並進の男
週末の午後。ハイスクールから帰ってC.Cのテラスで遅いお茶を飲んでいたあたしは、いち早く席を立ったヤムチャの後を追いかけた。
プーアルとウーロンはまだテラスにいた。それを尻目に、2人から離れたところで追いつくよう、タイミングを図った。…あいつらに知られると、すぐ便乗されるんだから。
「ねえヤムチャ。明日、ショッピング行きましょ。そろそろあんたの服買い足さなくちゃ」
言いながら並びかけると、ヤムチャは少しだけ歩調を緩めた。それでも足は止めず、軽く頭を掻きながらおずおずと答えた。
「ごめん、明日はダメなんだ。野球の試合に出る…かもしれないから」
「『かも』って何よ。明日のことなのにわからないの?だいたいあんた、野球って…」
『クラブは辞めたはずでしょ』。続く言葉を、あたしは呑み込んだ。もうそんなことどうでもいいわ。辞めてようが辞めてなかろうが、こいつにとっては同じことよ。こいつは、頼まれれば何だってやるのよ。本当にいい格好しいなんだから。
あたしの思いは、さらなるヤムチャの言葉によって、ますます強固になった。
「たぶん出ることになるとは思う。地区予選の準々決勝なんだけど、相手チームが強豪らしくてな。打者を一巡させてから俺を使うかどうか考える、って話だ」
「何それ。すっごいご都合主義ね」
「まあな」
あたしの言葉を肯定しながらも、ヤムチャは笑っていた。こいつも、すっごいお人好し。そんな見え見えの利用のされ方するなんて。いえ、だからこそ利用されるのか。
「あんたって本当に調子いいんだから。何でもかんでも安請け合いしちゃってさ」
意地悪のつもりで選んだ自分の言葉に、思わず自分で納得しかけてしまった。
本当にそうかも。お人好しとお調子者って紙一重っていうか、表裏一体のような気がする。
ヤムチャは気を悪くした様子もなく、飄々と言い放った。
「そうか?途中からなら俺も時間を取られずに済むし、向こうもそれがいいって言ってるんだから、一挙両得じゃないか」
「そういうのを調子がいいって言うのよ」
自分の考えをちっとも裏切ってくれないヤムチャの態度に、あたしはなんだか頭が痛くなってきた。
なんとなく話はここで終わって、気づけばあたしは外庭まで足を運んでいた。ヤムチャは黙って体を動かし始め、何だかよくわからないポーズを取り出した。少し離れた芝生の上で、あたしはしばらくそれを見ていた。
本当に、武道ってさっぱりわからないわ。時々格好いいポーズもあるけど、『それどういう状況で使うの』って言ってやりたいポーズもあるし。それでも、普段よりはずっと格好よく見えるけど。
やがてプーアルがやってきた。あたしは黙って自分の席を譲った。…なんとなく。プーアルほど献身的になるつもりは、あたしはないし。
それにあたしは忙しいんだから。いつもいつもヤムチャに構ってやるわけにはいかないのよ。


翌朝、10時のお茶を朝食代わりにしてから、いち早く席を立ち外庭へと向かうヤムチャの後ろを、追いつかないようにあたしは歩いた。
食後の運動よ。食べてすぐには、頭が働かないし。どうせ歩くのなら、目的があったほうがいいわ。
空は晴れ渡っていた。涼しく頬を撫でる風。肌に優しい陽の光。絶好のデート日和ね。そして野球日和。さらにトレーニング日和…
いや、それは関係ないか。ヤムチャはいつだってトレーニングしてるんだから。雨の日も風の日も。最近そればっかりなんだから。
「なんか用か?」
ふいにヤムチャが立ち止まった。あたしは惰性で並びかけながら、それに答えた。
「別に。散歩してるだけよ」
まったく何も含まずに言ったにも関わらず、ヤムチャの思案顔は消えなかった。
「買い物に行きたいのなら、明日か来週にでも…」
「そんなんじゃないわよ。ただ歩いてるだけだったら」
いちいちうるさいんだから。顔色を窺うようなこともしないでほしいわ。別に怒ってないっつーの。
