試歩の男
12月に入ったばかりのその日。あたしはリビングでクリスマスツリーの準備をしていた。
「こんな小さなツリーの飾りつけなんかに四人もいらないのに…」
ヤムチャと、プーアルと、ウーロンも一緒に。あたしはヤムチャと二人でやるからいいって…言ってないけど。でも、わかりそうなものじゃない?
「おまえ、さっきと言ってること違うじゃねえか。さっきはみんなでやる方がいいって言ってたろ」
…いえ、わかんないか。お子ちゃまとモテないブタだもんね。
「誰がそんなこと言ったのよ?あたしは一人でやるのが嫌って言ったの!」
「だから、こうしてみんなでやってるんだろ。おまえ、わがまま通り越してわけわかんねえぞ。それともただのヒステリーか?」
「うるっさいわね!」
とにかく、そんなしょうもないやりとりを、例によってウーロンとしながら、ホームパーティの要ともなるクリスマスツリーの飾りつけを進めた。
そう、クリスマスはホームパーティ。
ずっとそうだった。物心ついた時からずぅっと。そして、あたしはずっと、それをどうにかしたいと思っていた。
そりゃそうでしょ。エレメンタリースクールくらいならまだしも、ミドルスクールになっても、ハイスクールになってまでもホームパーティだなんて、情けないじゃない。別にホームパーティ自体が嫌なわけじゃないけどさ。あたしの言ってること、わかるでしょ?
だけど今年は…




「ちょっと、見てこれ、かっわい〜い!」
「わっ本当、超かわいい。クリスマス限定グッズだって!わあ、高ーい。でもかわいい〜」
「かわいいよね。あたし、クリスマスはここ行くことにしようかなあ」
「えー、クリスマスの遊園地に、一人で?それって超淋しくな〜い?」
「もちろん、誰か男の子を誘って行くのよ」
「それって買ってもらう気満々じゃん。誘われた子かっわいそ〜。でもあたしもそうしよっかなあ」
クラスの真ん中で、ティーンズ雑誌を捲りながら、クラスメートがクリスマス話に花を咲かせている。教卓の近くにも、同じようなことをしている子たちがいる。かと思えば窓際には、一人せっせと編み物をしている子がいる。
彼氏のいる子もいない子も、クラスの女たちはすっかりクリスマスムード。試験が目前だってのに、クリスマスの計画を立てるのに余念がない。
そしてそれは、あたしにも無関係なことじゃなかった。やがてクラスの真ん中で騒ぎ声を立てていたうちの一人が、一見さりげなくあたしに水を向けてきた。
「ねえ、ブルマ。あんたはクリスマス、どうするの?どこか行くの?」
その瞬間、あたしはちょっぴり眉を潜めた。念の為説明しておくと、このクラスメートはあたしの予定を訊いているわけではない。一応はあたしと公認の仲になっているある男がクリスマスをどう過ごすかを知りたがっているのだ。
それがわかっていたあたしはわざと曖昧に、でもきっぱりと言ってやった。
「クリスマスはホームパーティ!それが世間の常識よ!!」
これだけで充分、伝わるはずよ。あたしとヤムチャは同じ家に住んでるんだから。そして、家人だけでやるのがうちのホームパーティだからね。あんたたちに入り込む余地はないわよ。
そう、長年に渡って培われたあたしの感覚は、今年あっさりと覆された。
ホームパーティはホームパーティでも、今年のは恋人のいるホームパーティだもん。今までとは違うわよねえ。
「それよりも、明後日のテストの心配をした方がいいんじゃない?赤点取ったら、せっかくのクリスマスもパーよ」
ことさらクールにそう言ってやってから、あたしはテキストを入れ終えたリュックを手に、クラスを後にした。


もはやこの時間があるために公認の仲というレッテルを維持できていると言っても過言ではない、あたしとヤムチャ共有の時間。それが学校帰りの放課後デートだ。
まっ、放課後デートなんて言ったって、いいとこ食べ物スタンドなんかに寄ってから、うちに帰るだけだけど。でも、そんなことすらも、クラスの女なんかにとっては羨望の対象になるらしいのよね。何も知らないって幸せよね。
「ねえ、ヤムチャ。あたしのあげた期末テストの山かけノートの内容、覚えた?」
イチゴのクレープを食べながらあたしが言うと、ヤムチャはドリンクのストローから口を離してそれは無造作に答えた。
「うーん、そうだな…半分くらいは」
「半分じゃダメよ。せめて七割は覚えなくちゃ。赤点取って補習なんてことになったらあたしの彼氏として恥ずかしいし、だいいちそうなったら冬休みほとんど潰されちゃうんだからね」
もちろん、クリスマスもよ。そんなことヤムチャにだってわかってる…と思いたいんだけど。
「わかってるさ。俺だって、補習なんかにトレーニングを邪魔されたくはないからな」
たぶんわかってないと思うわ。ということが、この頃ではあたしにはよくわかるようになっていた。
どうせ天下一武道会とやらのためにトレーニングすることしか考えてないのよね。クリスマスを通り越して、来年の春のことを考えている有様よ。
「本当にちゃんと覚えてよ。あと二日しかないんだからね」
だけど、そんなヤムチャを頭ごなしに叱りつける気には、あたしはなれなかった。
もちろん文句くらいは言ってやりたいけどね。でも、そのタイミングも掴めないのよねえ。
ヤムチャってばわかってなさ過ぎて、クリスマスの話にすらならないんだもの。雑談としてですら、これっぽっちも触れてこないのよ。
