Trouble mystery tour Epi.9 (9) byY
視界は緑に埋め尽くされていた。
糸杉にも似ているが、少し違う。そんな木を塀のように刈り込んで作られた生垣は、思っていたより高さがあった。俺より頭二つぶんは高いから、2mは越しているだろう。
だから、生垣の向こうは見えない。人がいるのかどうかすらも、わからない。生垣の上に見えるのは、やや離れて立つホテルと、周囲に広がる山々のみ。さてこれを、有利と見るか不利と見るか。全体を見て正解を探ったりはできないわけだが、一度通ったところを通らない率は、ブルマの方が高そうだよな。
それなりに、俺は身を入れた。別段勝ち負けに拘っているわけではないが、こういうのは身を入れた方が楽しいんだ。それに、拘らないとは言っても、みすみす負けてやったりするのは、俺の趣味じゃないんだよ。
それにしても、あくまで山登りは競争にしないところが、ブルマのブルマたる所以だよな。ずるいとは言わないが、あれで結構自分のことはわかっていると言うかな。そりゃまあ、何でもかんでも競争してちゃ、つまらないが。俺たちは恋人であって、ライバルなわけじゃないからな。…あ、右か左か、どちらか片面に沿って歩いてくるべきだったな。
途中、今さら迷路のポイントを思い起こしたりしながら、俺は進んだ。そう言えば、迷路に入った時刻を確かめるのも忘れた。負けるにしてもあんまり時間がかかっては、怒られそうだよな…
俺はそんなことしか考えていなかった。その時までは。
矢筒に手をやって矢を抜こうとしている白亜の像のある生垣のアーチを潜り、おそらくはここが迷路の中心だろう、深い緑色の水を湛えた池のある小さな広場に出るまでは。池の真ん中には小さな噴水があり、涼しげな水煙を上げていた。だが俺の目を引いたのはそれらの景色ではなく、その景色の中に佇む一人の女性だった。
「こんにちは、ヤムチャくん。珍しくお一人ね」
今日はまだ一度も会っていなかった上に、話題にも上がらなかったので、すっかり存在を忘れていた――リザだ。リザは山登りに来たとはとても思えない派手な出で立ちで、長いストールを閃かせ、口の端を少し歪め妖艶な笑みを浮かべながら、おもむろに言った。
「彼女が一緒じゃないなんて珍しいこと。どちらが早いか、競争でもしてるのかしら?」
「あ…ええ、まあ、そんな感じ…」
早くも俺は気圧されかけていた。呑み込まれていたと言ってもいい。強い目力。妖しげな笑み。事実であろうとなかろうと、否定しがたいこの雰囲気…
「さすが占い師…勘がいいですね。…いや、誰でも考えるかな、そのくらいのことは。はは…」
「そうね」
俺が笑うとリザさん(こう呼ぶべきなんだろうな、やはり。年上だし)は、心持ち表情を変えた。口元に自然な笑みが漏れると共に、瞳の色も和らいだ。なるほど彼女は、俺とブルマが別行動しているからといって、すぐに喧嘩と見ることはしない、貴重な第三者だ。だがしかし…
「えーと、じゃあ…俺はこれで…」
俺はすぐさま場を切り上げた。…いかん。ダメだ。間が持たない。なんか知らんがすごく気まずい。何て言えばいいんだろう、どうもこう肌が合わないというか…やっぱり苦手なんだよ、こういうタイプ。
なのに、向こうはそうは思っていないようなんだよなあ。何、俺にだってそのくらいのことはわかる。わからない時も多いが、今はわかる。…わかっていると思う。この取って食うような――もとい、誘うような眼差しは、そういう意味なんだと…たぶん思う。ああ、だから苦手なのかもしれない…
やがて、一瞬にしてそれらのことが肯定された。さりげなくその傍を通り過ぎようとした俺に対し、リザはこう言ったのだ。
「あら、つれないわねえ。それとも年上の女に慣れていないのかしら。ふふっ…かわいいこと。あなた、ひょっとして、まだ女を知らないんじゃなくて?どう?ちょっと私と大人のお付き合いをしてみるっていうのは?」
斜に構えたその態度に、俺の男の部分が触発された。おそらくリザの意図したのとはまったく違う方向に。
――仮にも、女と一緒に旅行してる男を捕まえて、その言い草はないだろう。俺はそんなガキじゃない。失礼なことを言うな!
