Trouble mystery tour Epi.9 (5) byY
列車の出発と、それに伴う乗客全員の乗車を、俺たちはラウンジで待つことにした。スチュワードにゼンメルさんへの伝言を頼み、件の宝石を窓際の目立つところに転がして、とりとめのない話をしつつ、時間潰しにと再び三次元チェス勝負を開始した。
「ねえ、だけど、ランチさんがこの石を盗んでいったのは、確かエピのあたりよね。どうしてこんなところにあったのかしら」
「転売されてたんだよ。こんなでかい宝石、田舎でまともに捌けるわけがない。研磨して切り売りすればいいんだろうが、そういうことできるやつもいないんだろう。たぶん最初に売ったランチさんだけがいい目を見たんじゃないかな」
「ふーん、そういうものなの。だけど、そんなことに詳しいのもどうかと思うわ。はい、チェック・メイト」
「うっ…」
そして俺はまた黒星を重ねた。そのこと自体は情けなくもいつものことであったが、問題はその際にブルマの放った言葉だった。
「ちょっとはそっちからも攻めてきてよ。ゲームが単調過ぎるわ」
「そんなこと言ったってさ…隙がなさ過ぎなんだよ、おまえ」
「しょうがないわね。やっぱりビショップも落と…」
「いやいやダメだ、それはダメ」
「もう。意地っ張りなんだから」
どっちが。と、言ってやれないこの悔しさ。何度もしつこいぞ。とは言い切れないこの辛さ。
かといって、譲るわけにはいかない。ルークとビショップを落とした相手なんて、勝っても嬉しくも何ともないからな。っていうか、そんな負けの許されない勝負をするわけにはいかん。
「じゃあ、もう一戦このままでやりましょ。それでちっとも勝負にならなかったら、今度こそビショップを落とすからね」
「わかったよ。ええい、今度こそ一矢報いてやるからな」
「ええ、ぜひそうしてもらいたいものだわ」
「くっそ〜」
すでに意地を張る以下の心境になりながら、俺は第二戦の火蓋を切った。そう、俺が先手だ。今に限らず、今日ずっと最初から先手白駒だ。…先手必勝は俺の得意な戦法なんだがなあ。どうしてか、ブルマにはまったく通用しないんだよなあ…
だいたい、ブルマはさ…頭を使う時はもうとことん使うくせに、そうじゃない時は一転して感情のみで攻めてくるからな。どっちにしても、俺は勝てないわけさ。え?チェスとそれ以外のことがごっちゃになってる?ほっとけ。
要するに俺は、いろいろな意味でブルマに勝てる気がしないのだった。だけどあんまり甞められるわけにもいかないので、ほどほどに何とかしようと――…ひょっとしてこの中途半端な考えがいけないのか?でもなあ…
「うーん…」
「何だ、珍しいな、おまえが長考とは」
考え込む俺の前で、ブルマもまた考え込み始めた。と、捉えた俺が間違っていた。
「いえね……あのね、本当にそれでいいの、あんた?」
「え?」
「それだとあたしはポーンでこういくわよ」
「…それで?」
「それからこっちのポーンをこう進めて、あんたがこうきたらこういって、その後はこうくるならこう、こうくるならこう、こうくるならこう……で、こういう形になったところで、クィーンでチェック・メイト」
「そんな先まで読めるわけないだろ。読めたとしたって、そこまで考えてたら、えらい時間かかっちまうぞ。そんなの一瞬で読めるのはおまえだけだ」
っていうか、ゲームが終わっちまったじゃないか。お前の頭の中だけで。しかもそうそう思い通りにはならんと言い返せないところが嫌過ぎる。
「そっかあ。それじゃハンデ増やしても、たいして変わりゃしないわね。もうあたしが何も考えないでやるようにするしかないのかしら」
「あー、本ッ当に嫌なやつだよ、おまえは!」
思いっきりわざとらしく、俺は言ってやった。ブルマが素で発言しているのがわかったからだ。まったく…いたぶるのを楽しむのならまだしも、そこまで慮られるとは。本当に、ブルマに思い遣られるようになっちゃおしまいだ。