そしてこれが一番決定的な理由なんだけど、あたしはそれをどうにかしようとは思わないの。もうちょっとどうにかならないのかしらね、そうは思うけど、無理矢理変えようとは思えないの。
あたしはヤムチャと一緒に住んでるから。
毎日毎日ヤムチャが何をやっているのか、よーく知ってるから。
もうバカの一つ覚えみたいに、そればっかりなんだから。


本当に、バカの一つ覚えみたいに、あればっかりなんだから。
夜も更けた頃、お風呂上がりのさっぱりした体をリビングの窓辺に預けて、あたしは薄闇に目を凝らした。
ここからの視界にギリギリ入る、外庭の一角。弱い月の光に照らされて、白く浮かび上がる男の姿。
目にも止まらぬ速さで繰り出される無数の突き。かと思うと、ふいに打ち込まれる飛び蹴り。毎日毎日飽きることなく繰り返される、天下一武道会へ向けてのトレーニング。
これを見るのが、ここのところのあたしの日課になっていた。最初は、『寒くないのかしら』って思って見てたんだけど。それまではああいうの見ても、『よくやるわ』って思うだけだったけど…
いつも傍にいる従順な僕も眠りについてしまったこの時間。あたしの傍らにも、うるさく茶々を入れてくるブタはいない。そこであたしはキッチンにソーダを取りに行ってから、部屋の明かりを落として、先日一緒に飾りつけたツリーの灯りを点けてみた。
てっぺんに強く輝く星。キラキラと光るキャンドルの形をしたイルミネーション。色とりどりに変わるファイバーの光も流れるように煌いて、部屋が別世界になる。
――クリスマスムードに満ちたこの部屋と、そんなもの欠片もないに違いない真っ暗な外の一角。
温度差あり過ぎよね。外気温のことじゃなくてさ。でも、虚しいとか、そういう風には思わないのよ。
そうね、なんていうか…がんばってね、としか言えないっていうか…だって、結構マジで取り組んでるみたいだからさ。クリスマスなんて毎年あるけど、天下一武道会は5年に一度だって言うしね。
自分でもちょっと信じられないような考え方を、この頃ではあたしはしていた。
クリスマスはカップルにとって、最も優先すべきイベントの一つ。あたしは確かにそう考えていたはずなのに。彼女よりも大事なものなんてあるわけない、そう思っていたはずなのに…
…………どうも秋からクリスマスにかけてのこの季節って、センチメンタルになるわよね。
あたしはちょっと頭を振ってソーダを飲み干し、ツリーの灯りを消した。真っ暗になった部屋の中で、てっぺんの星だけが月明かりを受けて浮かび上がった。あたしは少しの間それを見てからリビングを後にし、自分の部屋へ引き上げた。
ヤムチャがトレーニングを終えて、うちの中に入ってくるのが見えたからだ。




二日後、期末テストの日がやってきて、クラスのクリスマスムードが一蹴された。
「ねえ、どうだった?あたし全ッ然できなかった。どうしよ〜」
「あたしだって。特に数学と物理よ、あの先生、いつも難しい問題ばっかり出すんだから。ねえ、物理の5問目と6問目ってどうやるの?」
「あたしなんか4問目と7問目もヤバいよ。あー、もう本ッ当どうしよ〜」
「ねえ、これからケーキショップでも行かない?わからなかったところみんなでやりましょうよ」
「賛成!行く行く〜!」
まったく、終わってから勉強してどうするのよ。だからあたしが忠告してあげたのに。クリスマスだからって、浮かれてばっかりいるからよ。
自業自得、いい気味だわ。あたしは心の中で思いっきり舌を出してから、一本のペンを持って席を立ち、ヤムチャのクラスへ行った。
「はい、ヤムチャ。ペン、サンキュー。で、テストはどうだった?ちゃんとできた?」
ペンをカバンに入れながらあたしが言うと、ヤムチャは一見神妙な顔をしてこう答えた。
「うーん、そうだな…七割くらいは」
「何それ?中途半端ね〜」
とにかくもそれだけで、あたしたちはテストの話題も、テストの話題に満ちたハイスクールでの時間も切り上げた。いつまでも終わったことぐずぐず言わない。ぐずぐず言う理由もないようだしね。
「ま、でも本当にそれだけできたんなら、クリスマスパーティは潰されずに済むわね」
「クリスマスパーティか…」
後に控えているのは、当然クリスマスの話。とはいえ、それはただの確認に過ぎなかった。でも、ヤムチャがあまりにも惚けた目をしていたものだから、あたしは思わず言ってしまった。
「なーに?あんたまさか、クリスマスパーティまでバックレるつもりじゃないでしょうね?」
「え?そんなつもりはないけど」
「それならいいけど。クリスマスパーティくらいは、ちゃんと付き合いなさいよ」
まったく無粋な一言よね。我ながらそう思うわ。だけど、ヤムチャがわかってないんだから、しょうがないじゃない。
そう、わかってないわよ、これ絶対。『パーティやるんなら付き合うよ』、きっとそんな程度の認識よ。それだって、一緒に住んでるから付き合うってところで…もし一緒に住んでなかったら、普段通りの一日を過ごしちゃうに違いないわ。
ストイックなんかじゃ全然ないくせに、そういうところは疎いのよね。面倒臭いって言うか、何て言うか…
それでもやっぱりあたしには、それ以上のことを言う気は起こらなかった。
ヤムチャが誰もいないところで、何をしてるか知ってるから。
知ってるのはあたしだけじゃないだろうけど、あたしは毎晩見てるから。
いつの間にかそれを見るのが、日課になってしまったくらいなんだから。


今夜もまた、やってるわね。
夕ご飯を食べて、テレビを見て、ごろごろして、お風呂に入って。いつもと同じタイミングで、あたしはリビングの窓辺に腰を下ろした。
