二人目の男
クロゼットの整理をしていたら、ヤムチャのシャツを見つけた。
送ってあげる?一瞬そうも考えたけど、すぐに打ち消した。たったシャツ一枚にそんな手間かけるの、面倒くさいわ。だいたい、これあたしが買ったやつだし。
だから、あたしは重力室へ行った。この時間は――というか日がな一日中、あたしの旦那はそこにいるのだ。
「ベジータ、ちょっと〜」
「…何だ」
「ちょっと、これ着てみて」
「…また何か買ってきたのか…」
あたしがシャツを宙に広げると、ベジータは苦虫を噛み潰したような顔をして、戦闘態勢を解いた。
「買ってきたんじゃなくて、見つけたの。今クロゼットから秋物出してたところなんだけどさ、あたしのところに紛れ込んでたらしくって。一枚だけだし送るの面倒だから、あんたに着せればいいかなって」
「…何だかよくわからんが」
ベジータの目つきは鋭かった。眉間に皺は寄ってるし、どう見ても不機嫌だった。でも次の瞬間には、すでに上がっていた眉をさらに上げてこう言った。
「着せるなら、さっさと着せろ。俺様は忙しいんだ」
「どうせずっとトレーニングしてるだけのくせに」
あたしはすっぱり言ってやった。ただの一つも他意はなく。意味もなくトレーニングする男には、もう慣れっこなの。
「何だと!俺様は宇宙最強の戦闘民族としてだな…」
「はいはい、じゃあちゃっちゃと着ちゃってね〜」
「ちっ!」
舌打ちする顔にシャツを被せそのまま引き下ろすと、シャツはいとも簡単にベジータの体を包んだ。…簡単過ぎた。
「――大きい…」
あたしは思わず絶句した。…大きいっていうか、はっきり言ってぶかぶか。ボディスーツの上からなのに、まだ余ってる。袖と丈が長過ぎ…
確かに、ちょっと考えてみれば、当たり前のことだ。ヤムチャとベジータの服が同じサイズなわけない。そんなのわかってたはずなんだけど、ついさ…男物なんだから男に着せればいいかってさあ。ベジータがヤムチャより強いことわかってるから、余計にさあ…
…小さく見えなかったのよね。
うっかり心理的な視点から物理を無視してしまったあたしは、一つ溜め息をついて、そのまま悩ましい心理へとなだれ込んだ。
――ベジータもねー。もう少し背が高くてもいいのにな、って気するのよね。体つきは均整取れてていいと思うんだけどさ。だからこそ惜しいなあって…。…ドラゴンボールで背を高くしてもらおうかしら。
でもそんなの、ベジータ許してくれないでしょうねえ。プライドだけは人一倍高いやつだもんね。ヤムチャとは正反対ね。
「しょうがない、この服は諦めるか」
二つ目の溜め息と共にシャツを引き上げると、またもやいとも簡単に、シャツはベジータの体からすっぽ脱げた。それでもう完全に、あたしは諦めがついた。…この服に関しては。
「この服、どこのブランドだっけ。ああ、ここね。ここって行くたびいいもの見つかるのよね。よし、じゃ買いに行くか」
そして同時に、それまではじわじわと燃えかけていたショッピング魂に火が点いた。そう、もともとそのために服をチェックしてたのよ。衣替えの季節に、ワードローブの再構築。そうしたら、これが出てきて。シンプルだから、ベジータにも合うと思ったの。ちょうど流行のオータムカラーで…
「そうね、そろそろ秋物出てきてるはずだし。明日!明日行きましょ。トランクスは母さんに見ててもらって、二人で街にショッピング!」
すっきりと決めたあたしに、ベジータが叫び立てた。
「何っ!?また行くのか!?この前行ったばかりだろう!」
「あれは夏物。今度のは秋物よ。いいものは早い時期になくなっちゃうんだから、早めに動かなくちゃ。あんたはサイズが特殊なんだから、特にね。裸で過ごしたくはないでしょ?あたししかいないんなら、それでもいいけどさあ〜」
「な、何をバカなことを…!」
「じゃあ決まりね♪」
顔を真っ赤にして熱り立ち始めたベジータを置いて、あたしは重力室を出た。だらだらと長居して、ベジータに怒鳴り散らされるつもりはなかった。あいつはあれで充分。あんなこと言ってても、明日になればちゃんと付き合ってくれるわよ。
そうあたしは確信していた。ベジータがうちに居ついて、もうかなりになる。あたしは悟り始めていた。
なんかさー…
ヤムチャも扱うの楽だったけど、ベジータも楽よね、結構。単純っていうかさ。…免疫ないっていうか。慣れてくるとかわいいわよねー。本人は気づいてるのかしら。今、服着せてる時、まるっきり無防備だったわよ。文句どころか一言も言ってなかった。完全にあたしの様子見してたわ。あのじっとりとした目つきったら。
…だけど、注意しなくっちゃね。
ヤムチャだって、最初はかわいかったんだから。なのに、だんだん生意気になっちゃって――
あたしは思わず拳に力を入れた。そして、その拳の中には件のシャツがあった。それで、あたしの思考は最初に戻った。
…で、これ。どうしよ?
ん〜。…捨てることもないわよね。まだ全然着れるし。そのうち会うことあるだろうから、取っといてやるとするか。それに、ベジータがこれを着れるようになる可能性も、60億分の1くらいはあるかもしれないしね。
あたしはそう考えて、自分の部屋を通り過ぎた。そしてベジータの部屋に入り、そのクロゼットにヤムチャのシャツを突っ込んだ。
一応はベジータを優先してあげるのよ。あいつにだって、可能性はあるんだからね。
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