破五の女
つい、うっかりしたんだ。
うっかりすることってあるよな。特に理由もなくさ。
ただまずかったのは、『うん』って言ってしまっていたことだ。修行に出る前、ブルマが『クリスマスまでに帰ってくる?』って訊いてきた時、なんとなく『たぶん』って答えてしまっていたんだ。それこそ特に理由もなく。あれは失敗だったな。なんとなく『たぶん』なんて言うくらいなら、なんとなく『わからない』って言っておけばよかったんだ。そうすれば、少しは言い訳も立っただろうに。まあ、それでもきっと結局は怒られるんだろうけどな。
とにかく俺は、うっかりその日を山の中で過ごし切った。そして自分なりの目標を達成して、一段落したところでC,Cに帰ってきた。
それなりに覚悟を決めて。…約束していたわけじゃない。なんてこと、ブルマに通用するはずもない。だから、言い訳をするつもりは、俺にはなかった。

また、こっそり帰るつもりもなかった。
C.Cのゲートを潜ったのは太陽がすっかり昇り切った頃、大抵の人間であればまず活動している時分だったから、こっそりも何もない、というのも一因ではあった。でもきっとそうじゃなくても、堂々と帰っていたことだろう。堂々と、というのは変か。じゃあ、普通に。隠れたってしかたがない。ブルマが俺を見つけないわけがない。そもそもこっそり帰るくらいなら帰る必要ないんだ。俺は何が何でも西の都を根城にしたいわけじゃないんだから。
だから、俺は普通に廊下を歩き、普通にリビングへと向かい、普通にドアを開けて、普通に挨拶した。
「あ…ブルマ、ただいま」
少し口篭ってしまったのは、なんというかその…条件反射だ。それと、一つの覚悟の表れだ。覚悟したからといって、怖くないわけではないのだ。
「おっ…――」
ブルマは一瞬声を切ってから、強くビブラートを効かせた。
「――…そぉぉぉぉぉい!!あんた今日が何日だと思ってんの。1月5日よ。クリスマスどころかお正月まで全部終わっちゃったわよ!」
結構ひさしぶりのはずなのに、いきなり核心に迫るこの台詞。まだまだ俺が言ったことを忘れてはいなかったみたいだ。
「お正月のお菓子だって湿気ってる!何もかも今日で終わり!ちょうど終わったところで帰ってくるなんて、一体どういう神経してんの、このバカ!」
「ご、ごめん…」
両手の拳を握り締めて怒るブルマに、俺は少しだけ怯んだ。
思ってたより怒ってる…というか、思ってもいなかったことでも怒ってる。クリスマスはともかく、正月なんてこれっぽっちも考えていなかった。気づいたら26日になっちまってて、どうせ遅れるんならもう少しいいかと思ったんだけど…、…どうやら全然、よくなかったみたいだ。はっはっは…
「つい身が入っちゃって。それで一応ハガキ出したんだけど…」
そんなわけで、俺はついちょっと言い訳してしまった。言い訳っていうか、フォローだな。数日前、水を買い求めた北の町で、ふと目にした一枚の絵ハガキ。寒々しい町には不似合いな、華やかな花たちがそよ風に吹かれる花畑の風景写真。それを見た時、なんとなくブルマを思い出した。同時にちょっぴり良心の呵責も覚えたので、買ったその場で投函したんだ。自分で言うのもなんだか、俺にしては気の利いたことをやったもんだ、と今この時までは思っていた…
「ハガキ?ああ。あれね…」
だがブルマの感覚は違うようだった。まさか胸に掻き抱いて感動するなどとは思っていなかったが、いくら何でも突っ返してくることはないだろう。つまりポケットから取り出した現物を俺の鼻先に突きつけて、それは荒っぽく怒鳴り立てた。
「何よこのハガキ。あんた遊びに行ってんの!?」
「いや、修行…」
「だったらもっとそれっぽい写真のハガキを寄こしなさいよ!」
…それっぽい写真って何だろう。寒風吹きすさぶ荒野とかか?そんなもん貰って嬉しいのか?
