わかりやすい女
ウーロンに訊かれたことがある。
「おまえ、心配とかしないのか?」
俺が幾度目かの修行のため、荷をまとめていた時のことだ。
「何が?」
「自分がいない間に浮気しないか、とかだよ」
俺は一笑に付した。
「ブルマがか?あいつはしないよ」
「でもよーあいつ、ちょっとかっこいい男見るとすぐしっぽ振るだろ」
「あれは条件反射みたいなものだよ。おまえだってよくナンパしてるけど、全然成功してないじゃないか」
「…おまえ、時々イヤな言い方するな…」
こういう時のウーロンのじっとりとした目つきにも、すっかり慣れたもんだ。
「とにかく、ブルマは浮気はしないよ。あれで結構身持ちも固いしさ」
「へーへー、そうですか」
そこでウーロンは引き下がったけど、全然納得はしてなかったな。まあわかる気もするけど。
でも、俺は知ってるんだ。


最初は武天老師様のところで修行してた時だったな。
悟空もやってたっていう牛乳配達をさ、俺もやってたんだ。
そしたらある日、ブルマがいるんだよ。配達ルートの途中に。
「おまえ、こんなところで何してるんだ?」
「別に。通りかかっただけよ」
朝の5時だぜ。通りかかるかよ。本当何してたんだ。
「ずいぶん地味なことしてんのね」
「ああ。基礎体力をつけるためなんだ」
「ふうん。ま、がんばってね」
それだけ言うとブルマは去っていった。何なんだ、って感じだよな。

でさ、それから時々来るんだよ。ブルマが。俺んとこに。
武天老師様のところにいる時だけじゃなくて、俺が1人で修行してる時にもさ。
短い修行の時には来ないけど。1ヶ月に1回くらいかな。
俺もだんだんわかってきたんで、行き先告げるようにしてる。アバウトだけど。

ウーロンやプーアルがさ、俺がいないとブルマが荒れるって言うんだ。機嫌が悪いって。
俺も最初はそれを信じてたんだけど(いや今だって嘘だとは思ってないんだけど)、どうも少し違うらしいんだよな。
つまりどういうことかと言うと、1度修行を終えてC.Cに戻り着く前に、昔の友人(ハイスクールの同級生だ)にバッタリ会ったことがあるんだ。で、そいつが言うんだよ。
あまり彼女を淋しがらせるなよ、って。
そいつ学院がブルマと同じでさ、時々見かけるらしいんだけど、何か元気ないぞ、って。
それで「彼氏(俺のことだ)とはどう?」みたいなことを訊くと、「何よあんなやつ!」とか言うんだって(あいつらしいよ、すごく想像できる)。
で、別れたのかって訊くと、別れてはいない、と。まあだいたいそれでピンとくるよな。で、奴が俺に忠告(っていうのか?)したわけだ。

ブルマって難しい性格してんだよな。いや、頭がいいとかそういう意味じゃなくて。
始めは結構押してきてたくせに、いざ俺がその気になると、変に引くんだよ。あれは素直じゃないんじゃなくて、極度の照れ屋ってやつだな。ウーロンたちに冷やかされるのもすごい嫌がるし(後が大変なんだから、奴らにはそうしないでもらいたいもんだ)。
俺も最初は女の扱い方なんて全然わかんなくて、一緒にいること自体に緊張してた時期もあったけど、そういうのともまた違う。
自分からアピールしてきて、逆になったら逃げるなんてさ。罠の構造だろ、それ。
つーか罠か。そうか罠か。

そういう複雑な性格してるわりにはさ、単純なところもあるんだよ。
行動がさ、時々だけど、何ていうか、確かに言ってることとはあってるんだけど、実はそうじゃない、っていうの?それがモロに出てる時がある。
俺、嘘とかわかんないし、ブルマの言ってることもそうなのかどうかよくわかんないことが多いんだけど、で、今まで俺が言ってたことと矛盾してるとも思うんだけど、あいつの「する」ことは結構わかるんだ。
あ、これは本当は怒ってるわけじゃないな、とかさ。直感っていうのかな。
俺、そういうの鈍いほうだと自分でも思うんだけど、やっぱりわかる。
で、そういうのが時々(これがミソだよな。いつもだったら問題ないのに)あるだけに、なまじわかんなくなる。
ああ、自分でも何言ってるかわかんなくなってきた。

