Trouble mystery tour (7) byY
『宥める』ということと『気圧される』ということは、同意語であるらしい。俺にとっては。フレスカを飲んで、アンバサダーラウンジのソファから立ち上がったブルマを見た後に、俺はそれを知った。
一見のんびりと周囲に気を移しているようなブルマの足取りは、だがそうではないと、俺にはすぐにわかった。俗に言う、千鳥足というやつだ。やっぱり飲み過ぎだ。あまり顔に出ていなかったから、わからなかった――わけはない。とっくにわかっていた。それなのに、見逃してしまった。理由はいわずもがな。…ブルマだからだ。
そんなわけで俺は、ブルマの手を引いてアンバサダーラウンジを後にし、ブルマの手を引いてエレベーターを下り、ブルマの手を引いてホテルの外へ出て、ブルマの手を引いてバスへと乗り込んだ。これから北にあるグランニエールフォールズへ行くのだと、すでに聞かされていたからだ。俺としては部屋に閉じ込めたかったのだが、それはできなかった。…ブルマだから。俺は本当にブルマに弱いな…
「う〜ん…ちょっと頭がクラクラするわね…」
それでも、バスのシートに体を沈めた時ブルマがさりげなく認めたので、俺はきっぱりと本音を出した。
「だから飲み過ぎだって言っただろ」
「そんなこと言ったっけ?」
「何度も言いました」
そして何度も流されました。
ブルマは俺の言葉を流したし、俺自身も流されました。だって、いちいちもっともらしい理由をつけてくるからさ。いや、これは言い訳だな…
俺がなんとなく明後日の方向を見ていると、やがてアテンダントがやってきた。そして、レディファーストを行使した。
「お飲物はいかがしたしますか?赤、白、ロゼの地酒ワインと、オレンジ、マンゴーのフレッシュジュース、ミネラルウォーターを各種用意しておりますが」
「ワインをグラスで。そうね、一番飲み口のいいものを」
当然のように、ブルマは答えた。さすがにこれには、俺も口を差し挟んだ。
「ワインはやめとけ。ペリエかバドワにしろ」
「えー、何でよ」
「何でって、もういいだけ酔ってるじゃないか。気分が悪くなる前にやめとけ」
「悪くなんかならないわよ。あんただって知ってるくせに」
もっともらしいというよりは絶対に否定できないことを、ブルマは言った。それで、俺はうっかり答えてしまった。
「それはそうかもしれないけど…」
「あんたが気乗ってないのは勝手だけど、あたしの邪魔はしないでよ。当然のサービスくらい受けさせてよね!」
気が乗ってないなんて言ってないのに。
その言葉は心の中で呟いた。つまるところ、俺はすっかり気圧された。
「あのう、お客様…」
そして、アテンダントも気圧されていた。ただ一人ブルマだけが、いつもの調子を崩さずに言い切った。
「グラスワイン。アルコールの一番弱いやつね」
完全には、俺の言葉を流さずに。まったく、かわいいんだか、かわいくないんだか。ずるいやり方、っていうのが正確なところかな。なんとなく、気が殺がれちまったじゃないか。
どうやら『気圧される』ということと『流される』ということも同意語らしい。俺はもう言い訳できないほど完全に流されて、明後日の方向とまではいかないにしても、明らかに何もない宙へと目を向けた。
ブルマと目を合わせたくないほど不愉快というわけではない。そもそも不愉快ではない。でも少し納得のいかない点はあった。
…気が乗ってないってわけじゃないんだけどな。そりゃあ、ブルマに比べればテンションは低いとは思うけどさ。だけど、もうはしゃぎたてるような歳でもないし。まあ、女はいくつになってもそれでいいんだろうけどな。別にセーブしてるとかじゃなくて、男はこんなもんだよ。それに、今のところきっちり付き合ってると思うのだが。それだけじゃダメなのかな。
俺は考えているというよりは、思い返していた。今日これまでのことと、過去のことを。ブルマの望んでいることが、なんとなくわかっていたからだ。たぶんあれだ。恋人同士の雰囲気、ってやつだ。それと、リードされたい、ってやつ。昔はよく言われたからなあ。本人に正面切って言うのもどうかと思うが。大体、それを言うなら、ブルマだって結構外してると思うんだよな。俺、全然そういう気出してないわけじゃないし。まあ、いつものことだけど。
