Trouble mystery tour Epi.9 (7) byY
この朝、俺はブルマにベッドから落とされかけて、目を覚ました。
要するに、その手で押し退けられたところで、気がついたわけだ。手で押されるなんて珍しいな。いつもは足か体当たりなのに(そして一発で落とされる)。なんてことを寝惚けた頭で思っていると、ブルマがおもむろに呟いた。
「…も〜、わかったってば…なしにするわよ…ハンデ取り消せばいいんでしょ…」
もちろん寝言だ。そのことも、その言葉の意味するところも、俺にはすぐにわかった。それでちょっと自分自身を省みて、頭を掻いた。
夢に見るほどしつこくした覚えはないが。ちょっと一戦を四戦にしただけ……そりゃまあ、そのせいで午前様になっちまったけどさ。その後、風呂も入らずにベッドに飛び込んでたけどさ。服脱ぐなり即行で寝てたけどさ……
別にブルマは疲れていたわけじゃないさ。ここんとこ毎日のんびり過ごしてたから、早寝癖がついただけだ。うん、そうに決まってる。
俺はちゃんと実力で、ハンデをチャラにした。…そうに決まってる。


結局、俺はそのままベッドを出た。目が完全に覚めてしまっていたからだ。
カーテンの向こうは薄明るかった。俺はそれを視認しただけで、開けることはしなかった。ブルマはまだ寝ている。起こすような時間でもない。だから、ベッド横の床に投げ捨てられたドレスを拾い、乱れたベッドを直してから、バスルームへ行った。
半分は習慣、半分は惰性で、シャワーのコックを捻った。こんな風に朝方起きてシャワーを浴びるのはひさしぶりだ。元々はこれが日常だったはずだが。この後外へ出て、軽く体を解して、気合いを入れがてら一発気でも練って…
だが今は、体を解すことはともかく外に出ることはできないし、よもや気を練るわけにはいかない。練るだけなら練ってもいいが、それをどうこうすることはできない。それがわかっていながら、俺は気を練った。バスルームを出てから。肩にタオルをかけたままで。右の掌を上に向けて。一日の初めのまっさらな心で、何も考えずに集中した。
――ボッ…
やがて、朝陽の遮断された部屋の中に、小さな太陽が現れた。…体はそれほど鈍っていないようだな。まあ、まだ20日ほどしか経っていないからな…
…そのわりに、心の方は鈍りきっているが。
俺は軽く自戒しながら、気を消し、再びベッドに潜り込んだ。ちっとも眠くないのに、だ。シャワーも浴びて心身共に目覚めているはずなのに、なぜかここを離れる気になれない。いや、離れても行くところがないんだよ。と、自分に言い聞かせたその時、さっき直したベッドがまた乱れた。
「ん〜〜〜〜〜…」
「…あ。悪い、起こしたか?」
再び伸びたブルマの手は、俺の体ではなく頭上の空気を押し上げた。伸びと共に少しだけ上体が起き上って、寝惚け眼がうっすら開いた。
「相変わらず早いわね…」
「まあな」
俺は単純にそう答えた。ここ最近そう早く起きていた記憶はないが、わざわざそういうことを言うつもりはなかった。
「ん〜〜〜〜〜…」
ブルマの頭がまだ起きていないことが明白だったからだ。その証拠に、ブルマはまったく脈絡なく、寝惚け眼のまま呟いた。
「あたしお風呂入ってくる…」
「ああ、いってらっしゃい」
俺は単純にそう答えた。それからのそのそとバスルームへ向かうブルマを見送り、自分も立ち上がって、再び乱れたベッドを直し、カーテンを開けた。
こうして、俺は今度こそベッドを出た。確かに起きてもすることはないのだが、一人ベッドでごろごろする習慣は、俺にはないのだった。


この旅行は本当に、窓の外の景色がよく変わる。
飛行機の窓から見た空。高級バスの窓越しに見つけた滝。船の窓外に広がる海。列車の窓から流れていく草原。そして、今目にしている山だ。そのくらいのものは俺の場合空をひとっ飛びすればいくらでも目にすることができるが、そういうことではない。『窓の外に見える』っていうのがな、旅行してるって感じするんだよ。…わかりにくいか?