「もし、あのう…ゼンメルですが。何かお話があるとボーイに伺ったのですが…」
その時、横からおずおずとその人物が顔を覗かせた。続いて夫人が心配そうな顔を見せたので、俺は慌てて組みかけていた腕を解いた。
「私はゼンメルの妻のアマンです。あの、私たちが何か…?」
「ああ、えーと、話というか、渡したいものがありまして…」
こうして、またもや連敗のうちに勝負は終わった。そう、元はと言えば、この人たちを待つためにチェスを始めたんだ。この、戻ってきたらすぐにわかる駅側の席でな。もう何もかもすっかり忘れかけていたが。
「実はですね、あなた方が失くした宝石を、俺が持ってるんですが…」
「え?」
「それはどういうことですかな?」
「あっ!違いますよ、俺がずっと持ってたんじゃなくてですね、さっき泥棒市に行ったんですよ。そこで見つけたんです」
一瞬彼らの目に浮かんだ疑いを晴らすべく、俺は言葉を掻き集めた。一方ブルマは彼らを横目で眺めながら、チェスの駒を集めていた。
「何ですと?それは本当ですか」
「はい。古物商らしき男が売ってました。受け取り書もちゃんとあります。これなんですが」
「まあ!あなた!これは!」
「本当だ。確かにこれは盗まれた翡翠だ」
「ああ、よかった。まさか戻ってくるなんて…本当にありがとうございます。これは私がお友達から預かったものなんですの。有名な彫り師さんに彫ってもらいたいって頼まれて……あなた、どうかお礼をしてさしあげてくださいな」
「あ、いいですよ、お礼なんて。俺はただ見つけただけですから」
できたら、払った分の金はほしいけど。まあ、それも本当にできたらでいい。ここで代金を請求するなんて、恩人のやることじゃないよな。だいたいにして、これを盗んだのはランチさんだしな…
「いえ、そうはいきません。ぜひお礼をさせてください」
「そうです。私たちの信用を守ってくれたんですから、いくらお礼しても足りないほどですわ」
ブルマの見守る中ゼンメル夫妻の感謝の言葉は続き、結果的に俺は200万ゼニーを手にすることとなった。ちょっとびっくりしたことに、やおらポケットからそれを取り出して俺に握らせた夫妻は、やがてぺこぺこと頭を下げながらラウンジを出て行った。
「ははは。倍になった」
「よかったわね」
ブルマはチェス盤の電源スイッチを落とし駒をテーブルにしまい込むと、呆れたように呟いた。
「あっぶないわね、あの人たち。ポケットに200万ゼニーも裸で入れとくなんて。あんなんじゃ、また何か盗まれるんじゃない?」
「確かにそんな感じはするな」
「なんとなく古風だし、カードの嫌いな古い人種ね、きっと」
ちっとも心配していない口調で言い切って、ブルマは席を立った。そして軽く伸びをしながら、いつもの台詞を吐いた。
「じゃ、あたしたちも部屋に戻って着替えましょうか。さ・て・と、今日は何着よっかな〜」
「…おまえ、毎晩毎晩よくもそう面倒くさがらずに、いちいち着替えできるよなあ」
俺は思わず呟いた。密かに抱き続けていた感心の一つを。ドレスコードだから一応俺もきちんと毎晩正装しているが、正直面倒くさいったらない。正装することがではなく、わざわざ正装に着替えることがだ。たかがメシ食うだけなのに――どうしたって、そう思わずにはいられない。
「これくらい女の嗜みよ。あんたも手抜いちゃダメよ」
「あー、うん…」
「返事が悪いわねえ。よーし、じゃあ今日はいつもより気合い入れてめかし込むわよ!」
「なんでそうなる」
「だって、なんか今日のんびりし過ぎて不完全燃焼なんだもの」
「ああ、それはちょっと言えるかな。今日は列車の中にいる時間が長いからなあ」
「快適だけど、単調なのよね。ちょっとは頭使おうと思ってやったチェスも総勝ちだったしさあ」
「…悪かったな」
