バカな男
『…選手、場面はツーアウト満塁!このチャンスを活かすことができるかどうか――』
「できるに決まってるでしょ」
他人のラジオから流れてきたアナウンサーの声に、あたしは答えた。
「どうかな、あいつ土壇場に弱いからな」
スタジアム名物のソーセージに齧りつきながら、さして緊張感のない声で、ウーロンが言った。
「がんばって、ヤムチャ様!」
あいつの僕が、届かないに決まっている声援を送った。
週末の夜。都内のベースボールスタジアム。そのタイタンズ側のバックネット裏のBOXシートに、あたしはウーロン、プーアルと共にいた。
あたし自身は野球を、それほど好きなわけではない。嫌いでもないけど。夏の夜のゲームはビールがおいしいかな、って感じ。それは、あいつも似たようなものだと思ってたんだけど。
一斉に観客がどよめいた。ラジオから鳴り響くアナウンサーの声が、一際大きくなった。
『打った!大きい!大きい!これはいった、いった、いったーー!!』
ウーロンの懸念は杞憂に終わって、ヤムチャの打った球はスタジアムの外へと消えた。
まったく放物線を描かずに。

「なんていうか…死角を突いたわよね〜」
屋外から屋内へと場所を移し、本日3杯目のビールに口をつけながら、あたしは目の前の男を見た。
ほとんど半日を拘束された後だというのに、ヤムチャはまったく疲れを見せず、野球選手にはタブーなはずのビールとステーキを、気に病むことなくお腹に詰め込んでいた。
「俺、ピッチャーじゃないけど?」
「そうじゃないでしょ」
相変わらずのボケをかます似非野球選手を、ウーロンが擁護した。
「まあ、いいんじゃねえの。正直、反則って気はするけどな」
…半分だけ。
「そうよね〜」
敬遠されたボールまでホームランにしちゃうなんて、ほとんど相手ピッチャーに対するいじめよね。真面目にやってる相手がかわいそうよ。
あたしの心を知ってか知らずか、ヤムチャは半分ほど残っていたビールを一気に煽ると、嘯いた。
「俺は自分で自分を鍛えたんだ。何もズルいことはしてないぞ」
確かに、それはそうなんだろうけど。
でも、やっぱり反則よね。こいつの身体能力は普通じゃないんだから。それはこいつに限ったことじゃないけど。
だいたいこいつ、外野にまわった時なんか、こっそり舞空術使ってんのよ。あれは紛うことなき反則よ。
「ねえ、あたしいいこと思いついた!」
言いながら、思わず腰を浮かせた。それはまったく名案に、自分でも思えた。
「孫くんやクリリンくんたちを集めてチームを作るの!絶対、無敵のチームになるわよ。あたしオーナーになるわ!」
資金はあるし。野球関係者にツテだってあるし。野球の戦略戦術なんか知らないけど、そんなもの必要ないわよ。監督なんかいなくたって、あいつらなら勝手に勝ちまくってくれるわ。
さほど感慨を受けた様子はなかったものの、それでもヤムチャはこの話に乗ってきた。
「そうすると、ピッチャーは誰かな」
「クリリンなんかいいんじゃない。あいつ結構機転利くし。少なくとも孫くんはダメね。不安すぎるわ」
何がってわけじゃないけど。孫くんは、絶対何かやらかしそうな気がする。
「クリリンがピッチャーで、あんたがキャッチャー。天津飯さんには4人になってもらって、全内野手」
同じ人間なら息もぴったりだし。トリプルプレイだって夢じゃないわ。
「で、孫くんと亀仙人さんと餃子くんが外野手」
我ながらいい采配。監督もあたしがやっちゃおうかしら。
あたしが自信を持ちかけたその時、ウーロンが水を差した。
「そうなると、おまえはチアガールだな」
「何言ってんの。あたしはオーナーだって…」
「バカだな、おまえ。あのスケベじいさんが、そういうこと要求しないわけないだろ」
ガーーーン。
言われてみればその通り。まったくそのへんのこと、抜け落ちていたわ。
がっくりと肩を落としたあたしを見て、ヤムチャが呆れたように呟いた。
「おまえ、本気だったのか?」
「うるさいわね」
冗談でこんなこと考えるわけないでしょ。あたしは現実主義者なのよ。


