鳥の男
ウーロンたちから苦情がきた。リビングを独占するな、だって。
独占なんかしてないわよ。一声かけてくれればどけるわよ。だいたいここはあたしの家なのに。
リビングじゃなければ、一体どこで話すのよ。…部屋?それはちょっと抵抗あるなあ。
ヤムチャのことを信用してないわけじゃないけど(むしろ絶対安全だという気もするくらい)、なんだかなあ。あたしって結構マジメよね。
だいたい、どっちの部屋にすればいいのかしら。あたしの部屋?…はメカだらけだし。ヤムチャの部屋…う〜ん…

それとなくヤムチャの意見を聞いてみよう(本当にそれとなくよ。直接訊くほど、あたしだってバカじゃないわよ)と、あたしがヤムチャの部屋へと行ってみると、あいつは部屋中をしっちゃかめっちゃかにして、何やら荷物を纏めているところだった。
「何してんの?」
あたしは訊いた。
「これか?荷造りしてるんだよ」
そんなの見りゃわかるわよ。
「来週から武天老師様のところで修行だからさ」
ああ、そっか。そういや、そういう話が出てたっけ。
…なんだ。
あたしは落胆しつつある気分を抑えようと努めた。
「ハイスクールは?」
どうするんだろう。サボるのかしら。あたしには、あんなにうるさく言うくせに。
ヤムチャの返事は、軽くあたしの意表をついた。
「やめるよ。どっちみち俺には必要なさそうだしな」
そうか。そうよね。あんたは武道家なんだものね。
思わず黙り込んでしまったあたしに、ヤムチャはふと荷を詰める手を休めて、小首を傾げた。
「で、何か用か?」
「あ、ううん。なんでもないの」
あたしは大げさに手を振ってみせた。
用なら、もう解決しちゃったわ。しかも、問題自体がなくなるという方法でね。
「ふうん」
ヤムチャは納得しないように呟くと、再び荷造りに戻った。
あたしは部屋を見回した。
ヤムチャの部屋は簡素なものだ(今はしっちゃかめっちゃかだけど)。壁際に置かれたベッド、その向かい側に据え付けられた本棚。あるのは雑誌が何冊かと、ハイスクールでクラブの助っ人などをして貰ったトロフィー。
普通の部屋なのになあ。武道家を感じさせるものなんて、何にもないのに。
あたしの部屋はいかにも科学者って感じだけど。ヤムチャの部屋は普通の高校生の部屋だ。
でも、武道家なのよね。
あたしは溜息をついた。
「武道って、よくわからないわよね」
いきなりのあたしの言葉に、ヤムチャはちょっと面食らったようだった。
「修行して、強くなって、そこに何があるわけ?」
あたしにはわからなかった。
ヤムチャはあたしの質問には答えず、軽く頭を掻きながら(これは困った時のあいつの癖よ)あたしに訊ね返した。
「何があるって言われてもなあ。じゃあ科学には何があるんだ?」
そんなの明白よ。
「科学には社会貢献という理想があるわ。でも武道って、ほとんど自己満足の世界じゃない」
そこがわからないところよ。
「否定はしないさ。でも、鍛錬して他人を凌駕したいと思うのは、人間の本能だろ?」
「でも、負けちゃったじゃない」
あたしはヤムチャが弱いとは思ってないけど。でも、負けちゃったじゃない。
あたしが科学に感じる探究心と、こいつらの武道に向ける想いは、どこか違うのよね。
「今度は負けないさ」
ヤムチャはそう言ったけど、そこに確信があるとは思えなかった。

「1週間か」
ヤムチャの部屋を後にして、あたしは廊下で1人ごちた。
淋しいというより、変な感じ。あいつはずっと、ここにいるものだと思っていた。

あたしたちは『普通に』過ごしていた。
ウーロンやプーアルは、もう何も言わなくなった。ヤムチャがあと1週間しかいないとわかった途端に。
あたしはそれが嫌だった。まるで同情されてるみたいじゃない。
別にいなくなったって平気よ!今生の別れじゃないんだし。


あたしはその日も学校をサボっていた。今週はもうサボりっぱなしだった。
もう行く気しないくらい。もともとつまらなかった場所だし。
あたしが床に座り込んで、必要のまったくないパーツの整理をしていると、ヤムチャがやってきた。
「あんた、学校は?」
あたしは不審を抱いた。こんな時間にあんたがここにいるなんて。
「もう終わりだ。部屋の整理もしたいしな。立つ鳥なんとやらだ」
立つ鳥。その言葉があたしの心に刺さった。
「まあそれで、ちょっとこの機会に苦言を呈しておこうと思ってな」
ヤムチャはあたしの前に座り込み、胡坐をかいた。
「おまえ、もうちょっとハイスクール行けよ。せっかく首席なんだからさ。少しは格好つけとけ」
この『もうちょっと』という部分に、あたしは笑った。
「気が向いたらね」
「おまえの気はえらく不安定だからな」
それはあんたも同じよ。
そうね。…同じよ。
なぜかこの言葉を、あたしは口にできなかった。
ヤムチャはさらに続けた。
「それからイチゴを食べすぎるな。これは忠告だ」
あたしはまた笑った。
「以上2点。気をつけるように。…ま、適当にな」
今度はあたしは、声を立てずに笑った。本当にあんたって、どこまでも決まらないんだから。
あたしが笑いをおさめる間もなく、ヤムチャは立ち上がり、ドアの方へと歩きかけた。
と、足を止め、あたしを振り返った。
「そうだ。今度ドラゴンボールを探しに行く時は、俺に教えろよ」
「え?」
「俺が止めに来てやる」
あたしは息を呑んだ。ヤムチャはすぐに顔を前へと戻し、再びドアへと向かった。
「ヤムチャ!」
あたしはヤムチャの背中に向かって叫んだ。
どうしても訊けなかった言葉。でも、今なら訊ける。
「あんた、またここに戻ってくる?」
ヤムチャは振り向きざま笑って答えた。
「部屋があればな」


あるわ。あるわよ。決まってるじゃない。
ここをどこだと思ってんの。天下のC.Cよ。

部屋なんてあり余ってるんだからね。
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