以下の男
ストロベリーサンデー…ストロベリーパフェ?
いいえ、違う。こんなの恋人と一緒に食べる物よ。今はそんな気分じゃないわ。
「エスプレッソ!ダブルで!!」
適当に飛び込んだカフェで、声高にあたしはオーダーした。
結構閑静な店っぽいけど。今は声を荒げるなっていう方が無理よ。
「なんなのよ、あいつは!!」
半分を一気に啜ってカップを置いた。それは大きな音を立てた。でも、静かに置けっていう方が無理よ。
どうしてラブレターなんか受け取るのよ。あたしが何のためにあいつをハイスクールへ連れて行ったと思ってるのよ。
あいつを自慢するためよ!なのに恥を晒してどうするのよ!!
残り半分を一気に啜った。今度はそれをソーサーには戻さず、大きく掲げながらあたしは叫んだ。
「エスプレッソおかわり!リストレットでね!!」

エアバイクで空からC.Cに帰ってきて、そのポーチの脇にヤムチャの姿を見つけた。
プーアルを従え剣を揮うその姿は、あたしの買ってあげた服ではなく、いつもの道着。…せっかく磨いてやったのに。もう元に戻っちゃってるわ。
でも、あの髪型は正解ね。道着にも似合ってるし。なんか爽やかになったし。…やっぱり、格好いいわよね。
ポーチの前にエアバイクを下ろすと、すぐにヤムチャがやってきた。
「…あの、ブルマさん。ごめん」
背中越しにそう端的な言葉をかけられて、あたしは思わず目を瞬かせてしまった。
…何だ、素直じゃない。
たらしでいい加減なやつなんだと思ったけど、もう過ちに気づいたってわけね。
そう思いヤムチャの方を振り向きながらも、あたしは表情を緩めなかった。問題は本当に反省してるかどうかよ。
あたしはすでに一度騙されたんだから。同じ轍を踏むのはもうごめんだわ。
少し俯き加減に立っている、ヤムチャの顔を見た。短くなった前髪の間から覗く、下がった眉。憂いを湛えた深黒の瞳。引き締められた口元。
…反省してるみたいね。
まあね、反省してるなら、許してやらないこともないわ。一時はどうしてやろうかと思ったけど、こいつやっぱり格好いいし。ハイスクールの中じゃ一番だし…
さて何と言って許してやろうかとあたしが考えていると、ヤムチャがおずおずと呟いた。
「それであの、できれば理由を教えてもらいたんだけど…」
「…何の?」
完全に呆けた声をあたしは出した。何を教えろって?
「だからあの、…叩いた理由。俺、何かしたかな?」
「はあ!?」
思いっきり叫んでしまった。何言ってんの、こいつ!?
「何よそれ!あんた、あたしをバカにしてんの!?じゃあどうして謝ったのよ!!」
「それはハイスクールサボらせちゃったから…」
「はああああ!?」
これ以上ないというほど間抜けな叫び声を上げて、あたしは気づいた。呆気に取られたようにあたしを見つめる、ヤムチャの僕。エントランスの外、ポーチの陰に身を隠すようにして、あたしたちを見物している一匹のブタ。内庭の窓から茫洋とした目で覗いている父さん。わざとらしく頬に手を当てて、リビングの窓から見ている母さん。
…あたしたち、見世物になってる。
「ちょっと、ヤムチャ。こっちきなさい!」
あたしは、あたしを怒らせている人間の手を取って、自分の部屋へと引っ張りこんだ。
まったく、こんな間抜けなケンカは初めてだわ。

「あんた、本当にわからないの!?あんたがラブレターなんか貰うからでしょ!」
茫洋とした瞳であたしを見ているヤムチャにそう怒鳴りつけながらも、あたしの怒りは初めのものとはまるで違うものになっていた。
硬派と言えば硬派だけど。程度ってものがあるわよ。
でも、こいつは今までずっと荒野にいたんだもの。都の人間のやり方がわからないのも、しかたがないことなのかも。
入り混じる呆れを読んだかのように、ヤムチャが穏やかな声で言った。
「もう貰わないよ」
「本当?絶対よ。約束よ!」
「約束するよ」
あたしを見つめる真摯な目。従順そうなその表情。
正直、ヤムチャの言葉を真正面から信じる気にはなれなかったけど、あたしはひとまず許してやることにした。
だって、やっぱり格好いいもの。それになんだかかわいいし。少しズレてるような気はするけど、それは都に慣れていないせいよ。しばらくここで生活すれば、何の問題もなくなるに違いないわ。
泣き濡れた子犬のような目をしてあたしを見ている男に、あたしは笑って言った。
「いいわ。許したげる。その代わり、お願いきいてね」


