破五の男
リビングのテーブルに置かれていた正月菓子を口に入れると、噛み砕くまでもなくもろもろと舌の上で崩れた。
「ちょっとぉ、このお菓子湿気ってるわよ」
少し大きな声であたしは言った。母さんがキッチンにいたからだ。声は一度で通った。すぐさま母さんが顔を覗かせて、笑顔のままでこう言った。
「あらそうお。じゃ、ブルマちゃん食べちゃって」
「なんであたしがそんなものを食べなくちゃならないのよ」
「だって、ブルマちゃんそのお菓子好きでしょ」
「湿気ってなかったらね!」
あたしはまた声を大きくした。トランプなんかを持ち出してきていたプーアルとウーロンが少しだけ目を丸くしてあたしを見た。母さんは一応は眉を下げたけれどやっぱり笑顔はそのままで、お菓子もそのまま放置した。でも、あたしはもう何も言わなかった。
別にあたし、このお菓子食べたかったわけじゃないから。ただ何となく口に入れただけなの。そこにあったから。だけど朝ごはん食べたばかりでお腹は空いてないし、第一もう飽きちゃった。母さんの言うように好きは好きだけど、年中食べたいほど好きってわけじゃないのよね。お正月のお菓子なんて、お正月に食べれば充分よ。そして、そのお正月はもう終わり。その証拠に母さんは湿気ったお菓子を取り替えようとはしないし、プーアルとウーロンだってもうすっかりいつも通り、暇潰しのジン・ラミーなんかを始めてる…
あたしはプーアルとウーロンの勝負の行く末を横目に、窓に近づいた。太陽の燦々と降り注ぐ晴れた冬の朝。ぼんやりと窓の外を眺めながら、考えるまでもないことを思い出す。今年の年越し恒例のカード大会は、また2位だった。クリスマスに雪は降らなかった。お正月は思いっきり寝正月。お正月って、すること何もないわよね。しようと思えばいろいろあるけど、そうじゃなければなーんにもない。そしてあたしは、しようと思える様な気分じゃなかった。
…だけど、退屈。あーあ、つまんない…
何気なく窓を背にすると、ちょうどリビングのドアが開いた。そこから現れたのは、今あたしに溜息をつかせる原因ともなった、昨日まではいなかった一人の男だった。
「あ…ブルマ、ただいま」
「おっ…」
ヤムチャはまるっきり何事もなかったかのような顔をして、飄々と挨拶の言葉を口にした。そのあまりの間抜けさに、あたしは一瞬息を呑んだ。だって、だって――
「…そーーーーーい!!あんた今日がいつだと思ってんの。1月5日よ。クリスマスどころかお正月まで全部終わっちゃったわよ!」
ことさらにそんな言い方をしたのには、ちゃんと理由があった。『クリスマスには帰ってくる』、そう言ってたのよ、こいつ!ここを出て行く前に。だからあたしは予定も入れずに待ってたのに。そりゃデートの約束なんかはしなかったけど、帰ってくるって言われたら普通待つでしょ!?それが何よ、クリスマスどころか――
「お正月のお菓子だって湿気ってる!何もかも今日で終わり!ちょうど終わったところで帰ってくるなんて、一体どういう神経してんの、このバカ!」
「ご、ごめん…」
ヤムチャは即座に頭を下げた。でも、それほど項垂れていたわけじゃなかった。その証拠に、すぐに頭を上げてこんなことを言い出した。
「つい身が入っちゃって。それで一応ハガキ出したんだけど…」
「ハガキ?ああ。あれね…」
それであたしはさっきは思い出さなかった数日前のことを思い出した。年明けと共に届いた一枚の絵ハガキ。ヤムチャにしては珍しい旅の便りを初めて目にした時の気持ちが、一瞬にして蘇った。
「何よこのハガキ。あんた遊びに行ってんの!?」
その鼻先にハガキを突きつけながらわかりきったことを訊くと、ヤムチャはちょっと身を引いてわかりきった答えを呟いた。
「いや、修行…」
「だったらもっとそれっぽい写真のハガキを寄こしなさいよ!」
我ながら荒っぽく、あたしはその絵ハガキをテーブルに叩きつけた。ハガキの一面に広がる七色の花畑。…わかってるわよ。適当にその辺で買ったんでしょ。でも、ハガキを買ってる暇があるんだったら電話くらい…
