わからない男
例の赤いワンピースを身に着けて、あたしはヤムチャの目の前でくるりとターンしてみせた。
「似合う?」
「似合う似合う」
ヤムチャは軽く連呼した。あたしはあいつに詰め寄った。
「なんだよ?」
「感情が篭ってない!」
あんたって、迎合してるのが見え見えなのよ。
「いや、だから似合うって」
はりあいないこと、この上ない。

「しかし、服に合わせて髪を切るっていうのがわかんないよなあ」
「女ってそんなものよ」
…そうよね?


珍しくもヤムチャが二つ返事でOKを出したので、あたしはショッピングに行くことにした。
手始めにティールーム。ヤムチャは「いきなりか」とか言ってたけど、いいじゃない。行きたいんだもの。
公園を南に見下ろして、すごくいい風が吹くの。街の中心を少し離れた閑静な店。いつか来たいと思ってたのよね。正直、ヤムチャと来ることになるとは思わなかったけど。
「今日はストロベリーサンデーの気分かな」
あたしが即行でオーダーすると、ヤムチャが痛いところをついてきた。
「おまえ、ダイエットするって言ってなかったか?」
うるさいわね。せっかくいい気分になってるんだから、そういうこと思い出させないでよ。
「いいの。イチゴは別なの」
これは本当だ。世にデザートは数あれど、あたしはフレッシュイチゴが一番好き。
「おまえのイチゴ好きは徹底してるからなあ。神龍にイチゴ頼もうとしたやつなんて、きっとおまえくらいだ」
ぐっ。あたしはサンデーを喉に詰まらせた。ヤムチャのコーヒーを引っ掴んで流し込む。…甘い。あんたこれ何個砂糖入れてんのよ。
甘すぎるコーヒーに閉口しながら、あたしは事の出所を確かめた。
「あんた、何でそれ知ってんのよ」
「悟空が前言ってた。でもおまえ、いっぱいのイチゴなんて自分で買えるだろうに」
孫くんってば、本当に口が軽いんだから。っていうか、あたしそんなこと言ったことあったっけ。
「わかってないわね。買うんじゃなく貰うところが、ロマンなんじゃない」
ここでこの話は終わった。ちなみに、ヤムチャは砂糖を3個入れていた。立派な甘党だとあたしは思う。

あたしたちは、店から店へと渡り歩いた。ヤムチャは根気強くつきあってくれた。その根気、今までどこに隠してたのよ。もっと早く出してくれればよかったのに。
そろそろ秋用のドレスを用意しといてもいいかなと思って、そういう時は必ず行くことにしているオートクチュールの店へと向かった。
隣に新しい店ができている。ショウウィンドゥに濃緑のワンピース。悪くない。
黙って後ろに突っ立っている(もうちょっと参加してくれてもいいのに。気が利かないわよね)ヤムチャの腕を引っ張って、店に入った。
店内は色の洪水。流行を無視したビビッドカラー。ある意味わかりやすい。なかなかいいじゃない。
ウィンドゥのドレスを頼んで、商品を漁りにかかる。見つけたのは、今着ているのと似た形の、グレープカラーのロングキャミソール。ありそうで見かけない、なかなかに鋭いアイテム。
「これどう?ちょっといいと思わない」
ヤムチャの目線が、今着ているワンピースとそれとを往復した。
はいはい、どうせわかりゃしないのよね。訊いたあたしがバカだったわ。
先に頼んだ緑のドレスを受け取って、フィッティングルームに入った。

そのドレスは、あたしの目に適った。プレタポルテにしてはラインがきれいに出ている。
最後に一応ヤムチャに見てもらおうと思って(あいつどうでもいいような顔してるくせに、時々丈がどうとかうるさいのよね)、あたしはルームドアを開けた。ヤムチャは先程とは別の店員に捕まっている。その店員が問題だった。
わざとらしい品。媚びた瞳。
…ちょっと、あんた、客の連れに色目つかってんじゃないわよ。ヤムチャもヤムチャよ、何であんな女と話してんの。
ヤムチャがあたしに気づいた。あたしは店員を思いっきり睨みつけてやった。
即行でドレスを脱ぐと、その最低な店を後にした。
「やっぱりプレタポルテはダメね!店員がなってないったらないわ!」
「そうだな」
またもや迎合する男を、あたしは無言で眺めやった。

漲る怒りを解消するべく、あたしはショッピングに力を注ぐことにした。昇華行動よ、建設的でしょ。
ヤムチャと来るといつもこう。そして買いすぎちゃうのよね。
あたしの買い物が長すぎるってヤムチャは言うけど、あんただって悪いのよ。
いい加減、ああいう手合をわかりなさいよ。本当に鈍い男。

あたしは今着てる赤いワンピースを買った店に行くことにした。もちろん、この姿を見せに行くのよ。
あそこの店員は男なんだけど、ちょっといい男なのよね。
ヤムチャとどっちがいい男かって訊かれたら、まあ迷うところだけど。
…癪ね、こういうのって。

目当ての店は、大通りの向こうにある。横断歩道の信号が変わるのを、2人並んで待っていた。長い待ち時間が、後ろに山のような人だかりを作っていた。
ふいにヤムチャが、のんきな声であたしを呼んだ。
「なあ、ブルマ」
「何?」
当然、あたしはヤムチャに顔を向けた。
…キスされた。
信じられなかった。
こんな往来のど真ん中で。こいつ、こういうことするやつだったっけ?どこでこんなこと覚えてきたの?
パニックが治まる間もなく、信号が変わった。動き出す波の中で、あたしが一瞬(本当に一瞬よ)ぼうっとしていると、ヤムチャに手を引っ張られた。
そして、その手を、横断歩道を渡り終えても、離さない。
どうなってんの?

…思考停止。

何だかもうわけがわからなくなってきたその時、店に辿り着いた。
ヤムチャが手を離した。あたしは何となくウィンドゥに目をやった。
赤いワンピースがあったところに、新しい服が飾られている。
ペールトーンのシンプルなラインで、くびぐりがつまってて、ちょっぴり清楚な感じ。これは…
あたしはぼんやりと呟いた。
「長い髪が似合いそうだなあ…」

そう言って店に入ろうとするあたしを、ヤムチャが微妙な表情で見ていた。
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