「ブルマ様、ヤムチャ様、おはようございます。朝食をお持ちしました」
「ああ、おはよう。ここに置いてってくれ」
窓際のテーブルに逆向きに座を占め、流れ去ってゆく車窓を見ていると、バトラーがやってきて朝食を置いていった。それから間もなく、それを一緒に食べる相手がバスルームから出てきた。
「ブルマ、朝食きてるぞ」
「はーい」
いいタイミング、そしていい返事だ。でも少しだけ、よくないことがあった。
「着替えるのは後でもいいけど、バスローブくらい羽織ったらどうだ」
「うん、そうね」
髪は水滴を含んだまま、体はタオルを巻いただけであったのだ。おまけに思いっきり生返事だ。…まだ起き切ってないな、これは。返事はいいが、何も実行する気配がない。そう理解する一方で、理解はしても受け止め切れないこともあった。
なんかこいつ、ここにきて俄然だらしなくなったな。こないだまではもうちょっと、見栄を張っていたような気がするんだが。やはり人が少ないからだろうか。サービスマンは結構いるんだが…そのサービスマンの目ってやつを、ちっとも気にしてないからなあ。昨日、バーで遊んだ時もそうだった。いくら使用人の存在には慣れていると言っても、気にしなさ過ぎだ。ここのサービスマンはC.Cのようなロボットじゃなくて、生身の人間なんだからな。今はバトラーがタイミングを外していたからいいものの…
そういうことを思いはしたが口には出さずに、俺は朝食を食べ進めた。まあ、追い追い話していくさ。今は俺しかいないからいい。そして半分ほどを食べたところで、その言葉を口にした。
「それで、今日の予定は?」
ブルマがなかなか言い出さなかったからだ。確か今日は俺が働く日であると、昨日言っていたはずだが。俺もサービスマンと同じで、忘れられたのだろうか。
「今日はハイキングよ。標高4000mのハイキング。あと二時間も経てば、ロキシーマウンテンナショナルパークの入口よ。夕方までそこで自由行動なの」
「ははぁ、それでおんぶか。しかし移動中ならともかく、公園でおんぶっていうのはなぁ」
「失礼ね、ちゃんと歩くわよ」
「どうだかなぁ。ブルマってそういう時すぐ、疲れた疲れた言うからなぁ」
「そういう態度取るんなら、最初からおんぶしてもらうわ」
「…いや、ちょっと、それは…」
「じゃあ、四の五の言わないでちょうだい」
なんだかやけに偉そうな口調で、ブルマは言った。本当に、どうしてそう偉そうなんだ。してもらう立場のくせに。
「はいはい、わかりましたよ。ところで、何か準備することはあるかな?」
そう思いはしたものの、俺はこれでそう腹は立たなかった。悲しいかな、慣れだ。それに実のところ、たいした負担じゃないから別にいいのだ。
「何にも。動きやすい格好をして、あと少し寒いからジャケットを羽織ることくらいね。たいして身構えなくていいわよ。基本的には自然そのままだけど、入口のあたりにはホテルとかあるからね」
「ふーん。となると、着くまでちょっと暇だな。またラウンジで一戦やるか?」
それは、なんとなく言ってみただけだった。昨日もそうしたから今日もそうするか、というだけのことだ。だがそれは、意外な反応を引き出した。ブルマはわずかだが眉間に皺を寄せながら、おそらく本人は済まし切っているだろう表情で呟いた。
「…せっかくなくしたハンデをまたつけることになったら悪いから、やめとくわ」
「ははは」
俺は思わず笑いを漏らした。悪いとは思いながら、そうしてしまった。ようやく口が動き出したはいいが妙につんけんしてるなと思ったら、そういうことか。どうやら俺は、自分で思っていた以上に、ブルマを相手にできていたらしい。あんなにいい勝負をしていたエイハンにだって、こんなに悔しそうな顔は見せていなかった。
まあ、どうせ一戦やったら、また俺が負けるんだろうけどな。昨夜のは勢いにかまけたようなもんだから。雪崩式というか…
「ふんだ、いいわよ。いい気になっておきなさい。その代わり、今日はばっちり働いてもらうからね」
「はいはい、わかりました」
それでもいいのだ。俺は真にブルマに勝ちたいわけじゃないんだから。
ただ時々は、俺だってやるんだぞというところを見せておかないとな。やられっぱなしじゃ立つ瀬がないし、ブルマだってつまらないだろうからな。


