無為の男
わっかんないなあ。何考えてんのかしら。

ヤムチャと出会ってから8ヶ月が経った。
出会った頃のヤムチャの印象は、ハンサムで格好よくて強くて硬派で…
今一緒に住んでいるヤムチャは、ハンサムで格好よくて結構強くて鈍くて女心がわかんなくて…
…あんまり変わらない。
何も変わってないと言ってもいい。

そう、何も。
あたしたちの関係も!

8ヶ月も『一緒に暮らしてる』のに。
そりゃ暮らしてるって言っても、親元だし学生だし、節度は必要よ。あたしまだ16歳だし、その…所謂『最後まで』とか言われても困るわよ。
でもそれにしたって普通、キスくらいするでしょ!毎日、顔合わせてるのに。それが何もなしってどういうことよ?
しかもあいつ、ハイスクールにファンクラブまであるのよ。他の女にキャーキャー言われて、鼻の下のばしちゃってさ。口では「困ってる」って言うけど、本心ではどうだかわかりゃしないわよ。

だからあたし、孫くんとドラゴンボール探しに出かけたの。
だってこんな状況で、クサクサするなっていう方が無理よ。やってらんないわよ!
そうしたら、そのドラゴンボール探しの方もやってられなくなった。
だって、レッドリボンよ?信じられる?
なんで孫くん、そんなの相手にしてるわけ?そういうことは、もっと早く言ってよね。
あたしってツイてないわよね。本当にツイてないわ。

その、レッドリボン軍を相手にしている中で、悔しいことが1つあった。
孫くんがレッドリボンの本部に向かっているということがわかって、善後策を講じようとした時――あたしが思わず言った言葉。
『ヤムチャに連絡さえできたら…!』
…そうなのよね。結局、いつだってあたしが頼りにするのは、孫くんとヤムチャなのよ。
悔しいなあ。
でも、あたしはヤムチャに連絡したわ。だって孫くんのためだもの。


あたしはC.Cに帰ってきた。ヤムチャたちと一緒に。
夜、リビングでコーヒーを飲んだ。ヤムチャと一緒に。
ウーロンとプーアルは寝ちゃった。きっと疲れたのね。
でも、あたしは眠くはならなかった。酷い違和感があたしを包んでいた。

ソファの隅、上の空で雑誌を捲っているあたしに、ヤムチャが訊いた。
「どうして悟空についていったんだ?」
あたしにどう答えろっていうの?
あたしはヤムチャをチラとも見ずに言った。
「ドラゴンボール探しを手伝おうと思ったのよ」
ヤムチャはあたしの素振りを気にする様子もなく、のんびりとコーヒーを啜りながら、鷹揚に続けた。
「それはわかってるさ。俺が訊いているのは、なぜいまさらそう思ったのかってことだよ」
ヤムチャはあたしに訊いてる。でも本当は、何も聞いていない。
あたしは手元の雑誌をそのままに、顔を上げた。
「なんであんたにそんなこと答えなきゃなんないのよ」
声に険が篭るのがわかった。ヤムチャはちょっと驚いたように目を瞠って、でも声のトーンは変えずに言った。
「なんでって…だっておまえ学校までサボって」
あたしは雑誌を床に放り捨て、体ごとヤムチャに向き直った。
「あたしがドラゴンボールを探しちゃいけないっていうの?」
「だって、おまえにドラゴンボールを探す理由なんてないだろ。ブルマ、おまえ少しおかしいぞ」
ヤムチャはまったく訳がわからないというように、茫洋とした目であたしを見つめた。あたしはその態度が気に入らなかった。
「あるわよ!」
瞬時にあたしは立ち上がった。ソファの軋む音が耳に届いた。
「ドラゴンボールを探す理由、あるわよ!」
ヤムチャは今度こそ本当に驚いて、目を瞬かせながらあたしを見上げた。
「…何だ?」
「あたしは恋人がほしいのよ!」
数瞬の間。そしてヤムチャの言った台詞。
「恋人って…だって、俺がいるじゃないか」
あんた、どの面下げてそんなことが言えるのよ。
あたしは熱り立った。
「あんたなんか恋人じゃないわよ!」
自分でもわからぬままに叫んでいた。止められなかった。
「あんたなんか…あんたなんか、いっつもプーアルとつるんでて、いっつも自分のことばかりしてて、本当はあたしのことなんてどうでもいいくせに!」
「ブルマ?」
「あたしのことなんて好きじゃないくせに!」
そうよ。あんたなんか、あんたなんか。
あんたなんか…あたしばっかり好きで、バカみたい。
あたしはソファに腰を下ろした。膝に置いた手を固く握った。俯いた瞳から、今にも涙が零れそうだった。絶対泣きたくなかった。
「…どうすればいいんだ」
ヤムチャがあたしの肩に手を伸ばしかけて、でもそうはせずに、あたしの顔を覗き見た。声が震えていた。あたしたちの顔はいまやくっつかんばかりだった。
あたしにだってわかってる。ヤムチャはあたしのことを好きでいる。でも、それだけじゃわからない。
「…キスしてよ」
あたしは震える声を押し隠して叫んだ。
「キスしてくれなきゃ、恋人だなんて思わない!」
あたしは顔を上げられなかった。涙を堪えるのが精一杯だった。
俯くあたしの肩にヤムチャの手がそっと触れて、あいつの唇があたしのそれをなぞった。
「…これでいいのか」
ヤムチャは静かに言った。それはひどく頼りなげな声だった。
「ダメ」
あたしは突っぱねた。こんなものじゃ許さない。
「もっとしてくれなきゃダメ」
甘さの欠片もない声と共に、あたしはヤムチャを見上げた。拳をゆるめた。
大きく開いたヤムチャの瞳が、あたしを捉えた。
あたしたちは瞳を閉じて、長い長いキスをした。
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