あれからの男
ムカつくったらありゃしない。

シャーレに水を注ぎかけた時だった。
「あ!ヤムチャ、ちょっと聞いてよ!!」
おもむろに部屋のドアが開いた。見飽きた間抜け顔がそこにあった。
「ベジータったらひどいのよ!!」
あたしは身に着けていた白衣を投げ捨てた。ヤムチャは勝手に壁際のレスティングスペースに腰を下ろすと、呆れたようにあたしを見上げた。
「おまえらまたケンカ…」
「ちょっと!何よ、その言い方」
『また』って何よ、『また』って。日常茶飯事みたいな言い方しないでよね。だいたい、あんたにそんな風に言われる筋合いないわよ。あんたは黙ってあたしの話を聞いときゃいいのよ。
「ああ、はいはい。…で?」
そうよ!それでいいのよ。…少しニュアンスが気になるけど。
「ベジータなんて最低よ!」
あたしは話した。まったく余すところなく。あいつのことで余す必要ある部分なんかないわよ。いつだって傍若無人で無神経で、ひとの気持ちなんて全然わかってくれなくて…ふんだ、ベジータのバーカ!!
「…というわけよ。ひどいでしょ」
「そうだな。そいつはひどいなあ」
あたしが話し終えると、ヤムチャは腕を組みながら神妙に頷いた。こいつもだいぶん、ひとの話を聞く態度ってものがなってきたわね。
あとはもうちょっとね。その浮っついた話し方をどうにかしないとね。こんなんじゃあ、女だって本気にならないわよね。
一通り吐き出して、あたしの怒りはとりあえず(とりあえずのところはよ。許す気なんか全然ないわよ!)治まった。そんな時に、ヤムチャが言った。
「とはいえおまえもだな、たまには少し折れてだな…」
…うるさい。
あんた、何でそうなのよ。二言目にはいっつもそういうこと言うんだから。
こういう時は黙って話を聞いとくものなのよ。助言なんて求めてないのよ。それが女心ってもんなのよ。
教えてあげようかしら。…いいや、面倒くさい。だいたい、何であたしがそんなことしなくちゃいけないわけ。
そういうことはね、彼女にやってもらいなさい。最も、その性格を直さなきゃ彼女なんて出来っこないでしょうけどね。無限地獄よね、ほとんど。
「ところであんた、何しに来たのよ」
また頼まれ事かしら。
孫くんやクリリンもそうだけど、こいつらが訪ねてくる時って、いっつも何か頼まれ事あるんだから。あたしを何だと思ってるのよね。あたしは便利屋じゃないっつーの。
「おまえ…」
ヤムチャはそう呟きながら、ポケットから小袋を取り出すと、おもむろにテーブルの上に転がした。
「プレゼントだ」
プレゼント?
「あんたがそんなことするなんて、一体どういう風の…わっ、レアメタル!?」
袋からこぼれ出る、白銀色の3個の石。それが何なのか、あたしにはすぐにわかった。
ベリリウムよ。それもすごい高純度だわ。何でこいつがこんなもの…
「俺のファンの子に地質学者の娘ってのがいてな。それで貰った」
ラッキー。
いいわ、いいわ〜。そっか、野球選手ってそういう人間関係もあるのね。…ベジータにもやらせようかしら。あいつの能力なら、すぐ花形選手になれるわよね。
でも、ダメね。もしそうなっても、あいつが他人と付き合うわけないし。ましてや物なんて貰ってくるはずないわ。突っ返すのがオチだわよ。
あたしはベリリウムを透かして見た。この輝き。この軽さ。そしてヤムチャの顔を見た。
…コーヒーくらい淹れてあげようかしら。

あたしたちはのんびりとコーヒーを啜った。あいつは相変わらず、砂糖を3個も入れていた。…この甘党ぶりもね、こいつからモテる要素を奪っているわよね。どうでもいいことだけど。

あたしは白衣を身に着けた。さっそく精錬するわよ!
さあて、何作ろうかしら。結構量あるし。重力室?まさか。あいつのためになんか使わないわよ。
「また来るよ」
デスクへ向かいかけるあたしの背中に、ヤムチャの声が届いた。あたしはそれを否定しなかった。
だって、そうする理由なんてないし。こんないいもの持ってくるならむしろ大歓迎だわ。
それにね、あたし気づいちゃったのよね。
あたしがヤムチャの名前を出した時の、ベジータの顔。あれ絶対ヤキモチよ!間違いないわ。
そうよね、こんな男でも対外的には『昔の男』なのよね。…全然そんな感じしないけど。
だって、ヤムチャっていっつもヘラヘラしててさ。そんな雰囲気欠片も持ち合わせてないし。『昔の』っていうより、『男』って感じしないわよね。
孫くんもそうよね。全然『男』って感じしない。でも、ベジータは妬くのよねえ〜。ふっふっふ。…あいつ、ああいうタイプが苦手なのかもね。
と・に・か・く。そんな便利な男をあたしが手放すはずないでしょ。あたしはヤムチャを使って、ベジータを調教するのよ。

ヤムチャの調教には失敗しちゃったけど、ベジータはそうはいかないわよ!リベンジよ!リ・ベ・ン・ジ。
無神経?そんなことないわよ。昔から言うでしょ。


『バカと鋏は使いよう』ってね。
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