Trouble mystery tour Epi.12 (2) byY
そう、最後の一幕はなかった。さしたる区切りもなく、気がつけば最初の一幕が上がっていた。
エアポートの一角で。いや、正確に言えばショッピングセンターの全面で。
最後の停車駅はニューブレット。一週間世話になったサービスマンたちに恭しく見送られてそのプラットホームを後にすると、すぐにニューブレットのエアポートに入り込んだ。駅とエアポートが隣接していたのだ。さらにエアポートには、ショッピングセンターも隣接していた。かなり広くて賑やかで、どうやら免税店も多い、ブルマに言わせれば『すごく便利な』ショッピングセンターが…………
「おおいブルマ、まだ土産物買うのか?」
だが、俺にしてみれば青天の霹靂と言うに近く、不便とまでは言わないが『あってよかった』というブルマの言葉に賛同はできなかった。いや、ショッピングセンターに罪はないのだが――と言いたいところだが、やっぱりショッピングセンターは罪だと思う。世の中の大概の女連れの男は、そう思っているのではないだろうか。
「まだまだ全然足りないわよ。ちょっとその辺行っただけなら一つ二つでいいかもしれないけど、あたしたちが来てるのは世界一周旅行なんだからね。…んー、どうしよっかな。母さんにはいろいろ頼まれてる物があるから、考える必要なくて楽なんだけどなあ。父さんとウーロンも、ある意味簡単なのよ。問題はプーアルよね。あの子ったら、何欲しいのかちっとも言わないんだから」
「何もここで全員の土産を買わなくてもいいんじゃないか?まだ先は長いんだしさ」
「だってここ、買いやすいんだもん。ちょっと変わったお土産も多いし。あんただってお土産買うんでしょ?こないだ亀仙人さんに買ってたじゃない。このあたりでプーアルにも買っていったら?」
「そうだな…」
「あの子の好きなかりんとうは最後に買うとしても、ここ気の利いたものいろいろあるわよ。ほら、このしっぽアクセサリーとかかわいいじゃない」
「…しっぽアクセサリー…」
…………
……
…かわいいかもしれん。
ほとんど脊髄反射的に、俺はそう思った。そしてそうなることを、ブルマはきっと読んでいた。なぜなら、その後の会話がやけにスムーズだったからだ。
「何色にする?一緒に買ってきてあげるわよ」
「緑…かな。緑の羽と茶色の紐の…」
「ああ、あんたの好きなデザートカラーね」
選ぶ色さえも読まれていたような気がする。俺がそれを示すまでもなく、ブルマは俺が言ったものを手に取り、早くもキャッシャーに向かいながら言った。
「お金はちゃんとちょうだいね。じゃないと、あんたからのお土産にならないから。あ、半分でいいわ。あたしも半分出すから」
こうして、俺は乗せられた。そう、乗せられたのだということくらいは、俺にもわかった。なんというかな、『同じ穴の狢』みたいにしたいんだろ。一方的に引っ張って行くいつもよりいいと言えるかどうかは、甚だ難しいところだが。
「よし、次はそっちの店ね。迷子にならないように、しっかりついてくるのよ」
『くるのよ』と言いながら、ブルマは俺の腕を取っていた。…結局そうなるのか。呆れにも似た気持ちを抱きながら、俺はブルマの手から新たに増えた荷物を受け取った。
ま、いいさ。プーアルのことまでも考えられるってことは、本当に楽しんでるってことなんだろうしな。
「う〜ん、ランチさんにも何か買っていくべきかしらね?クリリンと亀仙人さんにあげてランチさんにあげないっていうのは変よね。いくら途中で会ったとはいえ…おっと、ウミガメのこと忘れてたわ」
…それとも、偏に買い物したいがための口実かな。やがて俺がそう思ったことに、ブルマは自分の言を翻し、『そっちの』じゃない店先へと飛んで行った。
「何これ、うろこピアスだって。かっわい〜。あたしこれにしよっと。あ、バングルもあるわ。じゃあこれはチチさんに。色合わせてお揃いにしちゃおーっと」
まあ、目移りすることくらいあるだろう。女のアクセサリーってのはよくわからないし、とやかく言うべきじゃないよな。とは思っていたのだが、さすがにそこには突っ込みを入れてしまった。
「うろこ?魚の?ここ、海なんてあったか?」
「海辺に行けばあるでしょ。一点物ってなってるし、世界に一つしかないお土産よ」
「いや、そりゃそうだろうけど…」
見事に騙されているな…
物自体は悪くないみたいだけどさ。これ、完全に便乗商売だよな。ブルマのやつ、俺がどこかの街で花を買った時にはあんなに文句をつけてたくせに、こういうのは許せるのか。自分勝手もいいところだな…