「それは謹んでお断りいたします」
せいぜい冷やかに俺は言ってやった。そうするだけの気概が今ではできていた。そうじゃなくたって、お断りだ。
「…あなたの彼女。ブルマって言ったわね。あの子はよくないわ。昨夜ご一緒した時に占わせてもらったの」
だが、リザは引き下がらなかった。そのまま広場を去りかけた俺の背中に、当たっていないわけではないが、まったく見当違いの言葉をぶつけてきた。
「あなた、不思議な経験をしているわね。普通の人間の感覚では計り知れない不思議なこと。それも、あの子が引き金で。あの子は禍の種を引き寄せる性質なのよ。一緒にいたらあなたまで巻き込まれるわよ」
「今は彼女に引き摺られているようだけど、あなたさえその気になれば離れることができるわ」
「あなたいい男なのに勿体ないわ。あの子はあなたには不釣り合いよ。私が手解きしてあげる。だから…」
そうして、しまいには俺の背中に両手を添えてきた。みなまで聞かずに、俺は振り返った。
「違う。俺は自分の意思でブルマと一緒にいるんだ!」
その手を振り払うため。そして意識を改めさせるために。
「俺は巻き込まれたいんだ。そうじゃないと、守れないからな」
なぜそう決めつける?俺がブルマに一方的に付き合わされていると、なぜ決めつけるんだ?
俺がブルマの尻に敷かれているからか?違うだろう。人の関係ってそう単純なものじゃないはずだ。
だいたい、禍なんかであるものか。確かにドラゴンボールには危険はつきものだが、だからといって禍の種なんかじゃない。俺はドラゴンボールの存在によって、ブルマと巡り合った。悟空や老師様にもだ。命を救われた者もいる。世界を救うために使おうとしたこともある。何も知らないくせに、訳知り顔するんじゃない。
「あなたは騙されているのよ」
リザは取り合わなかった。ウーロンの二番煎じとも言える台詞を呟きながら、ゆっくりとにじり寄ってきた。その手が今度は、リザを振り切るため振り向けた俺の胸元へと添えられた。
「一度離れれば、それがわかるわ」
「…あ、あの、なな何を…」
俺は後退りしたが、すぐに何かにぶつかった。硬い何か――たぶん像だ。さっき潜ってきたアーチと対称をなす、広場の出口となるアーチの下にあった像――
そんな風に一瞬でも現実的なことを考えてしまったのは、怒りが飛びかけていたからだった。リザも結局みなと同じ――ウーロンあたりとなんら変わらん。そう思った途端に、怒りが慢性的な感情へと変わってしまった。過ぎ去った突発的なイライラの反動で気が抜けかけていた俺を、リザの目が捉えた。
「だから、まず私があの子の呪縛を解いてあげるわ」
「え…?えぇ…?」
強い目力。妖しい微笑み。舌なめずりしているかのような唇の動き。
「あなたはあの子しか知らないんでしょう?」
「えぇぇっ…!?」
…ちょっ…!
ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょっと…………!
リザの顔はもう俺のすぐ目の前にあった。身長差があまりないんだ。目を逸らしてばかりいたからこれまで気づかなかったが、女のわりにはずいぶんでかい。少なくとも、たいして背をかがめることなく届いてしまう。何がって?それは…
「真っ赤になっちゃって、かわいいこと」
「……!」
リザがぽろりと零したその一言が、明暗を分けた。一瞬だけ、俺の心に反抗心が芽生えた。男のプライドという名の反抗心が。…いかな年上とはいえ女からかわいいなんて言われる筋合いはない。俺はそんなガキじゃない。
後はなくとも、横はある。俺はすかさず顔を傾けた。次の瞬間、聞き覚えのあり過ぎる怒鳴り声が、耳元に飛び込んできた。
「ちょっと、リザ!あんた、何してんのよ!?」
同時に手も飛んできた。顔と重心を左へ動かしかけていたところを、いきなり現れたブルマにさらに左へと押し退けられて、俺は思わず傍らの生垣へと突っ込んだ。こうして俺はリザの唇から逃れることができたわけだが、だからといって、それですっかり気を抜くことができたわけではなかった。
むしろその反対だった。俺はまったく息を呑んでそれを見た。これまで想像したこともなかった、自分の彼女のそんな姿を。人生で初めて見る、生の女と女のラブシーン――リザとブルマのキスシーンを…
「…………」
「…………」
「…………」
三者三様の沈黙が場に満ちた。はっきり言って俺はかける言葉なく、呆然半分様子見半分でブルマを見た。ブルマはぴくとも動かなかった。瞳を大きく見開いて、完全に動きを止めて、らしくなくもされるがままにリザに体を預けて――なんか卑猥だな、この言い方――ただただそこに突っ立っていた。一方リザは、目を瞑っているためどうやらすぐには気づかなかったようで、少しの間ではあったが、傍目にも官能的に見えるキスをし続けた。さすがに終えた後には気づいたようだが、その瞳に驚きと同時に一抹以上のおもしろそうな表情を浮かぶのを、俺は見てしまった。さらに、ゆっくりと指先で自らの唇をなぞる様を見て、俺は思わずにはいられなかった――…やっぱりこの女、怖い…
「あ、えっと…………それじゃリザさん、俺はこれで!」
リザから開放されても、依然としてブルマは何のアクションも起こさなかった。それは俺はその生ける屍となった体を抱えて、即行でその場を去った。もはや取り繕おうという気持ちは微塵もなかった。今はこの、俺の身代わりになってくれたブルマの精神が心配だ。なんか異常に呆然としてるんだが。まさか魂を抜かれたわけじゃあるまいな?