「ブルマさんずっと持ってたんですか」
「あーあ、こんなにしわくちゃにしちまって」
「た、たまたまよ、たまたま。たまたま持ってたのよ!」
訳知り顔でプーアルとウーロンがあたしたちの会話を遮った。茶化すように言いながらひらつかせたウーロンの手から絵ハガキを取り上げると、母さんがいつもながらの笑顔でキッチンから出てきた。
「おかえりなさい、ヤムチャちゃん。お外は寒かったでしょ。今お茶を淹れるわね。それともお屠蘇の方がいいかしら。そうだわ、お正月のお菓子があるの。今新しいの持ってくるから待っててね〜」
「ちょっと!その態度の違いは何なのよ!」
っていうか、あたしの台詞を取らないでよ!とりあえず文句吐き出してから言ってやろうと思ってたのに…
こうしてうやむやのうちにお茶の時間が始まった。食後のでも、ブランチとも違う、完全にイレギュラーなお茶の時間が。いつもと同じコーヒーに、改めて皿に盛られたお正月のお菓子。僅かに残るお正月気分を掻き集めながらあたしがソファに座り込むと、母さんがそれはわざとらしい口調で言い放った。
「ヤムチャちゃんがなかなか帰ってこないものだから、ママ淋しかったわ〜。ブルマちゃんもずっと待ってたのよ〜。よかったわねえブルマちゃん、ヤムチャちゃんが帰ってきてくれて」
「どうしてそこであたしを持ち出すのよ。勝手にひとを引き込まないでよ」
「何言ってんだ、毎日毎日眉間に皺寄せて窓の外見てたくせによ」
「それは退屈だったからっ…お正月って退屈だからよ!」
「そんなの、おまえが全部自分でパスしたんじゃねえか。初日の出とか初詣とかいろいろあったのによ。聞けよヤムチャ、ブルマのやつ、おまえがいないからってすっかり寝正月決め込んでたんだぜ」
「ああもう、ウーロンってばうるさい!余計なことばっかり言ってんじゃないわよ!」
別にあたしは隠していたわけじゃない。ヤムチャがクリスマスには帰ってくるって言ったこと、みんなだって知ってる。だから堂々と文句を言ってやってた。女を待たせるなんて最低よね!そんなことも口にしてた。…だけど、だけど――
「言っとくけど、あんたを待ってたわけじゃないわよ!」
だけど、あたしはそう言ってやった。いつもの惚けた表情で、でも明らかに笑いながらこちらを見ていたヤムチャに向かって。もう、なんで遅れてきたくせしてそんなに態度がでかいのよ。すっかりのんびりしちゃってさ。言い訳くらいしなさいよ!…どうせ、ただ遅れただけなんでしょうけど。
「はいヤムチャ様、コーヒーどうぞ」
ふと、それまでコーヒーを混ぜていたスプーンを止めて、プーアルがヤムチャにカップを差し出した。ヤムチャは何も言わないまま、それを飲み始めた。それはゆったりとした仕種で。それであたしは、この上はもう黙ってお茶に付き合うことにした。
お腹は空いてないけど、コーヒーの一杯くらいなら入る。ヤムチャが今頃お正月のお菓子なんかを摘んでいる間に、あたしはあたしのやるべきことをやるわ。


コーヒーの湯気をくゆらせながら、あたしはヤムチャの言動ではなく、ヤムチャそのものを観察してみた。そして今日の計画を立てた。
お風呂。…は入れなくてもいいかな。そんなに埃っぽくないし。センスはともかくとして、着ているものが薄汚れているなんてこともない。髪だって、見たところきれいなもんだわ。
そして、その髪…はまあいいわ、後で。伸びてはいるけど、とりあえずは許容範囲内よ。じっくり検討して、うんと格好いい髪型にしてやろうっと。
それから服…
服については、あたしはまるきり検討しなかった。格好いいも格好悪いも似合うも似合わないも関係ない。お正月に着るものといえばもう決まっているのよ。
「よしヤムチャ。それ飲んだら出かけるわよ。すぐ用意するから着物着て!」
「着物?なんだってわざわざそんなもの…」
「お参りに行くの!初詣よ」
今日は1月5日、ぎりぎりなんとかまだお正月よ。初日の出は無理だけど、初詣ならいけるもんね。年に一度のこの機会、逃しはしないわ!