C.Cへ戻りシャワーを浴びても、酒気は追い出しきれなかった。少し飲みすぎたわ。結構楽しかったから。ヤムチャと飲むのも久しぶりだったし。あいつの酒量に引き摺られちゃった。
それでも惰性で、最近の日課である翌日の実験のための仕込みをやっていると、そこへヤムチャがやってきた。
「何だおまえ、また研究してるのか」
「ただの仕込みよ。すぐ終わるわ」
こんな日に研究なんかするわけないでしょ。3ヶ月ぶりなのに。
それでも、これだけはやっておかないとね。翌日に響くし、だいいち気が落ち着かないわ。
あたしが自分の一日を片付ける様を、ヤムチャは黙って見ていた。…途中までは。
「なあ、まだ終わらないのか?」
「もう少し。これ全部仕込み終えたらね」
珍しく急かしてくるヤムチャの様子に、あたしはすぐに気づいた。こいつもだんだん一人前の男になってきたということに。…やり方は全然スマートじゃないけど。
からかうように(っていうか、からかってるんだけど)あたしは言ってやった。
「珍しいじゃない、あんたの方から誘ってくるなんて」
思った通りの反応を、ヤムチャはした。
「お、俺は何も…」
「何言ってんの、バレバレよ」
まったく、かわいいわよね。
付き合い始めてもう8年――そういうことになってからなら4年も経つっていうのに。こういうところはいつまで経っても初々しいんだから。
いつもいつもそれが許されるってわけじゃないけど。今日は気分がいいから、許してあげるわ。
ヤムチャの膝の上に乗りわざとらしく足を上げながら、さらに言ってやった。
「で、どっち?」
「何が?」
「あんたの部屋?あたしの部屋?」
またもやあたしの読み通り、返事は返ってこなかった。
おもしろーい。こいつ、わかりやすすぎ!
こいつの言動がこんなにおもしろく感じるなんて。あたしやっぱり、まだ酔ってるわね。それもかなり。でもいいわ。
それがお酒の楽しさよね。

一番近いベッドの上でヤムチャの息吹を受けながら、あたしは少しずつ身を軽くした。半ばは自分で。半ばはヤムチャの手によって。
ひさしぶりだからかしら。なんだか妙にスムーズだわ。
別にいつものヤムチャが手際悪いってわけじゃないけど。でもこいつ、いつもはもっとゆっくりなのに。それにちょっとおかしい。
何で自分は脱がないわけ?あたしだけ裸ってどういうわけ!!さすがのあたしも、ちょっと恥ずかしいわよ。鈍いとかそういう問題じゃないわよね。不自然だわよ。
あたしが咎めようとしたその時、ヤムチャがふいに体を離した。おもむろに身を起こすその様に、さらに疑心をかきたてられて、あたしも身を起こした。その途端、ヤムチャがそれをあたしの首に巻きつけた。
…一連のネックレス。ところどころに石のついた…
「何これ?」
「何って、ネックレスだよ」
そんなことわかってるわよ!
「これ、どうしたの?」
あたしが訊くと、ヤムチャはすぐに衒いのない笑顔を閃かせた。
「俺が初めて自分で稼いだ金で買った物だ」
「嘘…」
思わず口に出して言ってしまった。だって、こいつがそんなことするなんて。そんなこと考えるなんて。信じられない。
「嘘じゃないって」
相変わらずのボケを、ヤムチャはかました。本当にこいつって、言葉を読まないんだから。
あたしはそのボケには付き合わなかった。少し強引に頭を下げて、首元に光るやや短めのネックレスを見た。
なんてことないデザインだけど、ちゃんと本物。そんなの、この輝きを見ればわかるわ。
あたしは想像してみた。こいつがそういう店へ行って、これを選んでいるところを。すっごく想像し難かったけど、想像してみた。似合わない。全然似合わないわ。
でも、うれしいわよね、そういうのって。…なんか、断然サービスしたくなってきちゃった。
あたしとは対照的に着込んだその体を、解しにかかった。まずはこいつを、あたしと同じところまで引き摺り下ろさなきゃ。もう、恥ずかしいとかそういうの、全部なくなっちゃった。
こいつの声が聞きたい。あの声が、今はすっごく聞きたいわ。

