困った男
「で、どういう男なわけよ?」
無人になった研究室で、1年先輩のディナが言った。
「何でそんなこと知りたいのよ?」
あたしはそっぽを向いた。
「だって興味あるじゃない。あんたみたいな女を相手にする男なんてさ」
「酷い言い草ね」
切り捨てながらも、あたしは悪い気はしなかった。こんな風に、女の友人にあいつのことを話すなんて、初めてのことだ。
「そうねえ…」
あたしは脳裏にヤムチャの姿を思い浮かべた。せっかくの機会だもの、正確に伝えてやるわ。
「元盗賊で荒野育ちで結構強くて背が高くて顔が良くてでも童顔でいつも動物連れてて純情で天然で軽くてボケててお調子者で奥手で鈍くて女心がわかんなくて武道やってる男かな」
ディナは一瞬目を瞠って、でもすぐに笑顔を浮かべてみせた。
「おもしろそうなの連れてるじゃない」
「ま、ね」
あたしはなかなかいい友人を手に入れた。


学院生活も4ヶ月目。あたしはようやく自由な時間の中にいた。夏休みよ。
まったく、これまで忙しかった。まずは、スキップを見据えてめいっぱい履修。科目によっては交渉もあり。時間が空いたら、研究室に顔を出す。珍しい研究対象があると聞けば、見に行って。合間に、友人と他人の論文を扱きお…ディスカッション。
カメハウスに行くヒマなんか、ありゃしない。
そう、学院が始まって以来、あたしはヤムチャに1度も会っていなかった。しばらく行かないとは言ったけど、まさかここまで開くとはね。あいつ今頃、何してるかしら…
…修行よね。
一瞬にして答えが出た。ここまでわかりやすい男もいないわよね。
まったく、あいつはねえ。字面にすればおもしろいかもしれないけど、実際は修行しかしてないんだから。もう少しどうにかならないのかしらね。

と、ここで思考停止するのがただの人。一歩踏み込むのが天才と呼ばれる人間、つまりこのあたしよ!
あたしはフリーザーを開けた。そっとそれを取り出して、小袋に入れた。これは身につけておかなくっちゃね。
一日かかっちゃったけど、絶対あいつ驚くわ。ええ、驚かせてみせるわよ。

あたしはエアジェットを飛ばした。今日の乗員はあたし一人。プーアルとウーロンは一足先にカメハウスへ行っている。
あたしが昨日から夏休みだってこと、カメハウスへ行くつもりだってことは、たぶんプーアルが話している。…一日遅れちゃったけど。きっとあそこの住人は気にしないわ。そしてあいつも。
だから、あたしも気にしない。ポジティブ思考よね。


カメハウスまでもう数km。その地点で、あたしは見覚えのある人物を視界におさめた。
ハウスから北に位置した山岳地帯。建物も人影もまったくない完全な自然の中に、動く黒い点が1つ。…そんなところにいるの、あいつしかいないわよ。
クリリンっていう可能性もあるけど、クリリンだったら肌色の点のはずだし。そうだったらきっと見つけられなかったわね。
エアジェットの高度を落とした。木々を掠めて、あいつの背後に聳える崖に回りこむ。無音航行、狭地着陸。
あたしにもエアジェットの存在にも、あいつはまだ気づいていない。本当、役に立ってるわね、このエアジェット。怪我の功名ってこのことだわ。
あたしは崖の切っ先から身を乗り出して、声を上げた。
「やーっほー、ヤームチャーッ」
木霊が消え去るより早く、あいつがあたしのいる崖を見た。よしよし、見つけたわね。すぐ行くからね。
あたしは後退った。口の中に1粒を放り込んだ。思いっきり助走をつけた。
そして、崖から飛び降りた。

なんていい気持ちなの。
それはほんの一瞬だったけど、確かにあたしは宙にいた。宙に舞うって気分爽快ね。空を飛ぶのが人類の夢だって言われているのがよくわかるわ。
このあたしの発明品は、飛ぶというにはささやかすぎるものだけど。でもそれでも――