あたしはそのまま歩き続けた。腑に落ちない顔を隠そうともせず、ヤムチャもあたしに続いた。
なんかこいつ、あたしがいると態度変わるのよね。優しくなるとかならいいけど、そういうのとも違うし。落ち着きがなくなるっていうか。今だってそうよ。あたしが後ろを歩いてちゃいけないって言うの?…
やがて外庭に着いた。相変わらずわけのわからないポーズを取り始めるヤムチャを、あたしは少し離れた芝生の上で見ていた。武道のトレーニングって、いつも同じことの繰り返し。芸がないわよね。よく飽きもせずやれるものだわ。
ややもしてプーアルがやってきた。席を譲ろうと立ち上がったあたしの耳に、その声が入った。
「ヤムチャ様、野球部のマネージャーの方から、お電話です」
「やっぱりきたか」
待っていたかのように呟くと、ヤムチャはテラスへと足を向けた。あたしは再び、その後ろを歩いた。

「呼ばれたよ」
ごく短い電話の後で、まるで当然のことのようにヤムチャは言った。…本当にお人好しね。
「荷物取ってきますね」
言いながらプーアルがC.Cの中へと消えた。プーアルもお人好しだし。お人好しの主従か。こいつら本当に荒野で生きてきたのかしらね。都でさえ生きていけなさそうなんだけど。
緊張感なくテラスに佇むその顔を横目に、テーブルに置いていたカプセルケースを手に取った。中身を吟味しながら、当の本人に訊いてみた。
「どこの球場?急ぐの?エアカー、スポーツタイプの方がいい?」
「イーストエリアの…、…ブルマも来るのか?」
「何よ!あたしが行っちゃいけないって言うの!?」
あたしの親切心は一瞬にして吹っ飛んだ。こいつ、いつまでこういうこと言う気なの!?いい加減にしなさいよ!
「何か来て欲しくない理由でもあるわけ?」
ことさら意地悪く、あたしは言ってやった。あまりわからないようだとね、そういうこと考えてやるわよ。こいつにそんな甲斐性があるとも思えないけど、それでも考えてやるわ!
「そ、そんなこと…」
言い澱むヤムチャとは対照的に、はっきりとした口調で、横からウーロンが口を出した。
「おまえ、あまりヤムチャを苛めるなよ。おれも行ってやるからよ」
「あんたは来なくていいのよ!」
だいたい何よ、その恩着せがましい言い方は。わざとらしく庇うフリまでしちゃってさ。ウーロンの考えてることなんて丸わかりよ。どうせ女が目当てなのよ。ヤムチャに群がる女たちがね!
本当に、誰も彼も見え見えよ。わかってないのはヤムチャだけだっつーの。
「ヤムチャ様、用意できまし…」
「よし。じゃあ行く…」
プーアルがバッグを手に戻ってきた。それに答えかけたヤムチャの声を、ウーロンが掻き消した。
「ほら、さっさと行こうぜ」
「何であんたが仕切るのよ!」
当の本人は置いてけぼりに、あたしとウーロンの会話は続いた。いっつも最後はこうよ。当のヤムチャの影が一番薄いのよ。
こんなに弱いようなやつ、放っておけるわけないでしょ。

球場に着いた時、試合はすでに4回表を終えていた。後攻で2対0。打者は12人目。野球のルールは、あたしにもだいたいわかる。議論できるほどじゃないけど。
でも、問題はそこじゃない。そんなことはどうでもいい。あたしが驚いたのは、球場の雰囲気だ。
さほど広くもないスタンドに、ちらほらと散らばる地味な観客。黒ずくめの応援団。おぼろげに響く低い応援の声――それだけ。
予想していた奇声がない。応援している生徒はいるけど、女だらけというわけじゃない。むしろ、その対極。明らかに試合に興味を持っている男子生徒が大半で、明らかにみんな純粋な動機から応援している。一体どういうことなの、これは。いえ、これが本来の形なんでしょうけど。
「あいつ、吹聴しなかったな」
呆気に取られるあたしの横で、ウーロンがぽつりと呟いた。その表現はどうかと思うけど、言葉はまったく腑に落ちた。
出るかどうかわからなかったから、誰にも何も言わなかったってわけね。あり得そうなことだわ。どんなに口が軽くても、未定なことは言えないわよね。そして、未定なんだからバレようもない。なるほどねー。