あたしは少しだけそれを聞いた。本当に少しだけ。ヤムチャは全然あたしを自由にさせてくれなかった。
ちょっぴり悔しいけど、でもいいわ。今日はこいつのしたいようにすればいい。
幸せになってくれればそれでいいわ。あたしがそうであるように。こいつもそうなってくれれば、それでいい。
それだけで…




しばらくの間、あたしは目を開けられなかった。
恥ずかしくて。…すっごく幸せだった。
あたしの横になる男を見た。いつもとさして変わらない茫洋とした瞳。のんびりと宙を見つめるその構え…
男ってズルいわよね。
だって、やっぱり男には勝てないもの。こんなやつでも、やっぱり男なんだもの。…あたしがこんなに恥ずかしい気持ちになってるのに、自分はのうのうとしちゃってさ。
ま、こいつはもともとのうのうとしてるけど。
「あんたにしては、センスのいいものを選んだわよね」
再び自分の首元を見ながら、そう言った。
品定めするつもりはなかった。そこまで無粋じゃないわ。でも…
「まあな。大変だったけど」
「恥ずかしかった?」
それが知りたいところだった。だって、こいつにも少しは恥ずかしがってもらわないと。
「それはそうでもなかった」
淡々とヤムチャは答えた。やっぱり、のうのうとしてたのね。…つまんないの。
「ただ店員がな…あまり使い物にならなかった」
「じゃあ、自分で選んだのね」
言いながら、自分の声が上ずっていくのを感じた。
だって意外なんだもの。こいつがあたしの物を見立てた、ということが。こいつ、買い物に付き合わせても、いっつも適当っていうか、どうでもよさげっていうか。ほとんど無視しちゃってくれるのに。
こいつの選んだものをつけている――そのこと自体が、とてもステキなことであるように、あたしには感じられた。
幸福の世界に再び片足を突っ込みかけたあたしを、ヤムチャの声が引き戻した。
「まあな。助言は貰ったけど」
「…どういうこと?」
瞬時にあたしの思考回路が動き出した。だって、おかしくない?使い物にならない相手に助言を貰ったなんて。
あたしの不審にはまるで気づかず、ヤムチャは続けた。
「おまえのことを知ってる人間が、偶然いたんだよ」
あたしは息を呑んだ。…なんだか、嫌な予感がする。
「男?…女?」
単刀直入に訊ねた。誤解しようのない二者択一。
「女。おまえの学…」
「何それ!信じらんない!!」
思うと同時に叫んでいた。ヤムチャの背中に向かって。
「あんた、女に選ばせたわけ!?あたしへのプレゼントを!?」
「いや、選ばせたっていうか、ただそこで会った…」
「同じよ!!」
振り向きざま弁明しようとするヤムチャの背中を、思いきり蹴りつけてやった。最低!!
他の女に選ばせたものをあたしにくれたわけ!?それをつけてあたしは抱かれたわけ!?
ひとをバカにするのもいい加減に…!いいえ、どうしてそんな――
「出てって!!」
「ちょっと待て、ちゃんと話を…」
「うるっさい!!」
これ以上聞かせないで!!
あたしが怒鳴りつけると、ヤムチャは何も言わなくなった。ただ口を引き結んで、辺りを弄り始めた。あたしはその求めるものを投げつけてやった。
…服。そりゃあ裸では出て行けないでしょうよ。どんな時でものうのうとしてるわよね、こいつって!
「ブルマ、後で話を――」
「うるっさい!!」
あんたの声なんか聞きたくないわ!
再びあたしが怒鳴りつけると、ヤムチャは出て行った。何も言わずに。
…最低。

