冬中の男
あたしは下ろしたての服が苦手だ。なんとなく肌に馴染まないからだ。
でも、その服はそうじゃなくても馴染まなかった。
「この色がねえ。着慣れないのよねえ」
店員はスモーキーピンクとか言ってたけど、ほとんど白よね。
あたしは鏡の中の人間と2人、腕を組んだ。
「流行を追ったのが失敗だったわね…」
やっぱり、何かを追うのは性に合わないわ。
でも買っちゃったんだから、しかたがない。とりあえず本番前に1度着ておかなくちゃ。
「じゃあ、これにするか」
気を遣う必要のない、慣らし運転できる相手がいるって、便利ね。

冬。北。鬱蒼とした森。…素肌。
あたしは約1ヶ月ぶりにあいつの姿を見て、すっかり呆れてしまった。
「あんた、よくそんな格好してられるわね。人並み外れてきたんじゃないの?」
エアジェットのタラップから最後の一足を下ろして、ヤムチャにそう声をかけた。
いくら修行してるからって、運動してるからって、真冬に肩出しはないでしょうよ。あたしなんてカシミアよ。これでも寒いくらいよ。
あたしより先にエアジェットを飛び出して、その寒さに1度機内へ引っ込んでしまったプーアルが、首にマフラーを巻きつけてあたしの隣へやってきた。
「ヤムチャ様、お元気そうで何より…」
声がだんだん掻き消えて、最後に白い息となる。ほうらね。普通の人間(猫?)は、やっぱり寒いのよ。
それにしてもこの子、確か1週間前にここへ来ているはずだけど。挨拶も丁寧すぎると滑稽になるわね。
ヤムチャは苦笑しながら、エアジェットからあたしとプーアルの荷物を降ろしていた。
「何だ、ずいぶん荷物が多いな」
多いなって、たかがボストンバッグ1つじゃない。あたしはあんたみたいに、着たきり雀じゃないのよ。
「別にいいでしょ。それより早く部屋に入れて」
あたしたち普通の人間を、凍えさせないでほしいわね。

ヤムチャはあたしたちの荷物を寝室へと運ぶと、さっさと外へ出て行ってしまった。
まったく、人をもてなすってことを知らないんだから。プーアルはともかく、あたしはひさしぶりなのに。この前カメハウスで会ったけどあんなのちょっとだけだし、その前はケンカしたし。…ちょっと待って。最後にまともに話したのっていつだったかしら。この修行に出る前だから、…5ヶ月くらい前か。げー。あたしたちって結構ひどいわね。
まあいいわ。それもあとちょっとだけだし。確か3年っていう話だったはずだから。その時はたっぷり穴埋めしてもらうわよ。
あたしはコートを脱ぎ捨てて、部屋の設定温度を上げた。少し肌寒かった。


どうもね。他人の家のキッチンっていうのはね。使いにくいわよねえ。
ハウスの仕様はだいたい把握してるけど、ツールの場所がさっぱりだわ。
「ねえプーアル、鍋はどこ?」
プーアルにそう訊いたのは、この子が1週間前ヤムチャと一緒に、このハウスを調えたことを知っていたからだ。
あたしの質問に、プーアルは目に見えて怯んだ。
「…ブルマさん、何か作るんですか?」
「夕食よ。作らないと食べられないでしょ。ここには調理ロボットはないんだから」
まったく、何よね。
あたしが何か作るっていうと、みんなこういう反応するんだから。おかげで全然料理できないじゃないのよ。
あたしは料理を、もうしばらく作っていなかった。C.Cではまったく出番なし、カメハウスで作ったのもあの嵐の日が最後。考えてみればすごいブランクだけど、大丈夫。あたしにとって料理はそういうものじゃない。レシピさえあれば作れるものよ。
試してみたいレシピがいろいろ溜まっているのよね。ここに来るって決めた時、絶対やろうと思ったのよ。このくらいの楽しみは許されて然るべきよね。どうせあいつはたいして相手してくれないに決まってるんだから、料理くらい食べなさいよ!
だいたい、失敗したのって1度だけよ。しかもあたしのせいじゃないし(レシピのせいよ)。みんな食わず嫌いもいいとこよね。
あたしにはプーアルを説き伏せるつもりはなかった。だって、ここはヤムチャの家なんだから。あいつの家はあたしの家。あいつの僕はあたしの僕よ!

