生き返った男
死ぬってどんな気持ちなのかしら。
あたしにはわからない。わかりたくもない。
あんたにも、わかってほしくなかったわ。


まったく、どういう神経してるのかしら。
「どんなって訊かれてもなあ」
ヤムチャはのんきに答えた。
「覚えてないよ、そんなこと。気づいたらあの世にいたし」
話を振ったのは、ウーロンだ。でも、答えるこいつもどうかしている。
しかも、あたしの前で。最低よ。

あたしは席を立った。それには構わず、会話は続いた。…たぶん。席を立ったんだから、後のことは知らないわ。

ヤムチャが生き返ってから、あたしはまだあいつとまともに話をしていなかった。したくない理由があった。だから努めてみんなと一緒にいるようにしてたんだけど。
何も、あんな会話を始めることないじゃない。そりゃ興味があるのはわかるわよ。わかるけど…
最低よね、やっぱり。
ひとを何だと思ってるのかしら。あいつらは、生というものを軽んじすぎよ。

ヤムチャが目の前に立った時、あたしは思わず呟いた。「おかえり」って。そういうことにしたかったの。
あいつも答えてくれた。「ただいま」って。
嬉しかったわ。あいつがそう言ってくれたことが。そう言うあいつがいることが。
でも、その後のお茶会で、先の話よ。まったく、何考えてんの。
あたしの前で、そんな話しないでよ。無神経にも程があるわよ。
まあね、臨死体験とかなら、あたしも少しは聞く耳持つわよ。
でも、あんたは死んでたのよ。ずっとずーっと死んでたの。つかの間の臨死体験とは話が違うわ。確かに魂の存在は知ってたけどさ。感覚が絶対的に違うわよ。だいたい、会えなきゃ意味ないでしょ。
あいつらが死んだ時、みんなあんなに悲しんでたのに。そういうこと、ころっと忘れてるんだから。


夜、シャワーを済ませた後で、あたしはあいつに出くわした。…あたしの寝室で。
「あんた、どこから入ったの?」
「窓からだ」
何それ。最っ低。
何のためにルームロックがあると思ってんの。空を飛ぼうと地を這おうとそれはあんたの自由だけど、勝手に他人の部屋に入らないでよ。まさか今までもやってたんじゃないでしょうね?
空を飛ぶのが人類の夢だなんて、そんなの嘘よ。ただのプライバシーの侵害だわ。
怒鳴りつけてやろうとして、あたしは思い止まった。だって、まだこいつと全然話してないのに。いきなりケンカするわけ?それじゃ一体、あたしは何のためにがんばったのよ。
あたしが黙っていると、ヤムチャもまた無言のうちに、その隣を指し示した。あたしはしぶしぶそれに従った。ってここ、あたしの部屋よ。何であんたが指図するわけ。
不自然にならない程度にヤムチャから身を離して、あたしがベッドの端に腰を落ち着けると、あいつがあたしを抱き寄せた。そして、ほとんど有無を言わさぬ勢いでキスしてきた。
もう。あんたって、時々すごく強引よね。どういうスイッチなのかしら。…今日のところはわかるけど。
あたしもそれに応えた。こいつがここにいることが嬉しかった。こうして触れていられることが。だって、そのためにあたしはがんばったんだもの。
あいつは何度も何度もキスをした。時折痺れそうになる頭の中で、あたしはそれを予感した。
「ブルマ。ありが…」
「言っちゃダメ」
慌ててあいつの言葉を掻き消した。
「そういうこと言わないで」
重ねて口に出した。自分の心が急速に萎んでいくのがわかった。
だからよ。だから、あんたと話したくなかったのよ。そういうこと、言われたくなかったのよ。
あたしはヤムチャの肩に頭を凭れた。今は、こいつに顔を見られたくなかった。
「何でだよ?俺はおまえに礼を…」
わかるわ。わかるわよ。あんたの言いたいこと、わかるわ。言いたい気持ちも、よくわかる。
でも、今は言わないで。もうちょっと待ってよ。もう少し。あんたの存在に慣れるまで。あたしの記憶が薄れるまで。少しだけ。
「あたしが悲しくなるのよ」
思い出したくないのよ。
「だって、俺は生き返ったんだぞ。その礼だぞ」
ヤムチャの言葉に、あたしは思わず顔を上げた。不思議そうにあたしを見つめる目が、そこにはあった。
「あんた、生き返るってどういうことか、わかってんの?」
本当に、ころっと忘れてるんだから。あんたも、みんなも、誰も彼も。
「生き返るっていうのはね…死んだってことよ。あたしはそんなこと忘れたいのよ!」
だから、軽んじすぎだっていうのよ。
そこまで言い放って、あたしは口を噤んだ。…ヤバイ。泣きそう。
「触んないでよ」
それに触れようとするヤムチャの手を、あたしは振り払った。
あたしは泣いてなんかいないわよ。だから、見て見ぬふりをしてよ。
瞳を満たすものが、視界をぼやかせ始めた。でも、拭いたくない。零したくもない。
その時、ヤムチャがあたしの顔を自分の胸に押し当てた。大きな溜息が、あたしの耳に届いた。
何よ。何もかもあんたのせいよ。
「あんたなんて、勝手にのたれ死ねばいいんだわ」
優しく髪を撫でる掌の持ち主に、あたしは呟いた。あいつは何も言わなかった。あたしは何もかもぶちまけてしまうことに決めた。
「でも、あたしの前では死なないでよ。っていうか、前に死なないで。面倒も苦労ももうこりごり。そういうことは、次からはあんたがしてよね」
そうよ。じゃなきゃ割に合わないわ。
だいたいあたし、人の後って性に合わないのよ。特にあんたの後なんて、ごめんだわ。
「わかったら約束しなさい。あたしより後にのたれ死ぬって」
まあ、死に方はどうでもいいけどね。とにかく、あたしが先よ。これだけは譲れないわ。
濡らした胸元を撫でつけながら、あたしは顔を上げた。あいつは心持ち笑みを浮かべて、あたしに言った。
「わかったよ。先に行って俺を待ってろ」
「まさか。あんたなんか待たないわよ。さっさと別の男を探すわ。あの世でね。だから邪魔しに来ないでよね」
あたしはあんたのいない世界で気楽にやるのよ。そうよ。あんたがいなければ、どんなに気が楽か知れやしないわ。…あんたが、初めからいなければ。
あたしの感傷は、ヤムチャの声に打ち破られた。あいつってば、こんなこと言ったのよ。
「いいや、邪魔してやるよ。おまえがいつもそうするようにな。それにこれ以上犠牲者を出すわけにはいかん」
…ちょっと、どういう意味よ、それ。


本当に失礼な男。それが命の恩人に向かって言う言葉なの。
あんたみたいな最低男、見たことないわ。あんたはあたしの人生最大の汚点よ。きっと一生心に残るわ。
きっと一生、あんたはあたしの心に住みつくわ。どんな形にせよね。

勘弁してほしいわよね、まったく。
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