何の話してたんだっけ。ああ、浮気か。ブルマは浮気しない、っていう話だ。
俺思うんだけど、あいつは一本気だから(これだけは確信してる)、「浮気」はしない。「本気」ならあるかもしれないけど。でもそうなる前に、きっとキッパリ終わらせる。
逆に言うと、終わりを告げられた時には手遅れなんだけどさ。
でも、その時にはたぶんお互いわかってる。だから、一方的な「心配」はしてないんだ。
変な表現だけど、きっとそれも解りあえる。そう思ってる。
何か変な話になってるな。大丈夫か俺。


1週間前に、C.Cに帰ってきた。って、知ってるよな。
その時、誰もいなかった。俺、帰る日まで言ってるわけじゃないしさ。出迎えてもらいたかったわけでもない、どうせいつもの修行だし。だからそれはいいんだ。
1人、キッチンでコーヒー飲んだ。帰ってくると飲みたくなるんだよ。人間、簡単に野性には戻れないよなあ。
そしたらブルマが帰ってきた。普通なら学校に行ってる時間だ。
「おかえり、早いな。また学校サボったのか?しょうがねえなあ」
そう言ったら、あいつ目を丸くしてさ、ちょっと固まってさ。
ひさしぶりに彼氏に会ったっていうのに喜びもしないで、どうしたと思う?
「それはあたしのセリフよ!あんた一体どこ行ってたのよ!?」
って怒鳴りやがった。おいおい、俺おまえにちゃんと行き先言ったはずだぞ。
「東の谷で修行してくるって言ったろ」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」
わけわかんねえ。やっぱり、こいつの言うことはわかんねえわ(さっきわかってるようなこと言ったけど、全部取り消しだ)。
「今頃帰ってきたって知らないわよ!あたし忙しいんだから!」
「そうか、そりゃ残念だな。まあがんばれよ」
前半は本音だが、忙しいなら仕方ない。
そうしたらブルマのやつ、さらに怒りやがった(あいつは無言だったけど、さすがにそれはわかった)。
入ってきたばかりだというのに、バカに早い足取りでリビングを出て行く。
おおこわ。こういう時は放っておくに限る(というか、他に対処法が思いつかねえ)。

でさ、まあ入ってきた時から気づいてはいたんだけど、ブルマ髪切ってたんだ。思いっきり短く。
特に深くは考えなかった。
前に誰か(ハイスクールの奴だったかもな)に「女は失恋すると髪を切る」って聞いたことあるんだけど、俺心当たりないし(今の口論はたんにブルマの機嫌が悪いだけだし、だいたいすでに切ってたんだからな)。
そもそもブルマは黙って切ったりするようなやつじゃない。絶対その前に文句言いにやってくる。俺がどこにいたって絶対言いにくるよ。
それに何より、すごく似合ってた。お世辞じゃなく。
もしも自棄で切ってたら、そこまでハマらないだろ?(と俺は思う)
男の俺より短髪似合うじゃん、って。
それで言ったんだ。
「髪、切ったんだな」
「よく似合ってるよ」
そしたら、ブルマが部屋を出ていくのをやめたんだ。
何だか神妙な顔つきで俺の隣にやってきて、妙にあわただしい手つきでカップをガチャガチャやりながら、コーヒーを入れたりしてるわけ。
それで、あれっ、て。
さっき言ってた「忙しい」ってやつ。あれ嘘かって。

ブルマの嘘が初めてわかった瞬間だな。

そしたら、今までのことがいろいろ浮かんできて。
あれも、あれも、あれも、あれも、あれも嘘か、って。
笑いを堪えるのが大変だった。
こいつ可愛すぎ。

「…なんであんたなんだろ」
俺にはブルマの言葉の意味がわかった。
これまでの俺だったらわかんなかっただろうけど、この時はピンときたんだ。

「運命だからだろ」
そう言った時のブルマの顔。こいつのことだからあからさまに喜んだりはしないんだけど、動揺してるのが丸わかり。
本人は気づいてなかっただろうけど(気づいてたらきっと退席してただろう)、耳まで赤くなっちゃってさ。
俺様、してやったり?
俺、男にしては甘党で(とブルマは言う)コーヒーに砂糖入れるんだけど、この時のコーヒーはいつもより甘く感じた。
ブルマのコーヒーは苦く感じただろう。こいつはそういうやつだ。

そうこうしているうちに、ブルマのママとプーアルたちが帰ってきた。
ブルマはコーヒーを半分も飲まずに、部屋を出て行った。
俺はもう楽しくて楽しくて、プーアルたちが部屋に来るなり笑いだしていた。

もうすぐ天下一武道会。それまでもう1回修行に出ようと思っていたけど、それはやめにして、ちょっとブルマで遊んでやろう。修行はここでもできるしな。
きっと遊ばれているように見えるのは俺のほうなんだろうけど。それもいいかなと思う。
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