「あれ?このジャケット…」
朝食の後は身支度。その途中、ベッドの上に無造作に投げ出されたジャケットを見て、俺は目を瞬いた。
先ほどブルマが言っていた、寒さ凌ぎのジャケットだ。ひさしぶりにジーンズなんかを穿き、適当にTシャツを合わせて、最後にブルマが寄こしたそれを手に取った俺は、それに袖を通す前に思わず考え込んだ。
いくら構える必要はないったって、山でこのジャケットは…っていうか、これ――
「何?」
「あ、いや…」
だが、そのことは隠した。まったく気づかれなかったわけではないが、笑顔で誤魔化した。ちょっとだけこちらを振り向いたブルマは、それ以上何かを言ってくることはなく、再び背中合わせの着替えへと戻った。それで俺も視線を外して、とはいえすぐにはそれを羽織る気にはなれず、手にしたままベッドに腰を下ろした。
…こんなものまで持ってきているとは。ちゃっかりしてると言うか、何と言うか…
色落ち風のちょっとシックな茶色のジャケットは、いつかうやむやのうちに買った、ブルマとペアのものだった。買った経緯に一癖あったので覚えていたが、買った直後以外には着ていない。もともとブルマはそういうこと(ペアルックとか)はあまりしないやつなのだ。じゃあどうして買ったのかというと、まあ早い話が乗せられたんだよ。ショップの店員にな。まったく、ブルマは、店員が男でちょっと顔がよかったりするとすーぐ……
…とにかく、そういうジャケットだ。まったく何も感じないわけはないだろう。俺は当然想像した。…………ペアジャケットを着ておんぶか。それは恥ずかしいな……いくら恋人同士と認識されているとは言えな。そしてそのうちにブルマがドレッサーへと向かったので、ちょっと頭を掻いてからジャケットを羽織った。
だって、これは今日の俺に課せられた働きの一つなんだ。…なんだと思う。わざわざこれを指定されたからにはな…
だったら、それに応えなくては。こんな山の中でこんな格好して、一体誰に見せるのか(鳥か?狼か?山羊でもいるのか?)、それはわからんがな…


とりあえず、エルクはいた。
それと岩の上にビッグホーンシープ。枯れ木の陰にコヨーテ。
山頂までの道中、俺たちは展望車でちょっとしたサファリパーク気分を味わった。昨日ここから目にしたものとは打って変わって荒涼とした山道は、だが実に空気がおいしかった。ひんやりと冷たくて、気持ちいいほど澄んでいて、どこか心が引き締まる。山に来たな、という感じがする。山の上ならではの緑のない厳しい自然と、そこに棲む動物たちの目つきの険しさに、おぼろげに湧いていたデート気分が吹き飛んだ。でもやがて駅に着き、厳しい自然の中には不似合いなアスファルトの道路を越え、ロキシーマウンテンナショナルパークとやらのゲートを潜った後には、その感覚も吹き飛んだ。
きれいに刈り込まれた広い芝庭に、等間隔に並んだ樹木。赤い屋根に白い壁のクラシックなホテルの前には、赤い花が鮮やかに咲いて、疎らとは言えない観光客たちの目を楽しませている…
どこが『自然そのまま』なんだ。少しく唖然としていた俺に、ブルマは言った。
「山頂へのハイキングが終わったら、あのホテルのテラスでお茶しましょ。じゃ、さっそく行きましょうか。上りのトレイルはこっちよ」
それはまるっきり『今日のデートの予定』を話す時と同じ口調だった。人の手が入ってしまえば、厳しい山もこんなもんか。まったく、修行で来るのと遊びに来るのとでは、感覚どころか目にする現実も違うな。
ある意味では新鮮さを感じながら示されたトレイルへ向かった俺は、やがてさらなる現実にも気がついた。
「おまえ、息が上がってるぞ。まだ来たばかりだってのに。いくら何でも鈍り過ぎなんじゃないのか」
「しかたないでしょ、空気が薄いんだから…。あんたはどうして平気なのよ?」
「それはやっぱり、鍛え方の違いだろうな」
「あっそ。それじゃ、あたしの手引っ張ってよ」
一体何が『それじゃ』なんだ。
頬を紅潮させながら偉ぶるブルマに、俺は思わずそう思った。とはいえ、本当にわからないわけではなかった。
「おんぶじゃなかったのか?」
「いきなり入口からおんぶしてもらうわけいかないでしょ」
「ふうん。一応そういう感覚はあるんだな」
「それってすっごい嫌み!」
