昂進の男
朝食の席について、正面からやってくるヤムチャの姿を見た瞬間、あたしは心の中で呟いた。
…あんた、バレバレよ。
一体何なの、その服は。そんな服着てハイスクールに行く人がどこにいるのよ。どう見たって普段着じゃないでしょ、それ。…ま、格好いいけど。それにしたって、いつもと違いすぎよ。まったく、サボリ慣れてないやつってこれだから…
カジュアルでありながらシック過ぎる服を着込んだヤムチャは、いつもの朝と同じようにのんびりとコーヒーを啜り始めた。わざとらしく袖口を捲り上げながら。邪魔なのよ、きっと。この本人の間抜けさに、周囲が付き合わなければならないはずはなかった。
「なあ、今日何かあるのか?」
トーストを齧る口をとめて、上目がちにウーロンが言った。ほぼ予想していたこの声に、あたしはすまして答えた。
「別に。何もないわよ。ねえヤムチャ?」
そして共犯者に話を振った。でもそのことは、すぐに後悔するところとなった。
「ああ。まったくなーんにもな」
おもむろに返されたヤムチャの相槌は、この上なくわざとらしいものだった。…どうしてそこを強調するのよ。それじゃ『何かあります』って言ってるようなものじゃない!
ウーロンの不審顔が深まった。その口がさらに何か言いかけるのを見て、あたしは素早く決断を下した。
「さっ。ヤムチャ、もう行くわよ」
ぼんやりとコーヒーを啜り続ける男を促した。ここはさっさと切り上げるべきよ。これ以上ヤムチャが間抜けな口を開けないうちに。こいつって、本当に口が軽いんだから。
「いや、俺まだ朝メシ食ってないから…」
あたしの言葉に、ヤムチャはまったく間抜けに答えた。相変わらず空気の読めないやつね。だいたい、こいつが作り出した空気だっていうのに。
「そんなこと後にしなさい!」
尻を叩いたあたしの声は、完全に裏目に出た。
「後って何だよ」
惚けた顔から、惚けた台詞が呟き漏れた。…そんなこと答えられるわけないでしょ!!
あたしの決心は完全に固まった。黙ってヤムチャの襟首を掴んで、強引に席を立たせた。
「おい、待てよ。おまえら…」
トーストを放り出して、ウーロンが慌てたようにあたしたちの後を追ってきた。別にいいわよ。勝手にすれば?どうせ一緒に登校するんだし。でも、ヤムチャとは話させないわよ。
喋れば喋るほどボロが出る。嘘のつけないやつって言えば聞こえはいいけど。
…本当は、ただのバカなんじゃないかしら。

「なあ、今日はやめにしておかないか?」
ウーロンとプーアルが小等部のゲートへと消えた途端、ヤムチャが弱気を覗かせた。
「何でよ?」
あたしが訊くと、ヤムチャはどこか遠くを見るように目を逸らした。そしておずおずと口を開いた。
「だって、ウーロンたちが…」
「別にいいでしょ、あいつらなんて」
続く言葉をあたしは制した。往生際悪いわよね、こいつも。
ウーロンなんかを口実にしちゃってさ。そんなにサボリが嫌なのかしら。普段は流されまくっているくせに、変なところだけ生真面目なんだから。
だいたい、その口実自体どうなのよ。ウーロンたちがいないから、何だっていうのよ。あいつらはいないのが当たり前でしょ。それがデートでしょ!すっかり染められちゃってるんだから。
「さっ!ヤムチャ、行くわよ!!」
一人しかいない同行者の名前を、あたしは呼んだ。そのまま遊園地の方角へ向かって歩き出すと、数拍遅れてヤムチャが隣にやってきた。…そうそう、それでいいのよ。あんたはもうすぐハイスクールを辞めちゃうんだから、その前にできるだけのことはやっていってもらうわよ。
頭上に広がる青空。かったるいハイスクールの授業。
サボリデートよ!


平日の遊園地は嘘のように空いていた。順番待ちの長蛇の列も、スナックを強請る子どもの姿も見当たらない。フリーパススタンプ、必要なかったかもしれないわね。
「さあ!今日は三半規管の弱いやつもいないから、思いっきり遊ぶわよ〜!」
「ははっ」
ことさらに言ってやったあたしの言葉にも、ヤムチャは軽く笑みを漏らしただけだった。…もう。こいつ、わかってるのかしらね。
2人きりで遊ぶのって初めてよ。謂わば初デートよ、初デ・エ・ト。…半年以上も付き合っててこれが初デートだなんて、一体どういう付き合いよ。我ながら愕然とするわ。
それもこれも、みんなウーロンとプーアルのせいなんだから。何だかんだといつもいつも、邪魔してくれちゃってさ。でも今日は、あの2人は小等部で、何も知らずにお勉強。してやったりって感じよね。
「で、何からいくんだ?」
ヤムチャが思考を破った。その声に、あたしはとりすまして答えた。
「当然、ジェットコースターよ!」
溜息をつきたくなる気分を抑えながら。…気が利かないわよね、こいつ。とっくにわかってたことだけど。
そうじゃないでしょ。何から乗るかなんて、どうでもいいことでしょ。特に今日は、こんなに空いてるんだから。それよりも、カップルが遊園地に入ってまずすることといったら――
再びヤムチャが小さく笑った。その顔を横目に見ながら、あたしは目指すアトラクションへと足を向けた。
…言わないわよ、そんなこと。そのくらい自分で気づきなさいよね。
けれども鈍感なあたしの彼氏はこれっぽっちも気づいたような様子はなく、ただ黙ってあたしの隣に並びかけた。そして大手を振って歩いてみせるあたしの右側で、わざとらしく左の袖を捲り上げた。もう!本当にわかってないんだから。それともわざとやってるわけ?
