Trouble mystery tour Epi.12 (7) byY
「――じゃ、そろそろお昼にしましょうか。何にする?」
「そうだなあ…………あ、あれうまそうだな」
「ホットドッグ?いいけど、席のあるところにしましょうよ。スタンドじゃなくどこかでゆっくり…あら、広場の近くにホットドッグレストランっていうのがあるわ。ここ行ってみましょ」
昨夜にも似たラフな食事は、またもや俺の言葉がきっかけだった。右手にパークマップ、左手に俺を掴んでブルマはきびきびとその店へ向かい、今日は二人同じメニューをオーダーした。
ホットドッグにチップスとドリンク。デザートはなし。それからカフェテラス式の席に着き、俺がホットドッグを手にした段になって、やおら言い出した。
「喉の調子はどう?少しはよくなった?」
「う゛ーん、まだあんまり。昨日の今日だからなあ」
「そう。じゃあ、マスタードはかけない方がいいわね」
そして淡々と言い切って、俺の手からマスタードを遠ざけた。俺の言葉にも、淡々として答え続けた。
「マスタードくらい平気だよ」
「ダメよ。そんなんじゃいつまで経っても治らないわよ」
「マスタードのないホットドッグ食うのなんてガキくらい…」
「充分ガキでしょ、あんたは」
…いや。この最後の言葉だけは淡々としていなかった。それとも俺の気のせいだろうか。なんか違うニュアンスが感じられたんだが。『ガキ』って言葉に…
「ちぇっ。たかがマスタードでそんな言われ方したくないな」
っていうか、俺がそういう こと言われるの嫌いだって知ってるくせに。ついこの前、リザにそういうこと言われて腹立ったって言ったばかりなのに。一体忘れてるのか甞めてるのか――どっちでも大差ないか…
「そう思うんなら諦めなさい」
「はいはい、わかったよ」
おまけに、優しいのか厳しいのかもわからん。いつもながらと言えばそれまでだが。店の雰囲気がラフだったためか、そもそもそうだったからこそそういう店に入ったのか。ともかくもホットドッグをパクつく俺たちはすっかりラフな雰囲気になっていた。雰囲気にも会話にも、少し前までの余韻はまったくなかった。でも俺はそれを惜しいとは思わず、むしろそれでいいと思っていた。
そう、さっきのことに関してちくちく言われるよりはずっといい(ちくちくぶりがかわいいと先ほどは言ったが、そういうちくちくとはまた別だ)。だいたい、このきびきびさは調子のよさの表れだろう。ブルマは本来遊び好きだ。遊園地なんかでも雰囲気を求めるのは最後の最後で、それまでは全力で遊ぶんだ。
「で、この後はどうするんだ?」
「この後はフルーツガーデンよ。そう言ったでしょ。えーとね、フルーツガーデンでやってるフルーツ狩りは…桃、葡萄、梨、林檎、イチゴ、ブルーベリー、キウイ、無花果。今時期はキウイ以外ね。どれにしよっか…」
そんなもん決まってるだろうに。どうせイチゴだろ、イチゴ。
そう思いつつも、俺は何も言わなかった。ま、考える楽しみってやつを行使してるんだろう。それかまだピンときていないかのどちらかだな。フルーツ狩りだなんてそんなのんびりした遊び、したことないもんな。そもそも畑ってやつが、ブルマには縁遠いものだろ。俺だって、武天老師様のところで修行して以来だ。もっともあそこのは全然のんびりしてなかったけど。
「…ま、行きながら考えるとしましょうか」
一頻りパークマップとにらめっこした後で、ブルマはそう話を結んだ。俺にも特に異存はなかった。たいていいつもそうなのだが、俺にとってのデートの目的は遊ぶことではなく、ブルマと一緒に過ごすことなのだ。もう少し明確に言うとブルマに付き合うことなので、例えブルマが畑を前にして突然『やーめた』と踵を返しても、それに付き合うつもりだった。
と、そんな心意気でブルマに続いて席を立ちテラスから一歩を出た、その直後のことだった。
「やあ、お二方。こんなところで会うとは奇遇だね。それとも運命かな?」
