Trouble mystery tour Epi.12 (12) byY
「うわ〜、きれーい」
部屋に戻ると、ブルマがまた歓声を上げながら窓際へと飛んで行った。恒例のスカイビューだ。
「夜景って、部屋でちょっと照明を落として見るのが、一番いいと思わない?邪魔も入らないしね。それにしても、今夜の夜景はひときわきれいに見えるわ。最後の夜にふさわしい絶景ねー!」
「そうだな…」
とりあえず俺は、相槌を打った。何も否定することはないと思ったからだ。そう、俺はブルマと違ってさほど感銘を受けてはいなかった。
見慣れたから、だけではないと思う。もちろんきれいではあるんだけど、そこまで魅入られるものでもないんだよな。だいたい『最後の夜』『最後の夜』ってさっきから言ってるけどさ、ちょっと使い方が違うよなぁ。意味はわかるが、その意味の『最後の夜』って何回…いや、何十回あるんだ。本当の最後の夜に辿り着いた頃には、言葉が擦り切れちまうぞ。
などと俺が思っていると、ブルマが瞬時に目の前へやってきて、その指で俺の顔を上向かせた。
「でも…君の方がきれいだよ…」
「はいっ?」
「な〜んてね。冗談よ、冗談」
「…………」
俺は完全に虚を衝かれた。種明かしをされてもなお、唖然としてしまった。
…ああ、びっくりした。ブルマのやつ、一瞬で懐に入り込みやがって。油断していた、なんて言わねえぞ。今は武道会でも戦いの最中でもないんだからな、そういうのはなしにしろ。
そう、俺は自分の流し目にしてやられたわけではなかった。中身がブルマ(女)だからだろうか、妙な色気はあったけどな。色気と迫力が。でも、自分自身に何かを感じるような変態ではない。ただ、ブルマが素早過ぎたのだ。ブルマのやつ、だんだん俺の体を使いこなせるようになってきてるな。それともやはり、使いこなせてないと言うべきか。たかが冗談を飛ばすためだけに、超スピードで動くとは…
「んっ?」
俺が平静を取り戻した頃、肩に手が回ってきた。さりげなかったが、気にならないわけはなかった。高級ホテルの一角で、ほろ酔い気分で夜景を見る。なんてしっとりしたシチュエーションで男に肩を抱かれるなど、経験したことないのだから。
「あ、やっぱりちょっと変よね。あたしもよ。変な感じ。でも、こうするしかないのよねえ。あんたがあたしの肩を抱くのはもっと変だし」
「…確かに」
ブルマが淡々と説明した。その時には俺も納得したが、その気持ちが覆るのに時間はかからなかった。
そう、確かにそうなんだけど。でも…
ものすごい違和感だ…!
さっきもあの兄妹の前で肩を抱かれて、ちょっと困ったりしたもんだけど、あの時とは話が違う。あれはただ単に見せびらかすためであって何の気持ちも籠ってなかったけど、今のこれは…。明らかに、こういうことがしたくてしてるんだもんな。いや、俺がじゃないぞ、ブルマがだ。夜景に感化されたんだろ。ブルマって、所謂ロマンティックなシチュエーションとやらに弱いからな。…ズレてるけど。いくら夜景見てしっとりしたからって、この立場逆転の状態で実際にもしっぽりしたくなるなんて、俺には理解できん。いやまあ、ブルマがしたいんなら付き合ってやるけどさ。わっかんねえなぁ…
「ねえ、どうする?今夜…する?」
やがて、ブルマがそう耳元で囁いた。わざとらしく色めいた声音に、艶っぽい口調。俺は一瞬唖然とした後に、考えた。
…これ、答える必要があるのだろうか。
「っていうか、したいな〜、あたし」
そう、悪い冗談だと、俺は思った。だが、ブルマがそう言うと共に再び懐に入り込み、顔に指を沿わせてきたので、意識を改めた。
「お、おまえは何を考えてっ…冗談でも笑えないぞ!」
「そうよね。笑えないわよね。そして、そんな笑えない冗談、あたしが言うと思う?」
「なっ…あっ、おまえ酔ってるな!?自分が注ぎ役だからってやたら飲んでるとは思ったが…」
酒の上での悪巫山戯(わるふざけ)。この言い方でもまだ足りないが、ともかくも冗談ではない。ブルマのやつ、すでに目も腹も据わってる。一体どういう思考回路なのかはわからんが、少なくとも俺をおちょくっているわけではないことだけはわかる。本来なら、それはすごくいいことなのだが――
「まあ、少しは酔ってるかもしれないけどね。でも、本気よ」
「なお悪いぞ!」
ブルマの正面切っての告白を、俺は即突っぱねた。…最初だけ。
「だってさ、興味あるのよね。男がどう感じてるのか。異性の感覚ってどんななのか。あんたは?全然興味ないの?あたしがどう感じてるのか」
「…………な、ない」
「うーそうそ。今のその間は何よ?」
「ぅっ…」