おあいにく様。あたしはその手には乗らないわよ。こういうことは男の方からするべきなんだから。絶対そうなんだから。
人の少ない遊園地は、あたしたちをすぐにコースター乗り場へと導いた。順番待ちの人数が両手の指の数に満たないことを確認して、あたしはさりげなくヤムチャを先に歩かせた。
そろそろこいつにもリードする癖をつけさせなくっちゃね。レディファーストって言えば聞こえはいいけど、結局はあたしにまかせっきりなんだから。
面倒くさい男だわ、まったく。

3つ目のコースターを乗り終えたところで、その面倒くさい男が口を開いた。でもそれは、あたしの期待していた言葉では、まったくなかった。
「…なあ、ちょっと休まないか?」
そう言うヤムチャの声は、妙に重苦しかった。なんだか顔色も少し悪い。
「なーに?あんた酔ったの?だらしないわね!」
今度はあたしは溜息を堪えなかった。こいつ、いつもは平気な顔してコースターだってバイキングだって乗ってるのに。どうして今日に限って酔ったりするわけ?タイミング悪いんだから。
「…少しだけ。腹に何も入れてないから…」
両手を膝につき顔を俯かせながら、低い声音でヤムチャが言った。それであたしは思い出した。
「あんた、そういうことはもっと早くに言いなさいよ!」
ヤムチャが今日は朝食をとっていなかったということに。空きっ腹でコースターに乗り続ければ、具合だって悪くなるわよ。こいつ武道家のくせして、体のことわかってなさ過ぎ!
「忘れてたんだよ…」
ヤムチャからの返事は、溜息をつかせられるに充分なものだった。とはいえ声は相変わらず重苦しく、あたしはポリシーを捨てざるをえなかった。
溜息をつきながら、ヤムチャの右手をとった。…男の右手は彼女を守るためのものなのに。守られててどうするのよね、まったく。
「カフェにでも入りましょ。少し休んだらブランチにするわよ」
「悪い…」
「悪いと思うんなら、早く気分よくなってよね」
そしてさっさとあたしの手を引っ張ってよ。
それは言わなかった。だって、今さらよね。もう遅過ぎるわ。
あーあ。

数組の客しか入っていないイタリアンカフェ。そのガーデンテラスに、あたしたちは陣取った。まさしく文字通り陣取った。テラスには他に誰もいなかった。
取り急ぎ運ばれてきた水に口をつけて一息つくと、ヤムチャはおもむろに顔を上げた。
「もう大丈夫だ。面倒かけて悪かった」
「まったくよ」
安堵の息を吐き出しながら、あたしは答えた。同時に少し考えてもいた。
…回復するの、早いわよね。
さすが武道家。と言ってやりたいところだけど、まさかこいつ、わざとやったんじゃないでしょうね?ヤムチャってば気は弱いくせに、時々妙に機転が利くんだから。
俄然、腹が立ってきた。もしそうだったら許さないわよ。
「あのね。普通は男が女の手を取るものなの!特に最初くらいそうしてよね!」
ポリシーどころかプライドまで投げ出して、あたしは指摘してやった。ヤムチャは目を丸くして、でも悪びれた様子はなく、いつも通りの間抜けな顔であたしを見た。そしてまったく間抜けな言葉を口から漏らした。
「最初って…」
「初めてでしょ、手繋ぐの!半年以上も付き合ってて手を繋いだこともないなんて、一体どういうことなのよ。はっきり言って異常よ、異常!」
あたしがみなまで言ってやっても、ヤムチャの表情は変わらなかった。むしろさらに間抜け面を強めたように、あたしには見えた。
何、この反応。まさか、そんなこと考えたこともなかったとか言うんじゃないでしょうね。そんなの信じないわよ。っていうか、信じたくないわ。いくら鈍いって言ったって、そんなことあり得ないわよ。普通、恋人なら…普通の恋人なら。
…そう言えば、こいつやたらと孫くんのことを気にするし。天下一武道会の時とか、異常に名前を連呼してたし。考えてみれば、プーアルとの関係だって異常よね。いくら仲がよくたって、普通は抱きつかせたりしないわよ、同性にさ!