あたしの爽快さは窮屈さに取って変わった。
予定通り、あたしは地面に激突することはなかった。でも、その理由が予定通りじゃなかった。
あたしが地に着くより早く、ヤムチャがあたしの体を捕まえたのだ。あたしはあいつの腕の中にいた。
「ああ〜ん、もう、何するのよ。せっかく格好よく決めようと思ったのに」
着地の瞬間こそが、この発明品が威力を発揮する時なのに。この、おせっかい男!
あたしの嘆きに、ヤムチャは不本意そうな顔をした。えっ、ちょっと。
「あんた、気づかないの?あたしの体…」
抱いてるくせして気づかないわけ?それってどういう感覚よ。
「…軽い」
言われてようやく気づいたらしく、ヤムチャはぽそりと呟くと、あたしの体を弄り始めた。ちょっと、どさくさ紛れに触んないでよ。
お腹の肉を抓みあげる(信じられない無神経さよね、まったく)あいつの指を抓りあげながら、あたしは言った。
「すごいでしょ。『空飛ぶマシュマロ』よ!食べると5分間体が浮くのよ」
あたしは例の小袋を取り出して、ヤムチャの鼻先に突きつけた。ヤムチャの態度は素っ気なかった。
「相変わらずわけのわからないもの作ってるなあ」
「ちょっとした遊び心よ。せっかく驚かそうと思ったのに」
「…驚いた。驚いたよ」
何よ、その言い方。
あんた、病気なんじゃないの?普通もっと驚くわよ。空を飛ぶってすごいことよ。確かにこれはちょっと浮いてるだけだけどさ、いっぱい食べればもっと浮くし、だいたい浮いてること自体すごいのに。あんたに捕まえられてるからわかりにくいけど…
そこまで考えて、あたしは現状に気づいた。
「ところで、そろそろ放してよ」
こいつがあまりに無感動なものだから注意が及ばなかったけど、片手が少し微妙な位置にあるわ。…こいつは気づいてないみたいだけど。
「ああ、はいはい」
ヤムチャは気のない声を出しながら(ムカつくわね、この無関心さ!)、あたしを地面に下ろした。と思いきや、今度は堂々とあたしの体を触りだした。
「ちょっと、何してんのよ」
いいから早く放してよ。この体勢じゃ殴れないわ。
あたしの怒りが最大値に達しそうになった時、ヤムチャが意外なことを言い出した。
「おまえ、ちゃんと食べてるか?」
何よ急に。
「痩せたんじゃないか?不摂生してるって聞いたぞ」
誰よ、そんなこと言ったのは。…プーアルとウーロンか。余計なこと言ってくれちゃって。
あたしはあたしのペースでやってるのよ。余計な口出ししないでよ。
「そんなことないわよ。体重だって変わってないし」
肌だって荒れてないし。やつれてだっていないわよ。そんなの見ればわかるでしょ。
「でもなんか腰つきが…」
「ちょっと!やらしい言い方しないでよ!」
あたしはヤムチャの腕を振り解いた。引っ叩いてやりたい衝動は消えていた。今は早くこいつから離れたい。
無言になったヤムチャを尻目に、あたしはエアジェットへと向かった。
まったく、やらしいんだから。だいたい、腰つきって何よ、腰つきって。
…本当に、何かしら。
怒りが疑心に変わり始めた時、背後からヤムチャの声が聞こえた。
「おまえ、俺がここにいること、誰にも言うなよ」
…何言ってんの、こいつ。
あんたがどこでどうしてたかなんて、わざわざ言いやしないわよ。あたしはあんたたちみたいに、過干渉な人間じゃないんですからね。だいたい、何でそんなこと言うわけ?
「何でよ?」
「みんなには内緒なんだ」
あたしの問いに答えるヤムチャの顔は、真剣だった。
ふーん。
一体何やってんだか知らないけど(そして興味もないけど)、これは本気で秘密みたいね。
あたしはヤムチャに笑ってみせた。
安心して。誰にも言いやしないから。
そんな勿体ないことはしないわ。そうでしょ?


