2度目の男
初めは複雑だったわ。

ヤムチャたちが初めてC.Cにやって来た、翌日のこと。
「いや、ちょっと、あんた待ちなさいよ」
思わず眉を顰めて、あたしはプーアルを呼び止めた。
その時あたしは、C.C居住区の案内をしていた。前の日は、旅の疲れと、父さんと母さんによるヤムチャたちへの異常な歓待とで、一日が終わってしまった。それでなんとなく
一晩を過ごさせてしまったのだけど、個室となるとそうはいかない。
「何で同じ部屋なのよ。普通は一人一部屋でしょ」
ヤムチャとウーロンに部屋を宛がうところまでは何の造作もなく済んだのだけど、その後に問題が起こった。プーアルが当然のような顔をして、ヤムチャの部屋に自分の寝床を確保しようとしたのだ。
あたしが少々語気を荒げて指摘すると、プーアルはこれ以上ないくらい眉を下げて呟いた。
「でも、ボクは…」
あたしはプーアルの話を聞かなかった。聞く必要なんてないわよ。…今にして思えば、聞いておけばよかったかなって気もするけど。
「そりゃあ、今まであんたたちが住んでいた荒野のワンルームとかなら話は別だけどね。ここには部屋があり余ってるんだから。あんまり異常なことしないでよ」
あたしが正論(よね)を振りかざすと、プーアルはまったく不意をつかれたといった表情で、あたしの言葉を繰り返した。
「異常、ですか」
「異常よ。あんたたち、兄弟とかじゃないんでしょ」
そんなの、訊くまでもなく一目瞭然よ。
「例え兄弟だとしても、ここでは一人一部屋よ。いいわね」
家主の娘の権限で、あたしは言い捨てた。




…懐かしいというか、なんというか。またずいぶんと微妙な夢を見たものね。
エアジェットの後部座席で、あたしはおもむろに薄目を開けた。
そう、この夢は事実よ。だからこそ微妙なのよ。
ふいに機体が大きく揺れて、あたしは頭を振った。睡魔を追い払った瞳に、周囲の景色が映った。
青い空。下方に雲。右手に太陽。操縦席にプーアル。その手が、オートパイロットを解除しようとしている。
「エアーポケットね。あたしが代わるわ」
「お願いします」
プーアルは素直に席を譲った。あたしはエアジェットの操縦桿を握りしめた。

あたしとプーアルは普段から仲良しというわけじゃない。
ただ、ヤムチャのこととなると意気投合――というより、結果的に行動が被ってしまう。
あたしはあいつに会いに行く。プーアルもあいつに会いに行く。なんとなく行動を共にする。
プーアルはあたしをあいつの彼女として扱う。あたしはそんなプーアルのことを、どことなくかわいいと思っている(いつもってわけじゃないけど)。
人って変わるものね。…あいつ以外は。

あたしたちはカメハウスへと向かっていた。今やヤムチャは、再びカメハウスの住人。なぜなら、桜が散ったから。…まったくバカな理由よね。まるで繋がっていないわ。
あいつはいつもそうよ。本人は格好つけてるつもりなんだろうけど、いまいち締まらないのよね。C.Cを出て行った時もそうだった。それから…
記憶が溢れだした。初めてあいつに会いにカメハウスを訪れた時のこと。あいつが武者修行に出た時のこと。最後に会った時のこと。
これは感傷じゃないわ。現実の再認識よ。
ま、気構えていくわよ。