だから、軽口を叩きながらも、その手を取った。まあ、おんぶよりはマシだよな。手を繋ぐのなら、傍目にも、俺が引っ張っていってるように見えるってもんだ。
この時、すでに俺は失念していた。自分たちが今、どういう風に見えているのかということを。きっと、ここまで誰にも指摘されていなかったからだ。つまり、それ自体は嫌なことではなかったから、いつの間にか馴染んでいたのだ。
だがやがて後ろから走り寄ってきた双子たちが大声で叫んだので、意識せざるを得なくなった。
「あーっ、ブルマさんとヤムチャさん、おんなじジャケット着てる!」
「ペアルックだー。素敵!かっわい〜!なっかま〜!」
遮るもののない山の上で、いつにも増して高らかに響く声。前を行く人たちがわざわざ振り向くほどのことはなかったが、後ろから来る人たちの注視を浴びるには充分だった。うっかり立ち止まって振り返ってしまった俺は、一斉に飛んできたその視線に困りながら、息を切らせてトレイルの真ん中に座り込んだ双子たちにこんなことを言われて、さらに困った。
「違うよぉ。ペアルックじゃなくて『カップルック』!ペアルックなんて言い方、もうダサいんだからー」
「いっけなーい、そうだった。お二人とも、知ってます?今、東の都でペアルックのことカップルックって呼んで、すっごい流行ってるんだってー」
「新婚旅行はペアでっていうのがセオリーなんだって!それも、あたしたちみたいにぜーんぶ同じにしちゃうのが、最高にお洒落なんですよぉ」
「あたしたちは流行る前からやってたもんね〜。イェーイ、流行先取りぃ!」
「そ、そう…」
なんかめちゃくちゃテンション高いな…
煙と何とやらは高い所が好きってやつだろうか。そのこと自体は別にいいんだが…
怒る気にはなれない。といって同調するには、人の視線が痛過ぎる。ひたすらに困った俺は、とりあえず物で釣ってみた。
「あっ!ミルちゃんリルちゃん、あそこにきれいな花が咲いてるよ。ほら、人があーんなに集まってる。うん、あれはきっとこの山にしか生えていない珍しい花に違いない」
「えっ、本当?わー、見に行こうー!」
「あっ、待ってよ、ミル〜!」
まさに破竹の勢いで、二人は走り去って行った。あっという間にトレイルを行く人の陰に消え、やがて一丘越えた山道にその姿を現した。遠目にもわかるほど楽しそうにその花をためつすがめつしている。女の子らしくてかわいいよな。こうして遠くから見ているぶんには。一緒にいると結構たびたび困るけど…
そういうちょっと複雑な笑いを漏らすと、それをあからさまに見咎めている人間が一人いることに気がついた。
「何だ、ブルマ?」
「べっつにー。何でもないわよ」
俺が訊くと、ブルマは実にわざとらしく顔を逸らした。どう見ても、何でもなくはない怒り顔。…またちょっと焼いてるな。今のやり取りの一体どこに焼くところがあるのかはわからんが。
「さ、行くぞ」
それでも手は離されないままであったので、俺はさっさと場面を切り替えてしまうことにした。ブルマは態度ではそれに従いながら、口ではこんなことを言った。
「あの子たちに追いつかないよう、ゆっくりとね」
「そこまで毛嫌いすることもないだろう」
「あんただって、今追い払ったじゃない」
「あれは…、だってなぁ…」
これには俺は困った。確かにそれは否定できない。でも――……ブルマのやつ、あの子たちの言ったこと聞いてなかったのかな?…聞いてなかったんだろうなあ。聞いていたら、怒る必要ないもんな。今だけじゃない、だいたいにおいてあの子たちは俺たちを冷やかすようなことばかり言っているのに、ブルマはやきもち焼くんだもんな。きっと女の子っていうだけで。本当に大人気ない…
「本ッ当にいい格好しいよね、あんたって」
だがやがてブルマがそう言ったので、俺の困惑は文句になった。開き直りという名の文句に。
「何言ってんだ。いい格好しいだったら、こんな格好しておまえとこんなことしてるもんか」
いや、文句じゃないよな。明白な事実だ。揃いの服なんか着て、怒られながらも手を引いてやってる俺がいい格好しいなんかであるものか。少なくともおまえ以外の者は、絶対にそうは思っていない。
「ちょっと、それどういう意味よ?」
「さあな。ほら、行くぞ」
っていうか、おまえは本当にわかってないのか?この周囲からの視線を。俺はかなり恥ずかしいのだが…?