一瞬言い澱んだのがまずかった。そうしてしまったのは、偏に良心の呵責からであったが(なんとなくそこはかとなくもやもやっとしてしまったことがあったのは事実なので。風呂に入った時とかに。誰だって、自分以外の裸をすっきりした気持ちで見ることはないと思うが)、きっとそういうことを言ってもブルマにはわからなかっただろう。ブルマにはそんな機微どころか、良心の欠片すらないようだったから。
「あ、言っとくけど、あたし不満があるわけじゃないのよ。あんたに体験させて考えさせたいとかじゃないから。あたしにあるのは、不満じゃなくて純粋な好奇心。ちょっと味わってみたいだけなの。だから、そんなに深く考えなくていいのよ。安心した?」
「するわけないだろ!」
「強情ね〜」
そう、やがて気を取り直した時にはすでに、俺は今度は力で抑え込まれていた。左腕に手首を掴まれ、痛みに変わる寸前の力で抑え込まれた俺の視界に、ベッドルームがちらついた。
「ふっふっふ。力では勝てないのよね〜」
「ひ、卑怯だぞ!!」
「いいじゃない、見た目が違うだけで相手は同じなんだし。っていうか、体の持ち主であるあたしがいいって言ってんだから、何の問題もないわよね」
「大ありだ!!」
俺はめげずに叫んだが、自分の言葉がブルマに届かないだろうことはわかっていた。ブルマは俺の言うことなんて聞きゃあしないんだ。こういうことに関しては特にな。ブルマはいつだって、ある自分の信念に従って行動する…
「ブルマ、おまえ、女相手に力で捻じ伏せるのか…!?」
だから、そこのところを俺は突いた。――レディファースト。女性優先。ブルマが何かと言うと口にする言葉だ。だが、ブルマは俺の体を持ち上げながら、こともなげに言い放った。
「合意の上ならいいのよ」
「な、なんだとっ…」
っていうか…合意してねぇーーーーー
「…ぅわ!」
その叫びは声にならなかった。ベッドが目に入ったと思った途端、俺はベッドに投げ込まれた。慌てて体を起こしかけると、すでにブルマが上にいた。
…早い。早過ぎる。ブルマから見た俺って、こんなんだったのか!?圧倒的じゃないか…!
その圧倒的な俺に屈しないどころか平気で貶めるような気丈なやつが、今は圧倒的な俺の肉体を使ってる。これは勝てない。絶対に。
俺は敗北を悟った。そんな俺に、ブルマはさらに追い込みをかけてきた。
「はい、観念したわね。じゃあ、さっさと服脱いで。それから早いとこ濡れてくれない?あたし本番はしたいけど、前戯はしたくないのよね。さすがにそれは変態チックだと思うわけ」
「…………!!」
なんて女だ…!
変態チックどころか、すでに変態だ!このマッドサイエンティストが!!
言いたいことはたくさんあった。負けを認めたからといって、黙って従える状況ではなかった。だが、俺はそれらを自分の意思で呑み込んだ。
だって、俺はその相手をするんだからな。ブルマに何か言うことは、鏡に向かって文句を言うも同然だ。おまけに、絵的にもそう見える。
これは自己防衛本能だ。俺は決して、自分から股を開いているわけではない。…あー、嫌な言い方だ。っていうか、さっきまでは股を開くなって言ってたくせに、このやろう…!
「キスくらいならって気はしないこともないけど、たぶん何も感じないと思うのよ。それどころか、萎えちゃうんじゃないかしら。だって、自分の顔だもんね。ということでバックね。前戯なしでいきなりバックって大変そうだけど…しょうがない、ローション塗るか」
「おまえなんでそんなもん持ってんだ!?」
「備えあれば憂いなし。そういう言葉知らない?」
「答えになってねぇ…あっ、こら!」
ブルマがすかさず俺の足の間に手を入れた。そして、一体いつの間に手にしたのか、俺のそこにローションを塗りたくり始めた。当然のように、下着はすでに脱がされている。
手早い上に、要領が良過ぎる。自分の体だからよくわかってるということなのか。それにしても…
「ちょ、ちょっと…あの、なんかすごく変な感じなんだけど…なあ、ブルマ…」
俺はほとんど助けを求めるような気持ちになって、自分に手を下している人間を見た。ブルマは手を止め、俺の鼻先に顔を近づけたかと思うと、こともなげに言い放った。
「男に恥掻かせるんじゃないわよ」
俺は思わず絶句した。だって、いつもは『女に恥掻かせるな』って言ってるのに。なんという自分優先主義――
「ぎゃっ」
そして、その次の瞬間、体をひっくり返された。気づいた時には、ドレスも引っぺがされていた。どうやったのかはいざ知らず、何のためかはよくわかっていた。
羞恥。躊躇。逡巡。焦思。
様々な感情に翻弄されながら、俺は叫び出しそうになる声を心の中に押し込めるべく、唇を噛み締めた。
キャアァァァーーーッ…………
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