嫌み半分本気半分で俺は言った。ブルマが素で発言しているのがわかったからだ。まったく、こいつはなあ…あーあー、どうせ俺は頭が悪いですよ。
「おかげであんまりお腹空かないわよ。どうしてくれんの」
「それは食い過ぎだろ。さっきのパンケーキ…」
「あたしミントブルーのドレス着るから、あんたは白いタキシードにしてね。黒だとバランス悪いから」
「…………」
すでに感情全開となっているブルマを前に、やがて俺は沈黙した。こういう、調子がいい時のブルマの話の脈絡のなさにはまいる。おまえの一体どこが頭いいんだ、と言ってやりたくなる。
まあ、言わないけどな。確かに口ではついていけないが、心ではわかっているから。理解はできないが、経験によって体に染み込んでいる。
…機嫌いいなあ。酒も飲んでないのに、テンション高いよ。


色は爽やかなブルー。胸の下から腰にかけて流れるようにあしらわれたビーズは蓮花を描き、童話に出てくるお姫様のドレスのようにカットされた長いスカートの真ん中から、一段淡いトーンの布がふんわりと揺れる。結い上げた髪に絡む、ドレスと同じ色のリボン。
うん、なかなかきれいだ。…動いていなければ、な。
小一時間後、注文通り白のタキシードを着込んだ俺は、そのブルマの姿に部屋でちょっと見とれて、その後入ったバーでは大いに呆れることとなった。
「せっかくめかし込んでもダーツをやるんじゃなあ…」
それも全力で。もう思いっきり裾捲れてるんだが。『はしたない』とか言うのもまったくもって今さらだ。まあせめて中身は見えないようにしろよ、ってところか…
それにしても、せっかく上品なドレスを着てるのに。相変わらず胸は見えてるけど…しょうがないよな、ブルマの場合胸元が露出してるのは基本だ。…あまり屈ませないようにしようっと。
「何よ、文句あるの?あんまり負け続きでかわいそうだから、あんたの独擅場に来てあげたんじゃない」
「はいはい、それはありがとうございます」
床に落ちたダーツを拾い上げてから、俺は頭を下げた。もはやあらゆる意味での下僕だ。まあ拒否されないだけ、本物のお姫様よりはマシだがな。
最後にそんなことを考えたのは、やはりブルマのドレスのせいだろう。引き摺りそうなほどに長いそのブルーのドレスは、どうしたってそんな感じに見えた。童話の中のお姫様。さらに言うならシンデレラ。当然のこととして、俺は王女を思い出した。別にしつこくはないだろう、きっと誰だってそう思うぞ。現にここのバーテンダーだって…
「えい!あっ、この〜」
だが俺は何ら不安に思うことはなく、やがて床に落ちた3本目のダーツを拾い上げた。それからダーツボードの正面へ行って、軽く目星をつけて、手にあるすべてのダーツを投げた。
「そらっ」
5つのダーツをボードの中央に並べて、桜にも似た形を描く。ブルマは腰に手を当てて、怒ったように俺を見上げた。
「もう、なんでそんなきれいに当たるわけ?ねえ、それ、ちゃんと狙って当ててんの?」
「そりゃあな。きっちり狙ったところに当たるよ」
「あたしだって狙ってるんだけどなあ。この差はどこからきてるのかしら」
それから、ちょっと誇張気味に言った俺の言葉に煽られて、再び裾を翻して次のダーツを投げた。乱れたドレスを直す間もなく、3本連投。俺はバーカウンターを横目に笑いを堪えながら、さらに煽ってやった。外れて床に落ちたダーツを再び拾い、自分の分と一緒に投げてやる。ボードに咲いていた花が、桜から蓮に変化した。
「いっやみ〜!あんた、本ッ当に嫌みなやり方してくれるわねえ」
ブルマが再び腰に手を当てて、怒ったようにそう言った。ブルマとその後ろに見えるバーテンダーの両方を視界に収めながら、俺は答えた。
「だって、俺に格好つけさせてくれようとして、ダーツなんかやることにしたんだろ?」
