消えた男
まったく、何よね。
武者修行だか何だか知らないけど、彼女には居場所くらい知らせるもんでしょ。
それが、行くことすら言わないなんて。あたしの立場はどうなるのよ。
ヤムチャのバーカ!!

ヤムチャの修行も2年を過ぎた頃。あたしはいつものように、カメハウスへあいつに会いに行った。
到着した時、みんなはちょうど3時のお茶にするところだった。クリリン、亀仙人さん、ランチさん、ウミガメ…あれ、あいつは?
「ヤムチャさんならもう行きましたよ」
『もう』『行った』?何のこと?
「武者修行にですよ。あれ?聞いてませんか?」
聞いてないわよ。
あたしが何も知らされていないことを知って、クリリンは話しづらそうだった。あたしだって訊きにくいわよ。何で彼女であるあたしが、一番最後に知らされるわけ?
しばらくはヤムチャ1人で修行をしていくということ。どこに行くのも本人の自由だということ。カメハウスを出るも戻るも自由だということ――クリリンは事細かに説明してくれた。武者修行って言うらしいけど。そんなのあたしには関係ないわ。あたしに関係あるのは、あいつがカメハウスを出て行った――しかもあたしに黙って、ということだけよ。
「行き先は?」
「まだ決めてないって言ってました。いくつかリストアップはしていましたけど…ブルマさん?大丈夫ですか?顔色悪いですよ」
クリリンだけじゃない。今ではカメハウスのみんなが、あたしを心配していた。
「…ちょっと、ここまでの操縦に疲れたのよ」
あたしは嘘をついた。クリリンだって、きっと気づいただろう。まったくあいつってば、恥をかかせてくれるわよね。
きっとこいつら、あたしたちがまたケンカしてるって思ったわよ。冗談じゃないわよ。
あたしたちは順調よ!そりゃケンカもするけど、いつもちゃんと仲直りしてるわよ。なのにみんな、ケンカしてるところしか見てないんだから。嫌んなっちゃう。
そしてそれが、今まさに、あたしを針のむしろにするのだ。
クリリンは、あいつがリストアップしていたという場所を、記憶している限り教えてくれた。…ひどく気を遣いながら。
亀仙人さんは興味の色を隠そうともせず「おぬしらもしょうがないのう」なんて言ってくれる。しょうがないのはあいつだけだっつーの!
ウミガメは…もとから哀れっぽい目つきだけど。
ランチさんですら、憐れみの情を瞳に湛えている。
まったくあいつってば、何考えてんのよ。変な種蒔いていかないでよ。カメハウスが自分一人の場所だと思ってんの?ひとをバカにするのも、いい加減にしてよ!
だいたい、何であたしにだけ言っていかないのよ。それが一番問題よ!!

あたしはあいつを探し出すことにした。当たり前よ。こんなことされて、黙っていられるわけないわ。
文句の一つどころか全部ぶちまけて、性根を正してやるわ。
クリリンのくれたリストはかなり広範囲に渡っているけど、何としても探し出してやるわ。ええ、必ずよ!

それにはプーアルも付き合ってくれた。というより、プーアルの方があたしよりももっと、ヤムチャのことを心配していた。プーアルもまた、知らされていなかったのだ。あいつってば本当に誰にも言ってないみたい。カメハウスの住人以外には。本当に何考えてんの。
プーアルに急きたてられて、あたしは毎日のようにエアジェットを飛ばし、ヤムチャを探した。
そうよね。この子は、あたしよりもずっとあいつと長くいたんだもの。黙っていなくなられちゃ堪らないわよね。
あたしだって堪らないわよ。いろいろな意味でね!


