の地とかそういうわけじゃなくって…」
そんな感じで、俺たちは最後までたわいのない話をしながら、シャンパンを飲んだ。景色が変わるまで――やがてその街が見えてくるまで。


なるほどブルマの言う通り、ロックスという街はさして特徴のない街だった。
背後にロキシーマウンテンを構え視界的には見られる場所もあるが、街自体はごちゃごちゃとしていて、そこらにある中規模の街と変わらない。ピタの街から良くも悪くも科学色を取っ払った感じ、と言えばいいだろうか。自然がおいしいと思えるほど、田舎というわけでもない。というか、ここでおいしいのはパンケーキであるらしかった。
「ん〜、おいしい。ふわっふわ。たかがパンケーキだと思って甞めてたわ。さすが看板に掲げるだけあるわね。…あんたもどうせなら看板メニューを食べればいいのに」
「うん、でもこのピザとナチョスもうまいよ」
駅前通りをぶらぶらと歩いてやってきた、ちょっと古ぼけた雰囲気のパンケーキ専門レストランで、俺はひさしぶりにジャンクな物をラフなマナーで食べた。イチゴ色のパンケーキをつつくブルマをよそに、のんびりと窓の外を眺める。なんていうか、ここまでに感じてきたものとは違う種類ののんびりだ。普段、都でしているデートにも似たり。
だが現実としてここは都ではないし、俺たちがしているのもいつもながらのデートではない。と実感せざるをえないことが、やがて起こった。
「よし、じゃああたしの一口あげるわ。はい、あ〜ん」
そう言って、ブルマがフォークを差し向けてきたのだ。その先にはブルマの大好きなイチゴとパンケーキの一切れが刺さっていた。当然のこととして、俺は辞退した。
「いや、いいよ。遠慮しとく…」
「自分はやってたくせにずるいじゃないの」
のだが、その言葉を聞き取ることなく、ブルマは俺の口にフォークを押し込んだ。そう、まさしく押し込んだ。そして、俺がどうにか喉を詰まらせることなくそれを呑み込むと、それは偉そうに言い放った。
「まー、何よその顔。かっわいくないわね!そんな顔するならあげないわよ」
「だから遠慮するって言っただろ…」
「もう!本ッ当にかわいくないわね!」
「おまえは本当に人の話を聞かないよな」
まったく、そんなところだけいつも通りなんだから。中途半端に浮つきやがって…
思わず呆れてしまった気持ちを戻せずに、俺は心に呟いた。
そうさ、いつもはブルマはこんなことしないんだ。やっぱり旅行中だから浮ついてるんだろう。そのくせ雰囲気は皆無ときてる。
「まあ、らしいと言えばらしいかな…」
「何が?」
「ああ、いや。老舗らしい味だなって」
「でしょでしょ。もっとあげようか」
「いいよ、おまえの好物なんだから、おまえが食べろ」
「そーお?」
と言いながら、ブルマは食べた。俺はふと、旅行に出たばかりの時のことを思い出した。昨日双子たちにからかわれた、エアポートのカフェでの一時を。
あの時よりはクールダウンしてるよな。まだちょっとテンション高いけど。まあ、まるっきりいつも通りというのもなんだから、ちょうどいいか。
俺だって、まるっきりいつも通りというわけじゃないし。何がどう違うのかはうまく言えないが……いや、そうだな、羽伸ばしてるって感じかな。だいいち、こんな昼間っから酒を飲んでいる時点で、普段通りであるはずがないんだ。
最も、この時酒を飲んでいたのは俺だけだった。ブルマはパンケーキにコーヒー。俺はピザにビール。…俺もたいがい堕落してきているな。でも気を引き締めようとは思えないんだよなあ。なにせまだ70日もあるんだから…
「ねえ、どうしてこの店の名物がパンケーキなのかわかる?」
レストランを出しな、ブルマが店の看板を見上げながらそんなことを訊いてきた。俺は深く考えることなく、思いつくままのところを答えた。
「うーん、そうだな…初めてパンケーキを売り出した店だから?」
「それは違うってさっき言ったでしょ。もう、鳥頭なんだから。あのね、この先にね、昔は海だった崖があるの。そこができたのは今から三千万年前、海中の微生物や砂の沈殿層が繰り返し海の底に埋まって圧縮された結果、硬い石灰岩と柔らかな砂岩が複数積み重なった地形が形成されて、そこが地震によって隆起してその後乾燥してそれから雨や風に浸食されて……」
「…………」
やっぱりあんまり変わってねえな…
相変わらず気合い入ってる。あまりにも気合い入り過ぎてて、もう聞く気もしない。どうしてパンケーキが地層の話に発展するんだ。何か関係あるにしても、意表突き過ぎだろ。
「……まあとにかく、大きなパンケーキをいっぱい積み上げたような断面を持つ崖があるわけよ」
初めからそう言え。
旅行気分に元からある科学者気質を加えて得々と話すブルマの姿は、そりゃあもう楽しそうに見えた。だから俺はどうにか呆れを押し隠して言ってやった。
「…相変わらず博学だな」
「あんたは相変わらず体力バカよね」
ブルマはさっくり言い放つと、すぐには切り返せずにいた俺の腕に手を絡めて歩き出した。
「まあいいわ。見ればわかるわよ。後で列車そこの近く通るから。じゃあ次、泥棒市行きましょ」
「泥棒市?」
「そ。この街ってね、週に一度陽が落ちるまでの数時間、泥棒市やってるんだって。だからそこ行ってみましょ」
「…おまえは、一体どこからそういう情報を仕入れてくるんだ?」
「ナ・イ・ショ!」
何が『ナ・イ・ショ』だ。明るく誤魔化してるが、ヤバいルートからの情報じゃないだろうな?