「…………何やってんのよ、あんた!!」
幸い、ブルマの心は生きていた。どうやら仮死状態であったようだ。今度こそ広場の出口のアーチを潜り、いくつかの角を曲がったところで、俺の手を払って全力で叫び始めた。
「何なのあれ!ええ、一体何なのよ、あれは!!」
「いや…何って言われてもなぁ…」
「何でよ。何であたしが女とキ…キ…あんなことしなくちゃならないのよ!?」
…部分的にはひどく弱々しかったが。まあ、気持ちはわかる。俺だって、もし男にあんな口づけをされたらと思うと……ブルマが女好きじゃないってことは、俺が一番よく知ってるし……
「その怒りはもっともだ」
「何を落ち着いてるのよ、あんたは!元はと言えば、あんたが悪いんでしょ!どうしてあんな女一人あしらえないのよ!あたしが来なかったらどうなってたと思うのよ!?」
「ちゃんとかわしたよ」
「かわすんじゃなくって、びしっと断りなさいよ!」
「断ったって」
「だったら、どうしてあんなことになったのよ!?」
…そんなの、俺が知りたいよ。
俺は心の中でぼやいた。いつものことだ。会話の流れも、いつものものだ。ブルマのやつ、ちっとも人の話を聞かないんだから。リザも聞かなかったけど。
この『人の話を聞かない』というのは、ひょっとして女の特質なのだろうか。いや、普通は『彼女がいる』って言うと、引くよなあ。事実、あそこまで食い下がられたことなんか、今までなかった。声をかけてくる女は時々いるし、慣れ慣れしく触られたりすることもままあるが、強引にキスしようとするなんてことは……公然猥褻罪じゃないのか、あれ?男が女に襲われたなんて情けないから、見逃しておくけど。
なるほどブルマの言ったように、俺は落ち着いていた。落ち着いて、そんな現実的なことを考えていた。ブルマに対して引け目を感じる必要はなかったし(俺はちゃんと断った!)、一時心を満たしていた焦りももう去っていた。そして後者については、ブルマに感謝しておくべきだろうということも、わかっていた。
例えブルマが来なくとも、俺はリザを断れた。確かにちょっと困りはしたが、それだけで何もかもを許してしまうわけはない。だがブルマが俺の身代わりになったことは事実で、事を成した後のリザのあの表情を思い出すと、感謝せざるをえないのだった。
そんな思いを乗せて、俺はブルマにキスをした。ブルマの場合は多少身長差があるので、屈み込んで。辺りには他に人はいなかったし、いいだろうと思った。
「…何してんの?」
「えっ、いや、その…………口直し。なんちゃって、はは…」
「あっ、あんたがそういう軽い態度だからぁっ…!」
でも、ブルマは怒った。あー、まあ、これは俺でも怒るかな。考えてもみろ、もし俺がブルマに迫るエイハンの唇を引き受けて(おえっ)、それをブルマのキスでチャラにさせられそうになったら……まあ、新たに怒ることはないとしても、怒りが治まるわけではないことは確かだ。そう、そういうことじゃないんだよ。異性ならまだしもなあ…
俺がされてた方がマシだった。とは思いたくないが……ともかくも、やがて迷路を抜けた頃には、ブルマはすっかり大人しくなっていた。文句を言うどころか八つ当たりもしてこなくなったので、俺はちょっと本気で心配になった。
「ブルマ、大丈夫か?…お説教はもう終わりか?」
俺の言葉に、ブルマはほとんど抑揚のない声で答えた。
「…なんか甘いものが食べたい」
「は?」
「それで甘い気分に浸るの。今のことなんか忘れちゃうくらい、うんと甘い気分に浸るの」
そしてそれはやがてすぐに、劇画がかった口調に変わった。