ヤムチャを探し始めて、もう1ヶ月近くにもなろうとしていた。あたしの熱は冷めかけてきていた。
何だかバカらしくなってきちゃった。何であたしが、あいつの自分勝手に付き合わなきゃならないわけ?プーアルにはかわいそうだけど、そろそろ潮時…
あたしはそれを口に出した。クリリンに貰ったリストももう2周目、北の森上空でのことだった。
「ねえプーアル、もう帰…」
瞬間、スコープを覗いていたプーアルが、それを放り出し窓に取りすがった。
「ヤムチャ様!!」
あたしはエアジェットの操縦をオートパイロットに切り替え、窓の外へ、プーアルの視線を追いかけた。
木の梢の隙間から、カプセルハウスの壁が見えた。その前に、黒髪の男が1人。
「ヤムチャ様!ヤムチャ様ー!!」
制止するあたしの声も聞かず、プーアルはひたすらあいつの名前を叫んでいた。
わかった、わかったから。今、着陸するから。あんた、ちょっと落ち着きなさい。
まったく、こんなかわいい子を放って黙って消えるなんて、あいつは大バカ者だわよ。

エアジェットをカプセルハウスの前に止め、あたしたちが森の中に降り立った時、あいつはハウスの軒先で、のんきにコーヒーを啜っていた。…何よ。
「ヤムチャ様ー!!」
エアジェットのドアが開くなりプーアルは飛び出した。あいつに向かって一直線。
相手があいつじゃなかったらふっ飛ばされかねない勢いで胸に飛び込むプーアルを、あいつは陽気に笑って受け止めた。…何よ。
「よう。よくわかったな、ここが」
まるでさっきも会った人のように話しかける軽い声。…何よ。
「探しましたよ、ヤムチャさ…」
「偶然よ。偶然、通りかかったのよ」
プーアルの声をあたしは制した。どんなに探したかなんて知られたくないわ。こいつが図に乗るだけよ。
あたしはタラップに片足をかけながら、あいつとあいつの僕を視界に入れた。
あいつはほとんど涙を流さんばかりに喜んでいるプーアルを、それがまるで当然のように扱って、飄々としている。…何よ。

「…雑然としてるわね」
あたしとプーアルはカプセルハウスに足を踏み入れた。単身用のミニハウス。部屋も、キッチンとリビングそれに寝室の3つだけ。
あいつはキッチンで新しいコーヒーを淹れながら、あたしの言葉に答えた。
「寝て食うだけの家だからな。それ以外はすべて修行の時間というわけだ」
言いながら、わざとらしく肩を竦めておどけてみせた。…何よ。それにしちゃ楽しそうじゃない。
「…そう」
あたしは喉に込み上げてくる言葉を飲み込みながら、渡されたコーヒーに口をつけた。プーアルがカップを両手に抱えて、本当に嬉しそうにそれを啜った。
「カメハウスにヤムチャ様がいないと知った時はびっくりしました。でもお元気そうでよかったです」
声に喜びが溢れている。この子は言葉だけじゃなく、本当にそう思っているのだ。
…プーアル、あんた何でそんなに偉いの?あんなに心配してたくせに、ヤムチャが無事なら全部許せるの?
「元気に決まってるだろ。まだ1ヶ月も経ってないんだぞ」
プーアルの心配を、ヤムチャは快活に笑い飛ばした。…何よ。
あたしは苦々しい思いと共に、あいつの言葉を繰り返した。
「そうよね。たった1ヶ月よね。…で、その1ヶ月であんたは何をやってたわけ?」
あいつは悪びれたところも見せず、あたしに笑顔を向けた。何よ…
「何って、今までと変わりないさ。時間と人目を気にせずできるのが最大の利点だな。例のわ…」
――あたしには無理だわ。
「そういうことを訊いてるんじゃないわよ!!」
あたしはコーヒーカップをテーブルに打ちつけた。一口啜っただけのそれから、黒い液体が飛び散った。

…何よ。
何よ何よ何よ。
こっちはすっごく心配したっていうのに。さんざん探し回ったっていうのに。
何であんたはそんな平気な顔してんのよ。

ヤムチャは目を丸くしてあたしを見つめた。緊張感の欠片も感じられない間抜け顔。
…何よ。
飛行機のカプセルを1つ、プーアルの前に置いた。この子に罪はないわ。
あたしは無言で立ち上がった。これ以上こいつの顔を見ていたくなかった。…こんな軽薄な笑顔なんて。
足早にハウスを出て行きかけるあたしの肩を、あいつが掴んだ。あたしはそれを振り払い、振り向きざま思いっきり叫んだ。
「バカ!!」
そして踵を返した。
涙が出そうだった。