窺うようにあたしを見るヤムチャの視線を、あたしは睨みつけた。当たり前よ。ここでうやむやにされてたまるもんですか。あたしのファーストキスを返しなさいよ!!
「…あのさ。初めてじゃないだろ」
ようやくヤムチャが口を開いた。あたしの意表をついたその言葉は、ひどくゆっくりとしていた。
「何がよ!」
「手。前にも繋いだだろ」
「はぁ!?」
あたしは思わず腰を浮かせた。何言ってんの、こいつ?一体誰と間違えて…
「一番最初にここに来た時。お化け屋敷で…」
さらに意表をついたその言葉が、ヤムチャの口から呟き漏れた。ヤムチャは上目遣いにあたしを見ながら、呆れたように首を竦めた。その視線を、あたしは跳ね返した。
「あんなの繋いだうちに入らないわよ!」
すでにあたしは思い出していた。でも、いえ、だからこそそう叫んだ。
どうして思い出させるのよ!ああいう他人の弱み事は、黙って忘れておくものでしょ!だいたい、話が違うっつーの!
「あたしが言ってるのは、ああいうやつじゃないの!ああいう成り行き上しかたなくのやつじゃなくって、ちゃんと繋ごうとして繋ぐやつなの!何もなくても繋ぐやつなの!もっとちゃんと恋人っぽく繋ぐやつなの!!」
「わ…わかったわかった。ちゃんと繋ぐから…」
仰け反らせた体の前で、遮るように両掌をあたしに向けながら、ヤムチャが口元をひくつかせた。その態度に、あたしの怒りが掻き立てられた。
「何その言い方!それじゃ、あたしが無理矢理させてるみたいじゃない!」
それじゃ意味ないでしょ。そういうのじゃダメだって言ってるの!
「う…」
もう答えは返ってこなかった。ヤムチャはもごもごと口篭って、それきり口を噤んだ。…どうしてそこで黙るのよ。ここが一番大事なとこでしょ。
ちゃんと言ってよ。そうじゃないって。言われたからじゃないって。…あたしと手繋ぎたいって…
ふいに頭の上に影が差した。いつの間にかテーブルの傍に来ていたウェイターが、張りついたような笑みを浮かべて、あたしたちを見下ろしていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ。えーとダッチ・コーヒー一つ。それと…」
「…エスプレッソ。ダブルで!」
一転して流暢になりかけるヤムチャを薄目で見やりながら、あたしは今の気分を象徴する飲み物をオーダーした。って、何なのよ、これは。
どうしてデートでこんなものを飲まなくちゃいけないのよ。デートって言ったら、普通は甘いものでしょ。パフェでしょ。ケーキでしょ。でも、全然そんな気分じゃないし。そんな雰囲気にもならないし。せっかく邪魔者がいないのに。せっかく2人きりだってのに…
…ヤムチャのバカ。

カフェを出ると、ヤムチャがおもむろに手を差し出した。振り向き加減に左手を。
「ほら」
余計な一言と共に。…もう。何よその言い方。
それじゃ、あたしが無理矢理させてるみたいじゃない。それじゃダメでしょ。そんなしかたなくって感じじゃなくって、ちゃんと繋ごうとして繋がなきゃ。もっとちゃんとそれらしく…
言いかけて、あたしはやめた。同時に考えることもやめた。
もういいわ。堂々巡りはもうごめんよ。どうせ、こいつはこういうやつなんだから。どうせ、もうすぐいなくなるんだから。それまで我慢しててあげるわよ。
あたしは寛大心を行使した。でもそれは、すぐにヤムチャに逆撫でされた。手を繋いでまだいくらも歩かないうちに、ヤムチャが笑って言ったのだ。
「じゃあ、お化け屋敷にでも入るか?」
「入るわけないでしょ!!」
瞬時にあたしは足を止めた。何こいつ。一体何なの。どうしてそういうこと言うわけ?あたしに手を引かせたいの?