あたしはすっかり気を抜いて、スタンドに腰を下ろした。思えば、いつも女たちばかり気にしていたわ。こんなに普通に試合を観戦できるなんて、初めてじゃないかしら。
野球っていうのが、ちょっとなんだけど。どうせ見るならラグビーか空手の方がよかったな。野球ってたるいんだもの。真面目に応援するほど愛校心持ってないし。
そんなわけで、あたしは主にプレイヤーズベンチを見ていた。だって他に見るものないし。そして、すぐに気がついた。
男だらけのベンチの中に、異分子が一人。あんな人いたかしら。いつも観客席ばかり見ていたから気づかなかったわ。栗色の髪をした、瓜実顔の女――結構きれいな顔だちしてるわね。あたしのタイプじゃないけど。せっかく瓜実顔なのに、髪が黒じゃないなんて…。女は大きなノートを両手に抱えて、何やら盛んに喋っていた。振りまかれる笑み。答える男たち。マネージャーか。奇特な人もいたもんね。
やがてヤムチャが立ち上がった。ベンチに入ってから、まだいくらも経ってないのに。メットを被って、バットを手にベンチを出ようとしている。ネクストバッターボックスに行くのね。ということは、5番と交代か。なんとも微妙な使われ方をしてるわねえ…
「あーーーっ!」
ふとヤムチャがベンチを振り返って、次の瞬間あたしは思いっきり大声を上げてしまった。あたしの左横に並んで座っていたウーロンとプーアルが、驚きの目であたしを見た。
「どうしたんですか、ブルマさん」
「何だよ急に。びっくりするじゃねえか」
「何でもないわよ!」
反射的にそう返しながら、心の中であたしは叫んだ。
何でもなくないわよ!
すでにヤムチャはネクストバッターボックスにしゃがみこんでいた。でも、あたしの脳裏に展開するヤムチャの姿はそれじゃなかった。
遠目の後姿からでもはっきりわかった。振り返ったヤムチャの肩と腕に触れる、見間違えようのない女の手。
何触ってんのよ、あの女!いくらマネージャーだからって、馴れ馴れし過ぎよ!あれじゃ、いつかの告白女と変わらないじゃない。ルーティン?あり得ないわね。男同士ならわかるけど。
ヤムチャもヤムチャよ。どうしてあんなことさせてるの。そりゃマネージャーなんだろうけどさ。でも、だからってあんな…
内心で言葉を切ったその時、歓声が湧き起こった。さっきまで聞こえていた応援の声に比べて、1オクターヴは高い声。思わず顔を上げたあたしの視界に、緩やかにグラウンドを駆けている2人の人間の姿が映った。悠々と後ろを駆ける漆黒の髪。
ヤムチャってば、もう一仕事しちゃったのね。素早いわね。っていうか、まるっきり見てなかったわ。せっかくの見せ場だったのに…それもこれも、みんなあの女のせいよ。
あたしはまったく試合に集中できなかった。だって見えるんだもの。ベンチの中が。あの女の姿が。そのマネージャーらしき女は、露骨にヤムチャを贔屓しているという感じではなかった。でも、それもあたしの気に障った。
マネージャーって、あそこまで選手とべったりするものなの?ヤムチャも、どうしてそんなに楽しそうに相手してるわけ?だいたいあいつは部員じゃないんだから、もっと密やかにしているべきよ。いつもの影の薄さはどこへ行ったのよ!
どうして野球って、試合時間がこんなに長いのかしら。その半分がベンチだなんて、怠慢もいいところだわ。ヤムチャもいつまでもベンチでダベってないで、助っ人なら助っ人らしくちゃっちゃと仕事をして、さっさと試合を終わらせなさいよ!

あたしの思いは届けられた。ヤムチャは立派に役目を果たして、2度ボールをスタンドへ運んだ。そしてあたしは2度唇を噛んだ。
ホームランを打った時の、プレイヤーズベンチのリアクション。うちの野球部って、馴れ馴れし過ぎ!男同士ならまだわかるわよ。でもマネージャーまで、それに加わることないでしょうが!