それと、自分の中身を露見させるためだな。気づいてるか?バーテンダーがもう完全に、事務的な目つきで仕事をしていることに。この前とは明らかに、おまえを見る目が違うぞ。どうやらすっかり化けの皮が剥がれたらしい。いや、よかったよかった。
かつての予感が的中して(らしい格好をすればするほど、ギャップが目につくだろうと思ってたんだ)ちょっと楽しくなった俺は、軽く不貞腐れかけているらしいブルマに寛容心を発揮してやることにした。ブルマとは違って、正しい寛容心を。
「ま、そのドレスじゃ、あまりうまくいかなくてもしかたないさ。動きにくそうだもんな。特にその足元――」
「あらー、これ結構動きやすいのよ。フレアだし、ゆったりしてるし」
「おまえは…俺がせっかくフォローしてやってるのに…」
「あら、そうだったの」
最も、それは素で突っ返されたが。…ブルマが他人に厳しいのは、鈍いからなのかもしれない。時々すごく鈍いからな、こいつ。
そして、どうやら今がその『時々』にあたるらしかった。やがてダーツを手放しバーカウンターへと行ったブルマに、バーテンダーが笑って言った。
「元気ですねえ」
「あなたたちのサービスが快適だからよ」
それにブルマはそう答えた。素とはいえない作り笑いを浮かべて。一見すると非常に淑女的なその態度――
「それはありがとうございます」
行き過ぎない慇懃さで軽く頭を下げるバーテンダーを見て、俺は笑いを噛み殺した。


夜の過ごし方もだいたい決まってきたようだ。
賑やかな食前の時を経て、豪華な夕食。それから場所を変えて、食後酒を飲みながらゆったり過ごす。最初の二日間は部屋、昨日今日はラウンジという違いはあったが、ゆったり過ごすという点では、この四日間変わらなかった。
「この列車、クルーズ船より快適よね。やっぱり少人数での旅行っていいわね〜」
「単にスケジュールがゆったりしてるからじゃないか?一日一街だし、車内にいる時間は長いしさ」
「それはクルーズ船だって同じだったわよ」
じゃ、ここにはショッピングセンターがないからだな。
二人掛けのソファに姿勢を崩して沈み込み、のんびりと葉巻をふかしながら、俺は俺なりの結論を出した。怒られるに決まっているので、当然言わない。だが確かに、この列車に乗ってからというもの、ブルマはゆったりしている。遊ぶ場所は一応あるのに(バーとかな)さほど頻繁には行こうとしない。さらに珍しくも、夜ともなれば着ているドレスに見合うくらいにはしっとりしてくる。…口を開かなければ、だが。
「そうじゃなくって、サービスのきめ細かさの差よ。寛ぎの旅って感じするもの。ちょっと退屈なのが玉に瑕だけど」
もっとも今夜は、口を開いてもわりとしっとりしていた。身なりのせいで少々点が甘くなっているきらいはあるかもしれないが。こういう裾の長いドレスを着て髪を上げてると、いかにもお嬢様って感じするよな。豪奢なソファにワイングラス、葉巻と、小道具も揃っていることだし。
「うーん…退屈ね。でも寝るにはまだ早いし…」
やがて溜め息と共に葉巻の煙を吐き出しながら、ブルマは言った。それで俺は、さらにもう一つ小道具を付け加えた。
「カードでもやるか?賭けてもいいぞ」
あ、これはお嬢様じゃなくて、カジノの女か。ついうっかり…今まではそんな感じだったから。
「そうね。賭けはともかくとして、カードはやりましょうか。…二人じゃちょっと単調だけど」
今ひとつ乗り気じゃなさそうな返事によって、かろうじてカジノの女は回避された。なるほど確かに、不完全燃焼気味だな。それとも疲れが出てきたのかな?などと俺が考え始めた時、気だるい空気の中に小さな火種が投げ込まれた。
「じゃあみんなでやりましょうよ!」
「きゃっ!ちょ、ちょっと!!」
ブルマの右肩の上にいきなりぬっと、ミルちゃんの顔が現れた。次いで左の肩の上にリルちゃんの顔が現れた。どうやらブルマの真後ろの席にいたらしい双子は、ソファに齧りついたまま、まるで背後霊のようにブルマに纏わりつき始めた。