「ねえねえ、ブルーとピンクとグリーン、どれが一番いいと思う?」
「え?あー…………ブルー」
そう思っていたにも関わらず、俺は気づけば答えていた。ブルーが一番、ブルマの髪に映えるから。瞳の色とも合ってるし。すでにそんなことをすら考えてしまっている俺に、過去を蒸し返すような突っ込みを入れられるはずはなかった。
とはいえ、怖かったわけではない。もうわざわざ言わなくても、わかってるんじゃないかと思う。
…俺ってつくづく、ブルマに甘いよな。


――内陸にある地方都市の空の玄関口で、俺は荒波に飲まれていた。
いつしか命綱は外れ、さらにいつまで経っても浮き輪は投げ込まれなかった。その代わり、時折声が投げかけられた。
「ヤムチャ、どこ行ったの?これ持ってー」
「ちゃんとついてきてって言ったじゃない」
「これとこれ、どっちがいいと思う?ねえ、聞いてんの?」
どこか行ったのは俺じゃなくておまえだとか、ついてきてほしいなら手を離さないでくれとか、見えないものは選べないとか、そんなことを言う余裕は俺にはなかった。余裕というか、機会がなかった。だって、言いながらブルマどんどん先へ行っちゃうんだもんな…
「ヤムチャ、もう行くわよー」
だが確かに時間は流れていたらしく、ふいにそう言う声の出所が動かなくなった。無限に続くと思われた時と波から開放されて、俺はようやく発言の機会を得た。
「ふうー、助かった」
「大げさね〜。でも、あたしも喉渇いたわ」
…喉が渇いたどころじゃねえぞ。
何なんだ、このショッピングセンターの人口密度は。まるでバーゲン会場じゃないか。いや、バーゲン会場の方がまだマシだ。バーゲンなら、俺は人混みから外れてブルマが奮闘するのをただ見ていればいいんだからな。
でもここは旅先の土産物屋だから、俺もそれなりに付き合わなきゃならん。…まるで付き合えてなかったけど。
「その荷物預けたら、冷たいものでも買いに行きましょ」
俺は少々自省ならぬ回顧(自省すべきことなどない。自分ではどうしようもなかったんだからな)をしたが、ブルマは何も気にしていないようで、カラリと笑ってそう言った。それで俺は、薄々感づいていたところを、ほぼ確信に変えた。
これはやっぱり、買い物したかっただけかもな。ブルマってストレス発散に買い物することあるから。ここ二日ほどのストレスがこの二時間で発散された…
…んだといいんだが。到着先でもこんなんだったら、今度こそ俺は死ぬぞ…
「なあ、到着先はどういうところなんだ?何か目玉っていうか、大きな街とかあるのか?」
人波を縫う必要のない出発ロビーを歩きながら、俺は訊いてみた。ここのところ、ブルマはぎりぎりまでそういうことを口にしなくなっていた。何も言わずそのまま一日が始まったこともある。ま、それどころじゃなかったというのが、本当のところだろうな。俺も訊かなかったし、それはそれでいいんだが、ショッピングの覚悟だけは前もってつけておかないとな…
「ああ、そういうことまだ話してなかったわね。到着先のフライブレットはニューブレットとは違って結構古い都市なの。目玉ってほどのものはないけど、世界有数の吊り橋とかテーマパークとかあって、わりと遊べると思うわ」
「つまり、観光がメインの都市なんだな?」
「そうね。古いったって歴史があるわけじゃないしリゾート地でもないから、今じゃそんなに人気ないみたいだけど、それなりに見どころはあるわね。何、どこか行きたいところでもあるわけ?ガイドブック見る?」
「いやいや、ちょっと気になっただけさ」
俺は胸を撫で下ろした。どうやらまだ死なずには済みそうだ…
すると、その気の抜けかけた俺の腕を、ふいにブルマが取った。満面の笑みを浮かべながら。前述の通り、辺りはさほど混雑していなかったので、もはや命綱を張ってもらう必要はない。いきなりどうした、そう言いかけて俺はやめた。そのブルマの笑顔に、見覚えがあったのだ。
初日、これから旅行に出発するという時に見せていたものと同じだ。奇しくも場所も同じだ。出発前のエアポート。その後に起こることなど知りもせずに(ハイジャックのことだ)、無邪気に旅行気分を楽しんでいたあの時。
…どうやら、完全にリセットされたな。
もう、何もかも忘れたな。すっかり気分を切り替えやがったな。たった二時間のショッピングで。俺にとっては長い長い二時間だったが。こんなんでいいならいくらでも付き合ってやる、そう軽々しくは言えない方法だが。
「あっ、マジックアイスがあるわ。あれにしましょ!」