「初詣?なんだおまえ、あんなの異国の儀式だなんだと文句つけてたくせによ」
「本ッ当にうるさいわね、あんたは!ひとのことなんか放っときなさいよ!」
まずはそのための一戦。全然関係ないはずなのになぜかしなきゃならないウーロンとの舌戦を再開しかけると、今日はずいぶんと早いタイミングでヤムチャが間に入った。
「いいよ、一緒に行こう。正月も今日までだしな」
そして、明らかにあたしの肩を持つ発言をした。よっし!そうこなくっちゃ…
「いつも思うんだけどよ、おまえそれでいいのか?いくらブルマが怖いっていったってよ」
「一体何が言いたいのよ、あんた!?」
とはいえ、結局は再開した。でもあたしはウーロンを一睨みしただけで、ヤムチャの腕を引っ張った。ふんだ、いいわよ。どうせヤムチャがうまいこと落とし前をつけさせたことなんて、ほとんどないんだから。
「さっ、行こ、ヤムチャ!着物はあんたの部屋に出しておいたから――ウーロン、プーアル、あんたたちはついて来ないでよ!」
「はいはい、せいぜいごゆっくり〜」
「初詣に行くのならママたちの行ってるところに行くといいわよ〜。神主さんがとても親切な方でいらっしゃるの。ブルマちゃんたちも祈祷してもらいなさいな」
「いってらっしゃい、ヤムチャ様」
三者三様の言葉を受けながら、あたしはヤムチャの背中を押した。リビングのドアまで――さほど重いとも思わずに。ソファから引っ立てた時も、すぐ立ったわよね。ずるいわねえ。嫌じゃないなら嫌じゃないってはっきり言えばいいのに。
「着物、あんたのは新調してないけどいいわよね。ちゃんと帰ってこないあんたが悪いんだからね!」
「あー、うん。ごめんごめん」
「お参り終わったら街の方に行くわよ。クリスマスのぶんも含めて、今日はめいっぱい付き合ってもらうからね」
「はいはい、わかりました」
本当にわかってんのかしら。
いま一つ心の篭らない返事を耳に入れながら、部屋までの廊下を歩いた。ヤムチャの隣に並んで。もう手を引く必要も体を押す必要もなかった。従順よね。と言ってやりたいところなんだけど…
そんな風に思いながらもあたしは部屋に入り、ともかくもこの日のための着つけインプット済みのメイドロボットを一台起動した。


光に当たると瑠璃色に輝く、しっかりとした濃い青色の羽織。グラデーションがかった縞の袴。
神社に着いてエアカーから降り、冬の日差しを浴びるヤムチャを目にすると、一気にお正月気分が戻ってきた。わくわくしながら毛皮のショールを上に羽織ると、ヤムチャがこんなことを言った。
「かわいいな、それ。それにあったかそうだ」
「全然あったかくなんかないわよ!」
あたしは思わず声を上げてしまった。だって、なんかいきなりだし。だいたい、こういう時は『寒くないか?』って訊くもんでしょ!相変わらず惚けてるんだから。
と思ってたけど、ちょっと違うわね。なんだか機嫌いいみたい。浮ついてるのよね、声が…帰ってきた時からずっと。さっきまでは怒ってたから気づかなかったけど…
あたしたちは腕を組みながら鳥居を潜った。思ったよりも参拝客は多かった。わりあいこじんまりとした、おまけに都では新参の神社で、さらに今日は一月五日だっていうのに。でもあたしが本当に気になったのはそこじゃなかった。
その参拝客の一部から寄せられる、強い視線。ヤムチャに対しては見惚れたような、あたしに対しては羨望の…そう、例によって、女からの。それはあたしのお正月気分に花を添えた。
ふっふっふ。わかるわ〜、その気持ち。お正月を振袖で過ごす女は最近じゃ結構いるけど、袴で過ごす男はいないもんね。おまけにヤムチャは顔はいいし、体格だっていいんだから。でもこれはあたしのですからね!