しょうもない突っ込みを呑み込むと、ブルマが怒りを俺にではなくテーブルに叩きつけた。わざとらしくテーブルの真ん中に置かれたその絵ハガキに、プーアルとウーロンが飛びついた。
「ブルマさんずっと持ってたんですか」
「あーあ、こんなにしわくちゃにしちまって」
するとその途端、ブルマが絵ハガキを取り上げた。
「た、たまたまよ、たまたま。たまたま持ってたのよ!」
そしてそんなことを言いながら再びポケットの中にしまい込んだので、俺は胸に浮かんだいろいろな感情を隅に追いやることにした。…まあいいか。口で言ってるよりは喜んだみたいだ。
「おかえりなさい、ヤムチャちゃん。お外は寒かったでしょ。今お茶を淹れるわね。それともお屠蘇の方がいいかしら。そうだわ、お正月のお菓子があるの。今新しいの持ってくるから待っててね〜」
「ちょっと!その態度の違いは何なのよ!」
やがてキッチンから出てきたママさんがお茶を運んでくると、ブルマは依然怒りながらもソファに座った。すでに俺が座っていた、その隣に。
「ヤムチャちゃんがなかなか帰ってこないものだから、ママ淋しかったわ〜。ブルマちゃんもずっと待ってたのよ〜」
それは第一声でよくわかりました。
「よかったわねえブルマちゃん、ヤムチャちゃんが帰ってきてくれて」
「どうしてそこであたしを持ち出すのよ!勝手にひとを引き込まないでよ!」
「何言ってんだ、毎日毎日眉間に皺寄せて窓の外見てたくせによ」
「それは退屈だったからっ…お正月って退屈だからよ!」
「そんなの、おまえが全部自分でパスしたんじゃねえか。初日の出とか初詣とかいろいろあったのによ。聞けよヤムチャ、ブルマのやつ、おまえがいないからってすっかり寝正月決め込んでたんだぜ」
それはちょっと意外かな…
コーヒーカップに砂糖を落とし込むプーアルを見ながら、俺は主にブルマ本人以外の言葉に耳を傾けた。ブルマはたぶんことさら俺の方を見ようとはしていなかったが、席を立とうとはしなかった。
「ああもう、ウーロンってばうるさい!余計なことばっかり言ってんじゃないわよ!」
あまつさえ大声で事実を認めた。そのことに俺は気がついたので、ちょっと楽しい気持ちになった。
「言っとくけど、あんたを待ってたわけじゃないわよ!!」
そして唐突に浴びせられた覚悟していたものとは違う叱責にも、動揺しなかった。少し面食らいはしたが。だって、ブルマのやつ、いちいち声がでかいからさ…
「はいヤムチャ様、コーヒーどうぞ」
でもそれもすぐに落ち着いた。絶妙のタイミングでプーアルに差し出されたコーヒーは、いつもながらのおいしさだった。甘い香りと、きりりとした酸味。はっきりとした、でもクセになる味わい。
「おっまえ、かわいくねえな〜」
「うるっさい!!」
やがて一連の会話はいつもながらの舌戦へと突入した。ウーロンも飽きないなあ。いつも思うそのことを今日もまた思いながら、俺はコーヒーと帰ってきた気分を味わった。


さて、これからどうするかな。
2杯目のコーヒーを飲み終えてから、過去の行動を軽く鑑みていると、ブルマがカップをソーサーに戻して意気込みも露わに言い切った。
「よしヤムチャ。それ飲んだら出かけるわよ。すぐ用意するから着物着て!」
「着物?なんだってわざわざそんなもの…」
「お参りに行くの!初詣よ」
そうか。そういえば、正月か…
再び忘れかけていたそのことを、俺は思い出した。同時にここ数年時々思い出すそのことも思い出した。正月を、というよりその服装になることをブルマが楽しんでいるらしいこと。
「初詣?なんだおまえ、あんなの異国の儀式だなんだと文句つけてたくせによ」
「本ッ当にうるさいわね、あんたは!ひとのことなんか放っときなさいよ!!」