本当に毎晩よくやるわね。昨夜もやってたものね。七割とかいう話をした時、よっぽどそこのところを突っ込んでやろうかと思ったけど、やめたわ。
ヤムチャにとってはハイスクールなんて片手間なのよ。そんなこと、とっくにわかってたわ。課題だってあたしに丸投げだし。体育系のイベントはともかくその他のことに関しては、いつまでもあたしを頼ってくるし。ハイスクールに慣れてはきたけど、学生の本分を尽くしているのにはほど遠い。いつまで経っても、『ただ行ってる』って粋を出ない。
まあ、それはあたしも同じだけど。学校って、そこで学ぶ必要のない者にとっては、退屈なだけだものね。
とはいえ、あたしはヤムチャのことを、自分と似てる、なんて思ってたわけではなかった。全然似てないわ。学ぶ必要のない理由が違うもの。あたしは天才で、あいつはバカ。それも、そのバカを直そうともしてないバカよ。
どうでもいいのよね、そんなこと。強くなりさえすれば、他のことはどうでもいいのよ。所謂、領分が違うってやつね。だから、ハイスクールのことはこれ以上ないってくらいおざなりなのに、今はあんなに一生懸命トレーニングしてるのよ。
…本当に、一生懸命よね。
毎日毎日、同じことを何度も何度も。飽きないどころか、日に日に熱が入っていってるのがわかるわ。休憩の間隔が、だんだん短くなっていってるもの。この頃じゃほとんど、息をついたらそれだけで、次のトレーニングに入ってるわ。それはもちろん体力が上がってるってことなのかもしれないけど、それだけじゃなくて精神的なものもあると思うわ。
そうなのよね。ヤムチャって全然ストイックじゃないけど、脇目を振らないところはあるのよ。あるって言うか、だいぶん強いわ。普段の軽い態度が嘘みたいよ。
要するに、あたしは結構感心していた。といって、ヤムチャのすべてに感心していたというわけじゃなかった。
…ああいう、微妙に人の目につくところでやっちゃうのが、ズルいなあって思うのよね…
軽くはない溜め息をつきながら、あたしはリビングを出た。今日の人物観賞はおしまい。
対象とする人物が、一日を終えるみたいだから。




そんなこんなでクリスマスイブの日。
すでにハイスクールは冬休みに入っていた。中には冬休みじゃない人もいるみたいだけど、うちにはいない。小等部じゃなかったら絶対冬休みなかったわねっていう成績のブタは一匹いたけど。
あたしはもちろん、ヤムチャもどうにかテストをクリア。そう、どうにか。ヤムチャのテストの結果だって、なかなかひどいもんだったわよ。ほとんどあたしの半分くらいしか点数取れてなかったわ。埋めてたところはだいたい合ってたけど…ほぼあたしが山かけてやったところね。要領いいのか悪いのか、わかんないわよね。
でもま、そんな小さなことはこの際言わない。あたしは今日のパーティが潰されなければそれでいいのよ。
あたしはそれなりに満足して、今日この日を迎えていた。…朝食を終えるまでは。
「オハヨウゴザイマス。今朝届イタ分ノクリスマスカードトギフトヲオ持チシマシタ」
ちょうど朝食を終えた時、メイドロボットがそう言って、ダンボール箱を二つ持ってきた。
「はーい、ご苦労さま。リビングテーブルの上に置いておいてね〜」
「今年はずいぶん多いわね。朝の分だけで、もうそんなにあるなんて」
それは部分的にはいつものことでありながら、全体としては初めてのことだった。確かに毎年クリスマスカードはダンボール箱いっぱいくるけど、そこまでの量になるのはだいたい夕方頃で、朝のうちにこんなにきてることってないのよ。
「父さん、今何かやってるの?大がかりなプロジェクトとか」
「さあねえ。そんな話は聞いてないがなあ」
「コチラノ箱ガC.C宛テノモノデ、コチラガ個人名宛テノカードトギフトデス」
「えっ、個人宛てのがそんなにあるの?」
こうしてあたしは朝っぱらから、いつもはやらないクリスマスカード検めなんかをすることになった。物珍しさからか、ヤムチャにプーアル、ウーロンもテーブルを囲んだ。
「すげえ数だな。クリスマスカードなんて、女しか書かないもんだと思ってたのによ。まるで都中からきてるみたいじゃねえか」
「ほとんど会社関係よ。ダイレクトメールみたいなものね。…のはずなんだけど…」
今思い返してみれば、ウーロンの言葉は的を射ていた。でもこの時のあたしはそれには気づかず、ダンボール箱いっぱいのカードにすっかり目を通してしまった。
「…ちょっとヤムチャ!どういうことよ、これは!!なぁんで、あんたにこんなにたくさん女からクリスマスカードがきてんのよ!?」
そして、たいそう気分を損ねることとなった。個人宛てのダンボール箱の中身は、ほとんど全部がヤムチャ宛てだったのだ。
そう、もうわかったわね、ハイスクールの女たちからよ。え?ハイスクールの女たちからきたカードが、都中から送られてくるC.Cへのカードの量に匹敵するはずないって?いい読みね。そう、カードは底上げされてたの。図々しくも一方的に送りつけられたその物によってね!まるで隠そうともしていない派手なラッピングのプレゼント。その横には、これ見よがしに中身が見えている、手編みのマフラー。
…まったく、何よ。何なのよ、これは。
他人の彼氏に堂々とこんなもの送りつけてくるなんて、何考えてんの!?あたしたちが一緒に住んでるって知ってるはずなのに、面の皮厚過ぎじゃない!あたしが遠慮してんのに。我慢してたのに…!