すでに俺は逃げ腰になっていた。ブルマからではなく、周囲から。それでも精一杯胸を張って、ブルマの手を引いてやった。
その場から去るために。できるだけ颯爽と去るために。傍目には、俺が引っ張っていってるように見せながら。何ていうかな、こんな格好してるんだ、多少は見栄というものがある。
…確かに、これを『いい格好しい』と言うのなら、それは否定できないな。


そんな風にちょっぴりポーズを取っていた俺ではあるが、やがてすぐにそうする必要はなくなった。
数百mほどの整備されたトレイルを抜け、獣道のような山道に踏み込んだ後には、本当に俺が引っ張る形となっていた。まさに言葉通りの意味で。
「そこ、足元滑るから気をつけろよ」
「さっきからもうずーっと気をつけてるわよ」
ブルマは不満を露わにしながら、ほぼ全体重を俺に預けた。俺は片手でそれを引き上げ続けた。急勾配の坂道で。回り込むべき岩盤の前で。足を取る木の根元で。山は、やっぱり山だった。ちょっと入り込んだ途端に、人の手が入らなくなった途端に、道が険しくなってきた。と言っても、迷ったり怪我をしたりするほどの険しさではない。そうだな、都会のわがままな女にとってはキツい、そう言っておこうか。
「そこ、坂が急になってるから気をつけろよ」
「急じゃないところなんてないわよ」
「あ、蛇がいる」
「ぎゃあぁっ!」
それだって、体力的にではなく、気力的に、だとは思うが。なにしろ登山者の中には還暦が近そうな御仁はいるし、ミルちゃんリルちゃんの姿もとっくに見えなくなっていた。おまけに、今俺が『蛇がいる』と言った途端、ブルマのやつ俺の手を離して完全に自力で坂を駆け上がってきやがった。要するにそういうことなんだよな。単に甘えてるだけなんだよ。それでも勢い余って(?)抱きついてきた挙句に、そのまま胸に顔を伏せて動かなくなったので、俺はちょっと心配になった。
「おーい、ブルマ?」
それでブルマの顔を窺おうとしたのだが、それが失敗だった。ブルマはものすごい勢いで顔を上げると、次の瞬間空高く叫んだ。
「あーもー、やだぁ。空飛んでいきたーいっ!!」
「…みんながんばってるんだから、おまえも少しはがんばれ」
頭突きを食らった鼻を抑えながら、俺は諭した。そこまで元気なら、全然大丈夫だろ。そう言わなかったのは、ブルマの性格をわかっていたからだ。
「えぇ〜」
なのにブルマは、それは嫌そうな顔で唸った挙句に、こんなことを言ったのだ。
「この薄情者!」
「は?」
文句を言われること自体には慣れていた。ここで文句も言わずにせっせと歩き出したら、それはブルマじゃないからな。だけどその台詞は…
「薄情って何だよ?ちゃんと手を引いてやってるだろ」
「『やってる』ですって!?えっらそうに!薄情な上に傲慢だなんて最低ね!」
「…………。もういいからとっとと歩け」
「ぎゃーっ、何その言い方、ひっどぉーい!」
うるさいなあ、もう…
正直、もう飛んで行ってしまいたい気持ちに、俺は駆られた。この上なく理不尽なブルマの台詞も、どうでもよくなっていた。今はその態度が何より問題だ。本当に堪え性のないやつだな。まあ、そんなことはわかっていたが……だから、もう少し人目がなくなったら飛んで行ってやろうと思ってたのに。どうやらそれもできなさそうだ。
こうも注目を集めているんじゃなあ。さっきよりは人がバラけてきたのに、さっきより視線を感じるってどういうことだ。
自分で自分の首絞めて騒ぐのやめてほしいなあ…
inserted by FC2 system