ものすごく聞き覚えのある声がした。嫌な予感というよりはもはや諦めの気持ちを抱いて声のした方へと目を向けた俺は、次の瞬間かけられた女の声に流された。
「ひょっとして、お食事が終わったところかしら。私たちもなのよ。これからどちらへ行かれるの?私たちはフルーツガーデンへ行ってフルーツ狩りをするのだけれど」
「あ、俺たちもそこへ行――てぇっ!」
より正確に言うと、エイハンの隣で閃いたどこか凄みのあるリザの笑顔に負けかけたのだが、すぐに自分自身の隣で閃いた同種の笑顔の方に負けることとなった。足では思いっきり俺の足を踏みつけたブルマは、だが手は俺の腕に絡めて、それはわざとらしい声音で言った。
「ほほほ、まだ決めてないのよ。いろいろあるから迷っちゃって」
「まあ、そうなの。それじゃ、私たちと一緒にいかが?お花畑はもう見たんでしょう?」
「うん、そうだね、それがいいよ。何といっても花とフルーツが、ここの見所だからね。きみたちのような大人ならば、なおさらね」
「そうね。でも、もう少し考えてみることにするわ。迷うのも楽しみの一つだから」
なかなか気が長いな…
もちろんブルマがだ。こりゃあ相当耐性ついてきたな。笑顔が引き攣りそうだが。『お断りするわ』――いつもならそう一言で切り捨てるところなのにな。嫌いなやつに張り合った結果淑やかになるなんて、皮肉だよなあ…
「そう?残念だわ。一緒なら楽しいと思ったのに」
「あまり迷う楽しみを行使し過ぎないよう忠告するよ。時間は有限だからね。帰りはきちんとツアーのバスで帰った方がいいよ。夜になると、街への道は大渋滞するそうだから」
「ええ、ご忠告ありがとう」
「グッドラック!」
…まあ、正面からやり合うよりかはいいかな。俺もフォローしなくて済むし。
やがて欺瞞に満ちた会話が終わり、表向き笑顔で場がお開きになった時、俺はそう考えた。自分自身への慰めとして。こういう心と心の戦いはなあ…裏がわかってるだけにちょっとな。大人のやり方と言えばそうなんだろうが…
「べーっだ」
だけど、笑顔で見送った相手が人波の向こうに消えた途端、ブルマがそう言って舌を出したので、俺の欺瞞も消え去った。
まったく、ガキかよ。
そういうところをもっと前面に押し出せば、すぐにも諦めてもらえるんじゃないかと思うんだが。この見栄っ張りめ。
「まったく、なんでこんなところにいるのかしらね。あの人たちがこんなラフなレストランに入るとは思えないんだけど」
「読んでるんじゃないか?例の占いでさ」
いろいろと呆れながら、俺は言った。ブルマにも呆れたし、あの兄妹にも呆れていた。エイハンもリザも、なんていうかじっくりとしつこいよな。しつこいわりに、あっさり引いていくし。かと思えば、いきなり手出してくるしで…………ひょっとして、遊ばれてるんだろうか。確かにせいぜい『あわよくば』程度にしか考えてないような気はするな。などと思い始めていたので、言ったことはただ言ってみただけだった。それくらいしか思いつかなかったので言ってみた、それだけのことだったのだが、ブルマは思いの外真剣な顔つきになり声を潜めた。
「まさか、そんなこと…」
「いや、冗談だよ」
「…つまんないわよ」
そう言う声も、どこか沈み込んでいた。…軽くあしらったように見えたんだが、そうでもなかったんだろうか。確かに、相手にしてる時点で向こうのペースに乗せられてるわけではあるよな。リザはともかく、エイハンみたいな男は、ブルマは普段は相手にしないんだから。周りにいなかったっていうのもあるけど…
「は〜ぁ。じゃあ、フルーツガーデンに行くわよ」
「あ、行くのか」
「…ったく、そこまでバカ正直なのはあんたくらいのものよ」
とはいえ、やがて大きく息を吐き出すと、ブルマは俺の腕を取って歩き出した。それで俺はひとまず杞憂かもしれないことは横に置いて、その歩みに従った。
ともかくも、エイハンもリザも口八丁である限りは、ブルマに任せておいていいと思う。そもそも、そういう手合いは俺の相手じゃない。ブルマよりうまくあしらえるとも思えないし。