そうよ、あたしは我慢してたわ。彼氏のいる初めてのクリスマスだもん、本当はうんとロマンティックに過ごしたいに決まってるわよ。クリスマスデートだってしたかったわ。だけどヤムチャがあまりにも無関心だから…いかにもクリスマスなんか二の次って感じでトレーニングに打ち込んでるから。…だから、しかたなく諦めたのに。彼女であるあたしが遠慮してやってるっていうのに…!
「いや、どういうことって言われても…」
「ま、いつものことだよな。ラブレターじゃなくただのクリスマスカードなんだし、いいじゃねえか」
「ほほう、それ全部女の子からのクリスマスカードなのかね。いやはやすごいもんだねえ」
「まあ、ヤムチャちゃんってばモテモテね〜」
「わあ、ヤムチャ様、このマフラー手編みですよ」
「そりゃ気合い入ってんな〜。このぶんじゃ、バレンタインも期待できそうだぜ」
…憤懣やるかたないあたしの耳へと流れ込んでくる、鬱陶しい騒ぎ声。それは完全にあたしを逆撫でした。とはいえ、まだそれだけだったなら、我慢できたに違いない。
「あ、あの〜ブルマ、ウーロンの言う通り、これただのクリスマスカードだから…みんななんとなくくれたんだよ、きっと。大した意味もなくさ」
「カードだけじゃなく、プレゼントもあるけどな」
「ウ、ウーロン!…い、いや、でもそれは…」
そう、あたしはそのヤムチャの態度に我慢できなかった。ええ、まったくもって我慢できないわ!
本当にヤムチャのやつ、どこまでわかってないのよ!?なんとなくくれるわけないでしょうが!絶対、見返り期待してんのよ!じゃなきゃ、プレゼントまであげないわよ!
「ヤムチャ、着替えて!出かけるわよ!!」
だから、あたしの遠慮の皮を取っ払ったのは、ヤムチャ自身だった。
「えっ、ど、どこに?」
「どこだっていいわよ!クリスマスデートするわよ!!」
「クリスマスデート?でもあの、クリスマスパーティは?」
「もちろんやるわよ。だから今すぐ行くのよ!」
まあ、本人はそのことには気づいてないみたいだけど。きっとずっと気づかないんでしょうけど…まったく、何にもね。でも、あたしは教えてやらないわよ。あったり前でしょ!ヤムチャはいつまでもそうやって惚けたふりして無視してりゃいいのよ!!
「クリスマスデートとは洒落てるのう。母さん、わしらもするかね?」
「まっ、素敵。でも、夜はみんなで一緒にクリスマスパーティするんだから、それまでのお時間よ。二人もパーティまでには帰ってきてね〜」
「あの、ブルマさん、どうか穏便にお願いしますね」
「お達者で〜」
あー、腹立つーーーーー!!
耳に届く声、届かない声。それらすべてに苛立たせられながら、あたしはヤムチャの手を引っ張ってリビングを出た。


『どこだっていい』そうあたしは言ったけど、身支度を済ませた頃には決めていた。行き先だけじゃなく、目的までも。
――街へ行って、プレゼントを買うのよ!
もちろん、ヤムチャのじゃなくて、あたしのよ。他の子は貰えないクリスマスプレゼントを、あたしだけが貰おうという寸法よ!
「で…えーと、あの、どちらへ…?」
C.Cのゲートを潜ると、ヤムチャがいかにもおずおずといった感じで、そう訊いてきた。あたしはめいっぱい澄まして、それに答えた。
「そうね。ショッピングエリアへ行こうかしら。ヤムチャあんた、さっきのこと悪いと思ってる?」
「え…あ、ああ、うんうん、そりゃもちろん…」
「そう。じゃあ、態度で示して。あたしにプレゼントちょうだい」
「えっ…」
「クリスマスプレゼントよ。彼氏ならくれるのが当然でしょ?」
どうにか最後まで澄まし切りながらも、声に呆れが滲むのをあたしは止められなかった。
わざわざこんなこと言わなくちゃならないなんて。本当に恋人なの、こいつ?なんだか自分がクラスメートの女と同じこと言ってるみたいで、やんなるわ。
燻る気持ちを抱えながら、あたしは街を歩いた。たくさんのイルミネーションに、店先に飾られたツリー。華やかなショーウィンドウに、メリークリスマスの文字。今日この日の雰囲気に満ちた街を。
…で、何にしようかしら。
話をつけたのはいいけど、どうにもピンとくるものがないのよね。まず思いつくのは、アクセサリー。定番だけど、指輪とかネックレス。…なんだけど、いまいちそういう感じじゃないのよ。あたしの気分がじゃなくて、ヤムチャの態度がね。そう、そういうものを贈るには、それなりの雰囲気が必要よ。だけどはっきり言って、そういう雰囲気は、まったくないわ。
もっと言うなら、何をも贈る雰囲気はないわ。嫌がってる素振りはないけど、単に言われたから買うって感じ。だって、今こうやってあたしに付き合ってる態度が、普段と同じだもん。普段、一緒に買い物したりする時と。
完全にあたし任せ。歩く方向も見る店も。本当に、いかにも『付き合ってやってる』って感じ。…そりゃまあ、付き合わせてるんだけどさ。クリスマスデートなんて言ったって、いきなりの話だったし…そうね、前もって約束してたわけじゃないんだから、付き合ってくれてるだけでよしとすべきなのかも…
…あー!ダメよ、ダメダメ!そんな風に考えちゃ!
デートしてるだけでいいなんて思わない!そんなの絶対ダメ!ちゃんと彼女扱いさせなくちゃ!