お望み通りに、あたしは繋いでいた手を離した。でもそうできたのは一瞬だけで、すぐにヤムチャに反対の手を掴まれた。思いのほか強い力で。あたしが眉を顰めたことに、一瞬前には簡単に振り解けた掌は、今ではもうそうさせてはくれなかった。
もう、わけわかんない。ノーマルではあるみたいだけど。
…ふんっだ。


少し歩いてバイキング。ついで垂直ループコースター。ローター。さらに4度目のジェットコースター。あたしの嗜好に文句をつける者のいない遊園地を、あたしは存分に楽しんだ。
アトラクションに乗っている間は、当然手を離した。そして次の場所へと歩くたび、また手を繋いだ。ヤムチャはもうあの不躾な台詞を口にすることはせず、ただ黙って手を開いた。
そうそう。最初からそういう態度に出ていればいいのよ。そうしたら、あたしだってあんなこと言わずに済んだのに。欲を言えば右側を歩いてほしいところだけど。キスする時もそうだったし、こいつって本当に…
「ねえ、ソフトクリーム食べたい」
ソフトクリームスタンドが視界の端に見えた時、あたしは率直にそう言った。ずっと遊び通しで、すっかり喉が渇いていた。
ヤムチャってば、本当に気が利かないんだから。もっと気を回さなきゃダメでしょ。父さんや母さんなんかに対しては、妙にサービス精神旺盛なくせに。2人きりのデートは初めてだけど、みんなで遊びに行ったことならいっぱいあるのに。どうして気づかないのかしら。ねえ。
「わかった。買ってくるよ。そこで待ってろ」
傍にあったベンチを目線で促しながら、ヤムチャは言った。そして、そのまま歩き出した。それがあまりに流暢な動きだったので、あたしは一瞬言うべき言葉を忘れかけた。
「ちょっと、話は最後まで聞いてよ。あたしはねー…」
「イチゴだろ」
振り向きもせずに言い切ると、ヤムチャは後ろ手を振ってそのまま歩いていった。あたしは言葉を返さなかった。その通りだったからだ。
まったく、わかってるんだかいないんだか。っていうか、細かいことばかり覚えてるわよね。お化け屋敷のこととかさ。肝心なことは何もわかってないくせにね。無駄な記憶力もいいところだわ。
軽く腕を組みながら、ベンチに腰を下ろした。ヤムチャの後姿が小さな人波に消えて手持ち無沙汰になった頃、背後から声がした。
「こんにちは!ちょっといい?」
耳障りな浮ついた男の声。平日の遊園地で会うような、男の知り合いなんていない。この遊園地にはコネもない。
当然、あたしは無視をした。ヒマな人もいたものね。遊園地なんかで引っかかるような女、いるわけないのにさ。そこまでしなくちゃならないほど、モテないのかしら。
そのモテない男が、視界の中に入ってきた。正面からベンチの背に手をかけながら、図々しいことにあたしの隣に座ろうとしている。ああもう、面倒くさい。
「あっち行ってよ。行かないなら、あたしが行くわよ」
一拍の後に、あたしは後者の道を選ぶこととなった。選びつつベンチを立って、ヤムチャの消えた方向へと足を向けた。
「どこ行くの?遊園地って、一人じゃつまんないよね。オレもそうなんだ。よかったら一緒に回ろうよ」
モテないヒマ人が、右隣に並びかけてきた。それはそれはさりげなく。その態度が、あたしの怒りに火をつけた。
どうしてあんたがそこに来るのよ。そこは彼氏のポジションでしょ!本来あいつのいるべきところでしょ!あいつでさえいないのに、他人が入ってこないでよ!っていうか、ヤムチャはどこに行ったわけ!?
ソフトクリームスタンドのメニューが読める距離まで歩いても、ヤムチャの姿は見えなかった。紛れそうな人込みの中を、あたしは探さなかった。
そんなものなかったからだ。あいつ、一体どこまで行ったのよ!まさか、ズラかったんじゃないでしょうね?
「ついて来ないで。彼氏がいるのよ!」
本当にいるんでしょうね?いなかったら殺すわよ!
内包した思いを隠して、あたしは言った。でも、ナンパ男は引かなかった。
そりゃそうよ。彼氏らしき男なんか、どこにも見当たらないんだから。…まあ、いたからって、ヤムチャがそう見えるかどうかは、甚だ怪しいものだけど。でも、いないなんて、それ以前の問題よ!
「じゃあ、彼氏が来るまで一緒に待つよ。そこで冷たいものでも飲んで…」
「だからそれは!」
今しようとしてたとこなの!!
もうほとんどあたしは叫んでいた。だって、どうしてこんなやつに読まれなくちゃならないのよ!!どうしてこんなやつが考えつくことを、ヤムチャは考えつかないわけ!?つーか、一体あいつはどこに――
「どうした?何があったんだ?」
ふいに横から声がした。あたしを守るはずの男の声が。…まったくこの場の雰囲気にそぐわない、間抜けな声が。
「何って…!」
何って、ナンパよ。自分の彼女がナンパされてんのよ。見てわからないの?
ヤムチャにはわからないようだった。自分の彼女が他人に口説かれているというこの状況に、露ほどの危機感も感じていないらしいことが、その表情から明らかだった。そしてそのことは、ナンパ男にもわかったらしかった。
「兄ちゃん、邪魔しないでくれないかなあ」
顔色も変えずに言い放った。その態度に、あたしの腸はすっかり煮えくり返った。
「オレら今取り込み中なんだよ。遊びの相談してるとこなんだからさあ…」
「あたしの彼氏よ、これが!!」
最高に情けない台詞を、あたしは口にした。
「邪魔なのはあんたの方なの!ヤムチャ、さっさと行くわよ!!」
言いながらヤムチャの腕を引っ張った。これ見よがしに抱きついてやった。呆気に取られたように立ち尽くすナンパ男を尻目にしても、あたしの怒りは治まらなかった。
何なの、今のは!普通、彼氏が来たら退散するものでしょ。それがどうしてああなるのよ!…そりゃあ、彼氏っぽくないってあたしだって思ってるけど。そう見えないかもしれないって、思ってたけど。でも、いくら何でも本当にそうじゃなくたっていいじゃない!
