未満の男
あたしはハイスクールをよくサボる。それは以前からのこと。
だって、つまらないんだもの。授業は退屈だし。さして気の合う友達もいないし。
それに加えて、波乱に満ちた夏休みを終えたあたしには、もう一つ理由があった。

「ヤムチャ!ただいまー!!」
部屋にリュックを放り込んで、すぐにあたしはリビングへ顔を出した。期待していた声は返ってこなかった。ただ一匹のブタが、白けた声で呟いた。
「おまえ、またサボりかよ」
「うるさいわね。あんたに関係ないでしょ。それよりヤムチャは?」
「外庭にいるぜ」
フリーザーからソーダをひっ掴んで、あたしはその場所へと向かった。ポーチを出たところで、遠目に彼を発見した。
ちょっぴりカールした漆黒の長い髪。深黒の瞳。日焼けした肌。あたしの遥か上にある目線。それが、この夏手に入れたあたしの恋人。
はっきり言って文句なしよ!ドラゴンボールなんか使わなくても、なんとかなるものよね。
「ヤムチャ!ただいまー!!」
叫びながら駆け寄ると、ヤムチャは一時手を休め、その姿勢のままであたしに答えた。
「やあ。おかえり」
「おかえりなさい、ブルマさん。早いですね。ハイスクールはもう終わりですか?」
「うん、まあね」
ヤムチャは少し素っ気ない。あたしと話すのは、主にその隣にいるプーアルだ。でも、そこもまたいいとあたしは思っている。
クールな男って感じしてさ。格好いいわよね!
「何やってたの?」
「剣技だよ」
「毎日の習慣なんですよ。この時間はいつもやるんです」
言い終えるとすぐに、剣を揮いだした。あたしはヤムチャから少し離れた芝生の上に腰を下ろした。
空を切る音。飛び散る汗。風に戦ぐ髪…
やっぱり格好いいわよね!


「でね、彼ったら言うのよ。『かわいい』って言われるのは嫌だって。それはあたしだけで充分だって…」
「いいなあ。そんなことあたしも言われてみた〜い」
「誰にでも言える台詞じゃないわよね」
「格好いいもんね、彼」
延々と繰り広げられるクラスメートの自慢話。迎合の嵐。でも、あたしはそれには加わらなかった。
一体誰と付き合ってるんだか知らないけど、このハイスクールにヤムチャより格好いいやつなんていないわよ。ルックスでも、仕種でも。あたしの彼が一番よ!
「ふん」
思わず鼻を鳴らしたあたしに、クラスメートが訝しげな視線を向けた。
「何よブルマ」
「べっつに〜」
「妬いてんでしょ。自分に彼がいないから」
最後の言葉に、あたしの神経が反応した。思わず上がってしまった眉を元に戻して、すました顔で言ってやった。
「おあいにく様。あたしにだっているわよ。とびっきりステキな彼氏がね」
隠していたわけじゃない。ただ教えてやる機会がなかっただけ。でも、そろそろ同じ話を聞かされるのにも飽きてきた。
「嘘言わないで。そんな話聞いたこともないわよ」
「あたしの彼は、あんたたちのと違って大人なのよ」
校内恋愛なんかじゃない。外で見つけた恋人よ。登校デートがどうとか言ってるこいつらのとは、物が違うのよ。
「ふ〜ん。どんな人?」
クラスメートの態度は素っ気なかった。まるっきり信じていない声音。
そのさして気のない面々に、脚色する必要もない事実を教えてやった。
「西部ドラマに出てくるような長髪で、エキゾチックな黒い瞳で、背が高くって格好よくって、何をするにも従順な僕がいて、すっごく強い男よ!」
まだよく性格はわかんないけど。とにかく格好いいんだから!
息巻いたあたしの台詞は不発に終わった。クラスメートたちの反応は、まったくあたしの予想を裏切った。
「強い?何それ」
「僕?」
「なんだか全然わかんないんだけど」
まったく、こいつらは。
いつだってそうなのよ。いつだって、あたしの言うことを否定するのよ。所謂、嫉妬ってやつ?いくらあたしが成績優秀でかわいいからって、いい加減にしてほしいわよね。
でも、ヤムチャのことは否定させないわ。だって、ヤムチャは本当に格好いい――
あたしの思考を、クラスメートの声が破った。
「だいたい今時、長髪なんてダサくなぁい?」
「そうよね〜。ドラマの中だけならいいけど、都じゃあねえ」
「あたしはパスかなあ」
「あたしもあたしも」
何ですってー!!
思わず腰を浮かせかけた時、授業開始のチャイムが鳴った。その瞬間、抗議するタイミングと鬱憤晴らしにサボるチャンスを、あたしは同時に失った。