でも、もし手八丁になってきたら、その時は俺が守ってやらなきゃいけないな…


とまあ、一時足止めを食らいはしたが、当初の予定通り俺たちはフルーツガーデンへとやってきた。そして遠目にその果樹畑を見てもブルマが『やーめた』と言わなかったので、本日のデザートは自分たちの手でもぎ取ることになった。
「で、どれにするんだ?やっぱりイチゴ…」
入口の小広場で目前に広がるいくつかの畑を見渡しながら俺が言うと、ブルマは腰に手を当てて鼻息荒く言い放った。
「葡萄よ!」
「え、なんで?」
「あの人たち、葡萄作ってるんでしょ。だったら、こんなところまで来て葡萄狩りなんてしやしないわよ」
「…なるほど」
『あの人たち』が一体誰を差しているのか、わからないはずはなかった。ブルマのやつ、なかなか冴えてるな。…酷く後ろ向きな考え方だけど。
「ま、ブルマがいいんならそれでいいさ。でも、後悔するなよ。後でやっぱりイチゴがよかったって言っても知らないぞ」
「そんな子どもみたいなこと言わないわよ」
「どうだかなあ」
もし今ここにブルマ以外の第三者がいたなら、賭けてもよかったかもしれない。…あ、エイハンとリザ以外のな。
それくらいの気持ちで、葡萄園の散歩を開始した。園の中は思いのほか広く、見晴らしがよかった。木の高さは2mくらい。手を伸ばせばちょうど届く高さだ。棚下に入ると葡萄の葉がほどよい日陰を作ってくれて、そこへ時々どこからか乾いた風が吹いてきて、なんとも爽やかな気持ちになった。手元には、葡萄を入れる籠と、種や皮を入れるための容器と、ハサミの三点セット。近くに小川を模した水場があって、木のテーブルなんかも置かれていて、採った葡萄をすぐ食べられるようになっている。
ふーん。なるほど、なかなかそれっぽくて、悪くない感じだな。ついこの前までいた田舎の本物の畑ではなく、わざわざ都会のドームの中でこんなことをやってるってことを考えなければ。そう俺が思っていると、ブルマがこんなことを言い出した。
「へー、いろんな種類の葡萄があるのね。とりあえずいろいろ食べてみよっと。ねえ、早く採ってよ」
「自分で採ればいいじゃないか。虫とかいなさそうだぞ、ここ」
別に俺は採るのが嫌だったわけではない。だけど、ブルマだって葡萄を採るための道具は持っているし、そもそもそういうもんだろ、こういうとこでは。っていうか、それが楽しみなんだろ。違うのか?
ブルマはすかさず葡萄棚へ手を伸ばしたが、それは俺の言葉に従うためではなかった。少しだけ背伸びしてみせながら、さも当然と言った口調で続けた。
「だって届かないんだもん。ほら、葡萄の房には届くけど、その上の枝に届かないのよ。脚立あるけど使うの面倒くさいから、あんたが採ってよ」
「ああ、はいはい」
「あっ、あれ!あの黒くて大きいの採って、ヤムチャ!」
「はいよ」
俺はすっかり呆れながら、すべての言葉に従った。まったく、どこが子どもじゃないってんだ。いや、子どもより我儘だな、これは。子どもはちゃんと脚立使って採ってるもんなあ…
時折視界を過る人影に目をやりながら、何房か摘み取った。その籠を手渡すとブルマは揚々と小川へ駆けて行き、やがてテーブルの一つに陣取って、水滴のついた葡萄の粒を口へ運び始めた。
「うん、おいしい。味もだけど、こういうところで食べるとやっぱりおいしく感じるわね〜」
「よく言うよ、まったく」
「中でも、これが一番好き。『貴婦人の葡萄』だっけ?味だけじゃなく、名前まであたしにぴったりだわ。ねえ、これもう少し採ってきて。もっと食べたいわ。今度はうんと水で冷やしてね」
「聞いちゃいねえな…」
一応『どこが』とは言わないでおいてやることにして、俺は再び葡萄を採るため立ち上がった。別に言いなりになるつもりはないが、大した手間でもなかったからだ。かつてやった素手での畑耕しに比べれば、こんなの遊びみたいなもんだ。いや、正真正銘、遊びだったか。ところがブルマにとってはあまり遊びにはならないらしく、早くも籠を放り出して葡萄棚を離れていった。そして、やれやれといった感じで、葡萄園の端に植えられていた並木の下に座り込んだ。