「それが賭けの報酬か?」
「賭けなんてどうでもいいの。花に囲まれたテラスで、甘いデザートを二人でつつくの。スプーンは二つで、お互いにあーんってしあうの」
終いには、胸の前で両手を組んで、まるで懇願するようになっていた。それも俺に対してではなく、見えない誰かに向かって。でもその腕は一応俺の腕に絡んでいたので、俺は敢えて突っ込まずに、その願いを聞き届けてやった。
「そうだな。たまにはそういうのもいいかもな」
心の中では現実的なことを考えながら。…もっとわざとらしいくらいに示しておいた方がいいのかもしれない。俺とブルマは恋人同士なんだってことを。一方的なものじゃなく、ちゃんと相思相愛なんだってことを。結構一緒に遊んではいたはずだが、遊んでるだけじゃ足りないのかもしれない。正直ブルマの提案はクソ恥ずかしくはあるが、まさかそこまでやってる男が義理で付き合ってるなんて思われるはずもないだろう。
「…あら、本当」
「うん」
ブルマはというと、信じていないというよりは、今ひとつ本気で取り合っていないような素っ気なさだった。言い出しっぺのくせにな。張り合いないよなあ。でも、気持ちはわかる。あれだろ。盛り上がりたくても、盛り上がれないんだろ。そりゃあ、あんなことされればなぁ…
やぶへびにはなるだろうが、慰めてやりたい。もしくはその反対かな。そんな思いを抱きながら、俺はホテルへと向かった。
ブルマと腕を組んで。腕を取られてじゃなく、ちゃんと組んでだぞ。


赤い屋根に白い壁のクラシックな外観のホテルに、鮮やかな赤い花の咲き誇る華やかなテラス。白いチェアに白いテーブルが隙なくコーディネートされて、まるで映画のワンシーンのような一角。そこに運ばれてくる、背の高いグラスの中に入った赤と白のコントラストが美しい甘いデザート。
カフェの内側ではなくあくまで庭の方を見ながら、俺は添えられたスプーンの片方を手に取った。
「えーと、それじゃ…………あ〜ん、っと…」
「別に無理して言わなくたっていいわよ」
片頬杖をついたまま、ブルマがさっぱり言い放った。おまえがやりたいって言ったんだろうが。という文句を、俺は呑み込んだ。
「いーや、やるぞ。ほら、あ〜ん…」
それを言うと、言い合いになるのが目に見えていたからだ。くだらない言い合いとはいえ…いや、だからこそ、今この時にはしたくない。だから、とりあえずはてっぺんのクリームを掬い、それをブルマに差し向けた。かなりの恥ずかしさを押し隠して。ブルマは今ひとつ乗ってこないばかりか、まったく淡々として俺に応えた。
「何、意固地になってんの。それは例え話っていうか、そういう雰囲気ってことを伝えたかっただけなのよ。ま、ダメってわけじゃないけど……あ、クリームだけじゃなくて、イチゴも乗っけてちょうだい」
「おま…普通、そういう注文つけるかぁ?」
空振りに終わったスプーンを戻しながら、俺は思わず眉を上げた。好物のストロベリーパフェを目の前にして、ブルマも幾分元気になってきたようだ。俺の非難も何のその、さらに言い放った。
「あんたの気が利かないのがいけないのよ。あたしがイチゴ好きって知ってるんだから、当然それをくれるべきでしょ」
だが、そうとわかっても――そうとわかったからこそ、俺は無条件に傅く気にはなれなかった。
どうしてそんなに偉そうなんだ。…いや、いつものことだ。いつものことなんだが…少しは空気を読みやがれ。甘い気分に浸りたいんじゃなかったのか?だったらいつまでも居丈高に構えてないで、そういう風に振舞え。おまえがそんなんだから、俺があんなこと言われるんだろ!