修行を続行するヤムチャを後に、あたしはカメハウスへと向かった。
プーアルにウーロンね。あいつら、とっちめてやらなくちゃ。
ウーロンはともかく、プーアルも、あたしがちょっと甘い顔してたら、何だってヤムチャに言っちゃうんだから。プライバシーの侵害っていうか、もう少し機微とかわからないものかしら。…無理か。あいつの僕だものね。プーアルがいるからヤムチャは鈍くなったんじゃないかと思ってたんだけど。その逆もありか。
「プーアル!ウーロン!いる!?」
いるとわかっていて、あたしは声を上げた。同時に踏み込んだカメハウスのリビングには、修行組(ヤムチャとクリリンのことよ)を除く全員が雁首揃えていた。
「よう。ひさしぶりだな」
気安くかけられた男性的な口調の声に、あたしは思わず気を殺がれた。
「…あ。ランチさん、おひさしぶり」
片口を上げて笑うランチさんが、今さら怖いわけはない。でも調子を崩されることは確かだ。特にこういう気分の時は。何ていうのかしら。先手を取ったつもりが取られた、みたいな感じね。…正直ビビっちゃうわよね。
「おまえ遅いぞ。昨夜みんな待ってたんだぞ」
視界の端からウーロンが言った。あたしは思わず普通に答えてしまった。
「予定が変わったのよ」
出かける直前になって思い立っちゃったのよね。あれを作ることを。ひさしぶりなんだから、やっぱりサプライズしたいじゃない?…全然ダメだったけど。
まったくあいつはね、そういう人の心ってもんを、からっきしわかろうとしないんだから。
「何が予定だよ。どうせ寝てたんじゃねえの。おまえ休みっていうと寝坊するんだからな」
「余計なお世話よ」
休みなんだからいいじゃない、何時まで寝てたって。ちゃんと夕方には起きたわよ。
その時、あたしは気づいた。あたしとウーロンの会話を見守るランチさんと亀仙人さんの視線が、微妙なものになってきていることに。あたしは姿勢を正した。
「これよ。これを作ってたのよ」
バッグの中から、マシュマロの大袋を取り出した。あ、身に着けていない方のやつよ。言わばストックね。
「じゃじゃーん!その名も『空飛ぶマシュマロ』!!食べると5分間体が浮くのよ。30cm程だけどね」
あたしの手元に、みんなの視線が集まった。
そうよねえ。普通こうよね。

「こりゃまたえらいものを作ったもんじゃのう」
言いながら亀仙人さんが、空中でクロールをする。
「何しやがる、クソジジイ!!」
お尻の下に潜り込まれかけたランチさんが、やっぱり浮かびながら亀仙人さんの頭に銃を突きつける。
「懲りないじいさんだぜ」
そう言いながらウーロンは2個目のマシュマロを口に入れ、さらに体を上昇させた。
「背が高くなったように見えるかなあ」
修行を終えてきたばかりのクリリンが、それに倣った。
もう、大盛り上がりよ。
そうよねえ、普通こうよね。あいつが異常よね。あいつってば、食べたがる素振りすら見せないんだから。
そこへヤムチャが帰ってきた。あたしはうんと意地悪く言ってやった。
「大好評よ。みんな遊び心がわかるわよね。…あんたと違って」
こいつがどんな顔をしたのかはわからない。だって、クリリンの方へ行っちゃったから。もう。こいつって、こういう時すぐ逃げるんだから。
それに、クリリンやプーアルといる時は結構ノリいいのにさ。あたしといると、何か固いっていうかうるさいっていうか、反応悪いわよね。そのくせ時々、妙に軽いし。
…二重人格かしら。


