使われる男
ワッフルコーンにトリプルベリー、トッピングはフレッシュイチゴ。ダブルで乗せちゃお。
「ダメだ」
賑やかに移動するクラスメートたちの中、やっとのことで捕まえたヤムチャは、あたしのステキな計画を一言の元に切り捨てた。
「なんでよ?」
「なんでって、まだ授業終わってないだろ」
ハイスクールの廊下の片隅。周囲の好奇の目にもめげずに、ヤムチャはあたしに向かって眉を吊り上げてみせた。
「いいじゃない。もう5限目よ」
あたしにしては、がんばったほうよ。
あたしの突きつけた事実に対し、ヤムチャには別の解釈があるようだった。
「だからこそだ。せっかく5限まで粘ったのに、勿体ないじゃないか」
何が勿体ないんだか。だいたい、そんな激励文句ってある?
あたしはとっておきの切り札を脳裏から引き出した。
「課題やってあげないわよ」
そう言い終えないうちに、ヤムチャは慌ててあたしの口に手を当てた。後ろめたそうな目つきも隠さず(というか、隠せないのよねこいつ)、周囲を見回す。小声で咎める。
「おまえ、そういうこと大きな声で言うなよ…」
「何よ、本当のことでしょ」
あたしが勝利を予感したのもつかの間。
「とにかく。あと1限なんだから我慢しろ。そうしたらダブルだろうがトリプルだろうが付き合ってやる。いいな」
ヤムチャはらしくもなく居丈高に言い放つと、あたしを教室へと押し込んだ。
その日ヤムチャのクラスに課題が出なかったということをあたしが知ったのは、しばらく後のことだった。


あたしは約束を守った。でも、ヤムチャは約束を守らなかった。
なぜなら、あたしが守らせられる状態じゃなくなったからだ。
「いった〜い。もう、筋違えるのって、なんでこんなに痛いの」
あたしはリビングのソファにうつ伏せに寝転がって、悲鳴をあげた。
「ははは。バチだ、バチバチ。いつもサボってばかりいるからだ」
ヤムチャがさらにあたしの上で、能天気な声を出した。
「何言ってんの。あんたがサボるなって言うから、真面目に授業出たんじゃない。それがこの様よ」
あたしは首から上だけを動かして、背中に座るヤムチャを見た。ヤムチャがあたしの髪を、優しく掻き分けた。
「もう、体育なんて大嫌い!」
さらに叫ぶあたしの首筋を、ヤムチャの指がなぞった。
「ははっ。でも、おまえ別に鈍いわけじゃないのに、なんで運動ダメなんだろうな?」
今度は背中に手を触れた。あたしはブラのホックを外した。
「性に合わないのよ」
「非科学的だからか?」
心を読んだようにそう言って、あたしの体を揉み解す。
「わかってんじゃない」
その言葉と共にあたしは全身の力を抜き、あいつに体を預けた。腕を頭の下で組み、瞳を閉じた。
「それにしても、あんたマッサージ巧いわね」
あたしは素直に感心した。
ほとんどプロ級だわ。誰しも取り柄はあるものね。
あたしの賞賛の言葉に、ヤムチャは衒うことなく言ってのけた。
「筋肉の仕組みがわかっているからな」
なるほど。説得力あるわね。
あたしはヤムチャの未来を案じてあげた。
「あんた自分で戦うより、サポートするほうが向いてるんじゃない?」
「おまえ、微妙に厳しいこと言うなよ…」
ヤムチャは言い澱みながらも、あたしの背中を押し続けた。
耳に痛いのは、真実を掴んでいるからよ。
あたしは、その言葉は言わないであげた。

あたしはソファから起き上がり、片腕を大きく回してみせた。
「ありがと。すごく楽になったわ」
「どういたしまして。俺にも原因はあるからな」
あらあんた、責任感じてんの?昼間はあんなに強気だったくせに。…あんたもまだまだ甘いわね。
あたしは今度は半身を起こしたまま、ソファに仰向けになった。訝るヤムチャに、黒いマイクロミニスカートの中を指し示す。
「じゃあ、次は腿!腿やって!!」
「腿っておまえ…」
しばしの沈黙の後、口を開きかけたヤムチャの言葉を先んじて、あたしは事実を突きつけた。
「知らないの?腿のマッサージはセルライト除去のリンパマッサージの基本なのよ」
どうせ、あんただって知ってるんでしょ。
「まったく、おまえはそんなことばかり知ってるんだからな」
ヤムチャは呆れとも諦めともつかない息を吐いた。
あいつの表情を確認して、あたしはスカートをたくし上げた。
平気よ。ホットパンツはいてるもん。




「これは入ってもいいのかなあ」
「微妙だな…」
平然とするあたしとは裏腹に、プーアルとウーロンがドアの向こうで苦悩していた。
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