「何やります?ポーカー?ババ抜き?大富豪?神経衰弱?7並べ?」
「ページワン?ダウト?戦争?大貧民?ジジ抜き?あたし豚のしっぽやりたいなぁ〜」
「やらないやらない。あんたたちとはなーんにもやらないわよ!」
「えー、だって、今二人じゃつまんないって言ったじゃないですか〜」
「それとこれとは話が別よ。一体何が楽しくて、あんたたちなんかと豚のしっぽをやらなくちゃいけないのよ」
「あー、今『なんか』って言った。ひっどぉーい」
「ひどくない!今は大人の時間なの!豚のしっぽが好きな子どもはこんなところにいないでさっさと寝なさい!」
「ぶーっだ。まだ8時半だもーん」
「そうですよ、8時半に寝る子なんて友達にだっていないもーん。ぶーぶーっだ」
「ええい、ぶーぶーうるさいわ!」
俺はたまらず吹き出した。ブルマはすでに鬼の形相…いや、そこまではいかないか、ともかくも優雅さの欠片もないいつもの状態になりつつあった。やっぱりダメだな。ブルマはブルマだ。それにしても双子たちの破壊力のあることと言ったら。ひょっとして、ブルマより上手なんじゃないだろうか。
「ちょっとぉ。あんた、何、他人面して笑ってんのよ?」
「いや…だってさ…」
「だって、何よ!?」
ぴたっ。
ずずいと自分の鼻先に迫ってきた顔に圧されて、俺は口を閉じた。怖いというより、これから怖くなりそうな予感がしたのだ。双子たちが手に負えないからって、俺に八つ当たりしないでほしいなあ。っていうか、顔近いぞ。
半ば呆れながら、葉巻を灰皿に押しつけた。その時だった。
「まあ〜あ、仲のいいこと。こちら、ご一緒してよろしいかしら?」
それはわざとらしい艶を含んだ女の声が、すでに無視することのできない距離から飛んできた。…よろしくない。俺は咄嗟にそう思いながら、しかたなしに視線を動かした。昨夜にも似た言葉を投げかけてきたリザは、俺たちのテーブルのすぐ横に立っていて、実際にも俺たちのテーブルに入り込もうとしていた。俺よりはうんと口の立つブルマが、それをしれっと拒否した。
「テーブルは他にも空いてるわよ」
「そうね。でも、ご一緒したい訳があるのよ。ね、エイハン」
兄妹というより双子だな。リザの陰から出てきたエイハンを見て、俺は思った。この兄弟はよく似ている。見た目じゃなくて、性質が。さりげないしつこさといい、じりじりと間合いを詰めるようなやり方といい、どちらも獲物を逃さないハンターの様相だ。もちろん、それぞれの獲物が何であるかも、俺にはわかっていた。いまいち理解はできないが。だって、ちょっと…いやちょっとどころかかなり、年齢差があるじゃないか。正確な歳を知っているわけではないが、どう見ても世代が違うと思うんだ。まあエイハンの気持ちはわかるが、リザの方はなあ――というか、勘弁してくれ。
「実はきみに一戦申し込みたいと思ってね」
「やめときなさいよ。ヤムチャはそこらの男とは違うんだから。あんたなんかあっという間にやっつけられて病院送りになるのがオチよ。せっかくの旅行を中止したくはないでしょ?最も、あたしたちはそれでも構わないけどね!」
思わず拍手してやりたいぐらいにバッサリと、ブルマは切り捨てた。言うなあ。でも大げさだとは思わない。本当のことだ。ただ一つ注文をつけるなら、そういうのは俺に言わせてもらえないだろうか。普通は守る側が言う台詞だろ、それ。
台詞を取られてしまった俺としては、黙って睨みを飛ばしてやる他なかった。俺たち二人からの睨みを受け止めて、だがエイハンは悠然と笑ってみせた。
「ノンノン、お嬢さん、そうじゃない。彼にじゃなくて、きみにだよ。聞くところによると、チェスの凄腕らしいじゃないか」
「……別に。普通よ」
「おまけに早打ちなんだって?私も早打ちには少し自信があってね。どうだろう、一つ私と勝負してみないかい?」
なんだって?