ほうらね。これでわかったでしょ。あたしは料理上手なのよ。
できたてのスープを一口味見したプーアルの顔を見て、あたしはほくそ笑んだ。その顔は明らかに、あたしの料理を肯定していた。
「時々掻き混ぜてね」
プーアルに鍋を任せて、あたしはオーブンを覗き込んだ。焦げ目がもうちょっとほしいわね。
オーブンを背にスツールに腰掛けて、あたしはバッグから出掛けに届いた封書を取り出した。ハイスクールと学院から。中身はだいたい察しがついていた。どうせ面倒くさい話よ。予想通りの手紙であることを確認して、思わず封書を握り潰したその時、耳に聞き慣れた男の声が飛び込んできた。
「いい匂いだな。何を作ってるんだ?」
「おかえりなさい、ヤムチャ様」
鍋を掻き混ぜていたプーアルが、主の名を呼んだ。あたしは潰した封書をキッチンカウンターの端に置き、リビング側のそこに肘をついて小窓からこちらを見ているヤムチャに答えた。
「サウスカントリーの料理よ」
「…おまえが作ったのか?」
伝わるかしら、この台詞のニュアンス。まったく、ご挨拶だと思わない?
「どういう意味よ、それ。あんた、彼女の手料理が食べられないって言うの!?」
「い、いや、その…」
何でそこで口篭るわけ?失礼しちゃうわね。
あたしがヤムチャに軽く睨みを効かせると、プーアルが慌てたように口を挟んだ。
「大丈夫ですよ、ヤムチャ様。おいしいですよ」
何よ、その『大丈夫』っていうのは。それでフォローしてるつもりなの?まったくあんたたち主従は、どうしようもないわね。
だいたいそんなに慌てなくても、それこそ大丈夫よ。こんなのケンカでもなんでもないんだから。これは調教よ。わかってないわよね。…まあ、プーアルにわかれっていう方が無理か。この子は調教される必要ないものね。
プーアルの手前もあってあたしは矛を収め、ダイニングへと赴きテーブルセッティングに取り掛かった。
ふと、後ろからあいつの視線が注がれているのに気がついた。その様子がちょっと変。あたしの顔を見ているというよりは…
あ、これか。
あたしは自分の新しい服に目を落とした。
そうね、あんたにとっては新鮮かもね。あたしにとってもそうだけど。…正直、あんまり見ないでほしいけど。あたしだって慣れてないんだから。
あたしは恥かきついでに、ポーズを取ってみせた。
「似合う?」
もう荒療治でいいわ。もともとそのつもりで着てきたんだし。
ヤムチャは何だか口篭って、それでも一応肯定の言葉を呟いた。
まったく、張り合いないわね。でも、その方がいいか。あまり過剰反応されても困るし。
そう思ってあたしが文句もつけずにおとなしくしていたら、あいつってばこんなことを言い出した。
「そうやっていると、おまえも一応お嬢様に見えるぞ」
調子に乗りすぎだっつーの。あたしはあいつのほっぺたを思い切り引っ張ってやった。
「あんたは一言余計なのよ」
余計というか、言う言葉自体を間違っているわ。これは、こいつも慣らしていかなきゃダメね。