ほくほくした気分で境内を歩いて行くと、拝殿へ近づいたところでその奥の方から狩衣を着た二人の男がいそいそと出てきた。そして、満面の笑顔で言った。
「これはブルマお嬢様、ようこそお越し下さいました」
「あちらに屠蘇をご用意いたしております。それから祝詞を奉上いたしましょう」
「先にお参りがしたいわ」
「かしこまりました。では手水場へどうぞ」
ちょっと冷たい水を柄杓から手に溢すと、ヤムチャも柄杓を取り上げながら片眉を上げた。
「なんでわざわざ神主が出てくるんだ?」
「きっと父さんたちが非常識な額のお賽銭でも入れたんでしょ」
「なるほどな…」
ヤムチャはすっかり納得した表情と口調で、水が残った柄杓を立てた。でも柄杓を戻した時にはその一方が変わっていて、おまけにそのおもしろそうな目が自分に向けられていることに、あたしは気づいた。
「何?」
「いやぁ、別に」
あたしが訊くと、そこにおもしろそうな声が加わった。ただなんとなく訊いてみただけだったあたしは、今度はもっと意志を込めて訊いてみた。
「ねぇ、何よ?」
「何でもないよ」
「何でもないような顔じゃなかったわよ」
「大したことじゃないって」
「だったら言いなさいよ」
「いやぁ…」
のらりくらりとヤムチャはかわした。本当にのらりくらり。機嫌がいいせいか、余裕のあるのらくらぶり。もはやそのこと自体が気になって、あたしはヤムチャの袖を引いた。
「…ねえ、修行に行ってる間に何かあった――」
「ひいぃぃっ!」
その時、叫び声が聞こえた。咄嗟に振り向くと、帽子にサングラスさらにマスクと見るからに怪しい男が一人いて、太った方の神主の喉元にエアガンを突きつけていた。そして賽銭箱の掃除なんかをしていた痩せた方の神主へ向かって、ボストンバッグを投げつけた。
「賽銭箱の中身をこのバッグに入れろ!早くしろ!ぐずぐずしてっとぶっ殺すぞ!!」
ランチさんのお仲間だ。だいぶんこすくて武器も迫力ないやつだけど。おまけにあたしの隣には都で一番強い男がいる。正月早々、運のないやつね。
そう、あたしは思った。だけど、ヤムチャは動かなかった。やがて賽銭箱の蓋が開けられ中身がボストンバッグに詰め込まれ、それを受け取った男が人質に取っていた神主を地面に押し飛ばした。そして逃げ出した――まんまとやりおおせた。誰がどう見てもそう思えた段になって、ようやくあたしが袖を引いていない方のヤムチャの手がちょっとだけ動いた。
その瞬間、地面に何かが走った。ぼこぼこと線状に地面が盛り上がっていく。男の方へと向かって――まるで追いかけるように。それは男の足元まで伸びて止まった。それから男の周りの地面に亀裂が入った。
「うあぁぁっ…!」
次の瞬間、土が石が真下から吹き上がった。地面が爆発したのだ。叫び声と共に男は倒れ、掴んでいたボストンバッグを手放した。おっかなびっくり神主がそれを拾い上げた。どこからともなく警備員がやってきて、賽銭泥棒の腕を掴んだ。周囲の人の目もすっかり男の方に向けられていた。でも、あたしは違った。
「ちっ」
ヤムチャは依然としてあたしの横に立っていて、悔しそうにそう舌打ちした。揃えた2本の指が空気を切った。
「何?今の…あんたがやったのよね?」
まさかそこまでわからないわけはない。でも、何が起きたのかはわからなかった。だって、ヤムチャはずっとここにいた。かめはめ波だって出してない…
ヤムチャはすぐさま悔しそうな表情を引っ込め、それは涼しげな笑顔でさらりと言った。
「秘密」
「何それ。あたしにも教えられないの?」
「ああ。ダメだ」
「えぇーーー!?」
その言葉ではなく態度が、あたしの不審を掻き立てた。隠し事されたことがないなんて言わない。でもどうしてそんなに堂々としてんのよ。答えられないのに余裕あるなんてどういうこと?