そのマネージャーは、ヤムチャにだけそうしているわけではなかった。ヤムチャの帰したもう一人の選手にも、同じようにしていた。でもそれも、あたしには気に入らなかった。
逆転したまま試合は幕を閉じた。いつもならここで治まるあたしのイライラは、一向に消える気配を見せなかった。
なんか、今までで一番おもしろくなかった。どうしてかしら。奇声も聞かずに済んだのに。あの女はマネージャーなのに。
なかなか腰を上げられないあたしの横で、ふいにウーロンが言った。
「おれたち先に帰ってるからよ。エアカーのカプセルくれよ」
思わず眉を上げた。この言葉はプーアルにも意外だったらしく、不思議そうに呟いた。
「え?でもウーロン…」
「いいから早く帰ろうぜ、プーアル」
あたしは黙ってカプセルを差し出した。ウーロンの考えてることなんて、丸わかりよ。女のいないグラウンドなんて、こいつには用がないのよ。途中で帰ろうとしなかったのが奇跡だわ。
それに付き合うプーアルが、よくわからないけど。そんなことどうでもいいわ。

ウーロンとプーアルがいなくなって、周りに人が疎らになっても、あたしはスタンドに残っていた。あたしはヤムチャを連れて帰らなくちゃ。あいつはエアカーのカプセルを持ってないし、きっと道だってわからないんだから。それに訊きたいこともある。同時に言ってやりたいことも…
…言ってやりたいこと?
自分の言葉を反芻した。それって何かしら。そんなことあるかしら。『本人』に、言いたいことが?
ふいにその当人が視界に入った。もうあたしのすぐ横まで来ていた。勝利打点をもたらしたわりには、頼りなげなその顔つき。やっぱりよくわかんないわね、こいつ。
「もういいの?着替えは?荷物は?」
あたしが訊くと、ヤムチャはたどたどしい口調で答えた。
「あ、いや、それはこれから控え室で…」
「さっさとやっちゃってよ。あたしは中に入れるの?」
「控え室の外までなら…」
相変わらずの弱々しいヤムチャの態度に、溜息が喉に痞えた。どことなく様子を窺うその視線に、虚しさが首を擡げた。…本当に、やんなっちゃうわね。どうしてこいつってこうなのかしら。
ヤムチャの足の向くままに、あたしは歩いた。控え室へと続く人気のない一本の廊下。その途中であたしは訊いてみた。
「ねえ、あのマネージャーってどんな人?」
ヤムチャの返事は、まったく惚けていた。
「マネージャーって、野球部のか?」
「他に誰がいるのよ」
わざとじゃないっていうのは、もうわかるようになったけど。でも、だからこそ余計に始末が悪いわ。
ヤムチャは宙を見つめながら、指折り数えるように答えてみせた。
「どんなって言ってもな。2年生で、キャプテンと付き合ってて、…あ、キャプテンって4番の人なんだけど。後はまあ、面倒見がいいって言うか、フレンドリーっていうか」
『フレンドリー』!?
最後に付け足されたその言葉に、あたしは思わず叫び出しそうになった。あれが『フレンドリー』ですって!?お人好しもいい加減にしなさいよ!
あれは『馴れ馴れしい』って言うのよ!しかも彼氏持ち!?彼氏持ちなのに、あんなことしてるわけ?信じらんない!!そのキャプテンも、どういう神経してるのかしら。よく平気でいられるものね。
怒りに呆れ、それにいろいろなものが綯い混ざった心と体を、壁に凭れた。控え室に着いたから。そうじゃなくても、何かに身を預けたい気持ちだった。ヤムチャは黙って、控え室の中に消えていった。
本当に呆れたわ。運動選手って、鈍いのがデフォルトなのかしら。神経が全部、運動能力にいってるのかもね。中でもヤムチャは格別だけど。
ある意味では、あたしは消化した。言ってやりたいこともなくなった。何を言いたかったのかも、今となってはどうでもいい。…本当に呆れたわ。
5分程もして、ヤムチャが控え室から出てきた。こんなに早く出てくるのは珍しい。いつだってあたしを待たせていたのに。…いつもいつも、なぜか尽きない不愉快な理由で。
「…ふー。待たせ…」
伏目がちにドアを閉めながら、溜息混じりにそう呟いた。さっきまでは微塵も感じさせなかった疲れ。似つかわしくない憂いの表情。その訳を訊ねようとあたしが体を起こした時、ヤムチャの後ろで再びドアが開いた。
「待って、ヤムチャくん」
問題のマネージャーだ。あたしがそう認識した瞬間、女がヤムチャを捉まえた。
「次の試合だけでいいから。前もって連絡くれなくてもいいから。少しでも気が向いたら絶対来てね!」
満面の笑みでそう言った。ヤムチャの右腕を両手で握りしめながら。…だから!どうしてそういうことするのよ!!ヤムチャも何とかしなさいよ!
