救われる男
バカな男よね。
とっくにわかってたことだけど。でも、やっぱりバカな男だわ。
一言言ってやらなきゃ気がすまない。

ヤムチャは生き返った。ナメック星のドラゴンボールで。
あたしは喜んだ。あいつも喜んだ。
でも、あたしは気づいた。
時々考え込んでる。塞ぎこんでいるように、あたしには見える。
ベジータがここにいることを知ってから。孫くんがどうしているかを知ってから。って、それってすぐよね。
ひどいと思わない?あたしがあんなに苦労して生き返らせてやったのにさ。生き返らせ甲斐ないったらないわ。
本当にバカな男よ。隠し事1つできないんだから。


あいつはC.Cの外庭にいた。修行をしている…本人はそう言ってる。修行するなら、重力室という手もあるけれど。あいつは重力室よりも外を好む。あたしも、あいつにはそれが似合ってる、そう思う。
修行の合間の一休み(本人はそう言ってる)、樫の木の下に腰を下ろすあいつの隣に、あたしも座った。
「何か用か?」
それが命の恩人に対する言葉なの?本当、口の利き方なってないわよね。
「用がなくちゃ来ちゃいけないわけ?」
それって恋人としてどうなのよ。
ヤムチャは口を噤んだ。こいつっていっつもそう。都合が悪いと黙るのよね。でもダメよ。今日は口を割らせるわ。
「あんたってお調子者よね」
ヤムチャの顔は見ずに、あたしは言った。遠回りするつもりはないわ。
「放っとけ」
肯定したわね。…本当にしょうがないわね、今のあんた。
「じゃあ、もっとそれらしくしてたらどうなのよ。嫉妬なんてしてないでさ」
ヤムチャが息を呑んだのがわかった。目を瞠ったことも。それから頭を掻こうとしてやめた手の動きも。
全部こういう時のこいつの癖よ。それでもこいつは惚けてみせた。
「…何の話だ」
「往生際が悪いわよ」
何年付き合ってると思ってるのよ。
あたしはそれだけ言ってあいつを見た。あいつは数瞬宙を見て、それからぽつりと呟いた。
「嫉妬じゃないよ」
「いい加減惚けるのやめなさいよ。しつこいわよ」
しつこい男は嫌われるわよ。あたしにね。
ヤムチャはもう何も言わなかった。あたしはそれを肯定の印と受け取った。
「あんたって本当に体力バカよね。もっと考えなさいよ。考えればわかるはずよ。…あんたの嫉妬は的外れなのよ」
そうなのよ。そこが気に入らないのよ。
悩むのは自由だけど、どうせなら筋の通ったことで悩んでほしいわ。
だいたいあんたには、他に悩むべきことがいっぱいあるでしょ。まずはその性格を直すこととか…
脱線しかかるあたしの思考を、ヤムチャが引き戻した。
「的外れってどういう意味だ?」
おっと、そうだった。
「あいつらは別なのよ」
こんな簡単なこともわからないなんて、どうかしてるわ。最も、それが悩むってことだけど。
「…別か。確かにそうかもしれないな。あいつらは別格だ」
そうじゃなくって。
「概念的な話じゃなくって。事実としてよ」
どうしてこんな大きな事実を忘れるのかしら。…相当酔ってるわよね。悩む自分に。
「あたしたちは地球人。あいつらは宇宙人。まったく別の存在なの」
ジュニアスクールの子を相手にしてる気分になってきたわ。
「つまりね、野菜が肉を見て『どうして自分には脂がのってないんだ』って羨むのと同じよ。レベルとか次元の問題じゃなくって、初めから別物なのよ」
我ながらいい例えだわ。こいつ自身、肉より野菜ってイメージだし。モヤシとか、ハマるわよね。
「だいたいね、あたしに言わせれば、地球の大会に宇宙人が出ること自体、反則よ」
天下一武道会のことよ、わかるでしょ。
これだけ宇宙人がいっぱいいるんだもの。何か規定を作るべきよね。特に戦闘民族にはハンデをつけるとかさ。そもそも母星の重力が違う時点で、不公平なんだから。
「言っとくけど、あたし孫くんや悟飯くんたちを否定してるわけじゃないわよ。孫くんは好きだし、悟飯くんだって。ピッコロも思ったより悪いやつじゃないみたいだし。…ベジータはよくわかんないけど」
みんな好きよ。…約1名を除いてね。そして、好きだからこそ言えるのよ。
「でもそれとこれとは話が別よ。やっぱりあいつらは反則なのよ」
言い終えて、あたしは息を吐いた。

あー、すっきりした。
言いたいことは言ったわ。後はこいつがどう考えるかだけど…そこまでは面倒見きれないわ。あたしだって、そうそうヒマじゃないんだから。重力室のこともあるし、仕事だって…
「ま、あんたが宇宙人に生まれたかったって言うのなら、話は別だけど。その願望は否定しないわ。夢は自由よ」
その時は、あたしの知らない人間ね。でもまあ、それもいいんじゃない。
どうせ知らないんだし。勝手にするわよ。

そうしたら、あたしはどうなっていたかしら。もしヤムチャと付き合ってなかったら?
ずーっとフリーだったら。成長した孫くんと会って…
…あ、孫くんは反則なんだっけ。

そうすると、またドラゴンボールを集めるわけか。
それで、ステキな恋人を手に入れる。それもいいわね。
あの頃は『ステキな恋人』って言っても、具体的には思いつかなかったけど、今ならはっきり言えるわ。

こーんな鈍感じゃなくって、間も悪くなくって、お調子者じゃなくって、体力バカじゃなくって、格好だけつけて考え足りないようなやつじゃない男よ!そう、ヤムチャとは対極の男よ!
だって、どうせヤムチャはいないんだし。いない男のことなんて、考えてもしょうがないでしょ。

途中でいなくなるのは嫌だけど、最初からいないんなら、なんとでもなるわ。
それにこいつがいなければ、あたしは『恋人が死ぬ』なんて悲劇に見舞われなくて済んだわけだし。その方がずっと幸せだわ。
本当に…幸せだわ。


でもまあ、しょうがないわ。
すべてはもう手遅れなんだから。
だからヤムチャ、あんた責任とってよね。
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