ま、いいか。
そのうち噛み合うだろ。大体いつもそうだからな。
結論というよりは一つの事実に、俺は行き当たった。ほとんど同時に、ブルマが言った。
「あたし、ちょっと寝るわね。何かあったら起こして」
「ん?ああ、はいはい」
どうやら2杯目のワインは飲まないらしい。いいことだ。そして二言目の台詞。これはほぼ『決して起こすな』ということだ。どうやら酒が睡魔を呼んだとみえる。
じゃあ、その隙に一杯やっておこうかな。目の前で飲むのはなんとなく立つ瀬がないから。眠っている間に、ご希望に添って少しテンションを上げておいてやるよ。
とりあえずパスしておいたドリンクをサービスしてもらうことに決めた時、左手が塞がった。見ると俺と同様、今会話するまではなんとなく視線を逸らしていたブルマが、思いっきり肩にしなだれかかってきていた。
やれやれ。
わかりやすいな、こいつは。やっぱりたぶんそのうち噛み合うな。


『グランニエールフォールズ』というものを、俺は知らなかった。
世界三大瀑布の存在はさすがに知ってはいるし、おそらく映像も何度か目にしていると思うのだが、名前までは知らなかった。ま、そんなもんだよな。俺は修行でよく未開地に足を踏み入れはするが、冒険家とかではないしな。
だから、それなりの気分にはなっていた。いや、『グランニエールフォールズ』は関係なく、すでにかなり前からそういう気分になっていた。目にするものを楽しもう。修行のことや後のことは考えずに、その場その場を楽しもう。それが旅というやつなんだと、今では思っていた。だがそこに、俺の場合は多少の付加価値があることに、やがて気がついた。
もう2、3の丘陵を越えれば『グランニエールフォールズ』に着くと、アテンダントがアナウンスした後のことだ。丘を回るバスが、やや高い場所に差しかかった頃。俺が気づく前に、後ろから女の子たちの黄色い声が飛んできた。
「ねえ、あれ!あれ、そうじゃなーい!?」
「えっ、どれ?どこどこー?」
それを皮切りに、他の席からも同じような声が聞こえてきた。バスの左、遥か遠くに小さく見える、緑の山と山の間に煙る白い何か。おそらくはあれが『グランニエールフォールズ』――誰しもがそう思い、そしてそれは当たっていたに違いないが、歓声はすぐに消えた。視界を緑の木々が遮ったからだ。数分後バスが森を抜けると、再び歓声が起こった。そしてまた消えた。今度はバスが丘を下り始めたからだった。同じようなことが何度か繰り返され、最後には乗客たちが一喜一憂するのに飽きてきても、俺は依然としてその状況を楽しんでいた。
新鮮だな、こういうの。こういう、もどかしいの。空を飛べるようになるまでは、いやカリン塔に登るまでは、ほとんどこんな感じだったな。飛行機で飛んで、車で走って。ルートを気にして。いつ着くのかと考えて。
自分は今、この上なく地に足を着けている。そのことが、俺の心をそこはかとなく浮き立たせ始めた。だから、やがて斜面が厳しくなりバスが揺れ始めた時、俺はごくごく自然に、眠り続けるブルマの肩を抱いた。
シートベルトでがっちり留めるという手もあるが…まあ、カップルの特権だ。
それにしても、こいつよく寝ていられるな。こんなに揺れてるのに。少しだけそう呆れを感じたのは、バスが最後の、そして最も急な丘陵に差しかかった時だった。木々の隙間から、『グランニエールフォールズ』が見え隠れしていた。それはもはや『白い何か』ではなく、はっきりと滝だった。下部は靄がかって見えないものの、手前にかかっているらしい橋は半分以上見てとれた。バスが林を抜け、視界が開け、靄の上にかかる虹色の半輪が目に入った時、まさにジャストのタイミングで、ブルマが身動ぎした。
さらに、少し俯き加減の姿勢のままで、片手で目を擦り出した。…起きたな。この、一般的には寝起き特有の、かわいらしい仕種。どうやら気分よく起きられたみたいだ。