カメハウスの手前にエアジェットを下ろした時、ヤムチャがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。あたしたちに気づいたから?…いいえ、きっと3時のお茶よ。こいつはそういうやつよ。
「ハーイ、ヤムチャ」
エアジェットをカプセルにしまうのは後回しにして、あたしはあいつに駆け寄った。まずは課題よ。あたしとあいつにとってのね。
「似合う?」
あたしはヤムチャの目の前で、くるりとターンしてみせた。シャーベットオレンジのワンピース。下ろしたてよ。もうすぐ学院も始まるからね、ぼちぼち慣らしていかなくちゃ。
「え?…ああ、うん、なかなか」
…ちょっと。
何なのよ、そのやる気のない返事は。前の時より言葉は増えてるけど、語彙がまるでなってないわ。
「なかなか、何よ。あんたも中途半端な男ね」
性格がぬるいと言葉もぬるくなるのかしら。
「…大変お似合いでございます」
最初からそう言えばいいのよ。あとは語彙を増やすことと、その心在らずな態度をどうにか…
ふと、ヤムチャが神妙な顔をして耳元で囁いた。
「…なあ、おまえ何か言ったか?」
はあ?
何かって何よ。それに誰に。本当にあんた、もう少し言葉の使い方ってものを…
あたしが呆れ黙っていると、業を煮やしたらしいヤムチャがさらに言い添えた。
「カメハウスのみんなにさ」
「言ってないわよ」
ここまで聞いても何のことだかさっぱりわからなかったけど、とりあえずあたしはそう答えることができた。だってあたし、ここには…
「あっ、ブルマさん。ひさしぶりっすね」
その時、クリリンがハウスから顔を覗かせた。ヤムチャは一瞬あたしから離れかけて、再び耳打ちした。
「おまえ、ひょっとしてカメハウスに来てないのか?」
「うん、前にあんたとここで会って以来ね」
あたしが反射的にそう答えると、ヤムチャは片手で目を覆った。何そのリアクション。
ひとの行動に干渉しないでほしいわね。あたしだって、そうそうヒマじゃないんだから。用もないのにこんなとこ、たびたび来られるもんですか。
だいたいさっきから、あんた態度がなってないったら。それが、ひさしぶりに彼女に会った男の態度なの。普通訊くでしょ、あの後どうしてたかとか、…あれは何だったのか、とかさ。
まあ、訊かれたくないから帰ったんだけど。…あれは屈辱よ。まったく屈辱だわ。もう2度と、媚薬なんかに手を出すもんですか。
決意を新たにしつつ、あたしは気を引き締めた。まだ気は抜けない。というより強まったわ。だって今、再確認したからね。
あんたがそういうやつだってことをね。

カメハウスに入ると、ランチさんがお茶の用意をしていた。狙い済まして来たとはいえ、本当にそうだとはね。まったく、変わらないわね、ここは。生活パターンも、住人の雰囲気も変わらない…
そのあたしの認識は、5分後に修正を余儀なくされた。あたしの顔を見て、亀仙人さんが言ったのだ。
「おぬしら、一体何をしておったんじゃ?」
ん?
何だか変なニュアンスよね。それに、そんなこと訊かれたの初めてだわ。
ここの人たちは、わりと無干渉に誰でも受け入れるものだと思っていたんだけど。近況とかプライベートなこととか、そういうこと興味ないんだと思ってたわ。
あたし、何か約束でもしてたっけ。それとも、誰かの誕生日だったとか。…あたしの誕生日は忘れられてたけど。
「受験と進学の準備をしてたのよ」
とりあえず、無難にそう答えた。本当のことでもあるし。
「えっ、ブルマさんって学生だったんですか?」
間髪おかず、クリリンが驚いたように叫んだ。今さら何言ってんの、あんた。
「どこから見ても、ピチピチの天才女子高生だったでしょ。そしてこれからはピチピチの天才女子大生よ」
あたしがそう答えると、一瞬にしてみんな黙り込んだ。
ちょっとお。
何なのよ、その反応は。あたしの環境と年齢で学生じゃなかったら、一体何だっつーのよ。あたしはあんたたちと違って、常識的な一般人なんですからね。
そして、ヤムチャ!あんたも神妙な顔して頷いてないで、何とか言いなさいよ。そういう態度が一番問題なのよ。
あたしはヤムチャの組まれた腕を抓りあげた。
こいつ、こういうところだけ染まってきてるわよね。この不躾さよ。
飛び上がるあいつを睨みつけるあたしに、みんなの視線が注がれた。
これはケンカじゃないわよ。調教だってば。
いい加減、わかってほしいわね。


