あわない男
「どうして1日は24時間なのかしら」
「は?」
同期のディナが洩らした言葉に、思わずあたしは間抜けな声をだした。学院の研究室でのことだ。
「どうしてって、地球の自転周期でしょ」
あたしの返事に、ディナはわざとらしく両手を掲げてみせた。
「本当に、あんたは夢がないわねえ。あたしなんか、1日がせめて25時間だったらって、しょっちゅう思うわよ」
「それのどこが夢なのよ」
よく聞く台詞だ。忙しい人間は、よくそういうことを言う。
「1日が25時間だったら」「寝なくとも生きていけたら」「体が2つあったら」…
「思うんだけどさ」
あたしは机に身を乗り出した。
「『タンクベッド睡眠』※を実生活に応用すればいいんじゃないかしら。睡眠時間が減れば、当然活動時間が増えるわけだから、実質的には1日の時間が長くなるわ」
この理論にディナは感情論で対抗した。
「でも『タンクベッド睡眠』ってあまり快適じゃないんでしょ?あたしはやっぱり気持ちよく寝たいな」
「それはそうね」
あたしは瞬時に矛をおさめた。ディナが新しい話題を提出した。
「ところであんた、明日の準備は進んでるの?」
明日って?
「明日、学会だって言ってたじゃない」
学会…
「あーーーーーっ!!」

ヤバい。忘れてた。すっかり忘れてた。

明日、学会に出なきゃいけないんだった。あんなに入念に準備したのに、すっかり忘れてた。
そう、準備はした。それはもう抜かりなく。ただ問題なのは…


「まったく勝手なんだからな」
溜息をつきながら、ヤムチャが言った。
「仕方ないじゃない、急に変更になったんだもの」
あたしはちょっぴり嘘をついた。変更になったんじゃない。忘れていたの。でもまさか、ダブルブッキングしたなんて、言えないじゃない?
「もとはと言えば、おまえが決めたんだけどな」
「だって」
仕方ないじゃない。
俯きながらあたしがそう呟くと、ヤムチャはあたしの頭を、ぽん、と撫でた。
「ま、いいさ。明日はトレーニングでもしてるさ」

ふふん。ちょろいもんよ。

そんなわけで、ヤムチャの方はうまくいった。だけど、残念な気持ちが消えるわけじゃない。
久しぶりのデートだったのに。せっかく、うまいこと取りつけたのに。
あーあ。あたしって、どうしてこんなに忙しいのかしら。

1日が25時間あったら?…ダメね。全然足りない。
寝なくても生きていけたら…ううん、睡眠は人間の欲求の1つよ。
体が2つあったら…いいわね。うん、これがいい。

そういえば、前時代の書物の中に、そういうものがあったような気がする。
あれは確か…

あたしは部屋に篭った。
作り上げられる自信があった。
だって、前時代に考えられていたものよ?
現代で、しかもあたしの手にかかって、実現しないはずがないじゃない?




夜もとっぷり更けた頃。
完成したそれを手にとって、あたしは1人声高に叫んだ。

「コピーロボットー!!」


※『タンクベッド睡眠』…某SF小説に出てくる装置。1時間の睡眠を取ると8時間睡眠を取ったのと同等のリフレッシュ効果が得られる。
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