なんとなくそのまま見ていると、ブルマが顔を上げた。その目が半分ほど開いているのを確認した直後、バスが大きく傾いだ。
「あっ!見えた!グランニエールフォールズ!」
開口一番ブルマの口から出てきたものは、起き抜けの挨拶でもバスの運転手への文句でもなかった。おまけに起き抜けとは思えないほど、明るく弾んだ声だった。旅行気分って、こういう効果もあるんだな。
「うん、見えた見えた」
「もう、気のない返事!」
だから別に気がなくないって…
「いつから見えてたの?起こしてくれたらよかったのに」
「ほとんど見えなかったよ。時々ちらつく程度でさ」
「ふーんだ、嘘ばっかり」
なぜかブルマは俺の言葉を一刀両断した。気分よく起きられたと思ったのは、どうやら気のせいだったらしい。一体どういう心理なのかはわからないが、ブルマの起き抜けは時々こうだ。意味なく不機嫌なんだよな。今は旅行気分に和らげられてはいるようだが。
この、肩を抱いている手は外した方がいいかもしれない。それも、気づかれないように(気づかれると逆ギレされそうだから)。俺はそう考えたが、タイミングを計りに入る前に、その行為そのものを取りやめた。
軽く腰を上げたブルマが、これまでよりも少しだけ近くに座り直して、また肩にしなだれかかってきたからだ。景色を見ているともそっぽを向いているとも、どちらともつかない微妙な雰囲気で。
…まったく。かわいいんだか、かわいくないんだか、わからんな。


垂直に切り立つ崖を、一気に流れ落ちていく大河。朦々たる水煙に邪魔され、まったく見えない滝壺。轟々と腹に響く、滝の音。
初めて目の当たりにする雄大な景色は、ごく単純な感動を、俺に与えた。
うーん。結構迫力あるなあ…
こういう派手なところには、来たことなかったからなあ。滝行だって、でかけりゃでかいほどいいってもんでもないし。それに俺はどちらかというと、山の方が好きだから。
「すごいわね。壮大ね〜…」
「うん」
感心してるのか呆れてるのかよくわからない(呑まれてるっていうのが正確なところかもな)口調で呟くブルマを横目に見ながら、俺は数歩を先へ進んだ。バスを降りた直後にはブルマの方が喜々としてそうしていったものだが、今ではすっかり逆になっていた。いや、俺が逆にしていた。
少し休んだためだろう、もうブルマの手を引く必要はなかった。それに、さっきブルマに続いてバスを降りた直後に、乗客の婦人に言われたのだ。『若い方は元気でいいわねえ』と。その時はまったく意味がわからなかったのだが、もう一人の婦人(どうやら友人関係らしい)が『あたくしもそうだったわ。結婚当初はよく主人と細々としたことで話し込んだものよ』と言った時には、さすがにわかった。…さっきの言い争いだ。そうだよな。聞こえてないわけないよな。婦人たちの目は、からかうというよりは見守るといった感じではあったが、だからといって面目があるわけはなかった。だから、俺はたいして不快を感じないままに、なんとなくブルマの前を歩いていたのだ。
でもそれも、ほんの数分のことでしかなかった。
「あんたさあ、もうちょっと何か言うことないの?そりゃ、あんたはこんなとこ珍しくもないんでしょうけどね」
すぐにブルマがそう言って、俺の隣にやってきたからだ。俺は特に何を思うこともなく、それに答えた。
「そんなこと言ってないだろ。俺だって、こんな派手なところには来たことないよ」
「だったらもっと感動しなさいよ」
「感動してるさ。言葉も出ないっていうか…」
「嘘ばっかり。あんたがそうなるのは、してやられた時だけでしょ」
俺の言葉を一刀両断してから、ブルマはさもおもしろくないといった顔つきで、腕を組んできた。俺はもう完全に、呆れざるをえなかった。
さっきから妙に絡んでくるな…
態度はそうじゃないんだけど、言葉がな。不愉快なほどではないが、穿ち過ぎだ。寝起きの不機嫌にしては、少ししつこいな。思えば、バスに乗った時からそうだった。完全に酔っぱらいだな、これは。
夕食までに酔いが醒めるといいのだが。こいつは絶対夜にだって、酒を飲むだろうからな。
そう思いながら腕を引かれるままに歩いて行くと、前の方から女の子たちの黄色い声が聞こえてきた。