あんた、あたしたちのこと何だと思ってるの?都合のいいロボットか何かだと思ってるの?それともあんたにとっては、どうでもいい存在なの?
あたしは悔しかった。あいつの笑顔が。


それから2ヶ月が経った。その間あたしは頻繁に、カメハウスを訪れていた。
クリリンはあからさまに不思議そうな顔をした。ヤムチャがいないのにどうして、っていう顔よ。
ヤムチャなんかいなくてもいいわ。あたしはみんなに会いに来てるのよ。
そりゃあ、時折縁を切りたくなるような出来事も起こるけど。これでもちゃんと友人だと思っているのよ。
そうよ。ヤムチャなんかいなくたって。
ヤムチャなんか、全然好きじゃないんだから。

ランチさんと一緒に料理を作ったり。亀仙人さんと孫くんの話をしたり。クリリンの修行する様子を見ていたり。
カメハウスで、そんな風にあたしは過ごした。
あの樫の木のところへは行かなかった。そういうのって大嫌い。
あいつがあたしをそんな風に扱うなら、あたしだってそうするわ。
っていうか、好きじゃないわよ、あんなやつ。


年も暮れかけてきた頃だった。といっても、ここは常夏だけど。…常夏なんて大嫌い。
あたしはランチさんと、3時のお茶の支度をしていた。ちょうどテーブルにお皿を並べている時だった。
ドアの外から足音と共に、クリリンの声が聞こえた。誰かと話している。お客様かしら。
ドアの開く音がして、追加の皿を取りにいこうとキッチンへと戻りかけていたあたしの背中に、その声がかけられた。
「よう」
あたしは思わず固まった。声の主が誰かなんて、見なくたってわかってる。振り向く必要もないことだ。
他の住人の目も構わず、空のトレイを抱えたまま、あたしは2階へと駆け上がった。あいつの顔なんて見たくない。
あいつはすぐに追ってきた。階段を上りきったところで腕を掴まれた。
「おまえ、一体どうしたっていうんだよ。あれっきり顔も見せないし」
動揺した様子もない、落ち着き払った声だった。ただ不理解の感情だけが感じ取れた。それに、あたしは逆撫でされた。
「何であたしがあんたに会いに行かなきゃいけないのよ」
「何でって…だって、俺からは行けないんだから、しょうがないじゃないか。俺は修行中の身なんだし」
…呆れた。
よくこんなことが言えるわよね。図々しいにも程があるわよ。
でも、あたしはこの言葉で少し冷静になった。ふうん、付き合う気はあるわけね。
だけど。
「あんたは、あたしがいない方がいいんでしょ」
そうよ。前にそんなことを言っていたわ。
あの時は答えを見つけかけてたように思ったけど。こいつのことだもの、一歩後退したのかもしれないわ。
「違うって」
「じゃあ、何で居場所教えないのよ!?」
説明してもらおうじゃないの。
「それはその…忘れてたっていうか…」

忘れてた?

ちょっとあんた、それ最低の理由よ。故意に遠ざけていたより悪いわよ。
…そして、だからこそ本当ね。

あたしは全身から気が抜けていくのがわかった。…そうよ。こいつはそういうやつだったわ。
天然なのよ。鈍いのよ。何にもわかっちゃいないのよ。
改善されてきたと思っていたのは、あたしの気のせいだったのよ。
あたしは溜息をついた。
「わかったわよ。行くわよ。行きゃいいんでしょ。呼んだからには、それなりにもてなしてよ。それから、部屋は別々よ。ちゃんと用意しといてよ」
ええ、わかったわ。わかったわよ。せっかくここまで付き合ったんだもの。もうすこし付き合ってあげるわよ。
でも少しだけよ。本当に少しだけだからね!

ここで捨てたら今までの苦労が水の泡だもの。
ただそれだけなんだからね。
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