部屋に静寂が訪れて、あたしはベッドの端に腰を下ろした。
ネックレスを外した。手の内にあるそれを一目見て、次の瞬間握り締めた。
「こんなもの…!」
怒りと共に振り上げた拳の中身を、あたしは投げつけることができなかった。
だって、すごくうれしかったんだもの。すごく幸せだったんだもの。
そんな事情さえなければ、ずっと幸せでいられたのに。さっき感じた幸せを、ずっと信じていることができたのに。
あたしはベッドに潜り込んだ。
そして、現実を見る目を塞いだ。


翌朝、目が覚めてからも、あたしはベッドを出なかった。
昼の間は、きっとまだあいつがいるに違いないわ。何戦かしていくって言ってたし。今日は休日だから、あたしも行くとこないし。学院は休みだし…
いつもだったら。いつもだったら、あいつなんか横目で睨みつけて撃退してやるのに。でも、今日はそんな気になれない。だって、悲しすぎるもの。
枕元にネックレスが転がっていた。いえ、あたしが転がせていた。
…バカよね、あいつ。
どうしてバカ正直に何でも言うのよ。あんなこと隠しておけばいいのに。黙っていればわからないのに。
事情さえ知らなければ、あの幸せをずっと信じていることができたのに。もっとうまくやればいいのに。
…そんな男、あたしは嫌だけど。


鬱々と一日を過ごして、翌日あたしは学院へ行った。助かった、正直そういう気持ちだった。
学院へ来ていればあいつに会わなくて済むし。その間は忘れられるし…
それでも記憶は時々やってくる。作業と作業の合間。昼食時間。
午後の日差しが窓に差し込まなくなった頃、ついにあたしは堪えかね、机の上に突っ伏して呟いた。
「あたし、男運悪すぎ…」
あたしの向かい側で計測結果を纏めていたディナが、それを聞き咎めた。さして感情の篭らない口調であたしに言った。
「そう?悪くない男じゃない。あたしはそうでもないけど、あんたはタイプでしょ。あんた、イースト系好きだものね」
「何言ってんの。青い瞳の方がいいに決まってるでしょ」
「ふーん。ま、いいけど」
あたしの否定をディナはあっさり流した。まったく、どいつもこいつも、どうしてそうのうのうとしてるのよ。
未整理データをあたしの方に押しやりながら、ディナは淡々と続けた。
「見目はともかく、絶対操縦できるタイプの男だと思うけど。あんたが下手すぎるのよ。ちゃんと相手の話聞いてる?」
これにはあたしの眉も動いた。
「聞いたわよ。聞いたから怒ってんのよ!あんただって、聞けば絶対怒るわよ!あいつ、他の女に選ばせたのよ。あたしへのプレゼントを!!」
忘れかけていた怒りが再び湧き出した。すっかりそれに取って代わっていた悲しみを、ディナの言葉が追い出した。
そうよね。どうしてあたしがあいつを避けなきゃいけないのよ。それはあっちのすることよ。のうのうとした者勝ちだなんて、冗談じゃないわ。
帰って引っ叩いてやるわ!
そう思った。そうよ、まだ引っ叩いてなかったわ。蹴りつけてはやったけど。あんなのじゃダメ。一発、引っ叩いてやらなきゃ気が済まない!
あたしの気持ちはようやく動き出した。一戦交えてみる気になった。そんなあたしの心に、ディナが小石を投げ込んだ。
「ああ、プレゼントね。結局、何貰ったの?」
「は?」
あたしの気勢は一瞬にして飛んでいった。何、今の言い方?
「まあ、だいたいわかるけど。ああいうタイプは無難な物に落ち着きがちよね。あの店にはシンプルな物が多いし」
ちょっと、ちょっと、ちょっと!
「あんた、一体何を知ってんのよ!」
攻撃対象が変わった。あたしの怒声にもディナはまったく動じず、飄々として答えた。
「何も知らないわよ。話しただけだし」
「誰と!?」
「あんたの彼氏と」
完全に呆けたあたしの耳を、ディナの豪笑が襲った。
「何、ひょっとして、女ってあたしのこと?…あんたやっぱり、相手の話全然聞いてないじゃない」
あたしは何も言えなくなった。ひたすら響くディナの笑い声と、脳裏に浮かぶあいつの顔に、延々と苛まれた。


