Trouble mystery tour Epi.12 (4) byY
いかんなとは言っても、俺にブルマをどうこうできるはずはないわけで。
ということに気づいたのは、もう少し後のことで。やがてブルマが目を覚ました時、俺はとりあえずまだブルマのことを思い遣っていた。
『ご搭乗のみなさま、当機はまもなくフライブレット空港に着陸いたします。到着地の天候は晴、気温21度、当空港は滑走路の凹凸が多少大きいため、着陸時の揺れが想定されます。シートベルトは腰の低い位置でしっかりお閉めください』
「…う〜……えー、もう到着なの?」
「『もう』って言うけど、ニ時間経ったぞ」
「まだ全然空の旅楽しんでないのに〜」
「すごく気持ちよさそうに眠ってたじゃないか」
「そんなのじゃなくって〜」
おかげで、自分のことを思い遣るのを忘れていた。…ひょっとして、あまりいい目覚めじゃないかな?なんか機嫌悪いような気が…
軽く憂慮し始めた俺の前で、ブルマが大きな欠伸を漏らした。その直後にアテンダントがやってきて、一瞬停滞した時間を動かす一声を投じた。
「失礼致します。シートベルトサインが点灯しております。お席にお座りになりシートベルトをお閉めください」
「あ、はい。ほらブルマ、席に移るぞ」
何はともあれ俺が言うと、ブルマはそれははきはきとした声で、こんなことを言い出した。
「そんなこと言われても、まだ体起きてないわよ。あんた抱っこして運んで」
「おまえなあ…」
それでわかった。ブルマは機嫌が悪いんじゃなくて、甘えてるだけなんだということが。より正確に言うと、甘えてるのとも少し違って……要するに、わがままだな。
その証拠に、俺がその言に従ってやった後に出た言葉は、礼ではなかった。
「眠気覚ましにコーヒー飲みたいわね。淹れたてのやつ」
「無茶言うな。もう着陸なんだぞ。このミニバーにある缶ジュースじゃダメなのか?」
「やだ。コーヒーがいいの。あ〜あ、もう少し早く起こしてくれればよかったのに」
「…無茶言うな…」
わがままもわがまま、見栄も何もなくって、まるで子どもの駄々捏ねだ。こいつ、まるっきり理性ってやつを夢の中に置いてきたな。そんなこと言って、何の理由もなく起こしたりしたら絶対怒るくせにな。
一時的にだが自分が上になったような気分と、いつもの弱い立場を同時に感じながら、俺はシートベルトを締めた。個室でよかったと思うべきか、それとも、よりによってと思うべきか。どんなにわがままを振りかざされても、個室なら他人に迷惑はかからない。その代わり、俺自身の逃げ場もない。
「何が無茶よ?せっかく、何事もなく空の旅を楽しめそうだったのに」
「何事もなく、ね…」
だがやがてそのこともわかったので、俺はとりあえずここは喜んでおくことに決めた。どうやら、愚痴と不機嫌も夢の中に置いてきたらしい。飛行機に乗る前のことも、乗ってからのことも、眠る前のことはみんな忘れているようじゃないか。
「ん?何かあったの?」
「いや別に」
「…………隠すと為にならないわよ?」
「何もなかったよ!」
っていうか、忘れ過ぎだな。さっきさんざん俺に八つ当たりしたくせに、それを忘れてまた俺を責めようとするとは。だいたい、どうして俺が何かしたように取るんだ。つい今しがた、ほんの数mの移動の労力を慮ってわざわざ運んでやった人間に対して、酷過ぎなんじゃないのか、おい。
「あっそ。…わっ、ちょっと何よ、ずいぶん機体が揺れるじゃないの」
「そう言えば、さっき言ってたな。滑走路の凹凸が大きいから揺れがあるとか…」
途中で思わず怒鳴ってしまいはしたものの、それ以外ではまったく考えを表に出さずに、俺はブルマとなんてことのない会話を続けた。ブルマが怖かったからじゃない。ちょっと考えてみただけであって、本心から思っているわけじゃないからだ。
まあ何だ、うるさいくらい元気になったってことで、いいことだ。だろ?体力はともかく、気力はどう見ても回復してるよな。あ、怒る気力じゃなくて、楽しむ気力な。体力の方はカバーできても、気力はカバーできないんだから、すごくいいことだ。それに、このくらいの方がやっぱりブルマらしいからな。