ふいに横から口を出してきたウーロンの言葉を、ブルマは頭ごなしに突っぱねた。それは大きな声で。俺はちょっと首を竦めて、その後なんとなく納得した。…四日間寝正月だったらしいから、エネルギーがあり余ってるんだろう。
――くわばら、くわばら。
「いいよ、一緒に行こう。正月も今日までだしな」
心の中で呪文を唱えてから、俺は言ってやった。ブルマの顔がぱっと輝いた。するとまたもやウーロンが横から口を出してきた。
「いつも思うんだけどよ、おまえそれでいいのか?いくらブルマが怖いっていったってよ」
「一体何が言いたいのよ、あんた!?」
再び降りかかったブルマの大声に、だが今度は俺は首は竦めず、思わず視線を宙へと漂わせた。ウーロンの言うことが、微妙に核心を突いていたからだ。できればその論点での言い合いは続けてほしくないなぁ…
「さっ、行こ、ヤムチャ!着物はあんたの部屋に出しておいたから」
だから、ブルマがすっくと立ち上がり俺の腕を引っ張った時、俺は素直にそれに従った。力強く背中を押すその手も振り解かなかった。
「ウーロン、プーアル、あんたたちはついて来ないでよ!」
「はいはい、せいぜいごゆっくり〜」
「初詣に行くのならママたちの行ってるところに行くといいわよ〜。神主さんがとても親切な方でいらっしゃるの。ブルマちゃんたちも祈祷してもらいなさいな」
「いってらっしゃい、ヤムチャ様」
着物って、ちょっと動きにくいんだけどな。ま、ブルマが喜ぶならいいさ。
先ほどのウーロンの質問の答えにも似たことを思いつつ、リビングを出た。部屋までの道すがら、ブルマはずっとちょっと強気だった。
「着物、あんたのは新調してないけどいいわよね。ちゃんと帰ってこないあんたが悪いんだからねっ」
「あー、うん。ごめんごめん」
「お参り終わったら街の方に行くわよ。クリスマスのぶんも含めて、今日はめいっぱい付き合ってもらうからね」
「はいはい、わかりました」
ま、いつものことだがな。でもひょっとして着物でも着れば少しは落ち着いて――
…くれないか…


袖と裾に紺色のぼかしが施された鮮やかな水色の地に、ピンクや黄色の大輪の花が流れるように描かれている。ところどころに金彩。上前部分に優雅な刺繍。ちらりと覗く八掛は淡いピンクで、華やかで美しくそれでいてかわいらしい雰囲気。
それが新調した(らしい)ブルマの着物。この着物ってやつは、よくわからない形をしているわりに、なぜかかわいい。だがそれだからこそ、見立てるのに付き合わされなくてよかった、とも思う。
ブルマの普段はしない纏め髪を見ながら俺はそんなことを考え、エアカーを止めた。神社の左右には多少の距離を置いていくつかのビルが展開していた。都のエアポケット。下から吹き上がるビル風。
「かわいいな、それ。それにあったかそうだ」
エアカーをカプセルに戻し、上げていた袴を整えながら、俺は言った。ブルマの纏っていたショール(ポンポンが数珠つなぎになっていた)に対する正直な感想。ただそれだけだったのに、ブルマはつんと顔を背けて、こんなことを言った。
「全然あったかくなんかないわよっ」
そしてちょっと乱暴に腕を絡めてきた。俺は思わず呆れ笑顔になってしまった。…別にあったかいからくっついてきちゃダメってわけじゃないのになぁ。わけのわからん意地を張っているな…
ともかくもそんな風にして、俺たちは鳥居を潜った。境内へ入った時には、ブルマはかさ張る着物であるにも関わらずいつもよりもべったりとひっついていた。…ちょっと暑い。だがそれ以上のことを思うことはなく、俺はなんとなく感じる周囲からの視線をも無視した。今の俺には多少のことは気にもならない。俺は今までの俺とは違うのだ。
そう、ついに新必殺技の糸口を掴んだのだ。まだまだ全然未完成だが、絶対にこれはいけるという確信がある。次の武道会ではこの技でみんなをうんと驚かせてやる!