都内のベースボールスタジアム。ナイトゲーム。タイタンズ側のバックネット裏のBOXシート。
『タイタンズ2回裏の攻撃は4番ヤムチャ選手から。昨日のゲームでは全打席ホームランと驚異的な成績を叩き出しているヤムチャ選手ですが――』
「打たないわけないでしょ!」
他人のラジオから聞こえてくるアナウンサーの機先を制して、あたしは叫んだ。
あいつはそれだけが取り柄なんだから。どうしようもない体力バカなんだから!
どうしてちゃんと話さないのよ。おかげで赤っ恥掻いちゃったじゃないのよ!!それに…
のうのうと打席に立っている男を睨みつけた。何でバックネット裏なのよ!プレイヤーズベンチに入れなさいよ!あたしは関係者なのに!…本当に、オーナーになろうかしら。
あたしの睨みは効果を発さず(どうせあたしに気づいていないに違いないわ。あいつはそういうやつよ)、ヤムチャの打った球は、きれいな放物線を描いてスタンドの中へと消えた。ゆっくりとベースを一周してチームメートに迎えられるその姿を見ながら、あたしはビールを開けた。

まったく、のうのうとしてるわよね。あいつの思考回路ってどうなってんの?
あの後、ヤムチャは一度もあたしの部屋に来なかった。どうして説明しに来ないの?…どうして怒りに来ないのよ。誤解だってわかってたくせに。
あいつが怒鳴り込んできてくれていれば、あたしは恥を掻かずに済んだのに。怒鳴りつけてくれていれば、あんなくだらないケンカだってしなくて済んだのに。そうしたら…

傍目にはのんびりと試合観戦をしながら、あたしはビールを2缶開けた。試合が終わっても、怒りは相変わらず消えていなかった。ただ内包していた。それだけのことよ。
球場外に溢れかえる観客の波を掻き分けて、選手専用の出入り口へと向かった。
やがてヤムチャが出てきた。いつもと変わらない歩調で。一人、のうのうと間抜け面を引っ下げて。こちらへ向かってくるその姿を睨みつけながら、あたしは心の中で溜息をついた。
こいつは何とも思っていないのかもしれない。どうせそういうやつよ。でも、あたしは違うわ。
「あたしの幸せ返してよ!」
あたしは機先を制した。言いたいことは山ほどある。これがその筆頭よ!
「は?」
返ってきたのは、いつもの間抜けな声だった。わかっていないに違いない。どうせそういうやつよ。
でも、だからって許されるわけじゃない。だって、あれはこいつがくれたんだから。
「あんたはどうか知らないけどね。あたしは感じたの!だから返してよ!」
言いながら気がついた。自分の言葉が少しだけ事実と違うことに。
『返して』じゃないわ。
あたしは心の内を探った。あの時感じた幸せを探し始めた。それは、まだあたしの中にあった。悔しいけど、ずっと覚えていたわ。
あとは、息吹を吹き込むだけ。そんなの簡単よ。
「一緒に寝よ」
相変わらず黙ったままのヤムチャの手を引いた。きっと全然わかっていないに違いない。どうせそういうやつよ。
でも、だからって許しはしないわ。それに、まだ言いたいことは山ほどある。
それは、これからゆっくり咎めてあげるわ。


簡単にキスをして、あたしたちはC.Cのエントランスへと足を踏み入れた。
「で、どっち?」
そのままバスルームへと向かいかけて、あたしはふと足を止め、あの時と同じ質問をした。
「あたしの部屋?あんたの部屋?」
誤解しようのない二者択一。こいつにはそれが一番よ。だいたい、これでもダメだったくらいなんだから。
少しだけ考え込んでから、ヤムチャは答えた。
「じゃあ、俺の部屋…」
そうね、それがいいかもね。
こいつの部屋の方がバスルームに近いし。ベッドも近いし。それに本人の部屋なら、逃がさずに済むし。
さあ、咎めるわよ〜。

咎めの順番を指折り数えながら、あたしはバスルームへと向かった。
inserted by FC2 system