ここであたしは気を入れて、ショーウィンドウから目を離した。そして一足遅れてついてきている男へと目を向けた。自分の気持ちがふらつく理由が、あたしにはわかっていた。
弱気になってるわけじゃないわ。一人でテンション保つのって大変なのよ。
「ヤムチャ、あんたも考えてよ。プレゼント何がいいか!」
「俺が?でも、ブルマのプレゼントなんだろ?」
「そうよ。あたしへのクリスマスプレゼントよ!何かクリスマスっぽいものがいいわ。クリスマスっぽくってかわいいもの!」
「漠然としてるなあ。だけど珍しいな、ブルマがそんなはっきりしないことを言うなんて」
…期待してなかったからよ。
期待してなかったから、何も考えてなかったのよ。…なぁんて、何て情けない台詞なのかしら。
あたしがテンションの下がりそうな一言を呑み込むと、ヤムチャが小さく笑って言った。
「それじゃ、デパート行かないか?そういうことなら、デパートの方が見つかりそうだろ」
「そう…かしらね」
「一口にクリスマスの小物と言ってもいろいろあるだろ。どんなのがいいんだ?」
「え?どんなのって…えーっと…」
あたしはちょっぴり意外を衝かれて、ヤムチャの顔を見返した。
なんか、意外とノリいいわね。珍しく話に噛んできてるし…そりゃあたしが振ったんだけど。でも、いきなり連れ出したわりには、切り替え早いっていうか。
…ま、いつもの軽さと言えば、それまでだけどね。


クリスマスセールのアドバルーンを掲げたデパートは、大混雑だった。開店から一時間ほど経ったところで、入る客と出ていく客がひっきりなしにドアを開け閉めする。店内に流れているクリスマスソングもよく聞こえない。
「うわあ、混んでるなあ」
「そりゃ、クリスマスだからね」
ヤムチャにはしれっと答えておいたけど、内心ではあたしも驚いていた。そして、人混みに圧倒されてではなく、そこから推測される事実を思って一瞬身を引いた。
これは、絶対誰か知り合いがいるわね。それこそ、ミーハーなハイスクールの連中なんかがいるに違いないわ。やだな〜。…いえ、嫌がる必要はなかったわ。見せつけてやればいいわよ。あたしたちはクリスマスデートしてるんだから!
「で、どこ見る?」
「そうね、とりあえず一階から順番に全部」
「本当に何も決めてないんだな」
「だから、そう言ってるでしょ」
やっぱり雰囲気はないままに、あたしたちは各ショップを見て回り始めた。この頃にはあたしは、そのヤムチャの態度にそう不満を感じることもなくなっていた。とりあえず、渋々付き合ってるわけじゃないってことは充分にわかったわ。ここで雰囲気出したって人混みに呑まれて終わっちゃいそうだから、これくらいでいいわよ。
さってっと、何にしよっかな〜。
人混みに煽られたってやつかしら。いつしかあたしは楽しくなってきていた。なんだかテンション上がってきたわ。敢えてはっきり言わなかったけど、あたし男にクリスマスプレゼント貰うのって初めてなのよ!クリスマスのデパートに来るのも初めて…ティーンになってからはね。だって、クリスマスイブの日にわざわざ一人でデパートなんか行かないわよ。
まさにカップルしかいないと言っていい、アクセサリーショップ。普段とは大違いの盛況ぶりを見せているブランドバッグ専門店。お財布とハンカチには興味ないわ。香水…はプレゼントらしくはあるけど、色気あり過ぎよね。だいたい、いつつけるのって話だし。サンタクロースの小物入れ。確かにクリスマスらしいけど、子どもっぽ過ぎるわ。ソフトクリスタルのキャンドルホルダー…素敵ね。だけど、使うかしら…
うーーーん…
いまいちピンとくる物がないわねえ。この際、派手に花でも買ってもらう方がいいかしら。でも、花とケーキは別枠って感じするわよね…
雑貨と服飾品のフロアを見終わり服のフロアを目前にして、あたしは軽く息をついた。そしてエスカレーターを上がったところに飾られていたテディベアなんかを弄っているヤムチャを横目に、ショーウィンドウへと一歩引いた視線を投げた。
こういう、クリスマスのディスプレイには目を惹かれるのよね。なのに、店の中じゃ何も見つけられないっていうのは、あたしがないもの強請りしてるってことなのかしら?
別にそう特別な物がほしいってわけじゃないんだけどな。こうなんとなくクリスマスらしくって、なんとなくかわいっぽくって、なんとなく相応なもの。…やっぱり、この最後のところが問題なのかしら。『なんとなく相応』って、ヤムチャじゃないけど漠然とし過ぎてるものね。だけど、ある意味それが一番重要なんじゃないかって気がするのよ。
例えば、このウィンドウに飾られてるクリスマスパーティ向けのドレス風ワンピース。すっごくかわいいしクリスマスっぽくもあるけど、ヤムチャに買ってもらうとなると何か違うような気がするのよね。有り体に言えば十年早いってやつ?あたしがこういう服を着るのがじゃなくて、ヤムチャがこういうのを買うっていうのが――
「――あ…」
その時、ふとあたしの目についたものがあった。一目惚れっていうのかしら。目についた次の瞬間にはもう決めていた。
「ねえ、ヤムチャ、これ買って!」
ヤムチャはと言うとちょうどテディベアを棚に戻したところで、あたしの視点にはさっぱりついてこれずにいた。
「え…ドレス?」
「違う!ドレスじゃなくて、このリボンのついたシュシュよ!」
「シュシュって何だ?」
「これ、この、このマネキンの髪についてる髪留め!」
「ああ、なるほど、髪飾りか」
「このマネキンはてっぺんだけど、あたしは横につけるの。かわいいでしょ?」
「ああ、うん…」
「それじゃ、さっそく店に入りましょ!」
でもそれには、あたしはちっとも構わなかった。いつものようにヤムチャの手を引っ張って、店に入った。


「この二色使いのダブルリボンのシュシュですね。こちらは『bacca』のヘアアクセサリーです。まだ扱い始めたばかりのブランドですが、なかなか人気あるんですよ。このリボンの部分にはワイヤーが入っていて形も崩れません。色違いでブルーもあったのですが、そちらはすでに完売しておりまして、こちらのピンクが最後の一点となっております」
ショップの店員の売り込みは、あたしにとってはただの説明でしかなかった。
「かわいい〜。ねっ、かわいいわよね、ヤムチャ!」
「あ、うん…」
「パーティにぴったりだと思わない?」
だって、もう決めてたから。でも聞き続けた。ヤムチャがその台詞を口にするまで。
「いいよ。それにしよう。気に入ったんだろ?」
「わーい!サンキュー、ヤムチャ!」
この一言が必要なのよ、プレゼントには。じゃないと、強制になっちゃうでしょ?