その後、クラスメートからヤムチャの話を振られることはなかった。まるっきりあたしの言ったことを無視して、ハイスクールでの一日は終わった。
あったまきた!
どうしてわからないわけ?あいつの格好よさが。絶対、クラスメートの彼氏より上なのに。
「ただいま!ヤムチャいる!?」
部屋にリュックを放り込んで、すぐにあたしはリビングへ行った。探していた顔は見当たらなかった。ウーロンが相変わらずの口調で呟いた。
「外庭だろ」
また!?
どうしていつもいつもそこにいるわけ?あたしが帰った時くらい、顔を見せなさいよ!武芸ばっかりしてて。バカの一つ覚えなんだから!
フリーザーからソーダを取り出しそれを一気に飲み干して、あたしは外庭へと向かった。ポーチを出たところで、遠目にヤムチャを観察した。
ちょっぴりカールした漆黒の長い髪。深黒の瞳。日焼けした肌。あたしの遥か上にある目線。
やっぱり格好いいわよね。でも…
…確かに長髪はダサいかも。
「ヤムチャ!」
叫びながら駆け寄った。
「やあ。おかえ…」
「髪切りにいくわよ!」
続けて放ったあたしの言葉に、ヤムチャは剣を持つ手をとめ、のんきな声で答えた。
「髪切るの?それ似合ってるのに…」
「あたしがじゃないわよ。あんたがよ!」
一瞬呆けたヤムチャの顔に、あたしの神経は逆撫でされた。こいつ、鈍すぎ!
それきり黙ったヤムチャの姿を、あたしは再び観察した。
…少し弄る必要があるわね。
まず服よ。これはこれで悪くはないけど、都ではちょっと浮くわ。特にあの場所では。
「その次は買い物ね。その服どうにかしなきゃ。そうしたらハイスクールに行くわよ!」
「ハイスクールって…」
「あたしが行ってるところよ。16歳なんでしょ?」
考えてみればおかしいわよね。この年で学校に行ってないなんて。ハイスクールに連れてけばあたしも一緒にいられるし、クラスメートにだって自慢できる。一石二鳥だわ。
「そうだけど。でも俺は…」
「俺は、何よ?」
ふいにあたしは気づいた。ヤムチャの口調に。
今まであまり話しなかったからわからなかったけど、歯切れ悪すぎ!硬派で無口な人って、そういう側面持ちがちよね。これはあたしが引っ張っていかなきゃダメね。
「よし、じゃあ行くわよ」
「え、今から?」
「何よ、嫌なの!?」
そんなはずないわよね。あたしはあんたをより格好よくしてやろうって言ってるんだから。彼女に服選んでもらうのを嫌がる彼氏なんていやしないわよ。ついでに都見物だってさせてあげるわ。こんな親切断ったらバチがあたるってもんよ。
「あたし着替えてくるから。その間にシャワー浴びといてね」
あたしの選定眼は確かよ。それをあいつらにわからせてやるわ。




うっかりエアバイクをカプセルから戻しかけて、慌ててその手をポケットに滑り込ませた。
つい癖が出ちゃった。今日は必要ないのに。
だって、今日はヤムチャと一緒に登校するんだから。登校デートなんだから!
「ヤムチャ、早くー」
ヤムチャはどことなく落ち着かなげな表情で、エントランスに佇んでいた。
メントールの香る短い髪。フィットジーンズにトラッドなシャツ。足元はインポートスニーカー。
今やすっかり垢抜けたあたしの恋人。どこから見ても都人よ!
やっぱりあたしの目は確かだったわ。それを今からわからせてやるわ。

その日、ハイスクールは朝からヤムチャの話で持ちきりだった。
「ねえ、見た?今日来た転入生!」
「見た見た。すっごい格好いい!」
「どこから来たのかしら。ステキよねー!」
騒ぎ立てるクラスメート。噂話の嵐。
ふふん、きたきた。この瞬間よ。
おもむろにその女たちの輪の中に入って、あたしは言ってやった。
「あいつに手出しちゃダメよ。あれはあたしのだからね!」
「ええーっ!?」
一斉に叫び声が上がった。
「マジィ!?」
「あれがあんたの彼氏!?」
「ウッソー!」
「どこで見つけたのよ。ズルーイ!」
クラスメートの羨望の眼差しの中、あたしは悠々とヤムチャのクラスへ向かった。
あー、気分爽快!

「ここが美術室。で、隣が…」
4限目の後の、昼休み。浮き立つ心で、あたしはヤムチャを連れて、校内を見せびらか…もとい案内して回っていた。
あー、気分爽快!
ヤムチャを見る女たちの目。そしてあたしに寄せられる羨望と嫉妬の眼差し。もう最高よ!
どんなに見たって、こいつはあたしのものなんだから。あんたたちには指一本触れさせませんよーだ!
すっかり得意になって、あたしは自分の宝物を返り見た。…はずだった。
「ん?」
ヤムチャはあたしの後ろにいなかった。遥か彼方の廊下の端で、何やら女と話しこんでいる。
瞳を輝かせヤムチャを見つめる女の手元。そこにある一通が、今まさに所有主を変えようとしていた。
「ちょっと、ヤムチャ!」
あたしが駆け寄ると、その女は去って行った。ヤムチャの手に、ハートの刻印のある封筒を残して。
「あんた、何ラブレターなんか受け取ってんのよ!」
当然のあたしの抗議に、ヤムチャは茫洋とした目で答えた。
「え?いやだって、くれたから…」
何それ!
「あんたはくれるものなら何でももらうわけ?」
しかもあたしの目の前で!?信じられない!
返事は返ってこなかった。明らかに困惑しているヤムチャの顔を見て、あたしは言い放った。
「さっさと捨ててよ、そんなもの!」
「じゃあ一度読んでから…」
何ですってー!!
どうして読むのよ。どこに読む必要があるっていうのよ。あんたはあたしの彼氏でしょ!!
その時、あたしは見た。ヤムチャの瞳に浮かぶ光。どことなく緩んだ口元。この…
「女ったらし!!」
気づいた時には殴っていた。最低!!
「ちょっとブルマさん…」
「話しかけないで!!」
どこがクールよ。硬派なのよ!あたしすっかり騙されてたわ!!
あたしはひたすら外を目指した。ヤムチャはずっとついてきた。
周囲の羨望と嫉妬と好奇の眼差しの中、鬱憤晴らしにサボるため、あたしはエアバイクに飛び乗った。
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