「あーん」
軽く苦虫を噛み潰しながら、スプーンにイチゴを乗せた。今度はブルマは俺のスプーンを受けた。その言葉を呟きながら。こういうのって普通、女の方からやるもんだよな。そう思いつつ、俺はまたパフェを掬った。もちろん自分で食べるためではなしに。ブルマが次の一匙を待っているのがわかったから。…結局、まんざらでもないんじゃないか。現金なやつだ…
しばらくはそう思っていた。だがやがて、ブルマが完全にパフェを食うことに集中し始めたので、文句を言わざるをえなくなった。
「ええい。『お互いに』あーんってするんだろ。俺だけがやってたら意味ないだろうが!」
いつまでも頬杖ついてないで、いい加減にスプーンを取れ!これじゃ、形ばかりのいちゃつきですらないじゃないか!
「あら、あんた食べたいの?珍しいこともあるものね」
「食べたいとか食べたくないとか、そういうことじゃないだろ。こういうのは互いにそうし合うっていうのが大事なんだから…」
「あらら」
何が『あらら』だ。
言い出しっぺのくせにわざとらしい……わけじゃないんだろうなあ。こいつすぐ、自分の言ったこと忘れるからなあ。忘れるっていうか、自分に都合の言いように捻じ曲げるっていうか。俺はおまえに奉仕するためにパフェを頼んだわけじゃないってのに…
「どういう風の吹き回し?熱でもあるのかしら」
「どういうも何も、おまえがそうしたいって言ったんだろ」
「そうだけど、いつもはそういう話、全然乗ってこないじゃない」
「いつものことは忘れろ。とにかく、今はそうすべきなんだ」
「『すべき』って何よ?」
ここでブルマがなんとなく追及する素振りを見せたので、俺は慌てて言葉を紡いだ。
「あー…いや、そうしたいんだよ。俺が。な、たまにはいいじゃないか、そういうのも。どうせ旅先だし…」
リザとの会話をブルマに漏らすわけにはいかない。そんなの、火に油を注ぐようなものだ。
「…ああ、『旅の恥は掻き捨て』ってやつね?」
「そうそう、それそれ!」
「『それそれ』じゃないでしょ。恥ってどういうことよ!」
だが、やがてブルマが軽い叱責の声と共に拳を振り上げてきたので、俺は思わず心挫けた。
「いてぇ…」
自分で振っておいて怒るなよ。っていうか、今はそういうことしないでほしかった…
「大げさね。ちょっと叩いただけでしょ」
体じゃなくて、心が痛いんだよ。
忘れかけていたむくれの虫が起きた。そう。俺もそれなりにダメージ受けてるんだ。だって、そこまで尻に敷かれてるように見えるか?敷かれてることは確かだが、なんていうかさ…おかしくない範囲だろ?恋人として。…恋人に見えるだろ?でもリザは、まるっきり否定していた。完全に俺が一方的に引っ張り回されてるみたいな言い方…プライド傷つくよなあ…
俺、守ってやりたいってちゃんと思ってるんだが。そしてそれなりにやっていたつもりなんだが。そうは見えないのか…
「ま、いいわ。恥掻かせてあげるわよ。だけど後で文句言わないでよ。恥ずかしくてもいいって、あんたが言ったんだからね」
「…ああ…」
ここでブルマが偉そうに言いながらスプーンを手に取ったので、俺は考えるのをやめた。そして、ブルマがパフェを掬うのを見ながら、結論を出した。
当初と同じ結論を。やっぱり示しておくしかないんだよな。ちゃんと仲のいいところを…それも恋人同士として仲のいいところを。あんなことブルマのいるところで言われたら大変だし、何よりまたあんなことされたらかなわん。
「じゃ、せっかくだから同時にね」
今度はブルマのためではなく自分のために、俺はパフェを掬った。それからちょっと背筋を伸ばしてブルマの方を見ると、ここまで一方的に食べさせていた時にはなかった妙な間が俺とブルマの間に流れた。……やっぱりクソ恥ずかしいな。これも試練なのか…
「じゃあ…、あーん…」
こういうのって、一緒に寝ることより恥ずかしいな。俺たちくらいの付き合いになると。おまけに俺たち今ペアルックで…あ、ペアルックって言わないんだったか。…なんだっけ?
ことさら現実的なことを考えてどうにか気を逸らしながら、俺は好物とは言いかねる甘いクリームを口にした。…なんか、味しないな。恥ずかしくて。いいのか悪いのか…
嫌だったわけじゃない。嫌だったらOKしたりしない。だけど全然平気というわけにはやっぱりいかず、俺はしばらくは敢えてパフェを食べることに専念した。だから、そのことに気づいたのは、ずいぶん後のことだった。
いつの間にかブルマがすっかり元気に――元気というよりはご機嫌になっていたということに。
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