さて、本日の科学実験は…
肉野菜の熱放射加熱物(ポトフ)、卵細胞の輻射加熱物 (キッシュ)、スズキ亜科魚類の輻射加熱物(スズキのハーブグリル)の3種よ。
「サウスカントリーってね、前時代では美食で有名だったのよ。ほら、ラムローストとかあるでしょ、あれの発祥地よ」
キッシュを取り分けながら、あたしは説明した。
大丈夫、今日は外しっこないわ、絶対に。普段食べてる物の元祖みたいなものだもの。口に合わないわけないわ。
「ポトフの具にはマスタードつけてね。スープは別に飲むのよ」
あたしの言葉にヤムチャは素直に従い(プーアルはマスタードをつけなかった。この子食べ物全般甘党だから)、チキンを口に運んだ。
「あ、うまいじゃないか」
…やっぱり気になるニュアンスだけど、まあいいわ。
実験結果を確かめながら、あたしは自分の近況を話して聞かせた。ハイスクールの卒業式が再来週にあること、それまでここにいることをあたしが告げると、ヤムチャは素っ気なく答えた。
「言っとくけど、俺そんなに構えないぞ」
ふーんだ。どうせそんなことだろうと思ったわよ。修行に出てからこっち、あんたが満足に付き合ってくれたことなんてないんだから。
でも、わかってはいたけど、こんなに早く言うことないじゃない。さっき来たばかりだっていうのにさ。まったく、テンション下がるわよね。気が利かない以前の問題だわ。
そうは思ったけど、口にはしなかった。癪よね、そういうの。あたしはすまして答えた。
「心配しなくっても、あんたの邪魔はしないわよ。あたしにもやることあるし」
「研究か?」
あんたってば、そればっかりなんだから。あんたは修行、あたしは研究。確かに今まではそうだったけどね。
「ブー。ハズレ。研究はいったん休止。学院の準備をするのよ」
学院のことは、こいつがC.Cに来た時にちょっと話したことがある。たぶん覚えていると思うんだけど。それに、あたしがサボりまくりながらもあくまでハイスクールに籍を置いていたのは、次のステップのためだということをこいつは知っている。
「受験か」
ヤムチャはしみじみとそう言った。当たらずといえども遠からず。では、一応あるんだけれども。
…まったく、あたしも放っておかれてるわよねえ。
あたしは思わず溜息をついた。
「本当にあんたってひどい男ね。そんなのとっくに終わったわよ。だからここに来たんじゃない」
それがあったから今日までここに来なかったのよ。勉強だってしたわ、賞味2週間くらいかしら。勉強っていうよりは傾向を掴んだって感じだけど。パーフェクトにしようと思ったら、それくらいはしなくちゃね。
ま、本気でがっかりしてるわけじゃないけど。ひどいことなのは確かだわ。
それきりヤムチャは口を噤んだ。あたしも追及しようとは思わなかった。


「ふわあぁぁ…」
あたしは欠伸を連発した。眠いんじゃない。退屈なのよ。
夜ももうすぐ11時。そろそろ修行の終わる時間だ。あいつは良くも悪くもバカ正直だから、時間通りに帰ってくると思うんだけど。
「ふわあぁぁ…」
あーダメ。退屈すぎて眠っちゃいそう。先にお風呂入ろうかしら。
あたしはバッグの中を漁った。えーと、コールドクリーム、ローション、エマルジョン、フェイシャルクリーム、コットン…
…面倒よね、他人の家って。

あたしはバスルームへと向かった。ハウスの中は静かだった。プーアルはもう寝ちゃった。煌々と灯りだけが点くリビング。物音1つしない。だから気づかなかった。…バスルームに人がいたことに。
「きゃああああ!!!!!」
誰って?あいつしかいないでしょ!
「あんた、こんなとこで何やってんのよ!!」
帰ってるんなら帰ってるって言いなさいよ!!
あたしがバスルームのドアを開けた時、あいつはボクサー1枚の姿で、ラバトリーの鏡の中の自分を見つめていた。このナルシスト!!
ヤムチャが何か言いかけたけれど、あたしは構わずドアを閉めた。あー、やだやだ。
逆の立場だったら知らないけど、女が男の裸見たって嬉しくも何ともないわよ。少なくともあたしは――今のところは。嬉しく思えるようになりたいとも思わないわ。あー、やだやだ。
10分くらいして、やっとヤムチャがバスルームから出てきた。ジーンズしか穿いていない。服くらいちゃんと着なさいよ、ここにレディがいるんだから!
あたしはドア横の壁に身を凭れながら、あいつの目だけを見て言ってやった。
「痴漢」
「おまえが勝手に入ってきたんだろうが」
言いながら肩にかけたタオルで首筋を拭った。胸元が露になる。もう、そういうのやめてよ!
「こういう時は男が悪いの!!」
この鈍感!!もっと女に気を遣いなさいよ。
「あたしもお風呂入るんだから、早くあっち行って」
あたしはヤムチャを廊下の向こうへ押しやった。さっさと消えちゃってよね。
まったく、デリカシーがないんだから。