夕食の後片付けを終えて、あたしはラバトリーの窓から、遠く歩き去っていくヤムチャの姿を見つけた。この時間は自主トレの時間よ。きっとさっきの場所に行くに違いないわ。
一体何やってるのかしら。さほど興味はないけど、ネタは多いに越したことないわよね。
落ちきらない太陽の下、あたしはゆっくりとヤムチャに並びかけた。
「常夏って陽が長くていいわよね」
おかげであんたを見つけられたし。たまには、このぬるい風も悪くないわ。
ヤムチャはさしてあたしに目もくれず、相変わらずの素っ気なさで言った。
「ついてくるなよ。言っとくけど、おまえの楽しめそうなものなんかないぞ」
「いいじゃない。ひさしぶりなんだし」
修行に出たての時を除けば、これまでで一番時間が開いたはずよ。…たぶん。ここに来たらそんなことも感じなくなったけど。
あたしの言葉にヤムチャは乗ってこなかった。
「熊が出るぞ」
「平気よ。あんたも行くんでしょ」
そんな言葉で脅したって無駄よ。だいいち、あんたの行くところって、そんなところばかりじゃない。今さらよね。
ヤムチャは口を噤んだ。そうそう、人間諦めが肝心よ。


ヤムチャは下に。あたしは上に。
先ほどヤムチャと会った崖のそれぞれの位置で、あたしたちはそれぞれの時間を過ごした。
いつしか陽は落ちていた。鈍く輝く月の光。崖の下三方に広がる森を遠目に見やりながら、あたしは考えていた。
やっぱり食べさせたいのよねえ。
だって、せっかく作ったのに。あいつにも空を飛ぶ(飛んでないけど)楽しさを教えてあげたい…
…いえ、欺瞞はやめるわ。
あいつだけ食べていないのが、気にいらない。まったく、おもしろくないわ。やっぱり製作者としてはね、全員被験者になってほしいわけよ。別に研究してるわけじゃないし、結果を纏めたりもしないけどね。これはもう科学者の性よ。
だいたいあいつはこういう時、最も食べるべき人間よ。だって彼氏なのよ。何で食べないのよ。おかしいじゃない。
確かに、あたしはまだあいつに直接勧めてはいないわ。でもわかるわよ。あいつは食べない。あの雰囲気じゃあね。
強請って食べさせようかしら。…いえ、ここでそれを使うのは勿体なさすぎるわ。きっと、何か方法があるはずよ。
あたしは指折り数えた。ええと、あいつの性格は…
純情で、天然で、軽くて、ボケてて、お調子者で、奥手で、鈍くて、女心がわかんなくて…
そうだ。あと、お人好し。体力バカで、お人好し。さらに、流されやすい。…ふむ。
あたしの脳裏に1つの考えが閃いた。
閃くというにはベタすぎるけど。さらに、マシュマロにこの手を使うのは微妙だとも思うけど…どうせ入ってしまえば同じよね。
具体案が固まりかけた時、背後で物音がした。物音というより、足音。
振り返ったあたしの目に、黒く動くものが映った。…ヤムチャじゃないわ。
瞬時にあたしは立ち上がった。
「ヤムチャ!熊ー!!」
崖の端に駆け出して、思い切り叫んだ。ヤムチャはそのすぐ下にいた。ええい、邪魔よ!
「そこどいて!!」
ヤムチャはきっと来てくれるけど、たぶん絶対間に合わない。自分で何とかするしかないのよ。そして今はこれがベストよ!
あたしはマシュマロを口に含んだ。そして飛んだ。まったく、役に立つ発明よね!それを今、知らしめてあげるわ!!
あたしのこの実を兼ねた行動は、またもや未遂に終わった。崖の上から下へと見事な垂直移動を果たしたあたしは、まるでドラマか何かのように、ヤムチャにお姫様抱っこされていた。あたしは思わず叫んだ。
「だから、何で受け止めるのよ!」
今はそれは求めてないのよ!!
「そんなこと言ったってなあ!!」
あんたは除けてくれさえすればよかったのよ。まったく無駄な労力よね!
あたしたちが言い争っていると、再び黒いものが視界を掠めた。ぎゃっ、来た。
崖脇の斜面を下ってこちらへとやってくる熊の姿を認めて、ヤムチャの目が鋭く光った。
「下がってろ」
素早くあたしを地面に下ろすと、ヤムチャは静かに熊に相対した。その瞳に宿る意思と、口元に浮かぶ感情の欠片、そして身振りを見て、あたしは呆れ果てた。
何、その挑発するような目。どうして口角上がってんの。そしてその誘うような手の動きは一体。…あんた、熊相手に何やってんの。
あたしの予想は当たった。ヤムチャと熊の戦いは長引いた。理由はこいつの戦い方にあった。
1撃当てては身を引いて。妙に相手の出方を見て。1度当てたところには、絶対当てない。
ヤムチャのやつぅ…!
こいつ、絶対楽しんでる。あたしを襲おうとした熊なのに。どういう神経してるわけ?本当に体力バカだわ。
…もう容赦しないわ。