…まあな。たぶんそんなことになるんじゃないかと思っていたよ。葡萄自体はともかく、葡萄を自分でもいで食べる、そういうことに喜びを感じるようなやつじゃないからな。
「気持ちよさそうだな」
「気持ちいいわよ。ヤムチャもいらっしゃいよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
だから俺はブルマを呼び戻すことはせず、自分がブルマの方へと歩み寄った。まだまだ強い日差しの下、樹木が作り出す心地よさそうな木陰の中に腰を下ろす。葡萄の香りを運んできた風がさわさわと枝を揺らす。傍に置いた籠の中には、もいだばかりの瑞々しい葡萄の房。そうだな、一見葡萄狩りをした二人が休んでいるように見えなくもない。実際には葡萄狩りをしたのは一人だけで、もう一人は命令してただけなんだけど。
「ん、おいしい」
『そりゃよかった』、嫌みじゃなくそう思いながら、俺はブルマが時々籠から葡萄の粒を抓んでいくのを見ていた。どうやら予想は外れたようだ。賭けなくてよかったってところだな。そして、きっとこれがイチゴ園でも同じようなことになっていたに違いない。悟空なんかとはまた違った意味で、ブルマは食べるだけの人間なんだよな。『貴婦人の葡萄』じゃなくて『女王の葡萄』を食べればいいのに。
最後に思ったことは嫌みでありながら、現状肯定の言葉だった。もはや俺には、ブルマについての軽口を叩く気はなかった。そしてブルマもすっかり寛いでいるようなので、ただこの場の空気に身を任せ、辺りを眺め、空を仰いだ。すると空に微妙な境界があることに気がついた。
「おい、天井が開いてるぞ」
「あ、あれ。天気のいい日は開くようになってるのよ。高度があるから虫が入ってくることもないしね」
「ああ、それで風が吹いてるのか」
「ついでに言うとあれは特殊なミラーガラスで、天気が悪い時は外部の景色をカットできるのよ。メンテナンスする時なんかには、外から見えないようにすることもできるわ。後発版だからね、いろいろ改良されてるのよ」
『詳しいな』――いつもなら言う一言を、俺は言わなかった。それを言うと、話が長引くということがわかっていたからだ。行き先の話とかならまだしも、そういう科学の話はなあ…聞けば聞くほどわからなくなる、というのが本当のところだ。でも、さらに本音を言うと、それほどわかりたいとも思わなかった。もしわかっていたら、ほら、あのキールとの会話みたいになるわけだろう?色気なかったよなあ、あれは。そりゃあブルマはもともとそれほど色気あるようなことを言うやつじゃないけど、それにしたってあれはなさ過ぎだっだ。ブルマの科学者然とした顔は別に嫌いじゃないけど、わざわざ引き出したいとは思わないな。
それでも少し突いてしまったことは確かなようで、ブルマはちょこちょこっとこのドームのことを教えてくれた。葡萄を食べながら。そう、片手間のことだったので、俺は相槌しか打たなくても怒られずに済んだ。そのうちに、ブルマが怒らなかった理由がもう一つ発覚した。
「…ん〜、なんだか眠くなってきちゃったわ。ねえ、あたしちょっと寝るから、集合時間が近づいたら起こしてね」
「こんなところでか?」
「いいじゃない。たいして人目につかないわよ」
どうやら、本人自身の気が乗っていなかったらしい。おもむろにだがきっぱりと、昼寝することを宣言した。そして当たり前のように、俺の膝に頭を乗せてきた。こんなに見晴らしのいいところで、膝枕か。肩に寄りかかってくるくらいなら、まだわかるんだが…
俺は呆れながらに、真実を読み取った。これは、本当に眠いんだろう。すでにもう目閉じてるしな。睡眠不足ってわけじゃないはずだから、疲れたのかもな。どうしてそんなに疲れているのか、不思議ではあるが。だって今日、たいして体動かしてないのにさ。ただ何時間かのんびりと歩いただけ…そりゃ歩き詰めではあったけど……