やがて遠目に見つけたアイスクリームショップを指差して、ブルマが元気に言った。それを断る理由は俺にはなかった。それどころか、いつも通り――いや、それ以上の笑顔を閃かせるブルマに引っ張られて、俺も完全にそんな風になっていた。
「えーっとそうね、あたしベリーベリー…ううん、やっぱりストロベリーフィールズにするわ。ヤムチャは何にする?」
「俺は飲み物の方がいいな」
「えぇーっ、ノリ悪ーいっ」
「そんなこと言われても…俺、こういうのは食べ切れないんだよ」
「一人で食べるなんてつまんない〜〜〜」
「うーん…じゃあ頼むけど…食べ切れなかったらブルマが食べろよ。ブルマの好きなの頼んでいいから」
「オッケ♪」
――甘いよなあ…甘い。アイスクリームじゃなくてな、自分が甘い。
「あ、オーダーいい?ストロベリーフィールズとベリーベリー。ベリーベリーのトッピングはなし、ストロベリーフィールズにはクリームかけてね」
ほぼ読み通りのオーダーをするブルマを見て、俺はちょっと得意になり、一方では頭を掻いた。わかりやすいなあ、ブルマは。それなのに、俺は釣られてしまう。
食べ切れないってわかってる上に言い切れてるのに、すんなり折れてしまった。ブルマは怒ってもいないのに。それどころかたぶん気分を害してもいなかったのに。だって今のその変わり身の早さ、声のトーンの変わりよう、そもそもこれまでそんなこと言われたこともないし、言われたからって信じられるはずもない。
なぜならブルマは、『本当は一人でこの旅行に来るつもりだった』んだからな。そんなやつがたかがアイスを『一人で食べるなんてつまんない』わけないだろ。…あ、言っとくけど、俺は別に拗ねてるわけじゃないぞ。ただ思い出しただけだ。
「はい、どうぞ。一口食べたらあたしにも食べさせてね。そういえば、こんな風に一緒にアイスクリームを食べるのって初めてね。ヤムチャってば、いっつも飲み物飲んでばっかりなんだもん」
「だから苦手なんだって。喉渇いた時は水かビールが一番うまいよ。それかアイスコーヒー」
そう、俺の意見は変わっていない。変わっていたのはブルマの態度だ。…これまでだってな、もしも今みたいにかわいくせがまれてたら、きっと断れなかったと思うぞ。
瞬時に思ったそのことを、俺はおくびにも出さなかった。ブルマは本当に変わったわけではない。今の態度は時間限定だ。それがわかっていたからだ。
「それはわかんなくもないけどさ、デートの時は女に合わせなさいよ。っていうか、ビールはないでしょ、ビールは。それはなんか違うでしょ。あ、食べさせて。あーん、っと…あんもう、零さないでよ。下の方溶けてきてるわよ。早く食べなさいよ。…あーん。ん〜、おいしい」
「そんなこと言ったってなあ。それよりこれ、ブルマが持ってた方がいいんじゃないか?好きなんだろ?どう見ても俺より食べてるぞ」
「嫌よ。二つも持つなんて、よっぽど食い意地が張ってるみたいじゃないの。あ〜ん」
その証拠に、ブルマはすぐさまプライド(のようなもの)を発揮して、そっぽを向いた。そっぽを向きつつ、俺のアイスに手を――いや、口を出していた。…忙しいやつだな。っていうか、首が痛くならないか?すでにかわいいんだかかわいくないんだかわからなくなってきたその様に、だが結局のところ俺は付き合った。決して悪い気はしなかったからと、何よりやっぱり自分では食べ切れなかったからだ。
「もう、溶けてるってばー」
そう言われてもなあ…
何度目かのそんな台詞を、言うか言わないかのうちだった。
「あん、もう」
ブルマがふいに体を屈めた。見ると斜め後ろの床にハンカチが落ちていた。ブルマからハンカチへ、そしてそれに手を伸ばしかけたブルマへと視線を動かした俺は、その直後、息を呑んで視線を固定させた。
「落としましたよ、お嬢さん」
どこからともなく現れた、ブルマに先んじてハンカチを拾い上げたその男に、見覚えがあり過ぎたのだ。その気障な言い回しにも、聞き覚えがあり過ぎた。そして、その後ろに無言で立ち添う一人の女。――首に巻かれた灰色のストールを、空いた両手で後ろへ流すリザと、それとは対照的にハンカチとアイスで両手を塞いだエイハン…………
「あら、ありが…………と!?」
一方ブルマはというと、エイハンの方へ顔を向けるなり飛び退った。それはもう、すごい勢いで飛び退った。気持ちはわかる。俺だって、そこまで驚きはしなかったが、思わず呆然とはした。
「ど…………どうして、あんたたちがこんなところにいるの!?」
文句と言うには毒の足りない叫びをブルマが上げると、リザとエイハンは薄く笑ってこう答えた。
「兄さんは大の甘党なのよ。男のくせにね」