一体誰から聞いたんだ、そんなこと。っていうか、なぜ勝負なんだ?
エイハンは純粋にブルマとチェスをやりたがっている。まさかそう思えるわけもなかった。でもどう見ても口説いてるって感じじゃない。一体何のための勝負…
「もちろんただでとは言わない。受けてくれたら、私の秘蔵のワインを開けよう。…いや、そうだな……私が勝ったらきみがそれを飲んでくれたまえ。私とグラスを合わせてね。一種の賭けだよ。退屈なんだろう?」
小狡いやつだな。
すらすらと飛び出すエイハンの言葉は、俺を非常に不快な気持ちにさせた。こいつ、ブルマの性格を読んでやがる。ここまでさんざん拒否されたことも、しっかり肥しにしてやがる。挙句に俺のいる前で乾杯とか…不愉快極まりない当てつけじゃないか。こんな話受けることない…………
だが、ブルマは乗せられた。これが乗せられたのじゃなくて、何であろう。はっきりとは言わないエイハンに対しブルマはまったく何も言わぬまま、テーブル横に手を伸ばし三次元チェスを起動させた。俺は思わず眉を寄せて、深くソファに腰掛けていた上体を起こし姿勢を正すブルマの横へ飛んで行った。
「おい、ブルマ…」
「負けなきゃいいんでしょ。見てなさい、二度と声なんかかけられないように、やっつけてやるから」
…わかってるんだか、わかってないんだか。
まあ、わかっていたとしても引かないか。頭は良くても、ブルマだしな…
どうしようもない事実を噛み締めながら、俺も姿勢を正した。テーブルを差し挟んだ正面の、今まで俺が座っていたところに、リザがやってきたからだ。
「ああらヤムチャくん、わざわざそっちに逃げることないじゃない?」
「お、俺はブルマの味方ですから」
思わず体を引きながら、俺は答えた。隣ではブルマが、エイハンの言葉を淡々と流していた。
「ビアリではアマチュアチェスクラブの会長をやっていてね。いくつか大会でも優勝したことがあるんだ」
「あたしは別に何もやってないけど」
「独学か。そりゃあすごい」
さらに真後ろでは双子たちが、依然としてソファに後ろ向きに齧りつきながら(再び断っておくが後ろのテーブルのソファだ)、観客の様相を呈してきていた。
「わー、あたしどっちを応援しようかなぁ」
「一人ずつにしようよ。ねえブルマさん、ブルマさんはあたしとミル、どっちに応援してほしいですか?」
「静かにしてればそれでいいわよ。はい、灰皿そっちのテーブルに置いて」
うーん。なんだか、妙な具合になってきたなあ。結果的には、すっかりお近づきになってしまっているよなあ。
これでうっかりブルマが負けでもして、目の前で乾杯されちゃたまらんなあ。いや、よもやそんなことはないと信じているが。ブルマに勝てるのは、ブリーフ博士だけだ。それだって、絶対というわけじゃない。この父娘ほど頭のいいやつが、そうそういてたまるもんか。
「言っときますが、強いですよ、ブルマは」
「聞いているよ。なかなか読みが鋭いってね」
だから、誰に聞いたんだよ?
駒を並べるエイハンを、俺は不納得の思いで見やった。いい加減なこと言うよな、こいつも。そんな噂するやつがいるわけないだろう。ブルマがチェスをしたのは、この旅行中今日が初めてだぞ。それも、ちょっと俺と遊んだだけだ。そんな見え見えのご機嫌取りをよくも……せいぜい軽く捻り潰してもらって、さっさと引き下がりやがれ。
…なんか俺、まるっきり守られる側みたいになってるな。領分じゃないとはいえ、ちょっと情けないな。
inserted by FC2 system