呆れに不審を混じらせながらも、俺は腕を引かれるまま歩いた。それほど危機感はなかった。相当ひさしぶりであるとはいえ、そういうところは初めてじゃない。見るだけなら害のないところさ。俺というボディガードもいることだしな。
よっぽどの無茶じゃない限り、俺にはブルマを止める気はなかった。今の俺には自分のスタンスがかなりはっきりわかっていた。
ブルマがいろんなことを楽しみにしてるから、俺もすべてを楽しむことにしたんだよ。うん。


その泥棒市とやらは、レストランからものの10分もかからないところ、腹ごなしにもならない距離のところで開かれていた。小さな繁華街の端に作られた、噴水のある広場。いかにも買い物ついでといった感じでぶらぶらと見回っている人々。威勢のいい売人の掛け声。
「わー。賑やかね。思ってたより大きいわ」
「なんだ、普通の蚤の市みたいだな」
「表向きは普通の蚤の市なのよ。でも半分くらいはどこかから『盗ってきた』物だっていう話よ」
俺の腕を離しひょいひょいとそこらを覗いて歩くブルマの後を追いながら、俺もまた周りを軽く物色してみた。
敷物一枚敷かれていないコンクリートの地面の上に様々な物の並べられたその市は、わりとすぐに気づいたことにあきらかに普通の蚤の市とは違っていた。よくあるアンティークと名のつくシックな物はほとんどない。昨日まで誰かが使っていたと思しきシーツや自転車、汚れた服や穴あきの鍋、映らなくなったテレビ、ぼろぼろの古着類に、家具や店のネオン……といって、売人はどこか煤けた男ばかりで、家庭人にも店主にも業者にも見えない。なるほど確かに『どこかからかっぱらってきた』物ではあるらしい。
「なんかがらくたばっかりね。こんなもの誰が買うわけ?」
品物には手を触れず少し遠巻きに感想を述べるブルマを見て、俺はこっそり安堵した。これは、まったく見張る必要なさそうだ。この様子では、レッチェルでの骨董市のように、余計な一言を言い撒くことはあるまい。
「だから『蚤の市』なんじゃないか。こういうところでは掘り出し物を探すのが楽しいんだよ」
だから俺は完全に自分のペースになって、本格的に物色を開始した。物色というよりは、目利きと言った方が正しいかな。買う気は全然ないんだ。ただなんというか、本能的に――この辺に腕のいい盗賊はいるかな、と探りを入れたい気持ちになったんだ。昔の癖だな。
やがてかなりのがらくたを横目にした後で、一種違う感じに雑然とした一角に行き当たった。服や家具などの生活用品は一切なく、何の関連もない小物がてんでバラバラに並べられている。普段遣いとは思えないカスタムナイフ、見た目だけはアンティークなカメラ、よくわからない金属の置き物、黄銅の懐中時計。一見アンティークにも見えるがそうではないことは、その扱いの粗雑さからわかった。わかると同時にピンときた。これは専門屋だ。おそらく盗品専門に買い取りを行う古物商かなんかだろう。或いは質屋を経営しながら、一方では盗品も買いつけているのかもしれない。昔取った杵柄でそれらを感じ取った俺は、次にそこにあったあるものに目を引かれた。
拳ほどもある大きな石。質はそれほど高くはないが、れっきとした宝石だ。こんな大きな宝石が蚤の市なんかにごろんと転がっているはずはない。一瞬そうも思ったが、間違いない。宝石に関してはな…目が肥えてるというほどではないが、本物か偽物かくらいはわかるつもりだ。
「オヤジ、この宝石は売り物か?」
俺がそれを掴みながらそう声をかけると、店先にいたわりとガタイのいいオヤジは、たいして顔色を変えることなく俺に応えた。
「ああ、そうだよ。きれいだろ。手を入れりゃぴっかぴかになるぞ」
「手を入れる?」
「そいつ原石なんだよ。にいちゃん、気に入ったんなら買ってくれや。出入りのやつに頼まれて買い取ったんだけどよ、どうにもならなくて困ってたんだ。まったく、すっかり騙されちまったぜ。石を磨くのって結構かかるらしいじゃねえか。おまけにこの街にゃそんなことやれる店はねえときた。慣れねえことやろうとするもんじゃねえなあ」
「買ってやりたいけど、宝石を買えるほどの金は持ってないんだ」
「安くしとくぜぇ〜。なんならもう仕入れ値でいいや。きっかり100万ゼニーでどうだ?にいちゃん、旅行者だろ。ここじゃなくもっと大きい街でカットすんならだいぶん安くできっからよ。彼女の土産モンにしとけや」