俺が考えたのは、少しの間だけだった。わりとすぐに、そのことに思い至った。数時間歩くということ自体が、普段のブルマにはあまりないこと。…ショッピングの時以外は。 そしてそのショッピングは、明らかに例外だ。ショッピングの時は、何か特別な力が宿ってるからな…
『疲れた』って騒がない分だけ、かわいいもんかもな。
最終的に俺はそう思い、ブルマの頬に落ちかかる髪を掻き上げた。一度そう思ってしまえば、 思考の角度を変えるのは簡単だった。
これだけ見晴らしがいいんだから、人が来たらすぐにわかるさ。そもそも、その人だって行きずりだ。ここを去ればこの先ほぼ一生、すれ違いもしない人たちだ。
そんな人たちを気にするより、ブルマを気にかけるべきだよな。この際じっくり寝かせてやろう…


…ふと気づくと、俺はすっかり頭を垂れていた。
どうやら、いつの間にか俺も眠ってしまっていたようだ。陽気がいいせいかな。それとも、ここののどかでまったりとした空気のせいか。或いは、膝の上で眠る子猫のせいか。
そう、ブルマはまだ眠っていた。手元の時計を見ると、まさに集合時間である夕刻前。風は止んでいるが、空の青は濃くなって…
…いや。何か違和感があるな…何だろう?
「おい、ブルマ。そろそろ起きないと、帰りのバスに置いてかれるぞ」
ともかくも、俺はブルマを起こしにかかった。初めブルマは微動だにしなかったが、何度かその体を揺さぶっていると、やがて声が返ってきた。
「…うう〜…あと30分…」
「あと30分寝てたら、置いてかれるぞ。そしたら渋滞に捕まっちまうけど、いいのか?」
「…よくないに決まってんじゃないの…」
寝惚け眼で起き上がったブルマはお世辞にも機嫌がいいとは言えなかったが、俺は言葉を呑み込まなかった。今ここで遠慮したって、置いてかれたらどうせ怒るんだ。だったら、すっぱり起こそうじゃないか。…なんか損な役回りだな。今頃気がついたけど。
「あぁ〜…起き抜けは頭が働かないわ…」
「なんか飲むか?水持ってこようか」
「…コーヒー飲みたい。うんと濃いやつ」
「おまえ、またそんな無茶を…」
「あんたが何か飲むかって訊くからでしょ」
やっぱり機嫌悪いなあ…
それに本人も言う通り、頭がまったく働いてないな。こんな畑の真ん中にコーヒーがあるわけないだろう。
「飲みたいなら、途中のスタンドででも買うんだな。店に入ってる時間はないぞ」
じっくり寝かすべきじゃなかったかなあ…
少しばかり後悔しながら、俺は立ち上がった。コーヒーを買いに行くため、それから集合場所へと向かうために。そしてなにげなく空を仰いだ、その時だった。
――ピカッ――
閃光が走った。空の高みに。まるで雷のような……でも、晴れてるのに?
「あ〜あっ」
不貞腐れたようなブルマの声を意識の端で聞き流しながら、俺はさらに真上を見上げた。その次の瞬間、視界が大きな光量に包まれた。
完全に目が眩んだ。でも、何かが近づいてくるのだけはわかった。何か大きな、エネルギーの塊のようなもの…
俺は咄嗟に地を蹴った。ブルマの位置は把握していた。その体を抱き込んで、安全そうな方向へと逃げた。まったくもって当てずっぽうで――何なのかわからないんだ。おまけに視界も奪われてる。反応できただけいいと思ってもらいたい。
衝撃の感覚も音もなかった。唯一感じられたのは、肌に纏わりつく砂塵だけ。それも自分が巻き上げたのか、あのエネルギーが巻き上げたのか、それすらわからない。何の手応えもないままに、俺はいつしか瞑っていた目を開けた。腕を緩めブルマの身を案ずる、いつもならそれが最初にすることだった。
だが、できなかった。
腕の中に、ブルマはいなかった。確かに抱え込んだはずなのに、どこにも見当たらなかった。その代わり、一人の男が俺を見下ろしていた。
写真と鏡の中でしか見ることのできない男が。
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