「ねえ、あれ!あれあれ!!」
「うわ、すっごー!激レアー!!」
なんだろう?軽く首を捻っていると、女の子たちがこちらを向いて、元気に叫んだ。
「あっ!写真撮ってくださーい」
「こっち、こっち。ここでお願いしまぁーす」
それで俺はさりげなく一歩を引いて、その場をブルマに任せた。
俺はブルマの前では、努めて女の子とは関わらないようにしているのだ。関わり合いになりたくないというほど嫌なわけではないのだが(もう女の子平気だし)。保険というか何というか、そんなものだ。
「ありがとうございましたぁー」
何度かポーズを決めた後に、女の子たちは去って行った。数分の時も惜しいといった、元気な足取りで。…懐かしいな、ああいうノリ。色気のさっぱりない、元気というか押しが強いというか、とにかくそういうノリ。いかにもティーンって感じだ。ブルマもあの頃はあんな感じだった…いや、今でもそんな感じか。
片手間にそんなことを考えながら、女の子たちがいた場所へと行ってみた。探るまでもなく、彼女たちが騒ぎ立てていた理由がわかった。
「あ、これか」
「何?」
「虹が輪になってる」
先ほどバスから見えていたのとは別種の虹が、すぐ近くにかかっていた。時々、空の上から見かけるやつだ。たいていはもっとぼんやりしているものだが、今は近くにあるためか、かなりはっきりと浮かび上がっていた。ブルマがそういう時大体いつもそうであるように、ごくさりげない笑顔となって、種明かしをしてくれた。
「これはブロッケン現象ね。似てるけど虹とは違うのよ。光が後ろから射して、影側にある雲や霧状の水滴に光が散乱して起こるの。すっごくはっきり出てるわね。珍しいわね〜」
「ふーん」
相変わらずの博識ぶり。だがそこから旅行気分が顔を覗かせるのに、時間はかからなかった。
「きれいね〜」
それとも女の気分だろうか。ともかく口調からも表情からも、さっきまでの険は消えていた。だから俺も気を緩めて、橋の欄干に片頬杖をついた。
「うん」
そして、本当に緩やかな気持ちで、そう頷いた。ブルマのこういう、単純に嬉しそうな素振りを見るのが、俺は好きなんだ。一緒に夜景を見ている時にも似た、自然に輝く瞳の色。さっきホテルのテラスで街の風景を見た時もそうだった。そのどちらとも違うのは、今は正真正銘、自然の中にいるということだ。やっぱり、旅って違うな。うまく言えないけど、何かが違う…
俺はすっかり感傷に浸っていた。とはいえそれは、ほんの僅かな間のことだった。
「『うん』じゃないでしょ、『うん』じゃ。せっかく大自然の中に身を置いてるのに。あんた、いくら慣れてるからって淡泊過ぎよ。修行してる時とは違うんだから。少しは気分出しなさいよね」
いきなりブルマが眉を上げて、そう突っかかってきたからだ。俺はまったく呆気に取られて、一瞬前とは全然違う気持ちで、ブルマの瞳の色を見た。
「いや、出してるけど」
「どこがよ」
とはいえ、確認はできなかった。 即行で、ブルマはそっぽを向いてしまった。そしてやっぱり即行で、さっさと先へと歩き出した。口を挟む暇もなかった。
は〜ぁ。
今ではかける言葉もなくただ開けてしまった口から、俺は大きく息を吐いた。
なんだかなあ。穿つのもここに極まれりだな。俺、修行のこととか武道のこととか、一言も言ってないのに。…言ってないよな?そりゃ、ここに来るまでは少しは考えてはいたけどさ。でもうまいこと切り替えたと思うんだが。そういうのが出てたのかな。でもだからって、あそこまでつんけんすることもないだろうに。
…この、酔っぱらいめ。
淡々と先を行くブルマの後姿を、俺は少しだけ眉を寄せて見続けた。どうするべきかな。いつもなら時間を置いて様子を見るところなのだが。そうすれば多少は落ち着くからな。特に今は酔ってるんだから、時間が経って酒気が抜ければ、それなりになるだろうし。だけどなあ…
放っておいたら、また飲むんじゃないかな、あいつ。旅行気分だか何だか知らんが、今日はもう飲み続けなんだから。『気分は悪くならない』?嘘つけ。この上なく悪くなってるじゃないか。あからさまに当たりやがって。