「本当にそれだけなんでしょうね?もう前みたいなのは嫌よ、あたし。もし何かのトラブルだったら、今度はさっさと窓から逃げるからね」
「無茶言うなあ」
「無茶じゃないでしょ。ちょっと飛んで行けばいいだけだもの。大きな音を立てなければバレないわよ。あー、個室でよかった!…わっ、また。んもう、何事もなく着陸してよね〜」
…もっとも、らしいからと言って、困らないわけではないのだが。まったく、嫌みなんだか悪い冗談なんだか知らないが、あんまり堂々とし過ぎててまいるな。どこから突っ込んでいいのか、まるでわからないじゃないか。
そんなわけで、俺は隣の席から流れてくる声を黙って耳に入れながら、飛行機の動きと窓の外の景色に注意した。
ブルマの言葉を真に受けたわけではないが…………一応、な。


…どうも、あんまり『どこかへやってきた』って気がしないな。
ひょっとして、俺この街に来たことあったかな?いや、ないよな。でも、どことなく見覚えがあるというか…なんか新鮮さがないんだよな。
いくつかの高層ビルと ごちゃごちゃとした街並み。ひしめく看板とネオンサイン。知らない街なのに懐かしいような…まあ確かに、よくある感じの街だけどさ。
それが、リムジンバスの窓からフライブレットの街を見た時の感想だった。あまり街自体に特徴のないせいか、この街がどうというより、単純に『田舎から都会へ出てきた』ような気分になった。そしてそれは妙な開放感を伴っていた。
普通は、都会ではなく田舎の方に開放感を感じるものだと思うんだが。列車に長く閉じ込められてたせいかな、なんかすごくのびのびする。…それとも、さっきの飛行機の個室でのお説教タイムの後だからだろうか。あんまり大きな声じゃ言えないけど、そうかもな…
大きなどころか、まったく声を出さずに心の中でそう呟くと、前の席からこんな会話が聞こえてきた。
「いやあ、驚きましたなあ。リザさんたちが隣にいたなんて。途中参加だなんて、そんなことできるもんなんですなあ」
「みなさんのなさってる旅行があまりに魅力的だったので、私たちも行きたくなってしまいましたの。そうしたらコーディネーターの方が手配してくださって。ご親切感謝しておりますわ」
「ああ、まったくローデさんは、コーディネーターとしても女性としてもすばらしい人だよ」
「いえ、そんな。お客様の目的に合った最適な旅のプランを提案させていただくのが私どもの仕事ですから。形式上ツアーとは別個の扱いなので、一部お部屋などのグレードがツアーの既定とは異なる場合があるかもしれませんが、どうかそれには懲りずに、次回からはどうぞ正式にご参加なさってください。他のみなさまがたもどうかご理解のほどよろしくお願いいたします」
「OKOK。リザさんのような美人の参加ならいつだって大歓迎じゃよ」
「まあ、うふふ。ありがとうございます」
「それに、エイハンさんにはおいしいワインをたっぷり飲ませてもらったしなあ。これで断れるようなやつはおらんよ。なあ」
…またその話か…
俺は思わず冷や汗を掻いた。それからゆっくり隣の席を窺った。…隣に誰が座っているのか、説明する必要があるだろうか。それまで俺と一緒に窓の外の景色を見ていたブルマは、小さく溜め息をつくと窓に頭を凭れさせて、半ばは独り言のように呟いた。
「…喉が渇いたわね…」
その見事な無視の仕方に、俺はいたく感心した。聞こえていなかったわけはない。前席と前々席でのやりとりだから。それなのに、不機嫌を隠している素振りすらない。今のが不満の溜め息ではなくないもの強請りの溜め息だということは、俺にははっきりとわかった。
「ほら、やるよ」
その証拠に、俺が言葉と缶を放ると、ブルマはまったく険のない態度でそれを受け止めた。
「これ、どうしたの?缶コーヒーなんか、どこにあったのよ?」
「バスに乗る前に買った」
「ちゃっかりしてるわねえ」
「文句言うならやらんぞ」
「文句じゃないでしょ。褒めたんでしょ」
「どこがだよ?」
「あんた、うるさいわよ。せっかく気が利いてるんだから、もっとスマートに寄こしなさいよ」
「さっきのお返しだ」
「お返しって何のよ?…まあ、とにかくサンキュー」