あたしはあくまでヤムチャにプレゼントを買ってもらったんだから。買わせたわけじゃ、絶対にないんだからね!
「それではお包みしますね。専用ケースがございますけど、何色にしますか?ベージュ、ピンク、ブルー、ライラックの四色ですが」
「ピンク!」
あたしは我ながら上機嫌で、店員の声に答えた。
なかなかそれらしい買い物をしたわ。クリスマスカラーとかじゃないけど、それなりに特別感のあるプレゼントよ。普段はつけない、華やかな髪留め。髪留めくらいならヤムチャにもらったっておかしくないし、それでいてたかが髪留めとバカにはできないお値段よ。少なくとも、自分じゃ絶対に買わないわね。そういうのも、ある意味プレゼントらしい要素よね。
それに、物だけじゃないわ。ヤムチャも、結構それっぽく振舞ってくれてる。連れてきてみれば、何とかなるもんじゃない。秋のセンチメンタルに引き摺られて、遠慮なんかするんじゃなかったわ。
そうよねー、クリスマスってもう冬だもん。冬は寒いんだから、遠慮なんかして一人でいちゃダメよね〜。
「あ、えーと…、そのケースはケースでいいけど、髪飾りは入れないでもらえますか」
あたしが一連の流れに満足したその時、ヤムチャがそんなことを言い出した。
「え?では、お包みしなくてよろしいんですか?」
「はい。つけていきます。ここで」
「どうしたの?ヤムチャ」
その言葉よりも態度に、あたしは首を捻った。ヤムチャは手早くキャッシャーカウンターに代金を置くと、妙にてきぱきした口調で言った。
「これ、パーティの時つけるんだろ?」
「そうだけど…」
「だったら、もうここでつけたっていいじゃないか。帰ったらすぐパーティなんだからさ。俺、つけてやるよ」
「えっ…」
今度はその言葉にあたしは驚いたけど、ヤムチャの行為を止めることはできなかった。その態度のせいで。
カウンターに置かれた髪留めに手を伸ばした時の、楽しげな態度のせいで。あたしの髪に触れた時の、嬉しそうな笑顔のせいで。髪留めをつけた後に見せた、瞳の表情のせいで。
「…ありがと」
「どういたしまして」
なんか、すっごく優しかったから。まっすぐにあたしを見る眼差しが、優し過ぎたから。いつもの従順さ以上のものが宿っていたから…
「お待たせ致しました。こちら専用ケースでございます」
「どうも」
おまけに、とってもそれっぽかったから。あたしたちの間に流れる空気になんて気づきもしてないように笑顔で声をかけてきた店員に一瞥をくれると、ヤムチャはその手からショッピングバッグを受け取って、颯爽とショップを出た。あたしがその後を追いかけるという珍しい数秒の後で、ヤムチャは言った。
「さてと、これからどうする?まだ時間あるけど」
「えっ、あっ、そうね…」
あたしは思わず言葉に詰まった。ヤムチャのその態度のせいで。なんていうのかしら。なんか、『やる気』を感じたから。言葉と態度のニュアンスが、『付き合うよ』って感じじゃなく、『一緒に何かしよう』って感じだったから。
「じゃあ、とりあえず映画でも…あ、その前にお昼ご飯かしら…」
そう、さらに、あたしの願いを聞き入れてなお、クリスマスデートは続いたのだった。


しまったなあ…
映画なんていつでも観れるもの観てないで、何かそれっぽいことすればよかった…
クリスマスパーティを控えたその時間。あたしはC.Cの自分の部屋のベッドの上で、ちょっとした後悔に苛まれていた。
ついさっき終えたばかりのクリスマスデートに対する後悔だ。…なんか、普通のデートみたいになっちゃったのよね。あのショッピングの後、ご飯食べて、映画観て、軽くお茶して。コブつきじゃなかったから少しは落ち着いてたけど、ほとんどいつもと変わらなかったわ。せっかく出だし好調だったのに。
きっと、好調過ぎたのよね。そこのところに触れないよう注意してうつ伏せになってから、あたしは敗因を噛み締めた。
ヤムチャが変なところでムード出すから…………ムード自体は変じゃなかったけど。でも、恥ずかしかったことに変わりはないわ。あの店員、あからさまに見て見ぬ振りしてたわよ。あたしだって、思わず固まっちゃったもん。ヤムチャは何とも思わなかったのかしら。鈍いって、恐ろしいわね。
まあとにかくそんなわけで、あたしは少なからず動揺してた。で、気づいたら、いつものデートをなぞってたの。…そんなもんよね。そういう時って、無意識にいつもの習慣が出ちゃうものなのよ。
「ん〜〜〜…」
ちょっぴり残念な気持ちを抱えたまま、あたしは体を起こした。そう、あたしはあくまで『ちょっぴり残念』なのであって、『無念』なわけじゃなかった。その理由は、自分一人しかいない完全なるこのプライヴェート空間で、唯一気を遣っているその部分にあった。
…よかった、崩れてないわ。
ベッドから降りてすぐに、あたしは鏡を覗き込んだ。大丈夫、つけ直す必要ないわ。意外と上手につけたわね、あいつ。でも、もし崩れたりしたら嫌だから、着替えるのは下だけにしとこっと。あんな恥ずかしい思いをさせられたんだもの、そう簡単につけ直すわけいかないわよね。
…うふふ。かわいい。
過ぎ去った一幕を思い出しながらそっと髪のリボンに触れた時、壁際のキーテレホンから声がした。
「ブルマちゃん、ただいま〜。ママたち帰ったわよ〜ん。もうすぐパーティ始めるから、お手伝いお願いね〜」
「はーい」
いつもとは少し違う、母さんからの合図。娘に触発されてデートする親っていうのも、何だかね…
そう思いながらもあたしはその場で大きく返事を返し、クロゼットを開けた。それから簡単におめかしして、最後にもう一度鏡を見て、ゆっくりと部屋を出た。


その後あたしは、母さんのところへは行かずに、外庭へ行った。
