往く男
あたしは時々料理を作る。本当に時々。
気が向かない時に。

「こりゃ一体何だ?」
カメハウスのリビングの、テーブル一面に並べられたあたしの料理をひと目見て、不思議そうにヤムチャがあたしを見返した。
「イースタンの料理よ」
メインを勝手に取り分けながら、あたしは答えた。
「イースタン?」
「前時代の地域名よ。本で見たの。体にいいらしいわよ」
あたしの言葉を聞いて、ヤムチャはますます困惑を深めたようだった。

料理のとある側面に気づいたのは、最近のことだ。
前に自分でも言ったことだけど「科学実験みたいなもの」――今では、「みたい」じゃなくて、すっかりそう感じている。言霊ってやつかしらね。
つまりなんというか、畑違いの実験に昂じている感じ。いい気分転換になるわ。
包丁は使わなければいいわ。そんなものフードプロセッサーにやらせときゃいいのよ。
そんなわけであたしは、研究に行き詰まりを感じると料理をするようになった。カメハウスで。
だってC.Cには調理メカがあるし。それにせっかく作っても、ウーロンもプーアルもあんまり食べてくれないのよね。

さて今日の実験は、健康豚と馬鈴薯塊茎の化合及び醤油汚染(肉じゃが)、アジ亜科魚類の解剖(鯵の開き)、薬草調合(青物のおひたし)。
ヤムチャは忌憚のない感想をくれた。
「この魚は、どうして最後までナイフを入れてしまわないんだ?」
それがあたしにもよくわからないのよ。
「この菜の上の木屑は食べられるのか?」
たぶんね。
いろいろ意見はあるでしょうけれど、食べ尽くされてるんだから許されてるんだと思うわ。そんなもんよね。

食後のコーヒーを飲みながら、ヤムチャがふいに呟いた。
「おまえ、料理は好きじゃないんじゃなかったのか?」
あたしが急に料理を作ったこと、不審に思っているわね。まあ、当たり前か。
「気分転換よ」
あたしは事実を述べた。
「また座礁したのか」
ヤムチャは珍しく真実(に限りなく近いもの)を突いた。…ついに、こいつにまで見破られるようになっちゃったか。でも、あたしはすまして答えた。
「ちょっと浅瀬に乗り上げただけよ」
そうよ、いつもいつも順風満帆というわけにはいかないわ。でもだからこそ、やり甲斐もあるというものよ。
見てなさい、すぐ軌道に乗せるから。あたしは天才なんだからね。


「ブルマさん、本当に行かないんですか?」
プーアルが暗にあたしを急かしている。
「悪いけど。今、手を離したくないのよ」
あたしは手元の資料から目は離さずに答えた。
「おまえは本当に…」
「冷たいんでしょ。わかったわよ」
ウーロンの定番のセリフを制すると、2人はやっとあたしの部屋から出て行った。

かれこれ2ヶ月ほどカメハウスに行っていない。
2ヶ月って長いかしら。短いかしら。微妙なところよね。ウーロンは例の台詞を連呼するけれど。
ヤムチャのことは、正直言って、あまり気にはならないのよね。
今頃何してるかしら――修行に決まってんじゃない。
ちゃんとやってるかしら――まあやってるでしょうよ。
成果は上がってるのかしら――怪しいもんだわね。

そんな感じよ。気にするほどのものでもないわよ。何かあったら連絡くるでしょうし。便りがないのは何とやらってやつよね。
そんなもんでしょ。
でもだからって、あいつのこと好きじゃないのかしら、とはもう思わない。
だってそんなもんでしょ。




「やっほー、ヤムチャ」
3ヶ月ほど経ったある日の昼下がり、あたしはカメハウスへヤムチャに会いに行った。ヤムチャはあたしの顔を見るなり、開口一番こう言った。
「また座礁したのか?」
まったく、あんたはそれしか言葉を知らないわけ?芸がないにも程があるわ。
「違うわよ。ちょっと碇を下ろしたのよ」
ふふん、見なさい、あたしのこのスムーズな切り返し。
あたしの研究は一段落していた。だから来てあげたのよ。感謝してよね。
いつもとは違う香りのコーヒーを、あたしはゆっくりと啜った。ヤムチャはあたしの隣に腰を下ろした。テーブルにはランチさんお手製のBLTサンド。
でもヤムチャはそれには手をつけずに、いつになく神妙な顔をして、あたしの耳元で囁いた。
「ちょっといいか」
何かしら。
あたしはヤムチャについて外へ出た。あいつの方からあたしを引っ張り出すなんて、珍しいこともあるものね。…学習したのかしら。
でもその思いはすぐに消えた。ヤムチャはあたしの手も取らず(全然変わってないわ)1人さっさと歩き続け、カメハウスから半kmほど離れた例の樫の木のところで立ち止まった。あたしに木陰で待つよう手振りで示すと、目を閉じ拳を握り締めて何やら瞑想し始めた。
…何やってんのかしら。
まったく、少しくらい説明してくれたっていいじゃない。でもどこかで見たアクションね。
たっぷり10分は経った頃(訳もあてもなく待ってるのって結構キツいわよ。10分で終わってよかったわ)、ヤムチャに変化が訪れた。
あたし、疲れてんのかしら。始めはそう思ったわ。
目を一擦りして、まじまじとヤムチャの右手を見た。
手が幾重にもブレて見える。薄らぼんやり光ってる。
これはひょっとして…そうあたしが思った途端、それは拳から飛び出して、不完全な球を形づくった。驚きと共に声が出た。
「これってもしかして…気?」
「ああ」
やっぱり。
あたしは目を凝らしてそれを見た。フライパン山や武道会、亀仙人さんや孫くんの放つそれを、これまで何度も見てきたけれど、これほど間近で見るのは初めてだった。胸が高鳴った。
「触ってみてもいい?」
「ダメだ。まだコントロールできないんだ」
なーんだ。ちぇっ。
やっとモルモットが手に入ったと思ったのに。
「いつからできるようになったの?」
「数日前だ。みんなには内緒だぞ。こんなの見せても何の自慢にもならないからな」
あたしは笑った。こいつにもプライドってものはあるのね。
でも、あたしには見せてくれたわけだ。あんたやっぱり、かわいいとこあるわねえ。
ヤムチャはもっと出し続けていたかったみたいだけど、本人の意に反して、それはすぐにかき消えた。
ふーん、それなりに成果はあがってんのね。まだまだ道のりは遠そうだけど。あたしと同じね。


さて今日の実験は、羊臓物化合燃焼物(キドニーパイ)、玉石混合植物無味無臭加工(大量の茹で野菜)、穀類の水分調節(ポリッジ)。
「今度はどこの料理だ?」
「ウェスタンよ」
前時代の微食で有名な地方よ。
実はこのキドニーパイってやつ、賛否両論なのよね。ある数学者が大好きだって聞いて、それで作ってみたんだけど。
ヤムチャは忌憚のありすぎる意見をくれた。
「食べ物とは思えない匂いだな」
咎めてやりたいところだけど、まったく同意だわ。
「この野菜、味がないぞ」
あたしは黙って塩を手渡した。
これは明らかに許されてないわね。あたしも許せないわ、こんなもの。
「もう作らないわ」
あたしは苦笑と共に、フィリングを吐き出した。

…ま、こんなこともあるわよね。
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