地の男
カメハウスには、専属の修理工が1人いる。あたしだ。


「ずいぶん古い型ねえ」
あたしはレンチを放り投げ、ディスプレイカバーを外した。
「直りませんか?」
クリリンが遠慮がちに言った。
「そりゃ直せるわよ、あたしなら。でも、もっといいの買い換えたら?お金はあるんでしょ?あたしが前にあげたダイヤは?」
「あれはウミガメさんが…」
尋ねてはみたものの、あたしにはクリリンの返事を聞く気は、ほとんどなかった。あたしはテレビの裏側に回りこんだ。
「うわあ、なにこれ。VHF端子が同軸で、おまけにUHFがフィーダー直付けじゃない。一体、何十年前のやつよ、これ」
家は主に似るって本当ね。しぶといったらありゃしない。
あたしの質問を、今度はクリリンが無視した。傍らであたしのツールボックスを弄っていたヤムチャが、不思議そうに呟いた。
「なあ、何でレンチが9つもあるんだ?」
「用途別よ。今使ってるのは二面幅をスクリューギアによって自由に変えられるアジャスタブルレンチ。あんたが持ってるのは仮締めと本締めが使い分けできるコンビネーションレンチ。そっちにあるのはラチェット機構を取り入れたラチェットレンチ。それからそっちは…」
「あ、もういい、もういい」
何よ。自分で訊いたくせに。
あたしは手でコードを手繰り寄せながら、視線を正面の不躾な男に向けた。
「あんた、男のくせにこういうのてんで弱いわよねえ。こういうのは普通、男の領分よ」
ヤムチャは、なぜか胸を張って答えた。
「俺は荒野育ちだからな」
それが何の関係があるのよ。
「直りませんか?」
再びクリリンが言った。
「いいわよ、じゃあ直してあげるわ、ちょっとヤムチャ、そっち押さえて」
あたしはあたしの助手に命令した。


本当にヤムチャは男のくせに、こういうのに疎い。こいつってば、いろいろ疎すぎよね。何がとは言わないけどさ。
そして、言葉の選び方も知らない。
「おまえって、よくわからないよな。朝っぱらからシャワー浴びてたかと思ったら、こういう埃やオイルなんかには平気で塗れるしさ。本当にきれい好きなのか?」
なんて失礼なやつなの。
「朝のシャワーは頭を活性化させる儀式よ」
あたしは朝がひどく苦手なのだ。それはこいつも知っている。
「埃はともかく、オイルは慣れよ、慣れ。物心ついた頃からやってるからね。オイルは友達みたいなものよ」
この台詞にあいつは軽く苦笑した。何か変なこと言ったかしら、あたし。
あたしが訊き返す間もなく、ヤムチャは次の話題へと進んだ。
「物心ってどのくらいだ?」
「さあね。エレメンタリースクールの頃にはすでにやってたけど、それ以前の記憶は…ちょっとこれ持ってて」
会話もそこそこに、邪魔な端子を数本あいつに持たせる。あたしはケーブルの束を引っ張り出した。
「あらら。コネクタが共通だわ。さすが年代物ね」
「コネクタ?」
「これよ。この配線を接続しているパーツ。こういうふうに2本の配線の末端に5ピンコネクタを使うのはよくないのよ。これだと絶縁不良となった場合チェックしようにも2本が共通のためにどれをチェックしても絶縁不良となっちゃって結局圧着接続部を切断分離してチェックを行わなきゃいけないからコネクタの意味が…」
「あ、もういい、もういい」
何よ。自分で訊いたくせに。会話のマナーってものが、全然なっちゃいないんだから。
「これは修理工泣かせねー。しょうがない、作り直しといてやるか」
あたしってマメよね。
でも、このあたしの言葉に、またあいつは苦笑した。何なの、さっきから。気になるわね。
咎めようとしたあたしの脳裏に、1つの記憶が甦った。
「あっ!そうだ、流れるプールを作ったわ。あれはプリスクールの年長の時だったかしら」
物心の話だ。なぜかいきなり思い出した。
「プールを作った?C.Cにか?」
違うわよ。だいたい、それは建築業者の仕事でしょ。
「隣区のプールにパドルホイールを取り付けたのよ」
「パドルホイール?…あ、やっぱいいや。それで、怪我人は出たのか?」
何でそこで怪我人が出るのよ。本当に失礼なやつね。
「プールが流れたくらいで、怪我人が出るわけないでしょ。ただそのプールって競泳用だったらしくて、その年の大会が中止になってたけど」
でも、プリスクールの子たちはみんな喜んでいたわ。大会なんて毎年あるんだし、1回くらい潰れたってどうってことないわよね。
「でも、そんなもんよ。子どものできることなんて、たかが知れてるわよ」
かわいいもんだわよ。
あたしがそう言うと、ヤムチャは黙った。


あたしは、カメハウスの屋根の上にいた。ついでにアンテナも見ておこうと思ったのだ。ほら、あたしって完璧主義者だから。
暖かな陽気だった。午後の日差しが時折流れる雲に隠れて、心地良い影を作っていた。
アンテナは、さすがに型がどうこうということはなかったけれど、少し腐食ぎみの部分があったので(潮風のせいね、きっと)、パーツを交換しておくことにした。
庭の楡の木の向こう側に、ヤムチャの姿が見えた。あいつはクリリンと組み手をしようとしているところだった。あたしに気づくと手を振ってみせた。あたしは手を振り返した。
うん。なかなか優雅な修理工ね。
あたしは屋根の上で横になった。そして目を閉じた。


「ブルマ!」
うるさいなあ。
「ブルマ!!」
ちょっと、静かにしてよ。
ヤムチャったら、あたしが睡眠の邪魔されるの大嫌いだって知ってるくせに。一体何だっていうのよ。
あたしはうっすらと目を開けた。声の主は見えなかった。あたしはしぶしぶ体を起こした。
…はずだった。

あたしの足は宙を蹴った。続いて体が宙に浮いた。
あたし、空を飛んでる?
そう感じたのも一瞬のこと。すぐにあたしの体は一方的に、下へ下へと降り始めた。
下へ、下へ。
どんどんどんどん…
ちょっと。ちょっと、ちょっと!

気がついたら、ヤムチャの腕の中にいた。
あたしは完全に目を覚ました。
「お…おまえ!!」
ヤムチャの怒号が、覚醒したばかりのあたしの頭に響き渡る。
「バッ、バカやろう!!何やってんだ!!」
あたしは地面に足を降ろした。九死に一生を得て。
…助手がいてよかった。
あいつが初めて役に立ったわ…


カメハウスには、専属の修理工が1人いる。それと、専属の助手もね。
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