惰性の男
カップにコーヒーを注ぐ。
砂糖を入れる。1個、2個、3個…
掻き混ぜる。…溶けきらない。

「あっま〜い」
精一杯の顰め面を作ると、あたしはヤムチャに向かって舌を出してみせた。
「よくこんな甘いの飲めるわね」
「そうか?おいしいじゃないか」
ヤムチャはあたしがテーブルに戻したコーヒーを、美味しそうに啜りながら言った。
「じゃあ差し上げるわ。あたしはごめんだわ…やっぱりブラックにしようっと」
あたしは再びキッチンへと足を向けた。

最近、こんなやりとりが楽しい。
不思議ね。前と何も変わらないのに。
たぶん、きっと変わってないのに。

学校をサボって、あたしが自分の部屋で基幹を仕上げていると、ヤムチャがやってきた。
あたしは声をかけた。
「あら、おかえり」
「ただいま。ってそうじゃないだろ」
ヤムチャが拳を振り上げる。それはあたしの髪だけを優しく叩いた。
「またサボりやがって。しかも俺に何の断りもなく」
「だってつまんないんだもん」
お決まりのあたしの台詞を、ヤムチャは咎めることなく流した。
「せめて一声かけろよな。つい最近まではしつこいくらい言ってきてたくせに」
「あら、そうだっけ?」
あたしは惚けた。ヤムチャの苦言なんて、痛くも痒くもないわ。
ヤムチャは「やれやれ」と呟きながら(小声だったけど、しっかり聞こえたわ)、頭を一掻きすると、あたしの手元を覗き込んだ。
「ところで、何作ってるんだ?」
「エンジンよ。エアバイクの」
「また改造してるのか」
呆れ声と共に、ヤムチャはまた頭を一掻きした。もうすっかり癖ね。
「おまえのエアバイク、豪速すぎるって噂だぞ。そのうち取っ捕まるぞ」
神妙な顔でまた苦言。こいつって本当、苦労性ね。
「平気よ。逃げちゃうから。絶対捕まりっこないわ」
あたしは茶目っ気たっぷりに、舌を出してみせた。
「余計ダメだ」
ヤムチャはわざとらしく眉間を指で摘み上げると、あたしの部屋を出て行った。

夕食の後、なんとなくリビングのソファに座る。
ヤムチャも、なんとなくソファに座る。
あたしたちはくっつかない。ただ話をするだけ。
ただなんとなく話をするだけ。

なんとなく話をして、
なんとなく言い合いをして、
なんとなくコーヒーを飲んで…

そしてなんとなく、あたしはヤムチャの肩に頭をもたせかけるの。
なんとなくヤムチャの顔を見て、なんとなく目を瞑るの。
「おい、ブルマ…」
「平気よ、誰もいないわ」




「いないんじゃなくて、入れないんだよ!!」
ウーロンのボヤきが、あたしの耳には聞こえていた。
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