神社の雰囲気のせいだろうか、思わず天に向かって誓うと、拝殿の陰から男が二人走り出てきた。神職の装束を着ている。ちょっと偉ぶった恰幅の良い老齢の小男と、やや腰の低い中年の男。
「これはブルマお嬢様、ようこそお越し下さいました」
「あちらに屠蘇をご用意いたしております。それから祝詞を奉上いたしましょう」
「先にお参りがしたいわ」
「かしこまりました。では手水場へどうぞ」
そして慌ただしい礼と共にそう言ったので、俺たちはさきほどまでとは違った視線を浴びながら手水場へ行った(ブルマはすでに腕を離していた)。
「なんでわざわざ神主が出てくるんだ?」
冷たい水で手と口を清めがてら俺が訊くと、ブルマがママさん言うところのこの降って湧いたような『親切』の裏事情を話してくれた。
「父さんたちが非常識な額のお賽銭でも入れたんでしょ」
「なるほどな…」
それで『お嬢様』か。知らないって幸せだな。
柄杓を戻しながら、俺は今さらのように観察した。濡れた両手を勢いよく振って水を切っている(確かに自然乾燥は正式なやり方だ。そこまで大仰に吹っ飛ばすのはどうかと思うが)隣の彼女を。すっきりと纏めた髪。優雅な着物。素直そうな大きな目に、小さな口元。…黙っていれば『お嬢様』に見えるな。今だけならば。
「何?」
「いやぁ、別に」
俺の視線に気づいたらしいブルマの声を往なし、俺も手の水を切った。だが、往なしたと思ったのは俺だけだった。
「ねぇ、何よ?」
「何でもないよ」
「何でもないような顔じゃなかったわよ」
「大したことじゃないって」
「だったら言いなさいよ」
「いやぁ…」
せっかく清めた手で俺の着物の袖を掴んでの、ブルマの尋問が始まった。俺は何とかそれをかわし続けた。ひたすら笑顔で。だって、『値踏みしてた』なんて言ったら、殺されるだろうからな。はっはっは…
「…ねえ、修行に行ってる間に何かあった――」
「ひいぃぃっ!」
ふいに、叫び声が聞こえた。宙へとやりかけていた視線を戻すと、賽銭箱の手前で一悶着起こっていた。銃を持った一人の男が、恰幅の良い方の神主を人質に取ったところだった。
「賽銭箱の中身をこのバッグに入れろ!早くしろ!ぐずぐずしてっとぶっ殺すぞ!!」
男はマスクをしていたため声は篭って聞き取りにくかったが、要求がわからないことはなかった。ふーむ、賽銭ドロか。正月からご苦労なことだな。それにしても、全然気がつかなかった。きっと俺たちの後ろからやってきていたに違いないのに。まあ、殺気とか全然ないからしかたないかな…
ちょっと情けない気持ち半分、いまいちやる気の湧かない気持ち半分で、俺は放られたボストンバッグに賽銭を詰め込むもう一人の神主を見ていた。とはいえ、最後まで傍観しているつもりはなかった。それでは立つ瀬がない。確かに神主たちも周囲の人間も誰一人助けを求めたりはしなかったが、俺の隣にいる女はそうじゃなかった。ブルマは助けを、ではなく天誅を求める瞳で、俺を見ていた。相変わらず俺の袖を引くその様をちょっとかわいく思いながら、俺は決めた。
いい機会だ。ここらで一度、実戦に使ってみよう。まだそう大きな気は操れないが、一般人相手ならば充分だ。
思い立つと同時に潜り込ませた。小さな気の塊を一つ、足元から。その直後、仕事を終えた賽銭ドロが走り始めた。神社の出口――鳥居に向かって一直線。だから俺も追いかけた。指先一つで。
地面に亀裂が入った。蛇のような形に隆起し、波打つ。見つかったからといって防ぐ手立てのあるような相手でもないだろうから、まあいい。すぐに蛇は賽銭ドロに到達し、その足元を掬った。男がよろけた。そこで俺は指を上げた。すると気は地面を割って飛び上り、男の顎に一撃を――
――とは、ならなかった。予定していた一撃は、無数の散弾に取って変わられた。地面が細かな石つぶてとなって、1m四方に吹き上がった。
あちゃ〜……地面の中を走らせたのはいいが、気が拡散しちまった。まだまだ見えないところでのコントロールは難しいな。
「うあぁぁっ…!」
