読まれる男
酷い嵐ね。これだから季節の変わり目は嫌なのよ。

「やっぱり無理だって」
あたしは受話器を戻しながら言った。
「カプセルも何も持っていかなかったから、適当に宿を取るって」
カメハウスのリビングで、あたしはヤムチャと2人、今ここにはいない人間の安否を気遣っていた。
クリリンとランチさんだ。夕刻買い物に出かけた2人は、この季節外れの嵐のため、完全に町で足止めを食らっていた。
「大丈夫かなあ」
ヤムチャが心配そうに呟いた。最もこいつの場合、それでもまだまだ緊張感に欠ける声なんだけど。
「平気じゃない。どこも開いてなかったら、C.Cのホテルに行くよう言っといたわ。あたしの名前を出せばフリーパスだから」
最初からそうしてもいいんだけど、クリリンが拒んだのだ。あいつって変なところで律儀よねえ。
あたしは窓の外を見た。
「本当に嫌になっちゃうわねえ。これじゃ、あたしも帰れないわ」
「どうせ泊まるつもりだったんだろ」
「失礼ね。違うわよ」
明日は研究所の定例会がある。今日は帰って資料を纏めるつもりだった。
あたしがそう言うと、ヤムチャは呆れたようにあたしを見た。
「昼間やっときゃよかったのに。こんなとこ来てないで」
「気が乗らなかったのよ」
カメハウスはあたしにとって、川の中の石なのよ。最も今日はその川が増水してしまったわけだけど。

「うん、なかなか旨いじゃないか」
あたしの料理を食べながらヤムチャが言った。あたしは複雑な心境だった。
今日はレシピも何も用意していなかったので、あたしはしかたなくランチさんのレシピ帳の中から、適当にメニューを選んだ。その途端、賛辞の嵐だ。失礼しちゃうわ。
亀仙人さんはというと、ウミガメに咎められながらもビールをガブ飲みし、それと同じペースで、料理を口に突っ込んでいる。
いつもは小難しい顔つきで箸をつけるのに。何よね、もう。
失礼しちゃうわ。
あたしは再び呟いた。

この天気じゃ夜の修行もなしね。あたしはそう思っていたのだけど、ヤムチャはリビングの片隅で、腕立て伏せなんかをやり始めた。そら恐ろしい勢いで。
まったくクソ真面目なんだから。長所と短所は紙一重って、本当ね。
…まあ、自分の部屋に篭らないだけマシか。
すっかり酔い潰れてしまっている亀仙人さんを横目に、あたしはヤムチャに話しかけた。
「今どういうことやってるの?」
ヤムチャはまったく腕立て伏せのスピードを緩めずに答えた。
「わりとそれっぽいことだよ」
全然答えになってないわよ。
「武天老師様に提示されたメニューと、自主トレだな」
やっぱり答えになってないわ。ひょっとして、こいつ頭悪いんじゃないかしら。
ひょっとしなくてもそうか。体しか鍛えてないんだものね。
孫くんもそうだし。クリリンはまだいくらか話がわかるけど、頭がいいとは言えないわ。
何であたし、そんな連中とばかり知り合うのかしら。全然テリトリーが違うのに。
…ドラゴンボールのせいか。
ドラゴンボールがなかったら、あたしは今ここにはいなかったわ。孫くんに会うことも、ヤムチャに会うこともなかった。
そしてそのドラゴンボールは、うちの蔵にあったわけだ。
神様も粋なことするわよねえ。

あたしは下着を脱ぎ捨てた。
男2人がリビングに篭りきっていることを確認して、バスルームに足を踏み入れた。
今日は人が少ないから、思いっきり長風呂しちゃお。
ここに学術書の1冊もあれば、3時間は浸かっていられるのになあ。本当、勝手知ったる他人の家だわ。
しかし、あたしの優雅なバスライフは30分で幕を閉じた。いきなり照明が消えたのだ。停電かしら。
まったく、何よね。自家発電機くらいつけときなさいよ。やっぱり他人の家は不便だわ。
タオルを1枚身につけて、何か灯りになるものはないかとラバトリーを漁っていたところ、それがお尻に触れた。
「きゃああああああああ!!!!!」
振り返ったあたしの目に映ったもの…

信っじらんない!!
つーか最悪!!
あたしタオルしか身につけてなかったのよ!?これがどういうことかわかる!?冗談じゃすまないわよ!!

…亀仙人さんだった。


「武天老師様…」
あたしにローブを羽織わせながら、ヤムチャは呆れたようにじいさんを見た。
ちょっとあんた、何落ち着いてんのよ!もっと怒ってよ!!彼女の貞操の危機よ!!比喩じゃないわよ!!
「勘弁してくださいよ…」
勘弁してほしいのはこっちよ!!
じいさんはのんきに言い放った。
「いやあブルマちゃんが心配でのぉ」
あんたが不安要素よ!!
一頻りあたしとじいさんが揉みあった(文字通りの意味じゃないわよ。あたしは半裸なんですからね!)後、じいさんをバスルームの外へと追い出し、自らも出ていこうとするヤムチャの裾を、あたしは引っ張った。
「トリートメント流したいから、バスルームの外で見張ってて」
当然の要求よ。

あたしはヤムチャの部屋で寝ることにした。この状況で一人で寝るなんて冗談じゃないわ。狼の群れに裸で飛び込むのと同じよ(相手は一人だけど)。
無用心?そんなことないわ。こいつは何もしないわよ。情けないけど確信があるわ。それに…大丈夫よ。
さっさとヤムチャの部屋に布団を敷くあたしを、あいつは呆れたような顔で見ていた。
「本当にここで寝るのか?」
「当たり前でしょ。今夜一人で寝ろっていうなら、今すぐここを出ていくわよ!」
外は嵐よ、でも出て行くわよ。その方がまだマシよ。
「まったくおまえは…」
まったく何よ。その台詞はじいさんにぶつけてよね。
それきりヤムチャは何も言わず、ひたすら頭を掻いていた。

あたしたちは並んで座っていた。ヤムチャの部屋の床の上。ベッドに背を持たせかけて。
言っとくけど、そういう雰囲気じゃないわ。まだ眠る気になれなかった、それだけよ。
「まったくおまえは無茶苦茶だなあ」
ヤムチャがぽつりと言った。さっきの続きかしら。
「無茶苦茶なのはじいさんでしょ」
あたしはつっけんどんに答えた。
「あんた、本当にあのじいさんを師と仰いでるの?欺瞞じゃないの?」
「武天老師様は含蓄のあるお方だよ」
ほとんど洗脳されてるわね。
「ま、いいけど。今夜はちゃんとあたしを守ってよね」
それがあんたの使命よ。
あたしの言葉にあいつは答えなかった。あたしはなんとなくあいつの顔を見た。
この1年でちょっとは精悍になったような気もするけど。でも変わらないのよね。
その上に乗る表情が。まったくのんきなもんだわよ。
その時あたしはふと気づいた。あいつがあたしを見つめている。
いいわ、あんたの考えを当ててあげる。
「悶々としてるわね」
そんなことだろうと思ったわ。
「え?あ、いや、そんなことは…」
図星ね。本当に、あんたって嘘がつけないんだから。
「必要かどうかじゃないわ。あんたがどうしたいかなのよ」

こう言っときゃ、こいつは何もしないわよ。

「おやすみ」
あたしはベッドに潜った。
あいつは黙って布団に入った。
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