「なあ、何だよ今のは?」
再び間抜けな声がした。あたしの左隣から。ヤムチャはあたしが腕を組んでいることなどそ知らぬ顔で、小首を傾げてあたしを見下ろしていた。…まったく、呆れるわね。
「何って、ナンパよ!あんた本当にわからないの!?」
「ナンパ?」
ヤムチャの首がさらに傾げられた。間抜けな声が真剣みを帯びることはなく、目には心配の色が浮かんでいないばかりか、視線そのものがどこか遠くの宙に向けられていた。この瞬間、あたしの堪忍袋の尾が切れた。
「あんたが悪いのよ!あんたがそれらしくしないから。ちゃんと右側を歩かないから、ああいうのが寄ってくるんでしょ!」
「…何の話だ?」
ヤムチャの視線が戻った。でもそれで、あたしの怒りが和らぐわけもなかった。
「彼氏は右側なの!そう決まってるの!利き手は空けておいて、それで彼女を守るの!それが彼氏のマナーなの!!」
「それならそうと早く言って…」
「そんな細かいこといちいち言わないわよ!」
あたしが口を噤むと、ヤムチャも黙った。少しして、背けた顔の後ろから、まったく真剣みのない声が聞こえてきた。
「うーん…」
まるで他人事のような唸り声。…何こいつ。一体何なの?
どういうことなの、それは。ひとにここまで言わせておいて。女にみなまで言わせておいて。一体何なの、その態度は!?
…これ以上、どうしろっていうの?
怒りが嘆きに変わりかけた。その直前にヤムチャが言った。
「わかったよ。右側に回るから。でもさ…」
「何よ!?」
この上、何があるっていうの!?
軽やかに言い放つその顔を、あたしは睨みつけた。ヤムチャは変わらず惚けた顔で、素っ気ないほどさらりと言った。
「ブルマがそうやっていつまでも抱きついてると、回り込めないぞ」
「なっ…!」
何こいつーーーーー!!!
思わず耳を疑った。…どうしてそういうこと言うわけ?一体どういう神経してるの!?っていうか!あたしだって、好きで抱きついてるわけじゃないわよ!!この場合はしかたなく…!
ご享受通り、あたしはすぐさま腕を離した。さらに距離を取ろうと体をも離しかけた次の瞬間、ヤムチャに右手を掴まれた。少し痛いくらいの強さで。あたしが眉を顰めても、その手は緩まなかった。緩めず、そのまま歩き出した。
もう、わけわかんない。こいつ、全然わかんない。つーか、痛いってば!こんなの無理に解いたら骨折するわよ!
…もう…


適当にアトラクションを経由して、カフェに入った。足休めと、小腹埋めを兼ねて。
少しゆっくりしていると、辺りが夕陽を帯びてきた。窓の外を流れる夕雲から目を離して、あたしは言った。
「そろそろ帰ろっか」
「もうか?」
ヤムチャが目を瞬かせてあたしを見た。のんきよねー、こいつ。
「もうハイスクールも終わった頃でしょ。あまり帰りが遅くなると、サボったことバレちゃうじゃない」
あたしが種を割ると、ヤムチャはまたもや目を瞬かせた。のんきっていうか、鈍すぎね。これくらいのこと、わからないものかしら。サボリ慣れてないやつってこれだから…
でも、それは言わないでおいた。どうせヤムチャは、もうすぐハイスクールを辞めちゃうんだもの。今さらサボリのコツもないわよね。
「よし。じゃあ、ジェットコースター3連発。それから観覧車ね」
ヤムチャは何も言わなかったので、あたしが断を下した。いつも通りの、締めのセレモニーの。
…もう、いつも通りでいいわ。
ずっと手は繋いでくれてるけど。ちゃんと右側を歩いてもくれてるけど。でも、いい感じになっているとは、とても言えないわ。だって、わかんないんだもん。ヤムチャの考えてること、ぜーんぜん、ちーっとも、わかんない!
もうちょっと反応よくてもいいのにな。そりゃあ、ヤムチャが鈍いってことはわかってるけど。でもせっかく初デートなのに…
「疲れたか?」
ふと目の前から囁きが飛んできた。ヤムチャがコーヒーカップから手を離して、窺うようにあたしを見ていた。
気遣うような心配そうな目。…その目を、どうしてさっき出来ないものなのかしらね。あたしがナンパに絡まれてたあの時にさ。気遣いのポイントがズレてるっつーの。…ズレてる気遣いだから、ズレてる父さん母さんにはウケがいいのかしら。そう考えると納得できるわね…
「全然っ」
思いっきりわざとらしく言ってやった。疲れてもいないのに帰ろうとする心境がどういうものか、ちょっとは考えてみればいいのよ。
確かに、時々気遣われてる気はするけど。残念ながら、あたしはズレてないのよ。だから、そんなんじゃ嫌なの!