あたしはキッチンを占拠した。
初めからそのつもりだった。これが、ここに来ることの最大の楽しみよ。
メニューもすでに決めていた。旧大陸の料理。火柱で油を吹っ飛ばすってやつ、1度やってみたかったのよね。しばらく作れなくなるから、派手にいくわよ。
「今日は何を作るんだ?」
ふいにヤムチャの声がした。あたしはサンプレッセに鴨のガラを放り込んだところだった。
「あんた、何してんの?」
まだ夕刻よ。あんたは修行の時間でしょ。
ヤムチャはあたしの質問には答えなかった。おもむろにキッチンの入り口に体を凭れると、あたしの目を見てこう言った。
「俺、サウスカントリーの料理が食べたいな」
あたしは思わずヤムチャの顔を凝視した。こいつがこんなこと言うなんて初めてじゃない?メカ以外のことで、あたしに何かしてくれなんて言ったことあったっけ。
「あんた、あれ好きなの?」
「ああ、おいしかったし」
へー。ふーん。そうなの。
好きな食べ物なんかないって言ってたのに。何よ、ちゃんとあるんじゃない。
しかも、それをわざわざ言いにくるなんて。…奇跡って起こるのね。
「いいわ。まっかせといて!!」
あたしは胸を叩いて諒承した。こういうのって、作り手にとって最高の喜びよね。ちょうど鴨ガラだし、そのままいけるわ。
笑顔で去っていくヤムチャを見送ってから、サンプレッセに手をかけた。
さあ、気合入れるわよ!

じゃじゃーん!さて、今日の科学実験は!
幼鴨の輻射加熱物血添え(幼鴨のロースト・ブラッディソース)、菊苦菜の輻射加熱物(チコリーのグラタン)、海鮮の熱放射加熱物(ブイヤベース)の3種よ。
「この鴨の料理はね、古典料理の中でも名品中の名品なのよ。歴史的価値をも持つ名レシピよ」
最後は凋落してたみたいだけど。それは伏せとくわ。…レシピ自体は本物よ。入魂の一品よ!
その香りを楽しみながら、ヤムチャは素直に鴨のローストを口に運んだ。こいつもだんだん食べる姿勢がなってきたわね。
「…あ、やっぱりうまいじゃないか」
相変わらず言葉は貧困だけど。あと変なニュアンスを漂わせるのも、やめてほしいわね。
まあ概ね良好か。むしろ上出来よね、こいつにしては。キッチンでのことといい、努力が報われてきたのかも。
カメハウスのみんなにも、この料理は好評だった。いえ、好評どころじゃないわ。もう賛辞の嵐よ。ようやくここの住人にも、古典料理の良さがわかってきたみたい。
うーん、幸せ。しばらく作れないのが残念だわ。