あたしはふやけるまで湯船に浸かった。
体がふやけるまで。頭がふやけるまでよ。
あいつってどうしてああ無神経なのかしら。いや、あいつに限らないか。孫くんもそうだったわ。…男ってどうしてああも無神経なのかしら。特にあいつら体力バカはそうよ。レディに対する気遣いってものが、まるでないんだから。まいっちゃうわよね。あたしみたいな繊細な人間は、特にさ。
さっきのことは気にしないことにしよっと。気にするだけバカを見るってものだわ。

…暑い。
シャワーの後ラバトリーでスキンケアまでを済ませて、あたしはパジャマを着るのを躊躇った。
この家、何でこんなに暑いのよ。空調壊れてるんじゃないの?
もうドライヤーも使いたくないくらい暑い。このタイミングで汗かかせないでほしいわね。クリームが流れちゃうじゃない。
明日一番に空調を直すことを決意して、あたしはクロゼットを漁った。バスローブくらいあるはずよ。あれは生活必需品だもの。
やっぱりあった。パウダーピンクで、襟にレースがあしらってある。…めちゃくちゃかわいいわ。あいつの趣味かしら。
後でどこで買ったか教えてもらおう。それとももう、ぶんどっていっちゃおうかしら。

キッチンへ行きフリーザーを漁っていると、バドワがあった。ここであたしはピンときた。
きっとプーアルの仕事ね。あいつがこんなに気が利くわけないもの。このバスローブもそうだわね。
いいわねえ。作業用ロボットならいくらでも作れるけど、ここまで痒いところに手が届くのは、なかなかねえ。うらやましい。あいつの中で、一番うらやましい部分だわ。プーアルがあいつの最大の魅力ね。
バドワを飲むため栓抜きを探していると、カウンターの窓から、そのうらやましい男の髪が覗いた。
「あら、あんたいたの」
ひょっとしているかなとは思ったけど(だからバスローブを探したのよ。じゃなかったら、タオルだけで出てきたわ)、何もしてないっていうのが珍しいわね。たいがいトレーニングとかしてるのに。
「まあな」
カウンターの向こうでスツールに腰掛けながら、ヤムチャは呟くように答えた。
何だか気が抜けてるわねえ。さっきのがショックだったのかしら。
でも、謝らないわよ。ショックを受けたのは、あたしの方なんですからね。あ、そうだ。
「これ開けて」
あたしは窓からバドワを差し出した。あいつはそれを受け取ると、逡巡することなく片手で栓を抜いた。本当、人並み外れてきてるわね。…便利だわ。
「サンキュ」
適当なグラスが見つからないので瓶ごと口つけることにして(目の前に家の主がいるけど、訊いてもきっとわからないに決まってる)キッチンを出たあたしに、あいつが咎めるような声をかけた。
「…おまえ、寝間着は?」
「えー?あるけど。暑いんだもん。もう少しこのままでいるわよ」
それくらい許してよね。
あいつの舌打ちが聞こえると同時に、あたしの目にくずかごの上に乗る潰れた封書(夕食の前に読んでたやつよ)が映った。
いやあね、これ、ゴミじゃないのに。
あたしはそれを抓みあげてヤムチャの隣のスツールに腰掛け、カウンターの上で皺を伸ばした。皺と汚れで宛名が読めない。…どこからどう見てもゴミだわね。捨てられてもしょうがないか。
なんとはなしに封書を眺めていたあたしに、あいつが訊いてきた。
「例の手紙か?」
例の手紙――ラブレターのことだ。
「そんないいものじゃないわよ」
今は確かにその時期だけど。卒業間近だからね、相手にしてみりゃラストチャンスよ。それでここに逃げてきたんだけど。
でも、この手紙はそんないいもの(でもないわね。鬱陶しいだけだわ)じゃない。
「答辞と新入生挨拶の依頼状よ。面倒くさいったらないわ」
かったるいわよね、こういう形式って。まあ、自分で招いたことだけど。満点取ればそりゃトップにもなるわよね。
「スピーチするのは構わないけど、草稿を考えるのが面倒くさいのよね。あんた調子いいからこういうの得意でしょ。何か考えてよ」
カウンターに片肘をついて楽な姿勢をとるあたしに、ヤムチャがにべもなく言った。
「なあ、ソファの方へいかないか?」
「何でよ?」
別にいいけど。話の腰を折るやつね。それとも逃げたのかしら。