そんなことを考えているうちに、橋の終りが見えてきた。そろそろ何とかしないといかんな。何か気を逸らせそうなものはないかな…
右手には荒れた大地。少し先に、いくつかのロッジ。さらには、どこへともなく続く道。左手には切り立つ崖。その切っ先で、黄色い声を上げている女の子。
俺の目を引いたのは、女の子たちの姿ではなかった。はしゃぐ女の子たちの向こうにちらつく、プラットフォームととぐろを巻く太いロープ。その光景そのものだった。――バンジージャンプ。女って好きだよな、ああいうの。遊園地でも、並んでるのは圧倒的に男より女の方が多いもんな。キャーキャー言う割には、えらい楽しそうなんだよ。
一考するまでもなかった。片っぱしからやるつもりなのは、もう明らかだからな。『雰囲気を楽しみたい』。たまにはその希望を、先取りしてやろうじゃないか。
「おーい、ブルマ」
「ん?なーに?」
返ってきたブルマの声は、今さっきそっぽを向いたばかりのやつとは思えないほど、あっけらかんとしていた。やっぱり、酔いのむら気決定だ。それで俺はもう何を躊躇うこともなく、酔いを醒まさせてやることにした。不思議そうに瞳を瞬いたその顔と体を胸元に押し込んでから、軽くジャンプした。橋の欄干を蹴って、体の向きを変えた。最後にただ力を抜いた。
「きゃあぁーーーあぁぁーーー…!!!!」
他の人間が聞いたら鼓膜が破れるに違いないブルマの大声は、俺にとってはこの上なく聞き慣れたものだった。怖がってるんだか、喜んでるんだかさっぱりわからない、高い裏声。背後を流れる滝の音はそれにすっかり掻き消されて、まさに俺をその時と同じ気持ちにさせた。
こういう時って、普通は歯を食いしばるものだと思うんだよな。じゃないと下に叩きつけられた時に、舌を噛んでしまうじゃないか。まあ、叩きつけないからいいけど。それにしたって、やっぱり不思議だ。男がこうも叫び立てているのを、俺は聞いたことがない。だけど、終わった後には叫んでいた女の方が元気だったりするんだよ。あれって、男の立場はどうなんだろう。俺は叫ばず元気なタイプだから、それだってどうでもいいんだけどさ。
「きゃー!きゃー!きゃあぁ!!!!」
俺が体を浮かせると、途端にブルマは叫ぶのを止めた。でもそれも、一瞬のことだった。
「いきなり何するのよ!!」
「さてな。なんて言うんだっけ、これ。…フリーフォール?好きだろ、こういうの。命綱ない方が臨場感あるじゃないか。大自然の中に飛び込んだって感じしただろ?」
「意味が違うわよ、バカッ!!」
叫び立てるというよりは、ほとんど食ってかかってきた。それには俺は、さして心を竦めなかった。
大体予想できた反応だ。ここから先が問題なのだ。
「怖かったか?」
「怖いに決まってんでしょ!!」
間髪入れず返事が返ってきた。声は変わらず大きかったが、声音に険はなかったし、うだうだと穿った言葉を吐き続けもしなかった。
「それはよかった」
「何がいいのよ!!」
「だってブルマ、この前言ってただろ。遊園地行った時さ。『ここの絶叫マシンもいい加減に飽きた』って。『もっとスリルがほしい』って」
俺はとりあえずの理由を口にした。本当の理由を言えば、絶対に怒られるだろうからだ。『あたしは酔ってないわよ』とか『酔ってて何が悪いのよ』とか。実際に言われたことはまだないが(酔いを咎めたことないからな)、簡単に想像できる。そりゃあブルマは何も困らないのかもしれないが、俺は大困りだ。今は俺しかいないんだから。放っておくわけにいかないんだからさ…
「酔い醒めたか?」
「おかげさまで…」
うっかり言ってしまった言葉にも、ブルマは素直に答えた。胸元に押し込めていたはずの両腕が、いつの間にか背中に回ってきていた。途中から肩に凭れてきていた様は、気分を出しているにしては、しおらし過ぎるように思えた。
少し効き過ぎたのかもしれん。何しろ遊園地のものに比べれば、数倍の高さがあるからなあ。
ま、なにはともあれ、酔いが醒めてよかった。
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