返す男
プーアルがカメハウスにやって来た。
「あんたもよく来るわねえ」
微かに呆れを漂わせてあたしがそう呟くと、ヤムチャがあたしに意味ありげな視線をよこした。
何よ、その目は。あたしはいいのよ、決まってんじゃない。
これまであまり触れなかったけど、プーアルは本当によくカメハウスにやって来た。ヤムチャに会いに。まったく、従順よねえ。あいつのどこがそんなにいいのかしら。
あいつらの事情にも興味はあるけれど、それはひとまず置いておいて、あたしはこの事実に便乗させてもらうことにした。
「ブルマさん、これ今週の郵便です」
「はい、ごくろうさま」
あたし宛にC.Cへと届く郵便物を、ついでに持ってきてもらうのだ。緊急を要する手紙なんかほとんどないけど、帰って郵便物が溜まっているのを見ると、うんざりするのよね。それに時々は、あいつに刺激を与えておかなくちゃ。
あたしは久しぶりに見たその封筒を手に取って、意識的に声を高めてみせた。
「あ、この子やっときたわね。まったく時間かけるわよね。もっとサクッとくればいいのに。どっちみちダメだけど」
「…何なんだ、その手紙は?」
思った通り、ヤムチャは話に乗ってきた。まったく、あんたほど引っかかりやすい男もいないわね。
「ラブレターよ」
あたしは思いっきり見せびらかしてやった。鼻先に当てつけられたそれを見て、あいつは目を丸くした。
「おまえ、そんなもの貰ったのか?」
明らかに動揺してるわね。もう少し隠しなさいよ。
「今さら何言ってんの。時々くるわよ、こういうの。あんたが気づかないだけよ」
嘘じゃないわ。『時々』の捉え方は、人それぞれよ。
ヤムチャはしばし呆然とラブレターを見つめてから、ふと気づいたように呟いた。
「でも、俺のことは?」
何のことを言っているのか、あたしにはピンときた。こいつがそういう思考を巡らすなんて、珍しいわね。おもしろいから、ちょっと苛めちゃお。
「忘れられたんじゃない?」
あたしは、ことさらこともなげに言ってのけた。
「あんた、顔はいいけど、存在感薄いから」
いるわよね、そういう男って。
それきりヤムチャは黙ってしまった。…ちょっとダメージ与えすぎたかしら。
キッチンでこのやりとりを聞いていた(らしい)ランチさんが、コーヒーカップの乗ったトレイ片手に、嬉しい一言を言ってくれた。
「ブルマさん、おモテになるんですのねえ」
この止めの台詞に、目の前に置かれたコーヒーに手もつけられないあいつを見て、あたしは笑った。
しょうがないわね。種明かししといてあげるわ。
「あたしがじゃないわよ。C.Cがよ。この時期にくるのはみんなそうよ」
こう言っておけば、後でプーアルが教えてくれるでしょうよ。
あんたの従順な密偵がね。


さて、その後ヤムチャに何か変わったところがあったかというと、そんなことはなかった。あいつはそういう男よ。きっと一生変わらないんじゃないかしら。
あたしだってちょっと遊んだだけだから。何の伏線でもないわよ。たぶんね。
それにしても、時々あたし思うのよね。あいつ、二重人格なんじゃないかしら。
戦っている時と日常のギャップがありすぎよ。あの自信のメーターの振り幅の大きさは異常だわ。というか、突発的に自信を湧かせるわよね、あいつ。何の根拠もなしにさ。
普段は把握しやすいやつなんだけどな。ちょっと気が高ぶると、何考えてんのかさっぱりわからなくなる。
まったく、困った人間よね。


その夜、リビングには誰もいなかった。まだ11時前だというのに。本当に、ここの住人は呆れるほど健康的よ。…約1名を除いては。
あたしはというと、その約1名のために、ビデオデッキを修理していた。まったく、あたしも甘いわよね。
でも、しょうがないのよ。見ると直したくなるんだもの。調子悪いまま放置とかさ、許せないのよね。職業病みたいなものね。
修理をほぼやり終えてデッキをテスターにかけていると、ヤムチャがやって来た。髪が少し濡れている。あいつが1日のうちで唯一汗臭くない時間だ。あいつはソファに座り込むなり、おもむろに言った。
「またそんなもの弄ってるのか。おまえも好きだなあ」
あたしは答えなかった。答える必要があるかしら。
あたしが黙っていると、あいつは心持ち声を高めて、また言った。
「何がそんなに好きなんだ?」
まったくあんたは次から次へと。よくもそう、愚問ばかり思いつくわね。
「好きになるのに理由なんかないでしょ」
ぶっきらぼうにあたしは答えた。好きだから好きなのよ。そんなこともわからないわけ?
「そうか?俺はあるような気がするけどな」
「あたしにはないわね。だいたいそんなものが必要なら、あんたなんかと付き合ったりしてないわよ」
何てわかりやすい例え。あいつは口篭った。
「…そりゃ一体どういう意味だ」
言葉通りの意味よ。決まってんでしょ。
「嫌いなことになら理由はあるけど。好きなことにはないわね」
だから困るのよね。
あたしの答えはあいつには全然理解――というより納得――できなかったみたい。でも、あたしにはリップサービスをする気はなかった。あいつはさらに畳み掛けてきた。
「おかしなこと言うなあ。理由もないのに何で好きになるんだ?」
そんなのわかんないわよ。っていうか、あんたそろそろ鬱陶しいわ。昼間のが効いてるのかしら。面倒くさいわねえ。
「じゃあ、あんたはどうなのよ」
あたしは訊き返した。答えがほしかったわけじゃない。こいつがそんな色気あること言うわけないでしょ。こう言っとけば口が塞げるのよ。
「そうだなあ…」
でも意外にもヤムチャは、あたしから視線を逸らし、考え込むように宙を見た。えっ、何?マジで答えるわけ?
思わずあいつの顔を見て、あたしが返事を待っていると、やがてぽつりと呟いた。
「らしくないとこかな」
はあ?
何それ。さっぱり意味わかんない。…期待して損した。
それきりあいつは何も言わず、おもしろそうに、ビデオを弄るあたしを見た。


わからないにも程があるわよ。
やっぱり困ったやつだわ。
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