まあ、険がないからといって素直だったわけではないが。でも、さっぱりしてはいた。っていうかさっぱりし過ぎて、さっき自分が八つ当たりしてたことまで忘れてる。まったく、現金というか、切り替え早いというか…
「なんかちょっと変わった香りするわね、これ。見たことないパッケージだし。あ、一口飲む?」
「ああ……なるほど、癖があるな。でも、別にまずくはないぞ」
「まずいなんて言ってないでしょ。もっと飲むんだから返して」
「はいはい」
買ったのは俺だというのに、偉ぶりやがってまあ…
この無造作さ、遠慮のなさ、そして裏のなさ。もう絶好調だな。理性も何もあったもんじゃない鉄砲玉って感じして、違う意味で振り回されそうだ。
安堵と憂慮に挟まれて、俺は呆れ笑いを漏らした。そう、この時点ではまだ、少しは気を遣っていた。
ホテルにつき、そのやりとりを目にするまで。

やがて着いたホテルは、なかなかどうして豪華な雰囲気を醸していた。
ブルマの連呼していた『田舎』という言葉からも、ホテルへの道すがら目にした街の雑多な風景からも、想像できない豪華さだった。まあちょっと派手過ぎる嫌いはあるし、心落ち着くかと問われれば困ってしまう感じではあるが。
「フライブレット唯一無二の高級ホテルよ。田舎の金持ちは派手好きっていうのがよくわかるわよね」
ブルマはそう言っていた。その口調に嫌みがなかったこともあって、俺もそう思った。黄金色のライオン像に、そこここに施された金の装飾。もし部屋もこんなんだったら落ち着かないことこの上ないな、そんなことを考えて上がった16階にあるエグゼクティブラウンジで、事は起こった。
「ああ、ブルマさん、ヤムチャくん。この後なんだがね、パティ氏とフレイク氏の両氏に一杯奢ってもらうことになったんだ。コーディネーターのローデさんと一緒にね。双子ちゃんたちも来るって言うし、君たちも一緒にどうだい?」
いや、正確には、起こりかけた。解散の後、おもむろにそう声をかけてきたエイハンに、ブルマはこう答えた。
「せっかくだけど、ご遠慮するわ。あたしたちこれからドライブに行く予定なの。お誘いありがとう。みなさんゆっくり楽しんでね」
少しばかりつんけんした声と、口角のみならず眉も上がった作り笑顔で。優雅とまではいかなかったが、そう不自然でも怖くもなかった。それどころか、いくばくかの余裕さえ感じられた。俺は本当に感心して、きびきびと身を翻したブルマを追いかけた。
「うーん、今はまたずいぶんとスムーズに断ったなあ」
「まあね。レディはかくあるべきってわかったのよ。ま、逃げ道があればこそだけどね」
「確かにあの列車の中は逃げ場がなかったよな」
「さ、早いとこ部屋へ行って着替えましょ。ここ、少し肌寒いわ」
もう俺は何の心配もしなくていいみたいだ。すっかり気を抜いて入った部屋は、思いのほか落ち着いた雰囲気だった。部屋の外とは違って、置かれた家具や小物などはさほど主張せず、目についた大きな窓から街の風景が飛び込んでくる。
「わ〜、いい眺めね〜。街がほとんど見渡せるわ」
なるほど、この部屋は景色を楽しむ部屋なんだな。そう腑に落ちた次の瞬間、部屋に入るなり窓に駆け寄った鉄砲玉が、今度は拳を握って振り返った。
「よっし!じゃあ着替えてドライブ行こ!ブルーゲートブリッジをオープンカーでひとっ走り!」
「えっ、本当にドライブするのか?」
俺は思わず頓狂な声を上げた。忘れていたわけではなく、意外だったのだ。
「『本当に』って何よ?何だと思ってたのよ、あんた」
「いや、俺はただの嫌みかと…」
「アホッ」
途端にブルマは居丈高な姿勢となった。腰に手を当て眉をつり上げて、それはふてぶてしい態度で告白してきた。
「ええ、ええ、そりゃ最初は嫌みだったわよ。でも、さっきも言ったでしょ。嫌なら嫌って早いうちに…」
「あ、嫌なわけじゃないんだ。そうじゃなくってただ…いや、とにかく行こう。すぐ準備するからさ、な?」
「あっそ!」
まさに吐き捨てるようなブルマの捨て台詞を聞きながら、俺は悟った。…これからは我が身の心配をするべきのようだ。
今までとは違った意味で、気が抜けないぞ…
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