まるでボロ雑巾のようになった元生物を、ヤムチャは森の奥へと投げ捨てた。証拠隠滅のようにあたしには見えた。
とりあえずあたしは本音を吐いた。
「あー、びっくりした。まさか熊が出るとは思わなかったわ」
ヤムチャは呆れたようにあたしを見た。
「出るってさっき言っただろ」
「だって、本当だとは思わなかったんだもの」
こいつ、いっつも大げさに言うから。今度もそれだと思ったのよね。
「やれやれ」
1つ大きな息を吐くと、ヤムチャはゆっくりと崖の下に腰を下ろした。あたしもそれに倣った。そして優しく声をかけた。
「疲れた?」
だって、怒ってないもん。ただ呆れただけよ。
それに助けてくれたわけだし。全然そんな気しないけど。今はこういう態度をとるべきよね。…あたし自身のために。
「全然。いい運動だよ」
ヤムチャは爽やかささえ漂わせながら、そう言った。…そうでしょうね。まったく、そう見えたわよ。
あんた、あたしを助けようなんて、これっぽっちも思ってなかったわよね。ただ戦うことしか見えてなかったわ。
あたしは少し身を屈めて、ヤムチャの顔を覗き見た。ほーんと、すっきりしたような顔しちゃって。
「やっぱりね。あんたすっごく楽しそうだったもの」
本当にあんたは、体力バカで、修行ばっかりしてて、鈍くて、女心がわかんなくて。
「きっと、あたしよりああいうのを相手にする方が好きなのね」
…そして、お人好しなのよね。
あたしの言葉に、ヤムチャは身を固くした。あたしの言いたいこと、伝わったかしら。
伝わってほしいなあ。でもこいつ、鈍いからなあ。
…やっぱり無理かしら。
「ブルマ」
ふいにあいつがあたしの名を呼んだ。
「ん?」
あたしは心持ち顔を上げた。瞳に憂いを浮かべたまま、ちょっとだけ笑ってみせた。
大丈夫、泣いてなんかいないわよ。だって、あたしは…
その時、唇が塞がれた。頬を包む手をそのままに、あたしがヤムチャにまかせていると、あいつは少し唇を開いてあたしを解き始めた。だから、あたしも応えた。
――計算通り。

「ん?」
あいつが呟きと共に唇を離した時、あたしはすでに成し遂げていた。
微妙だと思ってたけど、かえってよかったわ。気づいたところで、もう手遅れ。まあ、人によっては気持ち悪いと思うかもしれないけど。
でも、こいつはそうは思わない。そう思うほど繊細なら、もっと早くに気づくはずよ。
「へっへー、引っかかった!」
呆然としたように喉元に手を当てるあいつを、あたしは笑い飛ばした。
「やっぱりね、1つくらいは食べてもらわないとね」
彼氏なら彼女の手作りのお菓子は食べるべきよ。そんなの常識よね。


あたしは心優しい女よ。あんた一人に悔しい思いはさせないわ。
だって、あたしだって、一緒に食べたんだから。ちょっとだけ、外側をね。
…なんか生々しくなってきたわね。もうこの辺でやめとくわ。




あ、そうだ。こいつの形容にもう1つ加えておかなきゃね。
扱いやすい、と。
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