「ふーん?」
今度はカップを口に当てながら、ヤムチャが呟いた。さっぱりわかっていなさそうなその顔を正面に見ることを、あたしはやめることにした。
「それ飲み終わったら行くわよ!」
「ああ」
ことさら冷たく言ってやった言葉にも、ヤムチャはただ頷いただけだった。もう、本当にわかってないんだから。
ヤムチャのバーカ!

カフェを出て落ち行く夕陽を眺めながら、ヤムチャに手を掴まれてしまう前に、あたしはヤムチャの腕を掴んだ。
もう、痛いのはごめんだわ。ヤムチャってば、加減ってものを知らないんだから。プーアルなんかは自然に抱きとめてるくせに。…こういうことをしたことがないっていうのが、よくわかるわ。
最後のジェットコースターを降りた頃には、薄闇が広がり始めていた。あちこちでライトアップが光り出した。なかなかいい雰囲気ね。…周りだけは。一体今までどこに隠れていたのか、急にカップルが増えてきたような気がする。手を繋ぐ2人、腕を組む2人、肩を抱く2人…さっきのナンパ男も退散するであろう、この雰囲気。あたしはある予感を抱いて、観覧車へと向かう足を速めた。
思った通り、昼間とは打って変わって、観覧車の前には行列ができていた。考えることはみんな一緒ね。
「あ、ごめんなさ…」
列の横を通り抜ける人波にぶつかりそうになった時、ヤムチャがあたしの腕を振り解いた。そして抱え込むように、あたしを自分の前へ置いた。…こういうことは、わりと出来るようになってきてるのよね。それは評価したいんだけどな。
でも、それだけじゃね。それだけじゃ、そこらへんの男と一緒だもん…


眼下に見下ろすイルミネーション。浮かび上がるアトラクションのライトアップ。きらきらと光る地上の明かり。
観覧車のワンボックスから薄闇の夜景を前面に見下ろしながら、あたしは思っていた。
…この風景もしばらくは見納めかもね。
遊園地くらい、ウーロンたちとでも来るでしょうけど。だけど、絶対にこんなシチュエーションの中には身を置かないわ。どこか触られて終わるのがオチよ。ウーロンときたら、ひとの邪魔をするかそういうことをするかしか、考えてないんだから。
ま、あいつらのことはどうでもいいわ。それより今は、隣にいる男が問題よ。
…肩くらい、抱いてくれないものかしら。
最初が手で、その次が腕。そろそろわかってもよさそうなものなんだけどな。せっかく初デートなのに。おまけに最後かもしれないのに。ノーマルなのは、もう充分わかったけどさ。何もしないんじゃ、意味ないわよね。
あたしの溜息は、ツーシーターベンチの隣に座るヤムチャに届いていたはずだ。でも、ヤムチャは気づいていないようだった。
ただ黙って、観覧車の窓から外を眺めていた。口元に僅かに笑みを浮かべながら。どこか遠くを見ているような目だった。あたしのいるここじゃない、どこか。…その格好つけた服は、一体どうして着てきたのよ。邪魔な袖は何のために捲ってるわけ?
もう、全然わかんない。こいつの考えてること、本当にさっぱりわかんない…
「ひとまずは感じ納めだな」
ボックス内に視線を戻して、ヤムチャが言った。それで、ヤムチャがあたしときっと同じことを考えていたということがわかった。でもそれは、あたしの神経を逆撫でしただけだった。
だって、そこまでわかってるのに。どうしてその次がわからないわけ!?
「そう思うんなら、もっとそれらしくしてよ!」
2枚目の、堪忍袋の尾が切れた。体ごと向けたあたしの声に、ヤムチャは驚いたように口をもぐつかせた。
「…それらしくって?」
「そのくらい自分で考えなさいよ!」
言い捨ててから気がついた。それがわかるようなら、こんなことにはなっていないという現実に。あたしは瞬時に、無駄な期待をかけることを諦めた。
「…初めてでしょ。最後でしょ。こう何か、いろいろあるでしょ!」
ありったけの寛大心を掻き集めて、あたしは指摘してやった。ヤムチャは何だか物言いたげな表情で、でもシチュエーションにそぐうような雰囲気ではまったくなく、いつも通りの間抜けな顔であたしを見た。そしてまったく間抜けな言葉を口から零した。
「初めてって何がだ?」
「何って、デートがよ!!」
今や完全にあたしは叫んでいた。何なのこれ。いくらなんでもひどいじゃない!
「2人だけで出かけるの初めてでしょ!初デートでしょ!!」
一から十まで言い尽くした。それでも、ヤムチャの表情は変わらなかった。腑に落ちた様子はない。それどころか、今だに窺うような顔であたしを見ている。…ちょっと!まさか、デートの意味がわからないとか言うんじゃないでしょうね。いくらなんでもそんなバカ、あたしはお断りよ!