翌日。あたしのハイスクール生活は、ある噂を打ち消すことに終始した。
「ブルマ、あんたヤムチャくんとケンカしたって本当?」
「嘘に決まってんでしょ。誰よ、そんなこと言ったのは。今日だってデートするんだから」
そう答えてやった時の、相手のがっかりした顔。思いっきり溜飲が下がったわ。
だけど、本当に誰よ、そんなこと言ったのは。まったく目聡いんだから。油断も隙もありゃしない。…デートの約束しといてよかった。
そう、今日あたしは放課後デート。そのためなら、授業を真面目に受けることだって厭わない。
「ヤムチャ、行こ!」
6限目終了のチャイムと共にヤムチャのクラスへ行って、わざとらしく叫んでやった。明らかにテンションの下がる、ヤムチャのクラスの女たち。
気分爽快!やっぱり、許してやってよかった。

従順につき従うヤムチャを横目に、カフェのドアを押した。
そしてメニューを手にしながらそれにはまるで目を通さず、すでに決めていたその一品をオーダーした。
「ストロベリーパフェ1つ。スプーンは2つつけてね!」
ヤムチャが不思議そうな顔をして、あたしを見た。
「2つ?」
「一緒に食べるのよ」
恋人同士で1つのパフェをつつくの。一度やってみたかったのよね!
あたしが答えても、ヤムチャの顔は晴れなかった。
「俺、あんまり甘いもの得意じゃないんだけど…」
「食べてるフリしてくれればいいから。ね!」
実際に食べてくれる必要はないのよ。こういうのは雰囲気なんだから。それと周りの視線よね。
「ふうん」
曖昧な返事をするヤムチャの手に、パフェスプーンを握らせた。
それはなかなかかわいい図だった。こいつてっきり、荒っぽいキャラだとばかり思ってたんだけど。こういうの案外似合うわね。
ヤムチャは、お義理のように一匙二匙クリームを口に運んだ。相変わらずの無口さも、時折向けられるはにかんだ瞳も、かえって様になるほどだった。
今やあたしたちは、一切の隙のない美男美女カップル。周囲の視線も温かい。やっぱり見映えがするっていいわね〜。
あたしはすっかり満足して、幸せなひとときを過ごした。

「あたし会計してくるから。先に外に出てて」
そうヤムチャを促して、席を立った。
女が勘定を持つことを恥ずかしいとは思わないけど。隣に男を従えて、っていうのはちょっと情けないわよね。
手持ちのキャッシュを確かめながら、次なる行動に思考をめぐらせた。
とりあえず目的は達したし。あとは何をしようかな。
やっぱりショッピングかな。あいつ、カジュアル結構ハマるし。もう少しワードローブを充実させてあげようか。
浮き立つ心でカフェのドアを押した。同時にそれが目に入った。
あたしに背を向けるヤムチャの前に、派手な格好の女が2人。品を作ったその様子。色の浮かんだその瞳…
「ちょっと、ヤムチャ!」
あたしがヤムチャに駆け寄ると、女2人は明らかに落胆した目を見せて、すばやく去って行った。
「あんた、何、逆ナンされてんのよ!」
当然のあたしの抗議に、ヤムチャは茫洋とした目で答えた。
「逆ナンって?」
「逆ナンパ!女が男をナンパすることよ!」
「あ、あれナンパなのか」
ヤムチャの瞳に広がった理解の色を見て、あたしはその言葉が惚けではないことを知った。
ちょっと。ちょっと、ちょっと、ちょっと!
何こいつ。鈍すぎ!…ひょっとして天然?
こんなに格好いいのに。なのに、天然だっていうの!?
「…最悪」
あたしは自分のこれからの苦労を思って、溜息をついた。
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