それでも、男は倒れた。体を丸めて、埃と額から滲み出た血の入り混じる目元を抑えた。おそるおそるといった感じで、神主が放り出されたボストンバッグを拾い上げた。どこからともなく警備員が今さらのようにやってきた。
「何?今の…あんたがやったのよね?」
依然として俺の袖の端を掴みながら、ブルマが訊いてきた。成功したんだか失敗したんだかよくわからない奇襲の正体を。当然、俺は答えた。
「秘密」
「何それ。あたしにも教えられないの?」
「ああ。ダメだ」
「えぇーーー!?」
今はまだな。心外そうなブルマの顔を見ながら、俺はそう心の中で付け加えた。別にブルマを信用できないとか、そういうことではない。こういうことは秘密裏に行うからいいのだ。白鳥は、水面下で必死にもがいているからこそ、水面に浮かぶ姿は優雅に見える。…まあ、俺は白鳥ではなく狼だし、まだまだ優雅にとはいかないがな…
「…そんな顔してもダメだぞっ」
だがブルマが怒ったような拗ねたようなねだるような、要するに俺の弱い表情を全部集めたような瞳をしたので、俺の決心は早くも揺らいできた。俺は半ば自分に言い聞かせながら、すぐさまブルマに背を向けた。…くわばら、くわばら。ブルマは瞳の色はそのままに、だがそれ以上言及してくることはなく、ちょっとだけ顔を膨れさせて、離れた手を腕に絡めてきた。
ふー…
俺は思わず息を吐いた。やり過ごすことができたという、安堵の息。元通り腕を組んでくれたという、安堵の息。ちょっと内緒にしてみただけなのに、何だかたいそうなことをしたように思えてきた。俺ってほんと、ブルマに弱いな…
「お騒がせしました。見ての通り賽銭泥棒は捕まりましたので、ご安心ください。今年の運は守られました。天罰とは下るものですな。さあ、祝詞を奉上いたしましょう」
天罰じゃなくて、俺がやったんだが。
のんきな神主の声を受けて、拝殿へ向かった。鈴の音に続いて祝詞が流れ始める。一時賽銭ドロの周りに集まっていた参拝客が、今度はこちらに集まってくる。俺の気分はいま一つ引き締まらなかったが幾分清々しい気持ちにはなってとりあえず目を閉じ手を合わせて、思うところを探ってみた。

うーん、そうだな…………
…………今年も強くなれますように(『も』だぞ、『は』じゃないぞ)。
それから、あの技…は神頼みするまでもないか。そもそも俺はそういう性分ではない。自分のことは自分でやる。そう、次の武道会までにはものにしてやる。そして武道会そのものも俺のものにしてやるぜ!
これは祈願ではなく、宣誓だ。非現実的なことじゃなければ、願掛けなど無用だ。男たるもの、何事も自分の力で為すべきだ(女の子は別にいい。なんとなく)。…あ、でもそうだ、一つだけ。
…………もう少しブルマに対して強くなれますように。

「ブルマお嬢様、屠蘇はいかがですか?今年一年ご壮健であらせられますように」
俺が顔を上げるのと、ブルマが俺の袖を掴んだのと、神主がそう言ったのとは、ほぼ同時だった。屠蘇も壮健祈願も俺にはどうでもよかったが、前述のように俺はブルマに掴まっていたので、必然的にそのいそいそとした足取りに付き合うこととなった。境内の端の方に用意された長椅子に腰かけると、ブルマが盃をこちらに寄こして、早くも銚子を傾け始めた。
「ねえヤムチャ、何お願いした?」
「え。…何も」
俺は咄嗟に屠蘇を受けながら、咄嗟にそう答えた。それが不自然な答えだということに気がついたのは、言ってしまった後だった。
「何もってことはないでしょ〜」
当然ブルマもそれには気がついたようで、にこやかに笑いながらもそう言った。そうは言ったがにこやかだった、と言った方が正しいかな。ブルマはこの屠蘇ってやつがどうも好きみたいだから…
「いやぁ…ははは」
「ふふっ」
そんなわけで今度は俺が銚子を手にし、ブルマに酌をした。ブルマの気を逸らすために。さっそく願いが踏みにじられているような気もするが、まあいい。願いがバレるよりは…願わなきゃよかったのかな、そもそも。
こうして、今年もまた始まった。誰かさんに翻弄される一年が。
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