短い時間の合間にもトレーニングをしている、主従を呼びに。家族でやるホームパーティっていうのは、準備をするところからすでに始まりなのよ。そりゃ、ヤムチャたちは厳密には家族じゃないけど、お客扱いするのはどうしたって違うでしょ。だいいち、どうしてこの家のお嬢様であるあたしが手伝わされて、居候のヤムチャたちがノータッチなのよ。
「ヤムチャ、プーアル。もうすぐパーティ始めるわよ」
「はい、ブルマさん」
「すぐ行くよ」
あたしが声をかけると、主従は揃って動きを止めた。ほとんど同時に開いた口から、白い息が漏れた。似たような行動に、似たような仕種。なのに、受けた印象はまるで違っていた。
プーアルはちょっと寒そう。でもヤムチャはまだ汗を掻くほどではないものの、とてもじゃないけど寒そうには見えなかった。っていうか、この冬空の下、腕捲りしてる有様よ。絶対、マフラーなんかいらないわよね。本当に、みんなヤムチャのこと、ちっともわかってないんだから。
その点、あたしはよくわかっているわ。その僕の性格すらもね。
「プーアル、母さんがパーティの準備手伝ってほしいって言ってたわよ」
「はい、わかりました」
続いて放ったあたしの言葉に、プーアルは素直にそう答えた。すぐさまポーチへと飛んで行ったその後ろ姿を、あたしはちょっとだけ悪いと思いながらも、舌を出して見送った。
まあ、プーアルはウーロンとは違うから、余計な茶々を入れてきたりはしないでしょうけどね。でも、あたしはヤムチャとは違って、恥ってものを知ってるから。こういうことはひっそりとやりたいのよ。
さて、残されたヤムチャはというと、何やら首を傾げてあたしを見ていた。やがて、その口から再び白い息が漏れた。
「あの〜、まだ何か…?」
視線は完全にあたしを捉えていた。…気づいた?ううん、違うわね。
むしろその反対よ。まるっきりわかってないのよ、これは。
「うん、あのね、これあげる。あたしからのクリスマスプレゼントよ」
「えっ、俺に!?」
その証拠に、あたしが隠し持っていた物を差し出すと、ヤムチャは大げさに驚いた。弾かれたように目を見開くその様に、予想していたはずのあたしは少なからず呆れさせられた。
まったく、惚けてるんだから。クリスマスプレゼントが一方通行なわけないでしょ。片思いじゃないんだからさ。
「たいしたものじゃないけどね。偶然だけど、あんたがあたしにくれたものと似てるわよ」
「…ありがとう。でも、一体いつ用意したんだ?ここんとこ、放課後はいつも一緒だったのに」
「さあね〜。さっ、開けてみて!」
「ああ、うん」
瞳には今だ驚きの色を浮かべながらも、口元には笑いを乗せて、ヤムチャは包み紙を開け始めた。出てきた小箱を開け、中身を掬うように手にしながら、また首を傾げた。
「ん?これは…リボン?」
「リボンじゃなくて、ヘッドバンドよ。あんた時々つけてるでしょ、体育の時なんかに。あれ、結構似合ってるから…あ、でもこれは体育用じゃなくて、武道会用よ!」
その反応に少し拍子抜けしながらも、あたしは言っておいた。そこのところが一番大事だからね。ハイスクールの連中に見せびらかすためにあげたんじゃないんだから。あたしは(一応は)陰でがんばるヤムチャのために、このささやかなプレゼントをあげたのよ。
え?ささやか過ぎるって?そんなことないわよ。ヤムチャに必要なのは、見てくれの派手な手編みのマフラーとかじゃなくって、こういうものよ。だいたい、天下一武道会っていうのは、体一つで参加するものなんだから。こういうものの方が邪魔にならなくていいわよ。
そういう諸々の事情は、言わずに済んだ。やがて少しばかりの沈黙の後で、ヤムチャは今度は完全な笑顔であたしの思いに応えてくれた。
「ありがとう、ブルマ。よし、これで天下一武道会はきっと優勝してみせるぞ」
それは、あたしが期待していた通りの反応だった。ハイスクールで運動やクラブをやってる時には絶対に聞けない、意気込んだ口調。普段の生活の中ではまず見せない、どこか男らしさの漂う笑顔。
これが本当のヤムチャだなんて、そこまで思いはしないけど。でも、あたしヤムチャには、そういう感じになってほしかったの。だって、その方が格好いいんだもん。ヤムチャって、武道をやってる時は格好いいんだもんね。
「そうこなくっちゃね。赤は勝利の色なのよ。他には、情熱、エネルギー、粘り強さ、積極性、力…」
これでさっきみたいな雰囲気になってくれたら…
ここであたしがそう思ったのは、決してないもの強請りじゃないと思う。ヤムチャにだってそういうとこあるんだって、さっきわかったもん。
だけど現実は甘くないというか、そうは問屋が卸さないのだった。
「え、それって…ひょっとして、占い!?」
「何よ、その顔。あんた、占い嫌いなの?」
なぜかヤムチャが見せた引きつり笑い。そこをあたしが突いたのが、始まりだった。
「いや、そんなことはないけど…」
「あたしだって何も願掛けてるってわけじゃないわよ。でも普通、げんくらい担ぐでしょ、こういう時は!」
「ああ、うんうん、ごもっとも」
「何よ、その言い方。そんなかわいくない反応するなら、あげないわよ!」
なぜか――本当になぜなのか、気がついたらあたしたちはそんなことを言い合っていた。本気で喧嘩してたわけじゃなかったけど、そんな雰囲気は欠片もなかった。
「いや、だからありがとうって…」
「本当にそう思ってるんなら、もっとそれっぽく振舞いなさいよ!」
あたしはそう言ったけど、自分でもわかっていた。こんなこと言ってる時点でダメだって。こういうことを言わせない態度をヤムチャが取らなきゃダメだって。
「…ちょっと、何をじろじろ見てんのよ」
「うん、かわいいなって思って。それ、その髪飾り」
「自分で買ったくせに何言ってんの」
あたしがほしいのは、そういうおべっかの言葉じゃないの!
