勝てない男
あたしは勢いよく出した。
ヤムチャは渋々出した。
「じゃん・けん・ぽん!」
…あたしたちは、いまだかつて「あいこ」になったことがない。

ヤムチャは苦々しげに拳を見やった。
「あたしの勝ちね。あしたはバーゲンよ!!」
ふふん。あたし知ってるのよね、ヤムチャがこういう勝負に弱いの。しかも気の抜けている今なら、負けっこなしよ。
何で気が抜けてるかって?それは内緒。
…こいつって本当に誘惑に弱いのよねえ。


夏!!
…は、まだ先だけど。
でも、あたしはすでに夏の気分。このところ陽気もいいし、季節を先取りよ。ショッピングに行く時はバッチリ決めなきゃね。ショッパーに舐められるわ。
ファーのついた白いチューブトップ。レザーのマイクロミニ。それと、これも白の編み上げブーツ。やっぱり夏は白よね。
「似合う?」
C.Cのホールで待っていたヤムチャのところに駆け寄ると、あたしはくるりとターンしてみせた。
「う〜ん」
ヤムチャはちょっと唸って、こう言った。
「わからないなあ。何で肩出してるのに、足元はブーツなんだ?それに夏なのに毛皮…だいたい、そのスカート短すぎるぞ」
…うるさい。
こいつ、いつもは「似合う似合う」しか言わないくせに、一緒に出かけるとなると、途端にこういうこと言うのよね。何か恨みでもあるのかしら。
「ちょっと、ケチつけないでよ」
普通、こういう時は褒めるもんでしょ。これからデートだっていうのに。
まったく気が利かないんだから。

初夏の香りの風が吹く。人でごったがえす街並の中で、あたしたちに目をやる人が1人2人。3人4人…気っ持ちい〜い。
ところが幾らも歩かないうちに、ヤムチャが頭を押さえてボヤき始めた。
「あー、視線が痛い…」
「何?頭痛いの?」
振り向きあたしがそう言うと、ヤムチャは拳に力を込めて、呆れたようにあたしを見た。
「おまえ、気づかないのか?周りの人間の視線が…」
まさか。気づかないわけないでしょ。
あたしはキッパリ言ってやった。
「あたしがいい女だからよ」
「違う、おまえのその格好が問題なんだ」
うるさいなあ。
いいじゃない。目立ってどこが悪いのよ。どうせまんざらでもないくせに、格好つけないでよね。
それに、あんただって充分人目を引いてるわよ。自分のこと棚に上げてよく言うわよ。
だいだい何よ、そのシャツは。なんで胸はだけてるわけ?ファッションに興味ないんじゃなかったの?まったく格好つけもいいとこよね。
まっ、いいけど。ダサいよりは遥かにいいわ。本当、あたしって心が広いわね。
あたしが気を取り直して今シーズンのドレスを品定めしていると、ヤムチャは1人雑踏から離れて、奥のほうへと歩き出した。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「ヤボ用」
ヤムチャは振り向きもせずに手を振った。

「ったく、なんなのよ」
ヤムチャがいなくなった途端、声をかけてくる男共の多いこと。鬱陶しいったらありゃしない。
「あんなやつでも虫除けになっていたのねえ」
褒めてるんだか貶してるんだかわからない感心を、あたしがした時。
「彼女、何してんの?」
また来た。…何って、ベンチに座ってんのよ。
「ヒマなんでしょ。遊ぼうよ」
さっきからこればっかり。もううんざりよ。
あたしはもう面倒くさくなって、これからくるであろう質問をショートカットして、全部纏めて答えてやった。
「お断りよ。彼氏いるから。遊びもお断り。行かない。連絡しない。縁はないと思うわ。じゃあね、バイバイ」
その男は呆気に取られたように口を開けて、でもそこから動こうとはしなかった。
「早く消えてよ。あたしは気が短いのよ」
「彼氏来ないじゃん。気晴らしに遊びに行こうよ」
この、あたしの話をまるっきり無視した発言に、あたしはぶちキレた。
「しつっこいわね!!行かないって言ってんでしょ!!」
その時だ。男があたしの手首を掴んだのは。
あたしは一瞬でそれを振りほどくと、男を冷たく睨んで言った。
「あんた、本当にしつこいわね。…撃つわよ」
あたしは左腕を掲げた。
こういう時のためのとっておきの方法が、あたしにはあるのだ。
いい女は自分で自分を守んなきゃ。ヤムチャなんて、いるのかどうかすらわからないんだから。
人前で使うのは初めてだけど、しょうがないわね。

あたしは腕時計のレバーを引いた。
1、2、3、4…
起動開始。

その時、腕を掴まれた。
「バカ、やめろ!!」
ヤムチャだ。ヤムチャがあたしを羽交い絞めてる。
「ちょっと、何すんのよ!」
やっつける相手が違うでしょうが!絡まれてるのはあたしなのよ!!
ヤムチャはあたしを押さえつけたまま、呆然としている男に鋭い一瞥をくれた。
「おまえもさっさと立ち去れ。死にたくなかったらな」
何それ、どういう意味よ。
先ほどまでの執拗さはどこへやら、とっとと逃げ出す男の背中に、あたしは叫んでやった。
「一昨日きやがれってのよ!」

「まったく、夏はああいうのが多くて嫌んなっちゃうわね!」
あたしがそう言うと、ヤムチャは意味ありげな目をして、あたしの体を舐め回した。
何よ。あたしは悪くないわよ。あたしは被害者よ。
「それからヤムチャ、あんたもよ!さっきの態度は何なのよ。大体、あんたがいないからこうなったのに!」
あたしが捲くし立てる言葉を、ヤムチャは時折質問を挟みながら聞いていた。やがてあたしがふと息をつくと、ヤムチャがその隙に割り込んだ。
「わかった、わかったよ。ちゃんと俺が守るから。な?」
あら、素直じゃない。
「だから、もうあんなもの使うなよ」
あたしは言ってやった。
「あんたがいれば、使わないですんだのよ」
ヤムチャは頭を一掻き、溜息をついた。
「頼むから…」
その先は、あたしの耳には入らなかった。
inserted by FC2 system