あたしたちは並んでソファに座った。あたしのバドワに時折手を伸ばしながら、あいつはしばらく無言だった。
「何、呆けてんのよ?」
「あ、ああ…」
ちょっと、本当に呆けてたわけ?失礼なやつね。
「で、何の話だっけ」
「…あんた、怒るわよ」
こんな失礼なやつ、見たことないわ。いや、あるか。孫くんも相当失礼なやつだった。ウーロンもかなり失礼だし。…本当に男って。
でもやっぱり、こいつは格別よ。あたしの受験のことだって知らなかったし。そりゃあたしも言わなかったけど、自分の彼女のことでしょうが。…こんなに放っておかれてるのに3年も付き合ってるあたしってえらいわよね。
「何かお祝いやろうか」
ふいにヤムチャが言った。…何の話かしら。
「合格の祝いだよ」
その話か。思い出したのね。あたしは忘れかけてたけど。
お祝いか。あんたにしちゃ気が利くわね。
…と言ってやりたいところだけど、見え見えだわ。
「いらないわ。っていうか、そんなもので誤魔化されないわよ。男ってすぐ物で釣ろうとするんだから」
そのくせ、本当に欲しいものなんて全然わかっちゃいないのよね。
ヤムチャは頭を掻いた(図星ね。本当にわかりやすいやつだわ)。そして次の瞬間、不思議そうにあたしを見つめた。
「何かおまえ、えらく経験あるように聞こえるぞ」
咎めているわけじゃないことはわかった。あたしは即答した。
「あんた1人で充分にわかったわよ」
「何がだよ?」
今度はちょっと咎めてる。あたしにはこいつの考えていることがわかった。自分1人で何が、っていう顔ね。でもね、1人で充分なこともあるのよ。
「あんたは薄っぺらいからわからないのよ」
自分の人生がどれだけ濃いかってことがね。
「本当にあんたはお調子者なんだから」
結構ハードな人生のはずなのにね。お調子者って、苦労を苦労と思わず進んでいっちゃうのよね。ズルイわよね。
先を続けようとしたあたしを、ヤムチャが(珍しく)強い口調で遮った。
「そのお調子者が好きなのはどいつだ」
あたしは目を瞬いた。あいつはあたしを睨むように見据えていた。
あんたが歯向かうなんて初めてね。…上等じゃない。
「さあねえ。どいつかしら。あたしには見えないわ。1度見てみたいものだけど」
あたしはことさらおどけてみせた。とりあえず流すしかないわよね、ここは。
…そう思うでしょ。
「でも無理ね。だって自分の顔だもの」

それは違うわ。あたしは逃げないわ。

あたしは思いっきりかわいらしく笑ってみせた。
あいつが降参したのがわかった。

ふん、まだまだ甘いわね。
あんたはあれであたしの口を封じたつもりなんでしょうけどね。こういう時は、いくらでも言えるものなのよ。
こういう時はね。

あいつは目に見えて悔しがった。まったく、かわいいったらありゃしないわね。
まずはそれを隠さないとね。それじゃあ永遠に勝てないわよ。
もちろん、そんなこと教えてやらないけど。それにね。
「あたし、お調子者が好きなわけじゃないから」
当ったり前でしょ。
「…じゃあ何が好きなんだ?」
こいつ、もう忘れてるわね。好きなことに理由なんかないのよ。
「それはあたしを言い負かしたら教えてあげるわ」
もちろん、それも教えてあげない。


でも1つだけはっきりしていることがあるわ。
あたしは、自分を負かさない男が好きなのよ。
だって、女王様でいられるからね。
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