やがて、あたしはポーチへ向かって歩き始めた。…もう、見切りをつけたわ。っていうか、さっさと切り上げるべきよね、こんな会話は。クリスマスパーティの準備だってしなきゃいけないし――
そうして内庭に入り込むと、リビングの窓からウーロンが顔を出した。
「おーい、おまえら、早くしろよ。人にばっかり働かせるなよなー」
「今行くわよ!」
こうして、短かった二人きりの時間は終わった。それは、もともとはクリスマスのメインイベントだったはずの、クリスマスパーティの始まりでもあった。


各自手にしたクラッカーを鳴らせば、本格的なクリスマスパーティの始まり。
「メリー、クリスマーース!それーーーっ!!」
「きゃっ!ちょっとウーロン、人の方に向けないでよ。危ないじゃないの」
「それじゃおもしろくないだろ」
「この野蛮人!」
すかさずウーロンを窘めたあたしの横では、母さんがヤムチャに向かってしなを作っていた。
「どーぉ?ヤムチャちゃん、都のクリスマスのお料理はお口に合うかしら〜」
「ええ、とってもおいしいです」
「他にもまだまだいっぱいあるのよ〜。ヤムチャちゃんたちが来て初めてのクリスマスだから、ママはりきっちゃった。プーアルちゃんもたくさん食べてね〜」
ついでのように言われたプーアルは、これっぽっちも気にしていない。それに気分を害したのは、いつものようにあたしだけだった。
母さんってば、ついさっきまでは父さんとデートしてたくせに、今のそのヤムチャに対する態度、一体どういうことなのよって普通は思うでしょ?でも、うちじゃそんなこと、当の父さんですら思わないのよね。
「いやぁ、今年は賑やかだねえ。やっぱり若い子が多いと違うねえ。来年はピチピチギャルが来てくれないものかなあ」
「そんなもん、どこから来るのよ?」
「ヤムチャくんにクリスマスカードをくれた子たちがいるじゃないか」
それどころか、こんなことを言う始末。似たもの夫婦って言ってしまえば、それまでだけど…
「そんな子たち、呼ぶわけないでしょ!!」
「妬くな妬くな。おれは賛成だぜ。おれがヤムチャの代わりに相手してやるからよ」
「何言ってんの。例えあんたがその気でも、あっちが相手してくれないわよ」
「へん、おれが変身できるってこと、忘れてもらっちゃ困るぜ。ヤムチャのやつに変身して、うまいこと誘って…」
「そんなのダメに決まってるでしょ!!」
やがて再びウーロンを窘めながら、あたしは思った。
なんだか、いつもと変わらないわね。いつもの、お茶飲んでる時なんかと。
母さんはやたらヤムチャに甘くって、父さんは父さんでマイペースで、ウーロンはうるさくって。プーアルだって、ちゃっかりヤムチャの隣に陣取ってるし。クリスマスって、イベントの中じゃ一、二を争うロマンティックなイベントのはずなのに、そんな雰囲気、欠片もないわ。
――でも…
あたしはこっそりと、窓に映る自分の姿に目をやった。
…去年までのクリスマスとは大違い。
父さんの言った通り、いつもより賑やか。母さんの言った通り、いつもよりご馳走も多い。そしてあたしの髪には、いつもはまだ貰っていないクリスマスプレゼント。
「は〜い、じゃあそろそろ、ケーキを切り分けましょうね」
「あたし、一番大きなイチゴが乗ってるとこね!」
「おまえ、せっこいな〜。なんつーか、食い意地が張ってないだけに、せこいよな」
「ははは。ブルマ、俺のイチゴやるよ」
いつもながらの母さんの合図。それに応えるあたしの声。そしてこれまではなかった突っ込みと、これまではなかった、あたしに向けられる笑顔。
そのヤムチャの気の抜けた笑顔には、あたしが期待していたようなロマンティックな雰囲気はなかった。だけどあたしは、それを本気で咎める気にはなれなかった。
みんながいる時に、あんなムード出されてもね。と言って、二人きりになれる時間なんて、もうなさそうだけど。
…ま、初めてのクリスマスだから、これくらいでよしとしておくわ。
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