「そんな顔してもダメだぞっ」
ふうーーーんだっ。
あたしの顔がどんなだったかなんてどうでもいい。とにかくヤムチャは言い捨てるようにそう言うと、さっさと歩き出した。拝殿へ向かって。左手を袴のポケットに入れて、腕を組みやすいように突き出して。…まー、ぶってること。そう思いながらもあたしはヤムチャの思惑に乗ってその腕を取った。だって、ヤムチャの方からこんな風にしてくることなんてあまりないから。お正月だし、今日のところは誤魔化されてあげるわ。
「お騒がせしました。見ての通り賽銭泥棒は捕まりましたので、ご安心ください。今年の運は守られました。天罰とは下るものですな。さあ、祝詞を奉上いたしましょう」
天罰じゃなくて、人間の仕業なんだけど。
心の中で軽く突っ込みを入れながら、あたしは神主の後ろに続いた。絡ませていた腕を離して礼をする。拝殿に木霊する澄んだ鈴の音。祝詞。賽銭の落ちる音。瞬間的にやってきた清涼な空気の中、あたしは目を閉じ手を合わせて、粛々と考えた。

えーと…えーと…………
…………今年もいい年でありますように。
それと…そうね、
…………なんかわかんないけど浮かれているらしいヤムチャの狙いが、裏目に出たりしませんように。

まっ、本気で心配してるわけじゃないけど。ヤムチャってどうも運が薄いみたいだから、少しあたしのを分けてあげるわ。ってところね。
あとは…うん、それくらいかしら。他にお願いしたいことなんかないわよね。初詣なんて気分だけだからな〜。本当に切羽詰まったお願いは、神龍にしなくちゃね。
そんな感じでさっくりと、あたしはお参りを終えた。ほとんど同時にヤムチャも頭を上げたので、その腕を引いてその場を切り上げた。
とりあえずの今のあたしの願いを叶えるため。そう、初詣も済ませたことだし、さっそく新年の街へレッツゴーよ。まずはヘアサロンね。着物着てるけど、髪くらい切れるでしょ。すっきりさせたところで街を歩いて、一通り見せびらかしたら、それから――
「ブルマお嬢様、屠蘇はいかがですか?今年一年ご壮健であらせられますように」
おっと、そうだったわ。
あたしは再び神主の後ろに続いた。そうそう、お屠蘇お屠蘇。お正月って、この着物でお屠蘇を飲むっていうのがいいのよね。なんていうか、色っぽくって。
「ねえヤムチャ、何お願いした?」
境内の端の方に用意された長椅子に腰かけて、ヤムチャの手にある盃へ銚子を傾けながら、あたしは訊いてみた。別に聞き出そうというわけじゃない。ただなんとなく訊いてみただけ。他愛のないお喋り。お正月らしい酒の肴。
ヤムチャは一瞬動きを止めて、それから笑顔で言葉を濁した。
「え。…何も」
「何もってことはないでしょ〜」
「いやぁ…ははは」
にこやかにヤムチャはかわした。まー、今日はいろいろと隠し事が多いわね。そう思いながら、あたしも盃に口をつけた。ヤムチャがお屠蘇を注いでくれたから…いいわ。誤魔化されてあげる。
でも、そのぶん付き合わせるからね。もう少しここでゆっくりしてお正月気分を堪能したら、たーっぷり。
今年初デートだもん、遠慮しないわよ。
web拍手
inserted by FC2 system