「こういうのには男も女も関係ないのさ」
なるほど、トリプルアイスを臆面もなく食べることのできる男というのは、かなりの甘党だ。などと思ってしまった俺は、もうすっかり毒気に当てられていた。そう言えば昨日のピクニックでも、女の子たちと同じくらい菓子を平らげていたっけな。なんてことまで思い起こした俺にとっての今日は、完全に昨日の延長になっていた。
なんとなくな、わかったんだよ。数時間前に駅で別れたはずの二人が、今エアポートにいる理由。しかもわざわざ声をかけてきた理由が…
「そういうことを訊いてるんじゃないわよ!」
嫌な予感は外れてくれなかった。やがて放たれたブルマの怒声もなんのその、エイハンが得々として話し始めた。
「今は葡萄の成長期、醸造以降に携わる私たちにとっては、言わばオフシーズンでね。ちょっとおもしろいツアーを見つけたから、途中からでも参加してみようと旅行の日程を変更したわけさ」
「…おもしろいツアー?」
「世界一周旅行というのは時々見かけるけど、君たちのツアーのように凝ったものは初めてだよ。少人数の固定した会員制をとっているというのも気に入った」
「…気に入ったって…」
「つまり、ご一緒させていただくのよ、私たちも」
「えっ…!?」
わからないのではない。おそらくわかりたくないんだろう、今ひとつ反応の薄いブルマに、リザがにっこり笑いかけた。ブルマはたぶん驚いたからだけではないと思うが、掠れた声を上げて身を引いた。
「西の都にはプロモーションで行くこともあるからね。会員になっても損はない。少しスケジュールを調整すればいいだけの話だよ。…ところで、はいハンカチ。おや、ここのところに零れているよ」
「ぎゃあぁぁぁっ!ちょっと、どこ触ってんのよっ!」
さらに次の瞬間、金切り声を上げた。エイハンが実にさりげない仕種で、いつものごとく露出したブルマの胸元を触っていったのだ。そして、直後いつものごとく振り下ろされたブルマの平手は、空を切った。エイハンが実にさりげない動作で、後ろへステップを踏んだためだ。
この時点で俺はかなり、気が滅入ってきていた。読まれているとは思っていたけど、これほどとは。
「心外だなあ。アイスが零れていたようだから、拭いただけだよ。そんな目で見ないでくれよ、ただの親切なんだから。おじさん悲しくなるじゃないか」
「あらあら。困ったわねえ。でも、今のは兄さんが悪いわよ。ごめんなさいねブルマさん、びっくりなさったわよね。エイハンにはちょっと武骨なところがあるの。ほら、紳士ぶってるけど、やっぱり田舎の人間だから。どうか許してくださいね」
「そうか驚かせちゃったのか。それは悪かったね。謝るよ」
おいおい…
一体どういう態度なんだよ、それは。臆面がないにも程があるだろ。
「もー、ちょっとヤムチャ、あんた何とか言ってやってよ」
そんなこと言ったってなあ…
どこまでもしれっとしている二人を前に、いつしか俺たちはすっかり気圧されていた。そう、俺だけじゃなくブルマも気圧されていた。なにせ俺を前に出すくらいなんだからな。
「やあヤムチャくん、いつもボディガードご苦労さま。じゃあそろそろ我々は行かせてもらうとするかな。まだ土産を預けていないんでね。行こうリザ、ブルマさんヤムチャくん、また後で会おう。どうか今のことは水に流していただくようお願いするよ、本当にただの親切だったんだからね」
「本当にごめんなさいね。お二人とも、これに懲りずに、これからも一緒に楽しみましょうね」
「…………」
そして前に出された俺はと言えば、何も言ってやれなかった。だって、一体何をどう言ってやれというんだ。この兄妹、一見カラッとしてるけど、その実めちゃくちゃ計算づくじゃないか。俺はこういう心と心の戦いは――
で、結局そのまま見送った。一応断っておくと、ブルマも何も言わなかった。最後に言ってくれたのは、他ならぬエイハンだった。
「ああ、そうだ、親切ついでに、ヤムチャくん」
「はっ?」
「溶けてるよ、きみのアイスクリーム」
「…あっ…」
これぞまさに不覚。思わず握り潰しかけていた手の中のアイスが床へと滴り落ちていく様を、俺はどうしようもない気持ちで見やった。それからふと床の上にできたもう一つの水溜りに気がついて、負け惜しみにも似た文句を心の中で垂れた。
…まったくエイハンめ、嫌な野郎だ。
俺にはわざわざそんなこと言っといて、ブルマが平手を見舞おうとした時に吹っ飛ばしたアイスには、一言も触れていかないんだからな…
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