「そうだな…」
俺は考えた。懐具合を、ではなく、単純に買うかどうかを。金はある。カジノで稼いだ金が、今だほとんど手つかずで残っている。まだまだ先は長いが……いや、どうせあぶく銭だ。それに例え違ったとしても、売り飛ばせは元手は取れるだろう。
「よし、買った。その代わり一筆書いてくれ。100万ゼニーで買ったってな」
「なんだいそりゃ?まあいいけどよ、出所は教えられねえぜ。返品も受け付けねえからな」
「ああ、それでいい。ただ値段がわかればいいんだ」
こうして俺は、海の上で得た金を陸でパーッと使った。自分のためでもブルマのためでもなく、赤の他人のために。ま、あぶく銭の使い方としては間違っちゃいないな。
「あら?ヤムチャあんた、何か買ったの?」
そのうちに買い物をしてる時としては珍しく、ブルマが向こうから寄ってきた。どうやらさっぱり手応えがないと見た。まあそうだろうな。女の好きそうなものなんて、てんで見当たらないもんな。…これ以外には。
「ああ。有り金ほとんど使っちまった」
「ええ!?だって、あんた結構お金持ってたじゃない。カジノでいっぱい当てたでしょ。それをほとんどって…一体何買ったのよ!?」
「ちょっとな。なあブルマ、この宝石どう思う?」
「宝石?そんなものどこに売ってたのよ。偽物なんじゃないの?」
…どうしてそうなる。
ブルマの声は不思議そうというより、非難がましかった。さては、また何か勝手な想像をしているな。これまでの俺の買い物に対するブルマの反応を、俺は思い出した。まあ、愛情の裏返しだと思っておいてやるよ。今は大義名分があるからな。
「これ、なんとかって人がランチさんに盗られた宝石じゃないかと思うんだ。ちょうどこれくらいの大きさだって言ってただろう」
「えー?そんなこと言われてもわかんないわよ。盗まれたのが何の宝石なのかも知らないし」
「何、きっと間違いないさ。こんな大きな宝石、こんな田舎にそうそう転がっているはずがない」
「あんた、それだけの理由で買っちゃったの?呆れたわね」
どうして呆れる?ここは感心するところだろ。
盗まれたものがこんな形で戻ってくるなんて、あまりないことだぞ。しかも盗まれた場所からはだいぶん離れたこんな田舎で…なかなか運命的だよな。
「それにしてもよく買えたわね。そこまでのお金持ってたっけ?」
「それが意外に安かったんだ。っていうかな、これ原石なんだ。ほら、この裏のところ」
「なんだ、そうなの。なるほどどうりで…」
なんだか違うところに感心しながら、ブルマは歩き出した。まったく、張り合いないよなあ。ま、他人の宝石のことなんて興味ないのかもしれないがな。そもそも本気にしていないのかもしれない。すぐにそう思い始めた俺は、やがてブルマがおもむろに呟いたその言葉に、大いに同意した。
「そうだわ、そう言えばさっき双子が言ってたわね。ゼンメルさんの奥さんが『失われた者が戻ってくる』って言われた、って」
「そうそう、そう言ってただろ」
「あんたは今の今まで忘れてたでしょ」
どうしてわかるんだ…
「スられたりしないように気をつけなさいよ。ここは泥棒市なんだから」
「それは嫌だな。あまりにも間抜け過ぎる」
しまいにはこちらが納得させられて、俺たちはその場を離れた。さらに、ああ言えばこう言うの典型のような会話をしながら、駅へと向かってのんびりと歩を進めた。
「あたしもそう思うけど、あんたの場合ありえそうだからね〜」
「何を言う。俺はそういう、他人絡みのアクシデントに遭うことはほとんどないぞ。むしろ何やかやと絡まれるのはおまえの方だろ」
「そうよね。あんたはたいがい自業自得だもんね」
…表向きは。実のところはそれなりに注意を払いながら。あぶく銭をパーッと使った挙句に、買った物をスられたのでは話にならん。水の泡もいいところだ。
だいたいにして、アクシデントに遭うかどうかは、隙の差だと俺は思っている。ブルマは人に対する気の持ちようは隙なく厳しいくせに、態度は隙だらけなんだよな。そこへいくと俺は隙のない態度ってやつが身についているから……男に対しては、だが。まあ、ここには男の売人しかいないから大丈夫だろう…
そして、実際に何事もなく、俺たちは列車へと帰り着いた。
その苦手な女のいる、列車へ。
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