「あのな…」
ようやくヤムチャが口を開いた。と思ったら、また黙った。きっと、言い訳を考えてるのよ。男らしくないわよね!っていうか、誤魔化せると本気で思ってるのかしら。
「初めてじゃないだろ。前にもしただろ」
数瞬の間をおいて続けられたヤムチャの言葉は、ひどくゆっくりとしていた。それでいて妙に重々しかった。その声音に意外を感じながらも、あたしは言葉を跳ね返した。
「何がよ!」
「デートだよ。カフェ行っただろ。パフェ食べに」
「はぁ!?」
ベンチについていた両腕に力が篭った。大人しそうな顔してよく言うわね、こいつ。ずいぶんと作り込んだ嘘を――
「初めてケンカした後だよ…」
目を伏せ苦々しげにヤムチャが呟いた。大きな溜息が頬に届いた。半瞬の後に、あたしは思い出した。
あたしとヤムチャが付き合い始めたばかりの頃。髪を切らせてハイスクールに連れ出した。あたしたちが一番最初にしたケンカ。その後一緒に食べたパフェ…
「あ、あれはー…」
「デートじゃないという言い訳はなしだぞ」
あたしを咎めるヤムチャの声は、一転して軽やかだった。でも流すつもりはないということは、一見して見て取れた。いつもとは違う形に上がった眉。ややつり上がり気味に細まった目。抑えきれずに尖った口元。どう見ても怒ってる。まあ、全然怖くないけど。でも、やっぱり怒ってる。…そうよね。あたしがヤムチャの立場でも、きっと怒るわ。
「だって…」
それでも、あたしは言いたかった。
だって、あんなの、ずっとなかったもん。あの時の雰囲気なんか、もうずっとなかったもん。あんな感じ、しばらく味わってなかったもん。忘れもするわよ。ねえ…
苦い溜息を飲み込んだ、その時だった。
「ブルマはどうか知らないけど、俺は楽しかったぞ」
頭の上から声がした。これまでに聞いたことのない、強い声が。あたしは俯きかけていた顔を上げた。
「おまえと付き合ってるって、すごく感じたんだ。だから…」
「だから?」
途切れた言葉の続きを、あたしは聞きたかった。あたしを見るヤムチャの目には、いつになく真摯な光が宿っていた。
「だから、何?」
でも、それはほんの一瞬だけだった。あたしが再び訊ね返したその時には、もうヤムチャはいつものヤムチャに戻っていた。
「え?ええと、だから…」
しどろもどろになりながら、困ったように瞳を瞬かせた。…もう。どうしてそこでやめるのよ。そこからが大事なところでしょ。そこから先が、一番いいところでしょ!
言えばいいのに。途中まで言えたんだから、最後まで言っちゃえばいいのに。…言ってほしいのに…
「もう…」
弱いんだから。
溜息をつきながら、ヤムチャの肩に身を凭れた。それでもヤムチャは動かなかった。両手を膝の上で組みながら、あくまで無言を通していた。あたしに触れようともしない。強情よね。まだ怒ってるのかしら…いえ違う。鈍いのよ。わかってないのよ。あたしの気持ちなんてちーっとも。女心なんてこれっぽっちも。それどころか、一般的なことさえも。こういう時は普通どうするものなのか。そんなこともわかってないから。だから、何もしてくれないのよね…
「ねえ…」
諦めと共に、あたしは口を開いた。…せっかくのデートだもん。そう思いながら、今日もまた言いかけた。でも、一瞬躊躇した。
だって、ずるいじゃない。ヤムチャだって、やればできるみたいなのに。さっき、そういうの少し見せたくせに。なのに今は知らんぷりでさ。いっつもあたしからで。…本当にわかってないのかしら。
心の底に疑惑が沸いた。言葉を続ける気が薄れてきた。寛大心もとっくに使い切ってしまっていた。口を噤んで視線を上に向けていると、ふと耳にヤムチャの指が触れた。次いで2本目の指が目の下を掠った。そのまま黙って見ていると、掌が頬を包んで、あたしの顔を傾げさせた。
あたしは溜息をついてない。だから、届いたはずもない。…何よ。やっぱり、やればできるんじゃないの。
目の前にある黒い瞳を確かめて、あたしは静かに目を閉じた。ヤムチャも、何も言わなかった。こういう時はそれでいいのよ。っていうか、それが本来あるべき形なのよ。いちいちひとに訊ねない。そんな当たり前のことが、ようやくヤムチャにもできるようになったというわけよ。後はまかせておけばいい。こいつはやり方はそれほど悪くないんだから。ここに至るまでが問題だったんだから。
…ああ、面倒くさかった…

あたしの閉じた思考が感覚に取って代わられることはなかった。それどころか、一切の感覚がなくなった。ヤムチャが掌を外したからだ。あたしの唇には指一本触れぬまま。怪訝に思って目を開けると、その顔が視界から遠ざかり始めた。…ちょっと!何――
「おかえりなさーい!」
はぁ!?