あたしの中に再び気持ちが燃え立った。…気に入らない。やっぱり、すごく気に入らない。そりゃ、彼氏持ちなのかもしれないけど。ちょっかい出す気はないのかもしれないけど…
でも、それじゃどうして、そんなに親密なのよ?どうしてそんなに自然なの?そんな風に腕を取ることなんて、あたしだってないのに。それじゃあたしよりよっぽど…
先の言葉を、あたしは心の中でさえも呑み込んだ。だって、そんなことあっていいわけないでしょ!
「ヤムチャ!!」
叫びながら、あたしはヤムチャを取り返した。無防備な左腕を引っ張った。そうして両腕を絡ませた。
こんなことするのって、初めて。しかも人前で。正直言って、すごく恥ずかしい。だけど…
だけど!この女が平気な顔してやってるんだもの、あたしだって平気な顔してやってやるわよ!他人がしててあたしがしてないなんて、あっていいはずないでしょ!あたしは彼女なんだから。あたしが彼女なんだから!
「お、おい。ブルマ…」
「さっさと行くわよ!」
ヤムチャに何か言われてしまう前に、マネージャーの元を離れた。ヤムチャってば、あの女には勝手にさせといたくせして、どうしてあたしがすると口を出すのよ。失礼しちゃうわよね。
「何よ。何か文句あるの!?」
窺うように覗き込む目。物問いたげな口元。怪訝そうな顔つき。それらのすべてを、あたしは睨みつけた。
「いや…、うん…」
曖昧にヤムチャは頷いた。一瞬背けた顔の端に閃いたものを、あたしは見逃さなかった。
「ちょっと、何笑ってんのよ」
「え?いや、笑ってないよ」
「嘘!絶対笑った!」
どうして、こいつがあたしを笑うわけ?信じられない無神経さね。だいたい、そんな権利ないっつーの!
そうよ、例え何と言われても、しばらくは離さないわよ。あの女がしてたのと同じくらい、あたしもするんだから。いいえ、それ以上に、あたしもするんだから。
あたしが彼女なんだから。こいつはあたしのものなんだから。あたしにはこうする権利があるんだから!

球場から一歩を出て、あたしはヤムチャを開放した。思ったよりも早くに気が済んだわ。やっぱり、うだうだ考える前にやるべきね。
あたしが腕を離しても、ヤムチャは惜しがる素振りもみせなかった。せっかく、あたしが初めてこういうことしてあげたのに。張り合いないんだから。
エアカーはパーキングロットの端にあった。そのまま並んで歩きながら、遠めに電子キーでエアカーのロックを外した時、ふいにヤムチャが言った。
「街の方に寄ってくか?買い物したいって言ってただろ」
珍しいこともあるものね。ヤムチャの方から振ってくるなんて。少しは反応してるってことかしら。
「いいわね。でも、一度うちに帰ってからよ」
エアカーに乗り込んで、手元の時計に目を落とした。12時10分。時間は大丈夫ね。
「シャワー浴びなきゃ一緒になんか出かけないわよ。あんた、埃っぽいったらないわ」
こんなに埃塗れの人間が服なんか買いに行ったら、店の人が怒るわよ。あたしだって、連れだと思われたくないわ。でも、その意思は尊重してあげる。…どの店に行こうかな。ついでにお昼ご飯も外で食べようかしら…
非常にカップルらしい事の成り行きに満足しながら、あたしはイグニッションスイッチを入れた。
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