おいしい食事の後は、喉を潤すコーヒー。あたしとヤムチャは2人並んで、リビングの壁に背中を凭れた。他のメンバーはそれぞれに談笑しながら、時折あたしたちの方に目を向ける。なんだかなあ。
今さら、様子見もないと思うんだけど。別にいいけどさ。
あたしはブラック、あいつは甘すぎるコーヒーを、ゆっくりと啜った。
ひさしぶりだわ、こういうの。
こいつ1人で修行してる時って、妙にピリピリしちゃってさ。お茶の時間はとってるけど、なーんか余裕ないのよね。
1人より集団の方が合ってるんじゃないかしら。自分で何かやるよりは、うまく使われて能力を発揮するタイプよね。その方が取り柄(こいつの取り柄は扱いやすさよ)も生きるってもんよ。
その扱いやすい男が口を開いた。それは今日あたしが聞いた中で、一番のんびりとした口調だった。
「学院はいつからなんだ?」
…あんた、遅いわよ。今さらその質問?普通そういうことはもっと早くに訊くものよ。
「さ来週から。だから、忙しくなるわよ」
まあ、訊いてきただけでもよしとするか。…あたしも、だいぶん慣らされてきてるわね。
「そんなこと言って、サボるなよ」
「失礼ね。そんなことしないわよ。スキップするつもりなんだから。最初にめいっぱい履修しておくわよ」
早く卒業したいわけじゃないけど、ちんたらやるつもりもないわ。どうせなら、専門課程に長くいたいもの。
あたしたちは他愛のない話をした。いつもと同じ…と言いたいところだけど、そうじゃない。
ここのところ、何だか忙しなかったし。忙しなかったというか、なんというか、…ねえ。濃かったわよね。
あたしは空になったコーヒーカップを両手で包み込みながら、隣に座る男の横顔に目を走らせた。
3年前あたしが切らせた髪の毛は、今ではすっかり伸びて、瞳を半分覆い隠している。今気づいたけど、耳までかかっちゃってるわ。そろそろなんとかさせなきゃダメね。
線も少し太くなった。瞳に映る表情は…あまり変わらないか。
遠慮の薄れてきた会話(特にケンカした時)。でも相変わらずの、のんびりとした口調。そしてカメハウスのこの雰囲気。
月日の流れがあるような、ないような…
あたしは手元の時計を見た。どうしよう。一応気構えておこうかな。
「じゃあ、あたしそろそろ帰るわね」
言いながら、あの時とは違った意味で少し重い腰を上げた。
「あれ、泊まっていかないのか」
ヤムチャが意外そうな目であたしを見た。まったく、デジャビュよね。
「あたしもいろいろ忙しいのよ」
だから、確認だけしにきたのよ。やっぱりね、落ち着かないから。
「ふうん」
ヤムチャは引き止めなかった。引き止められたって困るわ。本当に忙しいんだから。
例によってプーアルは置いていくことにして、あたしはドアの手前で振り返り、カメハウスのみんなを見た。言っておかなきゃいけないことが1つあった。
「じゃあね、みなさん。今日はお邪魔さま。…言っとくけど、ケンカしてないからね」
クリリンだけが笑った。こいつは覚えていたみたいね。っていうか、あんたが元凶なんだからね。まったく、頼むわよ。
あたしはカメハウスの外に出た。ヤムチャも後からついてきた(ついてこなかったら怒るわよ)。バッグの中を弄りながら、あたしは夜空を見上げた。
今日はあの台詞を言わなくてもすむかしら。それは神のみぞ知る――いいえ、こいつにかかっているわけだけど。
「じゃあ、あたし行くから。修行がんばってね」
エアジェットをカプセルから戻しながら、あたしは言った。

さて、どう出るかしら。
変わってないのかしら、やっぱり。
少しは変わったと思いたいんだけどなあ。あたしたち、いろいろあったと思うんだけど。
でもこいつ、鈍いところはそのままだし。相変わらず何も言わないし。本質って変わらないものかしら、やっぱり。
…あたし、なんとなくわかってきたのよね、あんたのこと。
あんたって、進んだかと思ったら戻るんだから。特に環境が変わると顕著よね、そういうの。メンタルってものがまるで成長していないのよ。ガキよね、まったく。
だから、だいぶん気構えてきたんだけど。何かちょっと違うような気もするのよね。でもいっつもそれで騙されるし。まいっちゃうわよね。

あたしはヤムチャの顔を見た。きっと、あの時と同じタイミングで。そしてその瞳を見た。

不思議よね。
どうしてこいつって、こうわかりやすいのかしら。そりゃ、いつもいつもってわけじゃないけど。時々すごく、わかりやすいわ。
『目は口ほどに物を言う』っていうけれど、ぴったりよね。だから自分では何も言わないのかしら。…ズルいわよね。
で、あたしはやっぱり乗らされるわけだ。
そう、あたしは一歩歩み寄ることにした。本当に、慣らされてきたものだわ。
「そうそう、あたししばらく来ないから。だから今のうちよ。…したいことがあるならね」
あんたは迷ってるんじゃない。ただ、照れているのよね。それがわかるから、わざわざ言ってあげるのよ。
あたしって、心が広いわよね。ほとんど女神様だわ。
あたしが言うと、やっとあいつは手を伸ばした。そしてあたしを引き寄せると、少しだけ背中を屈めた。

…世話が焼けるわよね、まったく。


ウィンドウからあいつの姿が見えなくなると、あたしはエアジェットの操縦をオートパイロットに切り替えた。
晴れ渡った夜空。目の前に広がる無人の空間。でもあたしはそれを無視して、シートを倒すと、両手を組んで瞳を閉じた。
…神に感謝したりはしないわ。あたし自身の成果よ。

じゃ、そろそろ気を抜かせてもらおっと。
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