突如背後から飛び込んできた雰囲気をぶち壊す陽気な声に、あたしは反射的に反応した。振り向き見たその先に、遊園地スタッフの姿があった。いつの間にか観覧車のドアが開いていた。当然、ワンボックスも地についていて、あたしたちがこの場を去るのを、あたしたち以外のすべてのものが待っていた。…って、何なのよそれは!
何なのよ、このタイミングは!まるで狙いすましたように。一体どういう嫌がらせよ!
「足元に気をつけてお降り…」
「もう一周!」
続けざまに飛んできたスタッフの陽気な声を、あたしは右手を上げて制した。当然よ!せっかくヤムチャが開眼したんだもの。この機を逃してなるものですか!!フリーパススタンプ、押しておいてよかったわ!
「いってらっしゃいませー」
一瞬間が空いて、再びスタッフの声がした。背後でドアが閉まって、外から閂がかけられた。視覚によらず聴覚で、あたしはそれを確かめた。ヤムチャに視線を戻すと、ヤムチャは窓の外に目をやって、困ったように頭を掻いていた。
ちょっと!何なのよ、その態度は!…冗談でしょ。また最初からやり直しなわけ?またあたしが最初から、雰囲気を作ってやらなきゃいけないわけ!?
面倒くさーーーーー!!
あたしが匙を投げかけたその時、ヤムチャが動いた。あたしの肩に手を置いて、開いていた距離を詰め出した。そのまま黙って見ていると、さっきとは反対の手で、あたしの顔を仰向けさせた。
…そうそう。それでいいのよ。わかってんじゃないの。あー、よかった。一瞬絶望しかけたわ…!
あたしは再び目を閉じた。…これはこれでよかったかもね。まだ時間はたっぷりあるし。観覧車の一周って長いんだから。さっきは時間をかけ過ぎたのよ。それもこれも、ヤムチャが鈍いからよ。
でも、もうわかったみたいだし。こいつはやり方は悪くないんだから。いっぱいしてもらおっと。
…えへへ。


3周目の観覧車はなかった。地に足を着けたその時には、陽がとっぷりと暮れていた。闇を彩るイルミネーションとライトアップの中、あたしたちは腕を組みながら遊園地を後にした。
満足したわ。終わりよければすべてよし。そういうことに、しておいてあげるわ。
C.Cのゲートが見えてきたところで、あたしたちは体を離した。本当は最後にお別れのキスがほしいところだけど。一緒に住んでちゃ、それは無理よね。ちぇっ。
「あー、お腹空いた!」
本音と建前の両方からそう言いながら、リビングに足を踏み入れた。そして、ハイスクールから帰って来た時よくするように、キッチンへと向かった。フリーザーからストロベリーソーダを取り出しかけた時、リビングのドアが開く音がした。
「よう、おかえり」
ウーロンがプーアルを従えて、ソファの傍までやってきた。プーアルはヤムチャの姿を見ると、即座に主を挿げ替えた。
「おかえりなさい、ヤムチャ様!」
「ああ、ただいま、プーアル」
答えながら、ヤムチャがプーアルを肩に乗せた。いつも通りのこの光景。誰もあたしたちが今日サボったことなんて…
「どうだった?初デートの味は」
「なっ…!」
いきなり突きつけられたウーロンの台詞に、あたしは言葉を失った。何で?どうしてバレてるわけ?
瞬時にヤムチャの顔を見た。慌てたように頭を振る姿がそこにあった。でも、あたしはそれを信じなかった。だって、ヤムチャが言ったのでなければ、どうしてウーロンが知ってるのよ!
「どうしてあんたはそう口が軽いのよ!」
怒鳴りつけたあたしの言葉に、ヤムチャは返事を返さなかった。ただ黙って、天を仰いだ。何その態度!しらばっくれる気――
「本当におまえらは奥手だよな。離れる段になって、ようやくデートとはよ。ちゃんとキスしたか?手は繋いだか?せめて初おろしくらいはしとけよ」
再びウーロンが口を開いた。その瞬間、あたしの怒りの矛先が変わった。
何なの、その言い方は。今までさんざん邪魔してきたのは自分のくせに。おまけに、どうして読まれてるのよ!
「初めてなんかじゃないわよ!!」
「それはキスがだろ。見栄張るなって。それだって、最近やっとしたくせによ」
「全部よ!!」
あたしが言うと、ウーロンは驚いたように口を閉じた。その後ろで、ヤムチャがあからさまに体を翻した。
何こいつら。何なの、その反応は。
どうしてそこで驚くのよ。恋人同士なら当然でしょ。なのに驚くってどういうことよ。失礼にも程があるわ!ヤムチャもヤムチャよ、どうして援護しないのよ。バカにされてるのがわからないの!?
ヤムチャにはわからないらしかった。おもむろに頭を掻く後姿から、またいつもの惚けた表情をしているということが、容易に想像できた。もう…!
「バーカ!!」
言い捨てて、ドアへと向かった。これ以上付き合ってられないわ。特に2人目のバカには。一体どこまで鈍いのよ。おかげで、せっかくの気分が台無しよ!
ヤムチャのバーカ!!
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